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工場に戻ると、風が抜けていた。
いつものように誰もいない。でも、ここはまだ俺たちの場所だった。
なら、守るしかない。
ポケットから紙とペンを取り出して、簡単な図を描く。
出入口、窓、光の入る方向、見える範囲。
「誰かが来るかもしれない」
それがただの想像じゃなくなった以上、何もしないわけにはいかなかった。
缶のフタを釣り糸で吊るして、扉に仕掛ける。
開けば音が鳴るように。
煙草の吸い殻が落ちていた場所には、消臭剤を撒いた。
茜が好きだった、工場の奥のスペース。
そこだけは、誰にも踏み込ませたくなかった。
拾ったブルーシートで目隠しをつくり、古い脚立で簡易の壁を組んだ。
ガタついてるけど、ないよりはいい。
罠ってほどじゃない。
でも、“ここに誰かがいる”ってことだけは、示せるように。
手が真っ黒になった頃には、夕日が鉄骨を赤く染めていた。
俺は立ち上がって、深く息を吸った。
「よし」
その声は、誰に向けたものでもなかった。
でも、自分自身にだけは、ちゃんと届いていた。




