037 異世界転移 side.真凰
私の名は忍野真凰。
歳は17歳の普通の女子高生である。
街のグループ『赤鬼』の総長である事を除けば……。
別にグレてる訳でもないし、喧嘩っ早い訳でもない。
普通の女子高生で、ちょっとばかり腕っ節が強いだけだったのに、あれよあれよといつの間にか総長に祭り上げられてしまっていた。
そして私の知らないうちにそのグループは、都心で一、二を争う集団へと拡大していた。
私が登校する度、学校の門の前で整列して私に頭を下げるの止めろ。
先生からの事情聴取がとてもダルいんじゃ。
先生が訳知りじゃなかったらとっくに退学よ?
先生の前では品行方正でやってて良かった。
でも先生、事情聴取の度に「何か悩みがあるなら言いなさい」って言うの止めてくれるかしら?
目下赤鬼の後輩達が私を神格化してるのが一番の悩みだけど、どうせ解決出来ないでしょ。
もはや赤鬼は私の意思ではどうにもならない程巨大な組織へと膨れ上がっていた。
そんな私達赤鬼に対抗する奴らが存在する。
そいつらは、対を成すという事で『青鬼』と名乗っていた。
私達の組織名は総長である私の髪が赤い事から付けられてるけど、青鬼の方の総長は普通に黒髪だった。
この赤鬼と青鬼はいつも小競り合いをしていた。
縄張りがどうとか、お前ら犬か?
正直私にはそんなのどうでも良かったんだけど、後輩達が困っていたらさすがに見過ごせなかった。
そして私が駆り出されれば、当然青鬼のトップも顔を出す。
黒髪で一見綺麗なお嬢様のように見えるのに、異常な程強かった。
ファイティングスタイルが独特で、通常の格闘技では見られないような空中からの攻撃に圧倒された。
喧嘩はそれほど好きな訳じゃない私でも、青鬼の総長との闘いだけは楽しかった。
結局あいつとの決着はつかないままだったな。
あいつは仲間を庇ってトラックに跳ねられ、この世を去った。
その後青鬼の勢力も弱まったが、私自身も何だか馬鹿らしくなって赤鬼も無理矢理解散させた。
もちろん反発はあって、独自にグループを作っていた奴らもいたが、私が直々に潰して回った。
もうくだらない事は止めろと言って聞かせたのだが、巨大化した組織は私の言葉程度で覆せるものでは無かった。
しまいには旧青鬼も勢力に加えて、私を狙って来た。
もちろん返り討ちにしてやってたが、そんな抗争の最中、突然私の視界が切り替わる。
気付けば見知らぬ森の中へ瞬間移動していた。
何が起こったのか全く分からず、ただただ唖然とするばかり。
暗く深い、どこまでも続く木々に囲まれて、私は父の言葉を思い出していた。
「父さん、異世界から来た忍者なんだぞー」
何故今この時に父のアホみたいな戯言を思い出した?
よっぽど精神追い詰められてるのか?
しかし、突然周囲の景色が切り替わるなんて、まるで父が言っていた異世界転移のようだ……。
不気味に静まりかえる森を見て、無意識に不安を掻き消そうとしているのかも知れない。
どうやってここから帰ればいいんだろう?
食糧も無い、方角すらも分からない。
また、ふと父がこんな事言ってたなと思い出す。
「あっちの世界なら魔力があるから、忍術も使えるのになぁ」
アホか、使える訳ねーだろ!
今は現実逃避してる場合じゃないのに、なんで余計な事ばかり思い出してるんだ、私?
そういえば幼い頃は父のくだらない戯言に付き合って忍術の練習してたっけ。
戦闘訓練なんかもしてて、おかげで誰にも負けないぐらいに格闘技は強くなったけど。
それを何で今思い出す?
やらないよ。
やったら色んなモノが終わっちゃう気がする。
中学二年生の頃ならやったかも知れないけど。
でも方位すら分からない深い森の中。
その不安に駆られる現状の緊張感からか、私は少しおかしくなっていた。
結局ちょっとだけやってみる事にした。
どうせ誰も見てないし。
眼を閉じて右手を握り込み、指を二本だけ立てる。
「『光球』!」
父の真似をして遊んでいた忍術を唱えてみた。
すると、何か不思議な感覚にとらわれる。
何かのエネルギーが私の手元に集まって来るのを感じて、そっと目を開けると淡い光の玉が指の先に浮かんでいた。
「あ、これ夢だわ……」
抗争の途中で殴られて気絶した?
いや、私がそんなヘマする訳がないから、抗争が終わって疲れてどこかで寝ちゃったのかも。
なんだ、じゃあ今感じてるこの変な力も夢の中だけのものか。
せっかく忍術使えたのに、少々残念ではある……。
本当に異世界だったらちょっとは面白かったかも知れないのにね。
青鬼のトップがいなくなってから、私は何に対してもやる気が出なかった。
そんな私が幼い頃に興味を持っていた事を、誰かが夢に見せてくれたのかも知れない。
なら今はちょっとだけそれを楽しもうか。
そう思って色々忍術を試していたら、索敵の忍術に何かが引っかかった。
おや?何か面白いストーリーに発展するの、この夢?
私はその何かがいる場所に行ってみたが、姿は見えなかった。
でも確かにそこに何かいると何故か感じられた。
「隠れてても無駄だよ。出てきな」
夢の中だし、ちょっと格好つけてもいいよね?
そしたら今まで見えなかったそれは、姿を現した。
「んんっ!?」
私はその姿を見て呼吸を忘れた。
——金髪碧眼の幼い美少女。
何これ、可愛い過ぎるんですけどおおおおおおっ!!
私、実はちっちゃくて可愛いの大好きなのよおおおおおおっ!!
総長という立場上そんな素振りは見せられなかったけどねっ!!
それにしてもこの娘、可愛い過ぎて悶絶しそう!!
こんな娘に出会えるなんて夢のようだわ!!
あ、これ夢だった……。
どうせ夢だし、何しちゃってもいいよね?
いや、やましい事なんてしないよ。
とりあえず暫しこの美少女の姿を眺めて堪能しようか。




