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8.船上の出会い

 アインとミディアはクイン、リティ、ルインに連れられて、馬車で港町ウェスティンを目指していた。


「俺っちも連れて行って頂けるだなんて、光栄っす!」


 クインはうんざりしたように白い目でルインを見た。


「突然”連れて行ってくれなきゃ死んでやるっす!”なんて駄々をこねるから、死ぬまで見届けてやろうかと思いましたがね。最初からあなたは連れて行くつもりでした。子供の身体では不便が多い。背の高いルインが居ると便利なんですよ」


「いえ! 俺っちは死んでもお師匠に付いていくっすよ! 冥界の果てまでご一緒するっす!」


 クインが盛大な溜息をついた。

 アインが疑問に思い尋ねる。


「なぁクイン、ルインは魔導士の弟子なんだろう? 魔導は使えるのか?」


「知識はそれなりに教えてあります。簡単な日常魔導術式ならば使えますが、素質がないのでそれ以上は見込みがありません。他の魔導士にも見限られ、最後に私に縋ってきたのを拾っているだけです。先ほど言ったように、居ると便利ですので」


「師匠は俺っちの恩人っすから! 必ず役立って見せるっす!」


 確かに、十二歳の身体のクインでは馬に乗るのも一苦労だろう。そんな時にルインが居れば、相乗りで馬の手綱を任せてしまえる。

 魔導上達の見込みがなくても、普段は庭掃除の様に雑用をやらせて時間を過ごす。それが彼らの日常なのだろう。


 クインが懐から乗船券を取り出して全員に配り始める。


「手配していた乗船券です。先に渡しておきますが、失くしたら置いてけぼりを食らうと思ってください。安い物でもないので、買い直す気はありません」


 勿論、唯の脅しである。

 ここに居るのは旅に必要な人員しか居ない。誰が欠けても困るのだ。

 全員――主にルイン――に戒めるために、敢えて口にしたのだろう。

 ルインは命より大事なものを扱うかのように、懐に大切にしまっていた。

 クインが言葉を続ける。


「ミディアさんにはリティの支度の手助けをして頂いたそうで、助かりました」


 ミディアが微笑んで応える。


「女の旅には慣れてるもの。足りないものを告げておいただけよ」


 クインが用意したリティの荷物を改め、ミディアが過不足を助言して中身を調整したのだ。結果として、当初より荷物が小さくまとまった。

 こういったことは旅慣れた人間の意見を参考にするのが手っ取り早い。

 足りないものは足し、現地調達で済ませられる物は省けるだけ省いた。荷物の詰め込み方もついでに指南した。それだけだ。


「やっぱり、ミディアさんは頼りになりますね!」


 この三日間で、リティはミディアとすっかり打ち解け、慕う様になっていた。

 乗船券を見ても、それが解る。だが――


「なぁクイン。本当にこの部屋割で良かったのか?」


 乗船券で取ったのは二等船室が二つ。

 一つはクインとルインが使う部屋。

 もう一つはアイン、リティ、ミディアの部屋だった。

 事情が事情だ。個室を取る為に二等船室になるのはわかる。三等船室では、不特定多数が広い部屋で雑魚寝をする事になる。リティの気が休まる場所でもないだろう。

 だが、リティとミディアと共に男であるアインが相部屋となっている。これが納得できていなかった。


 クインが冷たい眼差しで告げる。


「リティがミディアさんとの相部屋を望んだからですよ。そして私は、あなたたちと相部屋になる気はありません。アインさんの為にもう一つ部屋を取るような真似もするつもりがありません。アインさん一人が三等船室では、いざという時に困ります。つまり、必然的にこうなります」


