018 密談
部屋で伯爵と2人、ソファーに向かい合って座る。
話の内容は大体予想がつくけど、部屋の外のアウレーネさんの方も気になってチラリと扉の方を確認してしまう。
「安心してほしい。結界系魔導具でこの部屋の会話は外に聞こえないようにしたから」
私のスキルで壁に当たる音の振動ごと周囲の空気を収納していこうかと思ってたけど、必要無いみたいだ。
それにしても、いつの間に魔導具を起動したのか分からなかった。
私もアウレーネさんのように、もっと魔力の動きに敏感にならないとだね。
「それで、君はアリアちゃん……いや、リィナちゃんの方かな?」
「やはり気付かれてましたか」
「君達とは昔何度か会っただけだが、君のお母さんとは学友だったからね。髪の色が変わった程度ではその面影を隠しきれないよ」
そうかぁ。
今後は、会った事ある人相手には、髪の色以外にも気をつけた方が良さそうだ。
「それで……通報しますか?」
「は?通報?」
「私、今アヴドメン子爵家から逃げてるとこなんですけど、手配書回って来てません?」
「そんなもの来てないぞっ!?何があったのか詳しく聞かせてくれないか!?」
おや?あまり親交が無い貴族にも手配書を回してると思ったのに。
いや、私を奴隷商に売ろうという後ろめたい事してたんだし、そんな他の貴族に弱みを握られそうな事はしないのが普通か。
伯爵は、伯父が子爵家を乗っ取った事や、私達姉妹を養女とした事はもちろん知っていた。
なので、その後「スキル下ろし」でFランクスキルを得たために売られそうになって逃亡した事、逃亡中にゴブリンに襲われているユリアンナさんの護衛達を助けた事、アウレーネさんにだけ実力がバレて今疑われている事などを話した。
話し終えると、何故か伯爵は頭を抱えた。
「アウレーネの事はすまないと思う。君に迷惑を掛けないよう厳重注意しておくよ。以前はそうでも無かったのだが、最近度が過ぎる事が多くて私達も手を焼いているんだ」
おいおい、アウレーネさん……主に手を焼かす護衛はいかんでしょ。
まぁ忠誠心からの行動みたいだし、伯爵としても咎め辛いんだろうなぁ。
でも最近になってそうなったのなら、何か原因があるはず。
「妻が病に伏せってからおかしくなったのだが、別に妻の病はアウレーネのせいでもないし。何がきっかけでああなったのやら……」
同じ時期に始まった事柄が、全く別の原因ってのも考えにくいよね。
そもそも奥さんの病が何なのかすら分かってない感じだったし。
「ああ、そういえば先程、突然妻の体が光り輝いてね。一体何が起こったのかと思ったよ」
「へぇ、不思議な事もあるもんですね。でも状態が良くなったのなら良かったじゃないですか」
「……やっぱり君がやったのか」
「え?何の事です?」
「光り輝いたとは言ったが、状態が良くなったなんて言ってないよ」
あ、藪蛇だった……。
私は別室に居たんだから、状態を知ってちゃダメよね。
と、突然伯爵は頭を下げる。
「どうやったのかは知らないが、感謝する!娘だけでなく妻まで助けてもらった!この恩は私の持てる限りの力で返すと誓うよ!」
「わわっ!あ、頭を上げてください!たまたま持ってた回復薬が効いただけですから!あ、でも私が良く効く回復薬を持ってる事は内密にして貰いたいです」
「勿論だ。絶対に口外しない」
あの白い水はかなりの回復力を持ってるみたいだから、私が狙われる要因になりかねないもんね。
かと言って手放す気も無いし。
口外しないでも貰えるならありがたい。
それにしても伯爵家は色々災難続きのようだ。
アウレーネさんの事はいいにしても、奥さんが病になったり、娘がゴブリンに襲われたり。
あのゴブリンについても問題があるし。
「それよりも丁度良いのでお話しておきたい事があります」
「ん?何だい?」
「娘さん——ユリアンナさんを襲っていたゴブリンについてです。異常な程の数だったので、恐らく近くに集落が形成されていると思われます。でもこんな街の近くなのに冒険者ギルドがそれを放置しているというのも気に掛かります。最近この街の冒険者ギルドで何かありましたか?」
私の『冒険者ギルド』という言葉に、一瞬表情を歪めた伯爵。
「先日、この街の冒険者ギルドのギルマスが交代したんだ。前のギルマスとは信頼関係が築けていたんだが、新しいギルマスとはどうもうまく行かなくてね。でも冒険者ギルドはこちらの管理下に無いので、ギルマスの交代には口出しは出来ないし、なんとかやっていくしか無いとは思っている。しかし、ゴブリンの集落が放置されているというのは問題だ。早速抗議する事にするよ」
なるほど、ギルマスの交代なんてあったのか。
各街に配置されているギルマスは大体ずっとそこの冒険者ギルドでギルマスをやり続けるものだけど、稀に別の地へ移動になったりもする。
それで運悪く、あまり良くない人に当たっちゃったのか。
しょうが無い側面もあるけど、今回はそれじゃ済まない可能性があるんだよね。
「もう抗議とか言ってる状況じゃないかも知れません」
「えっ?どういう事かな?」
「ゴブリンの数が異常な程多かったのに上位種がいませんでした。集落が形成されているなら、尚のこと上位種が出てくる筈なのに、下位のゴブリンだけで動いていた」
「確かに不自然だが……それの何が問題なんだい?」
「考えられるのは上位種を温存したのかと。たぶん魔物暴走の前触れかも知れません。しかも、そんな計画的な魔物暴走が起きるとしたら、キングが生まれている可能性も……」




