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6.亡国の姫

 少女と男の同意を得たアインは、男に止めを刺した。

 そのまま涙を流し続ける少女を連れ、急いで野営まで戻り、野営を引き払って夜道を馬で駆けた。少女はアインが馬に相乗りさせた。


 夜通し馬を走らせた後、水場で馬に休息を取らせていた。

 間もなく国境だが、ここで馬が潰れては元も子もないという判断だ。アインには、この少女が長距離を自分の足で歩けるとは思えなかった。


「ミディア、見張りの気配はどうだ」


「――今の所、消えたままね」


 アインは少女と共に倒木に座り込み、話を聞くことにした。


「嬢ちゃんの名前は? 何者なんだ?」


 少女は躊躇いがちに応える。


「……リティシア。リティシア・オイゼス・ワレンタイン、ワレンタイン国王の娘です」


 国王の娘、つまり王女である――アインは呆気に取られた。まさか、そこまで高貴な人間だとは思っていなかったのだ。


 硬直しているアインに代わり、ミディアが横から尋ねる。


「お姫様だったのね。じゃあ、あなたを守っていたのは?」


「……近衛兵です。ゲイル将軍の謀反が判明してすぐ、彼の手引きで何人かの近衛兵と共に城を出ました」


 少女――リティシアは、俯きながらぽつり、ぽつりと語っていった。


 アインが尋ねる。


「街に逃げ込もうとは考えなかったのか? 姫さんを守って国外へ逃げるより、ずっと確実だろうに」


「”軍部が掌握されている”と彼は言いました。”街に逃げ込んでも、すぐに発見される”と。ワレンタインの王都テノスは、目立つ人間が隠れるのに向いていません。一刻も早くバスタッシュ王国へ抜けるように言われ、周囲の近衛兵たちと共に、ここまで逃げてきました」


 アインたちが助けたとき、残っていたのは近衛兵一人だけだった。

 ならば連れて来た他の近衛兵は、追手を食い止める為、脱落したのだろう。


 ミディアが優しく問いかける。


「バスタッシュに行くあてはあるの?」


「バスタッシュ国王に謁見し、事情を話し、力をお借りしようと思っています。お会いしたことはありませんが、話せばわかって頂けるかと」


 アインがリティシアを手で制した。


「……それは少し待った方がいい」


 リティシアは小首を傾げて尋ねる。


「それは何故でしょうか?」


「バスタッシュ国王がゲイル将軍の謀反に加担していない確証がない。共謀していれば、姫さんは捕まって終わりだろう。情報が集まるまで、もっと信頼できる人物の元へ身を寄せるべきだ。他に誰か、信頼できる顔見知りの心当たりはあるか?」


