030 進化
ギルマスが何かしようとしていたけど、私の収納が間に合って良かった。
ゴブリンで練習したから的確に三半規管だけ揺らせて、上手い具合にギルマスは意識を保ったまま地に伏していた。
「な、何をしやがったぁ!?」
叫んではみても、体が思うように動かないようで起き上がれないギルマス。
スキルも感覚の揺れのせいかうまく使えないみたいだ。
現在はアヴドメン子爵領の冒険者ギルドのギルマスであるライラさんだけが姿を見せている。
とは言っても、私のスキルでライラさんの姿を映し出す光は収納して、少し位置をずらして排出しているから、見えている場所を攻撃しても当たらないけど。
アヤメに頼んで、冒険者ギルド本部へ報告してもらえそうな人としてライラさんを連れて来てもらってのだ。
ライラさんはセバルフとも知り合いのようだし、私が知ってる冒険者ギルド関係で信頼出来そうな人はこの人しかいなかった。
突然現れた妙齢の美女に暫し固まっていた情報屋らしき人物は、ギルマスが倒れ伏したのを見て急に慌て出す。
そして逃げようと入口の扉へ向かうが、その前にアヤメが姿を現して立ちはだかった。
姿を現したと言っても、指名手配されているアヤメは素顔は晒さずに、虎太郎と同じような黒ずくめの様相で頭に頭巾を被ってるけどね。
お揃いとか、仲良しなのか?
「ぐあっ!?」
目にも留まらない動作で、一瞬にして情報屋はアヤメに無力化されてしまった。
意外とあっさり片付いたね。
「てめぇも東方の忍を雇っていたのか……」
ん?今ギルマス、てめぇもって言った?
もしかして虎太郎は東方の忍なの?
『虎太郎は基礎訓練しかしてないから、正確には忍じゃないよ。術なんかは完全に我流のようだし』
以上おばあちゃん情報。
それでセバルフに教えて貰った東方の隠密の闘い方とは違ってたんだね。
って言うかそんな事知ってるって、おばあちゃんももしかして忍……?
『ふふふ、まだ秘密よ』
私に取り憑いてるおばあちゃん、果たしてその正体は?
まぁそれは追々聞いていく事にしよう。
アヤメが情報屋を拘束したところで、ライラさんがこの冒険者ギルドのギルマスを拘束しようと縄を取り出す。
しかし、ギルマスは気合いを込めて無理矢理立ち上がった。
まだ頭の中は揺れてる筈なのに、かなり気の扱いに長けてるみたいだなぁ。
まぁもう一回三半規管を揺らしてやるだけだけど。
と思ってたら、ギルマスはポケットから何かを取り出してそれを飲み込んだ。
このタイミングでおやつ?……じゃないよね。
「ふ、ふふふ……人間に使ったという噂は聞いてたが、まさか自分自身もやる事になるとはな」
何やら意味深な事を言うギルマス。
何の話だろうか?
するとギルマスは、突然ブルブルと震えだしたと思ったら、急に体を掻きむしるように苦しみ出した。
「ぐあああああああっ!!」
毒で自害しようとした!?
いや違う。
ボコボコとギルマスの筋肉は赤く染まりながら隆起しだした。
体だけでなく顔まで形相が大きく変化していく。
口からは牙が生え、額からは角も生え出した。
人間の形状を保ってはいるものの、赤い皮膚に角や牙まで生えて、ギルマスは完全に魔物のような姿へと変貌した。
「グブッ……この姿はオーガか?聞いてた話と違うな。使う人間によって効果が違うのか。まぁいい、俺のスキルとの相性は良さそうだ」
ブツブツというギルマスの呟きの中に、オーガという単語が聞こえた。
ギルマスの正体はオーガだったって事なのかな?
いや、今の感じはそういうんじゃない気がする。
正体を現したというよりも、人間が別のものに変化したように見えた。
変化というよりは進化?
この世界の人間って進化できるのかな?
魔物は強くなるに従ってそれに相応しい姿へと進化するらしいけど、人間がそんな事出来るなんて聞いた事無いよ。
ひょっとしてさっき食べたおやつが原因か?
「拙いぞ、あれはBランクの魔物オーガに酷似している。何故あのような姿になったのかは分からないが、肌で感じる強さは本物だ。私一人では手に余る。至急ギルド内の冒険者に応援要請を」
ライラさんはどうやら単独でオーガを討伐するのは難しいらしい。
でも……
「ライラさん、この冒険者ギルドは今、ギルマスが手を回していたせいで強力な冒険者が不在なんです。私達でやるしかない」
「くっ、分かったわ……」
ゴブリンキングもBランク相当と言われているが、それは配下のゴブリン達の連携があるからである。
それに対してオーガは単独でAランクに迫るBランク。
B +と言ったところか。
頑強な肉体を傷つけるには相応の武器を用意する必要があるし、そもそも動きも素早くて近づくのも難しい程だ。
しかし私には空間収納で三半規管を揺らすという技があるのだ。
体は人間に近い構造なのだから、弱点も同じように残っているに違いない。
私はギルマスオーガの右耳下付近の空間を収納した。
その時、オーガが信じられない動きをした。
私が収納しようとした付近を避けるように上体を逸らしたのだ。
「今不穏な気配を感じた。先程の攻撃と同じものか?」
やばい、こいつさっきは空間を収納した事に気付きもしなかったくせに、今は魔力を感じれるようになってるかも……?