 リティが嬉しそうにそれに応える。


「ミディアさんが”アインさんは問題がないから気にしなくていい”って保証してくれましたから! きっと大丈夫ですよ!」


 アインの目がミディアに注がれる。


「お前、余計なことをリティに教えたりしてないだろうな?」


「事実しか教えた覚えはないわね。それともアインは、こんな子供に食指が動く趣味があったの? 初耳よ?」


 ミディアが笑顔でアインをからかった。

 アインは大きく溜息をついた。


 ――冗談ではない。十七歳の子供に手を出すほど、女に飢えた覚えはない。


 若い頃から長年アインと連れ添って旅をし、手を出されなかったミディアだ。その事は充分理解しているはずだった。

 どうせ要らない事をあれこれと吹き込んだのだろう。

 これから長い船旅で男と同室になるというのに、リティには年頃の娘らしい危機感が感じられない。

 頭痛を覚えたアインは話題を変え、クインに尋ねた。


「なぁクイン。東の魔女ってのはどんな奴なんだ?」


「自由奔放、勝手気ままな人ですよ。私に不老不死の呪いを授けた本人でもあります。今は緊急事態ですが、こんな状況でもなければ、二度と会いたくない相手ですね」


 ――やはり不老不死か。それは一部の者が追い求めてやまない奇跡ではなかったか。


 アインの表情を見て察したクインが口を開く。


「私はそんなものを望んだ覚えはありません。しかも幼いときに呪いをかけられたせいで、成長する事も出来ない。悪いことだらけですよ」


 アインはクインの悔しそうな顔を見ながら”世の中、そんなものかもしれないな”と感慨にふけった。己にないものを望むのが人間なのだ。





****


 港には、既に船が入港していた。もう間もなく出航するらしい。

 ルインは「海っすよー師匠!」と元気にはしゃいでいる。

 リティもまた、初めて見る海に感動を覚えているようだ。

 ワレンタインのような内陸の小国では、海を見る機会もなかったのだろう。


 アインとミディアは慣れたものだ。


「船に乗るのも久しぶりだな」


「そうね、いつ以来になるのかしら」


 旅の傭兵ともなれば、海路で移動する事も珍しくない。二人とも船旅には慣れていた。

 甲板に降り立ったリティが、揺れに驚いて声を上げた。


「うわぁ、船ってこんなに揺れるんですね。大丈夫かしら」


「走り始めれば揺れも少しは安定する。入港中は揺れが激しくなるんだ。もし気分が悪くなったら遠くの景色を眺めろ。船に酔うから、あまり近くを見るな」


 アインが船旅の心得を教えながら、船室を目指して歩き始める。ミディアとリティがその後に続いた。

 クインも船旅には慣れているらしく、迷うことなく船室に向かっていき、その後をクインが追いかけた。


 クインが手配した部屋は隣り合っていた。これなら連絡は取りやすいだろう。

 部屋の中に荷物を置くと、間もなく船が出航した。

 リティは興味深げに、窓の外の景色を眺めている。

 だが、乗り慣れたアインにとっては退屈な時間の始まりだ。船の上で出来る事など、限られている。

 ミディアは早速ベッドの上で横になり、のんびりと寛ぎ始めた。

 アインは溜息を一つ付いた後、ミディアに告げる。


「俺は甲板で素振りをしてくる」


 その言葉にリティが反応した。


「甲板に出るんですか?! じゃあ私も行きます!」


 アインは黙って頷いた後、大剣を抱えて甲板に向かった。





****


 アインは甲板の中央で、ゆっくりと鞘に納めた大剣を動かしていく――型を確認しているのだ。

 激しく大剣を振り回すよりも、こういった型の確認の方が大切だった。

 揺れる甲板の上で、淀みなく型をなぞっていく――これはこれで、体幹の良い鍛錬になる。

 リティは欄干に背中を預け、アインの様子を眺めていた。

 一通り型の確認が終わったアインが、リティの隣で欄干に背を預ける。


「こんなものを見ていて面白いのか?」


「はい! 勉強になります! こんなに揺れているのに、あんなに安定してその大剣を振るえるだなんて凄いですね!」


「前も言った通り、身体が違うからな。あれくらいできていないと、いざという時に踏ん張る事も出来ん」


 アインは持ち込んでいた手拭いで汗を拭きとり、潮風に身を曝していた。

 遠くにはまだ、港が小さく見える。これから一か月程かけて、この船はテオリーチェに向かうのだ。

 リティがぽつりと呟いた。


「私もアインさんの真似をしてみようかな」


 アインが苦笑で応える。


「やめておけ。欄干に背中を預けなければ転んでしまうのだろう? そんな体幹では、剣を振るっても転んで自分を刺すのが落ちだ。自分ならまだマシで、他人を傷つけたら目も当てられん。まず何も持たずに甲板の中央で腰を落として一時間、立って居られるようになれ」


「一時間もですか?!」


「そうだ。しかも、お前が思っているよりこれはキツイ鍛錬だ。一か月かかってもできるようにはならんだろう。それが出来るようになったら、棒を持って少しずつ振り回せるようになっていけ――船旅が暇になったら、やってみるといい」


