038 言語
その女性の見た目はこの世界では珍しいものだった。
黒髪黒目——東方の小さな島国だけで見られる特徴的な容姿。
前世ではよく見たものなので別段不思議でも無いんだけど、何故かこの人個人に既視感があるのよね?
どこかで会った事ある人なのかな?
虎太郎以外に東方の知り合いなんていなかったと思うけど。
年齢は16〜17歳ぐらいだろうか?
そんな歳若い娘が一人でこんな森の中にいるなんて、絶対普通じゃない。
その黒髪の少女は何かを探すようにキョロキョロと周囲を見回す。
やはり私達の気配に気付いてこっちへ来たのだろうか?
「隠れてても無駄だよ。出てきな」
まぁ気付かれてから姿を隠しても意味無いよね。
……っていうか、何かあの人の喋り方変じゃない?
言葉が二重に聞こえるっていうか、一方の言葉は口の動きと合ってない、まるでアフレコのような聞こえ方してるし。
それに、もう一方の言葉はこの世界で使われる筈の無い言語だ……。
まぁ私と妹は秘密の会話をする時に使ってるけどね。
『どうしますか?』
アヤメが私に指示を求めてくる。
私が判断しちゃっていいのかなぁ?
いや、その方がいいか。
きっとこの人とは私が話した方がいいと思うし。
『とりあえず私だけ姿を見せて様子を見るから、アヤメと虎太郎はそのまま待機で』
私は自分の姿を隠すために透過させていた光を元に戻した。
私の姿を認めた彼女は、何故か息を呑むような呻きを上げる。
そして何か悶え始めた。
大丈夫だろうか?
「あなたはここで何をしているんですか?」
「んう゛っ!?声まで可愛いっ!!」
えっ?なんだろうこの人?
なんか危険な香りがするんですけど……。
「んんっ……、私は何故か分からないが突然この森の中に居たんだ。なので、ここがどこか分からないから教えて貰えると助かる」
急に取り繕ったけど、まずは涎拭いた方がいいよ。
それにしても突然森の中に居たかぁ……ラノベとかならあるあるだけど。
それと気になる二重言語。
『ねぇアヤメ、この人の言葉ってどう聞こえる?』
『普通に喋ってるように聞こえますけど?まぁ口の動きが何か不自然な気もしますが』
アヤメには普通に喋ってるように聞こえるのか。
つまり二つの言語のどちらも理解している私にだけ二重に聞こえると。
あぁ、妹のアリアがいたら確実にそれが解るのに、ちょっともどかしい。
たぶんこの人、私の前世の世界から来た人だ。
そしてこの異世界に転移した際に言語変換スキルのようなものを自動的に取得したんじゃないだろうか。
私達姉妹のように転生する人がいるんだから、異世界へ転移する人がいても不思議じゃない。
「この辺には街や村はありませんよ。しいて言えばここは森の奥深くですね」
私の言葉に黒髪の少女はピクリと眉を動かした。
そして急に雰囲気を変える。
「私が言うのも何だけど、突然森の中に居たという事には言及しないのね」
あ、ついついあるあるだと思ってそこをすっとばしちゃったよ。
普通は怪しむ所だったか。
「それに、こんな森の中にあなたみたいな幼い少女が一人でいるなんて怪しすぎるし。そんな可愛い容姿でこの薄暗い森の中を一人で彷徨いてたって言うの?もうマジ可愛すぎて怪し過ぎる!あなたは一体何なの!?天使なの!?んもぅ、めっちゃ可愛いいいいいいいっ!!」
ちょっと、なんか途中からどんどんおかしくなってってるぞ。
悪寒と鳥肌がヤバい……。