 リティシアはしばらく思案した後、静かに応える。


「……一人だけ、心当たりがあります。理知的な方で、よくお話をさせて頂いてました」


「そいつは誰だ? 何者だ?」


「クイン・マクレーグ――バスタッシュ王都に住む、”蒼の賢者”と呼ばれる魔導士です」


 ――賢者と来たか。随分とご立派な名前だ。


 アインはその人物の情報は持っていないが、リティシアがこの状況で信頼できると判断した人物だ。

 アインもミディアも、バスタッシュに知り合いは居ない。

 今はその蒼の賢者を頼るしかないだろうと判断した。


「わかった。バスタッシュ王都に着き次第、そいつを捜すとしよう。それと、姫さんの服も早いうちに何とかした方がいい。そのままじゃ悪目立ちしすぎる」





****


 ワレンタインとバスタッシュの国境を越えた三人は、手近な村を見つけ、村が見える程度の距離に馬を止めていた。


「ミディア、男物の洋服と帽子を調達してきてくれ。俺たちはここで待つ」


 ミディアは頷くと、村まで馬を走らせていった。


 しばらくしてミディアが村から戻ってくると、調達してきた服を持ってミディアとリティシアが茂みの中へ姿を隠した。


「ミディアさん、このドレスはどうするんですか?」


「処分するわ。まずは脱いでもらって――駄目ね、私には脱がせ方がわからない。切り裂いてしまっても構わない?」


「……処分するのなら、同じことです。やってください」


 短剣でミディアがドレスを切り裂き、リティシアが男物の服に着替えて行く。

 長い髪は帽子の中に隠し、一目ではリティシア王女だと気づけるものが居ない姿になった。

 二人が着替えている間にアインは林の地面を掘り返し、その中に脱いだドレスや靴を捨てさせた。

 穴を埋め立てたアインが、ようやく一息つく。


「ふぅ。これで多少は痕跡が誤魔化せるといいんだがな」


 三人は改めて、バスタッシュ王都を目指して馬を走らせた。





****


 アインは道中の宿を避けた。変装しているとはいえ、リティシアをなるだけ人目に触れさせたくなかったからだ。


「悪いな、姫さんに野営なんかさせちまって」


「いえ、こんな時ですから……気になさらないでください」


 リティシアは気丈に振舞ったが、やはり慣れない野営で夜は眠る事が出来ないようだった。

 日に日に彼女の疲労が溜っていくのを、アインは感じ取っていた。

 そろそろ限界か、と思われた頃、ようやくバスタッシュの王都セビルが視界に入ってきた。

 太陽は真上から陽射しを浴びせてきている。今夜はリティシアを宿で眠らせてやれそうだと、アインは胸を撫で下ろしていた。


 三人は王都の検問の列に並び、彼らの順番が回ってきた。

 アインとミディアは大人しく傭兵ギルドの登録証を兵士に手渡した。


「お前たちは……傭兵か。その子供は?」


「ああ、親戚の息子だ。これから傭兵として手ほどきをしてやる事になっている」


 兵士が不躾な視線を男装しているリティシアに寄越した。


「……随分と華奢だな。こんなんで傭兵になれるのか?」


「これから鍛えるんだ、今は身体ができてなくても仕方がない。もしダメでも、俺の下働きでもさせるさ」


 兵士は納得したように頷いた。


「――よし、次だ!」





 三人を乗せた馬が、王都の門から離れ、通りを進んでいく。ミディアが馬首を近づけ、アインに小声で語りかける。


「無事、王都に入れたわね」


「まずは宿だ。リティシアがもう限界だ」



 アインは王都の大通り、なるだけ治安の良さそうな宿で四人部屋を一つ取った。

 部屋に入るなり、リティシアはソファに倒れ込んでいた。続いてミディアがソファに腰かける。

 それを苦笑で見守りながら、アインが扉の鍵を閉める。


「悪いが全員相部屋になる。こんな状況だ、我慢してくれ。姫さんの傍に俺とミディアが居た方が都合がいい」


 アインも空いている椅子に腰を下ろした。

 ミディアが立ち上がり、アインに声をかける。


「私は身体が温まる食事を頼んでくるわ」


「頼む」


 ミディアがルームオーダーを注文し、しばらくすると温かいスープとパンが届いた。


「姫さんも、寝る前に少しは食い物を身体に入れておいた方がいい」


「……わかりました」


 ここまでの食事は、王女である彼女が慣れていない、旅の糧食で飢えを凌いでいた。

 久しぶりに食べる暖かい料理が思ったより身体に沁みたのか、リティシアはスープとパンを平らげてからベッドに横になっていた。


 リティシアの寝息を聞きながら、アインとミディアが話をしていた。


「明日は俺が一人で蒼の賢者について調べてくる。ミディアはリティシアと一緒にこの部屋で待機していてくれ。それでいいか?」


 ミディアは頷いた。


 アインがしばらく、考え込むように俯いて黙り込んだ。


「……なぁミディア。お前はどう思う?」


「何が?」


「俺たちへの依頼と、謀反のタイミングだ」


 のんびりとバスタッシュを目指して先行していたアインたちに追いつくように、逃げてきたリティシアが出会った。

 それはつまり、依頼を達成して間もなく、謀反が起きたという事だ。

 きな臭い依頼の直後に起きた将軍の謀反――アインは無関係と言い切れなかった。


 ミディアは頭を振って応える。


「私にはわからないわ。何が起きたのかさえ」


 眉をひそめたミディアが、寝息を立てるリティシアの顔を見守るように見つめた。

 何もわからない――それはアインも同じだった。


「そうだな」


 ――もし関係があった場合、俺たちは謀反の片棒を担がされたことになる。


「気に食わねぇな」


 アインはミディアに聞こえない小さな声で、吐き捨てるかのように呟いた。





****


 翌日、アインはリティシアに今わかる情報を尋ねた。


「なぁ姫さん。蒼の賢者について知ってることを教えてくれ」


 リティシアは頷いた。


「クイン様は古代遺物の収集家です。昔受けた呪いを解くために、先史文明の魔導を研究していると仰っていました。それ以外は――優れた魔導士、ということしか存じ上げません」


「人相や風体はどんななんだ?」


 リティシアは言い淀んだ。


「それは……会えば分かる、としか私には言えません。とても独特な方なのですが、私が勝手に話して良い事ではないと思います」


 アインは頭を掻いた。


「会えば分かる、ねぇ? まぁそれだけ分かればなんとかなるか――じゃあ俺は蒼の賢者を探してくるから、姫さんはミディアと大人しく留守番しててくれ」





 アインは魔導士ギルドに赴いた。

 リティシアは蒼の賢者を魔導士だと言っていた。

 この王都に住む魔導士の事であれば、ギルドでおおよその事が分かる。


 アインはギルドの館に入り、受付に居る魔導士に話しかけた。


「なぁあんた、ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか」


 受付の魔導士は読んでいた本から顔を上げ、一瞬怪訝な顔をした。


「そういうあんたは、魔導士に見えないね。魔導士ギルドに何の用だい?」


「蒼の賢者って奴を知ってるか? そいつを捜してるんだ。古代遺物を集めていると噂に聞いて、この街に着いたのは良いんだが、居場所がわからん。それでここに聞きに来た」


 受付の魔導士は静かに応える。


「蒼の賢者を知らないって事は、あんたこの国の人間じゃないな。この国随一の魔導士として有名なんだ。国民ならだれでも知っている人物さ。爵位もちの貴族様だ。平民が会おうとしても、簡単には会ってもらえないよ」


