002 衛兵
アヴドメン子爵家の衛兵ガドムはとても疲れていた。
昨日子爵家で養女2人にスキル下ろしの儀を行ったため、部屋の片付けやら神官の接待の準備やらで忙しかったのだ。
その後のただの見張りなどという退屈な仕事では、疲れから居眠りしてしまっても仕方がないだろう。
養女のうちの1人は今日王都に向かって出発した。
残されたもう一人は鋼鉄製の扉の向こう。
その養女は元々子爵家の夫人から嫌われていたところに、スキル下ろしで得たスキルランクが最低のFだったため、奴隷として売り払う事となったのだ。
スキル下ろしにはそれなりに高額な寄付を神官に支払う必要が有り、更にスキル下ろしによって得られるスキルは祈りの品質に左右される。
貴族の位に執着するアヴドメン夫妻は金に糸目を付けず、養女2人に高ランクスキルを取得させるための最高品質の祈りを求めた。
上位ランクのスキルを手に入れれば、伯爵へと陞爵する可能性も出てくるので多少の出費もやむを得ないのだ。
結果として一人は最上位のSランク、だがもう一人は最低のFランクになってしまった。
王都へ向かったSランクの養女は、これから学園へ入学し華々しい人生を送るだろう。
逆にこの扉の向こうのFランクの養女は、世界の辛酸をなめる事になるのかも知れない。
しかし、衛兵ガドムはそんなものに同情はしない。
あぁ、そんな不幸が自分に降りかからなくて良かったと自分の幸運を喜び、あまつさえその不幸な少女を酒の肴とすることだろう。
どんな世界でも人の不幸は蜜の味。
とくに娯楽が少ないこの世界では、格好のネタになる話題だった。
半ば夢うつつにそんな不幸な少女の事を考えていると、ふいに扉の向こうから声が上がった。
「あー、こんなところに抜け道があったんだー」
若干棒読みのような言葉だったが、仮にも見張りについている立場上、無視は出来ない。
ガドムは欠伸をしながら、念のため扉の格子窓から地下牢の中を覗いてみた。
そして、ざっと中を見回して眠気が吹き飛ぶ。
さっきまでいたはずの少女が地下牢内のどこにもいなかったのだ。
まさか、本当に抜け道が!?
そんな話は聞いていないし、そもそも閉じ込めておくことが前提の地下牢に抜け道など造るはずがない。
しかし、実際に少女の姿は忽然と消えていたのである。
慌てて腰に下げていた鍵を扉に差し込んだ。
死角に隠れて扉が開いた瞬間に襲ってくる可能性もあるので、ガドムは腰の剣を抜き、身構えながら取っ手に手をかけた。
重々しく軋む扉をゆっくりと開けたが、どうやら襲ってくる気配は無さそうである。
しかし、肝心の少女もいない。
いったいどこへ?
と思ったが、薄暗い中で善く善く目をこらして部屋の隅を見ると、少女が丸くなって眠っていた。
「な、なんだよ……。寝言かぁ?」
どうやら、ただ格子窓からは見えにくい角度にいただけのようだった。
ガドムはほっと胸をなで下ろし、扉を閉める。
疲れているところに余計な労働をしてしまったと舌打ちして、その場を離れた。
この時扉を閉めた後に、もう一度地下牢の中を確認していれば、ガドムは重大なミスを防げていただろう。
しかし、安堵と眠気で休息を急速に欲してしまった彼は、またすぐに居眠りに戻ってしまうのだった。