022 黒ずくめ
全身を黒ずくめで固めた、軽戦士のような装い。
武器も短刀の二刀流。
忍者みたいな出で立ちだけど、構えがそっちの人っぽく無い。
なんでそんな事知ってるのかと言えば、セバルフに東方の隠密系の闘い方も教わっていたからだ。
セバルフが何故東方の闘い方を知ってるのかは謎だけど……。
だから、この黒ずくめの人は忍者ではなく暗殺者系の職業なんだと思う。
つまりそういう系統のスキルに気をつけないといけない。
まぁ、往々にして暗殺系のスキルは派手な攻撃系魔法ではなく接触するタイプで、相手に気取られ難い毒やら呪いやらを使うものだ。
もちろんそれだけとは限らず、遠隔系や補助系の魔法を使うのもいるけど。
短刀二刀流という事は相手の懐に潜り込むためのものだろうから、きっと刃に毒を付与するとかだろう。
不意にゆらりと相手の体が揺れたと思ったら、次の瞬間には間合いを詰められていた。
思ったより早い!?
短刀で切りつけようとしてきたところには、収納から盾を半分だけ出して防いでおく。
その間にバックステップで距離を取ろうとしたが、それを予測していたのか黒ずくめの人も地面を蹴って追従しようとしてきた。
でも、その先には少しだけ剣の刃先を収納から出して空中に停滞させてある。
「くっ!?」
無理な体勢で剣の刃先を避けた黒ずくめの人は、バランスを崩して僅かに踏鞴を踏む。
当然それを見逃す筈も無く、脛に蹴りを入れて、その反動で後ろへ飛んだ。
大したダメージにはならなかったけど、私が距離を取るための牽制なのでいいのだ。
「……お前、ただの子供ではないな」
「そっちもただの黒ずくめじゃないね」
実際この黒ずくめの人、結構強いと思う。
執事のセバルフと対峙している時のような圧迫感を感じるから、私の格闘術だけじゃたぶん勝てない。
戦闘が長引けばゴブリン達にも気付かれるし、スキルも使ってさっさと片付けちゃおう。
「これから全力でいくけど、手加減が難しいから下手に抵抗しないでね」
「ふざけているのか?子供にしてはやる方だが、その膨大な魔力も攻撃系の魔法が使えなければ無用の長物だろう」
おや、この人も私の魔力を感じ取る事が出来るのか。
魔力についてはもうちょっと研究する必要がありそうだ。
とりあえず、この人の動きを止める。
「むっ!?魔法の徴候!?」
私の魔力を感じ取った黒ずくめの人は、その場を離れようと大地を蹴った。
しかし力が出ずにフラフラと後退しただけに止まる。
「ちっ!毒か!?」
動かれたから完全には効果が出なかったみたいだ。
私は再度スキルを行使する。
「ぐあっ!?」
まだうまく加減できないから、今度は直接的なダメージも入っちゃったよ。
私が使ったのは毒——ではなく、空間だけを収納するという方法。
空間を削り取るように収納すると、世界はそれを修復しようとして周囲の空間が歪む。
黒ずくめの人の右耳下付近で急激に空間の変化を起こし、生じた振動で三半規管を揺らしたのだ。
思いつきでやったからまだ調整がうまく行かずに、思いっきり脳まで揺らしてしまったようだ。
黒ずくめの人は意識まで混濁しているらしく、蹲って僅かに前後に体が揺れていた。
まぁプロボクサーでも狙ってやるのは難しいらしいし、ぶっつけ本番でやったのが多少なりとも効果が出たのなら御の字か。
とりあえず子爵家から持って来ていたロープで縛り上げて、それからダンジョン産の白い水で回復させる。
頭から掛けてみたけど、伯爵夫人の時のような光る現象は起こらなかった。
しかし回復効果はちゃんとあったようで、フラフラと体を動かしていた黒ずくめの人は、目にしっかりとした光が宿った。
「はっ!?バカな……俺が捕まっただと!?」
「おっと、自害とかしないでよね。回復だってタダじゃないんだから」
この人はたぶん多くの人をその手に掛けて来たんだろうから、始末する事に躊躇いは無い。
でもその前に色々聞いておきたいから貴重な白い水を使ってまで回復させたのだ。
「態々回復させたんだから、少しは有用な事喋ってよね」
「ふん、やはり子供だな。俺に脅しなど通用せんぞ」
ですよねぇ。
この手の輩は力ずくじゃ何も喋ってはくれない。
私のスキルとは相性が悪すぎるんだよなぁ。
精神操作系のスキルの使い手でもいれば、自白させる事が出来るんだけど……。
と、突然殺気を感じて瞬間的に身を伏せる。
次の瞬間、ぼとりと黒ずくめの人の頭部が目の前に落ちて来た。
「グギャ!先程から変な気配がしてたが、お前らが原因か!」
やばい、何の準備もしてないうちにゴブリンキングと接敵してしまった。




