039 夢
恐らく同郷であろうこの女性がもし困ってるなら助けてあげたかったけど、なんか雰囲気が怪しくなって来たのでそんな気持ちも萎んできた。
もうこの人はここに置いていっていいかな?
私が一歩下がると、女性は一歩前に出る。
歩幅の差で距離が縮まる。
「本当に可愛いすぎる!もっと近くで見ていい?」
「ごめんなさい、嫌です」
ジリジリと後退するが、どんどん女性は距離を詰めてくる。
何かされる前に止めようと、アヤメと虎太郎も姿を現して牽制の攻撃を仕掛けた。
もちろん2人とも当てるつもりなど無く、威嚇の為でしかないので、女性は驚いて後退するだろうと予測した。
しかし黒髪の女性は後退するどころか、難なく2人の攻撃を腕の動きだけで捌いてしまった。
まるで前世の拳法に酷似した円を描くような動き——この人、かなりの手練れだなぁ。
僅かな動きだけでもこの中の誰より洗練されている。
勝てないって事は無いけど、出来れば敵に回したくないと思えた程だ。
「何だ、お前ら?私と姫との仲を裂こうっていうの?」
おい、姫って私の事じゃないでしょうね?
さっき会ったばかりなのに何の仲にもなってないわ。
と、突然黒髪の女性から膨大な魔力が溢れ出し、アヤメと虎太郎が気圧されたように少し下がった。
それは幼い頃から鍛えて来た私の魔力量を遙かに凌ぐ程だった。
本当に何者なのよこの人?
「ちょっと待って。この2人は私の護衛だから、その魔力を抑えてくれない?」
「ん?この力はやっぱり魔力なのか?まぁどうせ夢だから何でもいいけど」
あれ?夢だと思ってるの?
まぁ突然異世界に飛ばされたんだとしたら、現実だと受け止めるのに時間がかかりそうだもんね。
私も転生したばかりの頃は夢かもって思ってたし。
それは2〜3回寝て起きてを繰り返せば、徐々に信じていく事になるだろう。
それより、あれ程の膨大な魔力を持ってるので、放っておけなくなってしまった。
おかしな奴に騙されて利用されたら大変な事になると思うし。
「お姉さん、宛てが無いなら私達に付いて来る?これから王都に向かうんだけど」
「姫についていってもいいんですか!?はい、喜んでっ!!」
どこの居酒屋よ。
あと姫って呼ぶの止めろ。
「お嬢様、こんな得体の知れない者を同行させるんですか?」
「アヤメの言う事も分かるんだけど、ちょっと事情があって放っておけないのよ」
魔力が膨大である事を差し引いても、異世界からの転移者は目の届く所に置いておきたい。
さて、私が転生者であるという情報は与えてもいいものかな?
この人が言ってる事が全て本当とは限らないし、警戒はおこたるべきではないな。
「それでお姉さんの名前は?」
「私は真凰よ。姫の名前は?」
「私はアイナ。ただの冒険者だから姫と呼ぶのは止めて」
真凰ね。
聞いた事無い名前だけど、やっぱりどこかで会った気がする。
しかも敵として……やっぱり危険人物か?
「ア……イ……ナ……?」
ん?冒険者の時に使ってる偽名だったんだけど、何か妙な反応してるなぁ?
「私の名前がどうかした?」
「めっちゃ可愛い名前っ!!」
……はいはい。
一瞬神妙な顔したからどうしたのかと思えば、そっちかい。
なんだか感情の起伏があって面倒そうな人だ。
「じゃあアイナちゃん、早速王都へ向けて出発しよう!」
「いや、今から野営して今日はもう休むつもりだったから」
「そうなの?じゃあ添い寝してあげるね!」
「なんでやねん!いらんわ!」
なんかアヤメより面倒くさい人拾っちゃったなぁ……。
「お嬢様、思ってる事がモロに顔に出てますけど?」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ side.真凰
なんて運命的な出会いだろうか。
たとえこれが夢であったとしても、私の人生にとって大いなる意味を持つ。
こんなに可愛い子に出会えるなんて、神様ありがとう!
そして私は、彼女の名前を聞いて更に運命を感じた。
——アイナ。
その名は私には特別過ぎる名だった。
もう会えないはずの宿敵、『青鬼』の総長と同じ名だったのだ。
いや、きっと私の願望が夢に見せてるだけなんだろう。
後輩達の手前、表面上は敵としていたが、いつの間にか密かに親友のように思っていた。
会えば喧嘩ばかりだったが、拳を交わす中でいつしか解り合っていたように感じていた。
あいつと同じ名を持つ少女。
きっとこれは何かの導きだ。
今度こそは何のわだかまりも無く普通に仲良くなってみせる。
惜しむらくはこれが夢であるという事か……。
どうか今暫く覚めないで——。




