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「……ほんとに入ってきたんだ。大胆だね、きみ」
少女は缶コーヒーを両手で包みながら、俺を見ていた。
その目は笑っていない。けど、追い払うでもなく、警戒もしない。
どこか、最初から諦めているような目だった。
「べつにいいけど。ここ、誰も来ないから。
ていうか、来たの、きみが初めてかも」
俺は何も言えずに立ったままだった。
逃げる理由も、話す理由もなかったけれど、
ここで急に「ごめん」って言って出ていくのも、違う気がした。
「ねえ、きみさ」
彼女が言う。
「学校、サボったでしょ?」
ドキッとした。でも、否定はしなかった。
「私も。……っていうか、もう行ってないけどね」
そう言って彼女は、空になった缶をころりと転がした。
「茜。……名前」
不意に口にされたその言葉に、俺は少しだけまばたきをした。
「あ、言っといたほうがいいかなって。なんとなく」
茜。
その名前が、やけにこの場所に似合ってる気がした。
この子は、ここに“住んでる”んだ。
本当に。