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その夜、廃工場の中はやけに静かだった。
遠くで犬が吠える声がしたけど、ここには届かなかった。
月明かりが屋根の隙間から差し込んで、鉄骨の影を床に落としている。
茜は持ってきた懐中電灯を天井に向けて、
ぼんやり光を広げた。
「ね、天井、星に見えない?」
たしかに、穴の空いた屋根から光がこぼれていて、
その影が、どこか星座のように見えた。
「ここ、いい場所でしょ」
茜がそう言って、床に座った。
毛布の上に寝転んで、目を閉じる。
俺はその隣に座りながら、耳を澄ませた。
車の音も、人の声も、なにも聞こえない。
あるのは、古い建物の軋む音と、茜の呼吸だけ。
誰にも見つからない。
本当に、ふたりきりだった。
今日だけは、ちゃんと眠れそうな気がした。