024 劣勢
「ゲギャギャ。捉えたぞ」
どろりと左腕が赤く染まる。
私はダラリと斬られた腕を下げて、バックステップで後退した。
「やってくれるね」
「ギャ。それはこっちの台詞だ。よくも部下のゴブリン達をやってくれた」
そう言ったゴブリンキングの目には、何の悲壮感も映ってはいなかった。
しいて言えばお気に入りの玩具を壊された子供の癇癪のような感情しか感じない。
まぁ種族が違えば仲間に対する想いもそんなものか。
「ギャギャ。その腕ではもう闘えまい」
キングがニヤリと口角を上げると同時に、残ったゴブリン達が襲いかかって来た。
左腕は使わずに、右腕だけで雨霰と飛び交う攻撃を捌く。
その戦闘の中で僅かな隙を見つけて空間を収納した。
「グギャ!」
と、先程までは、どのゴブリンも空間を収納した振動で脳を揺すられて倒れていったのに、今のゴブリンは私が収納した位置を見極めたかのように体を捻って躱してしまった。
その後も何度も空間を収納してみるが、完全に見切られたようで、全てのゴブリンに躱されてしまう。
全員が魔力を感知出来るようになった?
いや違う、キングが魔力感知した位置を思考リンクで共有したのか。
このキング、そこそこ戦闘センスがあるんだよなぁ。
各ゴブリンが、段々と避ける動作に反撃の動作を組み込んで来た。
私は徐々に劣勢になっていく。
「おい小娘!だから俺の縄を解け!」
黒ずくめの人が何か言ってるけど、信用出来る要素皆無の人の縄なんて解くわけないでしょ。
そして遂にその時は来た。
ゴブリン達の連携のリズムの中に割り込んで来たキングの剣が私を襲う。
「ゲギャギャ!!」
剣は私の腹部を貫通して背中まで貫いた。
「ギャ。仕留めた——ん!?」
私は腹部の筋肉を絞めて、ゴブリンキングが突き刺した剣を抜けなくする。
「剣の扱いがなってないね。止めを刺す時ってのは心臓を狙うもんなんだよ」
と言っても、あえて心臓はキングの視線から外れるようにゴブリン達を誘導したんだけどね。
わざと腹を狙わせて、踏み込んで来たゴブリンキングが一瞬でも動きを止める瞬間を待っていたんだ。
私は、白い水で既に治療してあった左腕で、ゴブリンキングの腕を逃げられないように掴んだ。
「ギャギャ!は、離せっ!!」
離すわけないでしょうが。
緑色の顔色が青く染まるゴブリンキング。
その頭部の左右の空間を収納した。
「ギャ……」
白目を剥いて一瞬で事切れたゴブリンキングは、そのまま地に伏した。
急に思考のリンクが切れたゴブリン達は慌てふためく。
しかしその中で一体だけ、動揺を振り切って私に向かって突っ込んでくる個体がいた。
私はそれを迎撃しようとして——体が思うように動かずに躓く。
拙い、血を流しすぎた!
左腕のケガを重傷に見せるために、血を多めに流してから治療したのがここに来て裏目に出るなんて。
意識が朦朧としてきてスキルを使う事すらままならない。
「やば……」
ゴブリンの振り下ろした錆びた剣が私を捉えようとした、その時、
「てりゃああああぁっ!!アヤメちゃん惨状っ!!」
見た事のある女の人の蹴りがゴブリンの頭部を捉えて、ゴブリンは吹き飛んで行った。
メイド服に身を包んだ10代後半の外見だけは綺麗な女性。
中身はまぁ、あれだけど……。
でもギリギリで助かった。
「アヤメ、ありがと……」
アヴドメン子爵家に昔から仕えてくれていたメイドのアヤメだ。
セバルフ同様、彼女は間違いなく私の味方だ。
私がフラフラしながらお礼を言うと、
「やっと見つけた!!お嬢様が知らないうちに逃げたおかげで、私まで指名手配されちゃいましたよ!!どうしてくれんですかああああぁっ!!」
などと、いわれの無い罪を着せられて困惑……。
どういう事よ?




