8/29
08
外が少しずつ暗くなってきたころ、
俺は時計を見て、そろそろ帰らないと、と思った。
思ったけど、体が動かなかった。
工場の空気は、まだほんのり温かくて、
茜の飲みかけの缶から、コーヒーの匂いがかすかに漂っていた。
「……ねえ、きみ」
茜がぽつりと口を開く。
「今日さ、帰りたくないなら、泊まってってもいいよ」
俺は一瞬、聞き間違えたかと思った。
でも茜は、当たり前みたいな顔で缶を振って、「もう空っぽだ」とでも言うように笑った。
「寝袋、ひとつしかないけど、毛布はふたつあるよ」
帰りたくない、なんて一言も言ってないのに。
でも、たしかに——帰りたくなかった。
俺は、何も言わずに頷いた。