 リティが愉しそうに頷いた。その笑顔には、心からの信頼が込められていた。

 アインにはその笑顔が理解できなかった。


「……なぁリティ。何故あんたは俺たち――いや、俺の事をそんなに信頼できるんだ?」


 ミディアは同性という共通属性がある。リティはミディアに懐いても居た。

 たとえ懐いて居なくても、ミディアは気遣いのできる女だ。一か月相部屋だとしても、我慢できる相手だろう。

 だがアインは異性だ。年頃の少女が、一か月も相部屋を許容できる相手だとはどうしても思えなかった。

 ミディアから何かを言われていようと、生理的に嫌がるのが普通ではないのか。


「アインさんは、私の命の恩人ですから!」


 その笑みには、やはり心からの信頼が込められていた。

 確かにあの晩、あの場所にアインたちが居合わせなければ、リティの命運はあの場で尽きていただろう。

 そんな窮地に突然現れ、颯爽と助け出した英雄の様に見ているのだろうか。


「……偶々たまたま通りがかっただけだ。それに襲われている弱者をむざむざと殺させたら、俺の寝覚めが悪くなる」


 アインは最後の近衛兵も助けられなかったことを悔いていた。

 正しくはそれも違う。彼ら近衛兵が命と引き換えにリティの命運を長らえさせ、最後にアインに託した。それだけなのだとアインは心得ていた。

 リティもそれは理解していた。


「……それでも、アインさんたちが居なければ、今の私はありませんでした。それも事実です」


「そうか」


 潮騒しおさいが、静かに二人の間の時間を押し流していった。

 二人は黙って、心地良いその潮騒に身を任せていた。

 いっそこのまま時が止まってしまえばいいのに、と思ってしまいそうな程の不思議な安心感を、二人は互いに感じていた。

 そんな心地良い時間を、リティの声が遮った。


「――それに」


「それに?」


 リティが笑顔で応える。


「ミディアさんから聞いています。”十五の時から一緒に寝泊まりしていて、十年間二人きりでも一度も襲われた事がなかった”って! あんなに綺麗な人とずっと一緒に居て、理性を保って居られる人ですから!」


 ――やっぱり言っていたか。


 がっくりとアインは項垂うなだれ、疲れたように応える。


「仲間に手を出すほど、女に飢えた覚えはない」


 アインは短く息を吐きだし、「素振りをしてくる」と言って欄干から離れていった。





****


 素振りをしているアインの元に、リティが近寄ってきた。


「リティ、素振りに近付くと危ない。離れていろ」


「それがですね、あちらで揉めてるようなんです。女の子が絡まれてるみたいですが、私には止められそうもなくて」


 アインがリティの顔を見る――眉をひそめ、本当に困っているようだった。


「揉め事はどこだ? 案内してくれ」


「こちらです!」


 駆け出すリティの後を、アインが大剣を片手に追いかけた。





 そこには、酔っ払い三人が誰かを囲んで絡んでいるようだった。

 周りも困り果ててはいたが、不快なものを遠巻きに見るように眺めているだけだ。敢えて揉め事に首を突っ込むお人好しは居ないらしい。


「なぁ嬢ちゃん、ちょっと酌をしてくれよ」

「踊りは踊れないのか? その服を脱いで踊って見せてくれよ」


 絡まれてるのが若い女と確定し、アインが溜息をついた。


 ――これは見過ごせないか。


「リティ、この剣を甲板に立てて抱えていてくれ。それくらいならお前でもできるだろう」


「え?! アインさんはどうするんですか?」


「止めてくる」


 リティに大剣を預け、アインが酔っ払いに近づいていく。

 そのまま酔っ払いに割り込み、絡まれている女の前に庇う様にして出た。

 アインが横目で見た女は、まだ年端も行かない少女だ。おそらく十二歳から十四歳くらいだろう。

 黒く短い髪と金に見えるような琥珀の瞳、白い法衣を着ている。


 アインは呆れたように呟いた。


「まだ子供じゃないか。こんな子供に服を脱いで踊れと言っていたのか……お前たち、退屈だからって昼間から飲み過ぎだ。散れ」


 アインが酔っ払いを押しのけ、手で追い払う仕草をした。

 それが癇に障ったのか、酔っ払いの一人が殴り掛かっていった。


「てめぇ! 何かっこつけてやがる!」


 アインは男の拳を捌いてあしらい、代わりに自分の拳を男の顔面にお見舞いした。手加減はしたつもりだったが、アインは手加減が苦手だった。

 拳を顔面に食らった男は三メートルほど吹き飛び、鼻血を出したまま動かなくなった。


「酔っぱらってるとはいえ、体格差ぐらい考えろ」


 男たちは一般的な体格で、アインは特に大柄だ。彼らの顔が、アインの胸にくる。身長で言えば百八十センチ弱の男たちと三十センチ程度は差があるだろう。

 アインはむしろ、この体格差でよく殴りかかる気になれたものだと感心するぐらいだった。

 残った酔っ払いたちが酔いを醒まし、怖気づいて気絶した仲間を抱え、逃げ出していった。


 アインはそれを見届けた後、少女を振り返り、違和感を抱いた。

 こんな幼い少女が、あれ程の目に遭っても全く動揺していなかったからだ。

 アインが最初に目にした時から、少女は無表情のまま酔っ払いを見つめていた。

 最初は怖くて萎縮しているのかと思っていた。

 だがこうして相対して、それは違うと理解した――少女は、最初から感情を見せていなかったのだ。

 その瞳は、アインが現れてからずっとアインを見つめていた。視線をずっと感じていたのだ。


 躊躇いながらも、アインは少女に声をかける。


「……お嬢ちゃん、怪我はなかったか」


 少女は頭を下げた。


「……どうもありがとうございます。助かりました」


 顔を上げた少女は、変わらずアインの瞳を見つめている。

 まるで何かを見定めるかのように、こちらを見透かすように視線を寄越すのだ。

 そして不意に少女が微笑んだ――アインが初めて見る、この少女の人間らしい感情だ。


「私はウェンディといいます――創世神様のお導きがありました」


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