010 白い湖
背中に傷を負っているにも拘わらず、それなりの速さで駆けて行く狼。
私はそれを全力で追いかけて行くが、足の長さの差で中々追いつけない。
途中普通の狼の魔物が行く手を阻むように襲ってくるが、それは飛びかかってくる度に串刺しにしていった。
狼達があの白い大狼を守っているようにも見えるね。
ダンジョンの魔物はダンジョンコアを守る為に命を掛ける筈……。
「つまり、あれがダンジョンコアか」
見た事は無いけど、ダンジョンボスとして君臨するタイプのコアもあるらしい。
その場合はボスの魔核——魔物の心臓部がダンジョンコアになっている。
なるほど、それなら自分の命を守る為の逃走も頷けるね。
そしてあいつを倒せば私は晴れてダンジョンから脱出出来る訳だ。
広大な森林のダンジョンを駆け抜けると、白い牛乳に満たされたような湖に出た。
狼はそこへ逃げ込むように、湖の中へと飛び込んで行った。
さすがに水中戦は避けたいんだけどなぁ……。
どうしようかと迷っていると、暫くしたら狼は白い湖からのそりと上がって来た。
何がしたかったんだろう?……って、背中の傷が完治している!?
まさかこの湖って、回復効果があるの?
「グルルルル」
狼は回復して優位になったつもりなのか、先程までとは表情が違うように見える。
念の為、湖の水を少し収納して、指先を少しだけ切ってから振りかけてみた。
なんと私の傷も回復した……。
この狼、アホなのか?
私の傷も回復出来る場所に連れてきたら、ずっと決着つかないじゃん。
いや、長期戦に持ち込んでこちらの魔力切れを待つつもりなのかな?
私と魔力量勝負をしようっての?
私は妹と幼少期から特殊な訓練をしていたから、魔力量はたぶん国内なら敵無しなぐらいあるんだけど。
でも相手はダンジョンコアだ。
ひょっとしたら、ダンジョンが存続する限り魔力は無限なのかも知れない。
だとしたらただの人間でしかない私に勝ち目は無いだろう——って思ってるんだろうなぁ。
「狼君、人間舐めすぎよ。この世界の人間にはスキルっていうチートな能力があるんだから」
私の言葉を理解しているのか、嘲笑うかのように狼は鼻を鳴らした。
まずはそのムカつく余裕の表情を変えるとこから始めてあげようか。
私は、狼があてにしているであろう白い湖の水を全て収納した。
急に水が無くなって底が顕わになった湖を見て、狼は顎が外れるほど口を開けて唖然とした表情を見せた。
いい顔になったじゃない。
「グアアァッ!?」
これでもう回復は出来ないよ。
しかも私は収納から湖の水を取り出せばいつでも回復出来る。
どちらが優位なのかは一目瞭然だよね。
私がニヤリと笑みを見せると、ビクリと反応した狼は少しずつ後ずさりを始めた。
逃がす訳ないでしょうが。
ここまで走って来てもう疲れたからね。
既に子爵家から持って来た武器は全部上空に排出してある。
剣だけでなく棘のついた金棒やら、三つ叉になってる槍等々。
それらが重力によって加速され、物理エネルギーが増大していく。
「グオオオオオン!!」
必死に逃げようと上を見ながら避ける動作を見せる狼。
狼君、人間の能力の中で最も優れている『知恵』を甘く見過ぎだよ。
重力で加速した武器が必ず上から降ってくると思い込んじゃってるし。
私は落下する武器を全て一旦収納した。
「グオッ!?」
狼は突然自分を襲う武器が消えた事に困惑する。
そして私は収納空間内のY軸と、こちらの世界のX軸を繋げて武器を排出した。
今までY軸——つまり縦方向に加速していた武器が、X軸——横方向に向けて排出される。
重力で加速した勢いはそのままに射出された武器は、全て横から白い狼を襲った。
「グギャアアアアアァッ!!」
運動エネルギーが保存されている空間の排出口を、90度変えて接続する事で重力加速による射出攻撃が可能になるのだ。
多数の武器に貫かれた狼は完全に沈黙し、目から色が失われる。
すると狼の近くに宝箱らしきものがポップした。
へぇ、ダンジョンってゲームっぽい演出するんだね。
この宝箱って、まさか罠とか掛かってないよね?
まぁ私には関係無いけど。
私は中身を残して、外側の宝箱だけを収納した。
生物でなければ自分のイメージした通りに収納出来るから、外側だけ収納する事も可能だ。
果物の皮剥く時とか便利だよね。
そして残された宝箱の中身は……卵?
ダチョウの卵ぐらいの大きさがある巨大な卵だけど、これって収納出来るのかな?
収納してみるとあっさりと収納出来てしまった。
つまり生物じゃない——無精卵か。
後で美味しくいただくとしましょう。
そしてダンジョンコアが倒された事により、暫くしてダンジョンの崩壊が始まった。