「ほぉ、そんなに偉いのか」


「ああ。だが貴族としての資金はほとんど古代遺物の収集に使ってしまうらしい。かなりの変人だよ」


 アインはニヤリと笑う。


「それなら好都合だ。丁度古い迷宮に潜って、古代遺物かもしれないものを持っている。壊れていて、俺には価値があるものか分からん。直接見せて買い取れるか、交渉したい」


「壊れていても、蒼の賢者なら買い取ってくれる可能性はあるな……いいだろう。普段、蒼の賢者が住まいにしている場所への地図を書いてやる。あとは自分で交渉してみてくれ」


 アインは頷いた。


 窓口の魔導士は王都の地図に、ギルドから蒼の賢者の住まいへ向かう道のりをペンで記し、その地図をアインに渡した。


「ありがとう、助かる。この地図の報酬はいくらだ?」


 窓口の魔導士は首を横に振った。


「この程度、無料で構わないよ。魔導士ギルドは、魔導士同士が助け合う為の互助会だ。あんたの持ってきた物が、蒼の賢者に役立つと良いんだがね」


 アインはもう一度だけ礼を告げ、魔導士ギルドを後にした。





 宿に戻ったアインは、部屋の扉を符丁で叩く――アインとミディアの間だけで通じる、扉の叩き方だ。

 すぐに鍵が開けられ、アインは部屋の中に大きな身体を素早く滑り込ませ、すぐに扉と鍵を閉めた。

 そのまま椅子に腰を下ろし、一息つく。ソファには一晩熟睡して回復したリティシアと、アインに続いて腰を下ろしたミディアが座っている。


「――ふぅ。蒼の賢者の居場所が分かった。まだ午前中で時間はある。リティシアも回復したようだし、これから三人でそこに向かおう――一晩でそこまで回復できるとは、若さってのは羨ましいな」


 リティシアがきょとんとして尋ねる。


「食事をしてあれだけ熟睡したのです。まだ少し身体は重たいですが、回復して当然ではありませんか?」


 アインが苦笑いを浮かべた。


「俺たちぐらいの年齢になるとな、その程度じゃ疲労が抜けきらないんだ。だから、深く消耗しないように気を配るようになる――さぁ、時間がもったいない。支度してくれ」


 リティシアとミディアが頷き、立ち上がった。

 ミディアは双剣のみを腰に携え、リティシアは長い髪を再び帽子の中に隠した。

 アインは普段通り、大剣を背中に背負っている。

 貴族様に会うには服装規定違反だろうが、古代遺物をちらつかせれば、会っては貰えるだろう。


「準備できたな? では行こう」





****


 地図を頼りに道を進んでいく。

 蒼の賢者の住処は、貴族街の一角にあった。立派な屋敷が立ち並ぶ、街でも一際綺麗な区画だ。

 時折巡回の衛士たちに出会い、アインたちを睨み付けている。”下手なことをすればすぐに捕まえる”という意思表示だ。迂闊に騒ぎを起こせば、彼らがすぐに駆け付けるのだろう。


「――ここだな。不在でなければいいんだが」


 邸宅の前で、背の高い青年が庭掃除をしていた。

 アインが掃除をしていた青年に話しかける。


「なぁあんた。蒼の賢者は居るか? 壊れた古代遺物かもしれない物を迷宮で拾ったんだが、買い取ってもらえるか交渉したいんだ」


 青年はアインに振り向き、笑顔で応える。


「古代遺物っすか? それなら会ってくれると思うっす。お師匠は丁度在宅だから、少し待って居て欲しいっす」


 青年は箒を庭に投げ捨て、玄関に飛び込んでいった。

 アインは唖然として呟いた。


「あいつ今、お師匠っていったよな? まさか、あれも魔導士だっていうのか?」


 ミディアが肩をすくめて応える。


「私に分かる訳がないわ。とてもそうは見えないけどね。リティシアは知ってる?」


 リティシアも首を横に振った。


「いえ、私も存じ上げない方です」


 すぐに青年が、一人の少年を連れて戻ってきた。青い長衣を着込んだ、青い髪の少年だ。年の頃は十二歳くらいだろう。


 ――こいつは魔導士っぽいな。こいつも弟子か。


 青年が下がり、少年が穏やかにアインたちに尋ねる。


「壊れた古代遺物らしきもの、と伺いました。あなたがたは何者ですか? 何故、どのような経緯でそんなものを?」


「詳しいことは中で話したい。俺はアイン・ノート、旅の傭兵だ。こっちはミディア・ウェスト、俺の相棒だ。そしてこっちが――リティシアだ」


 リティシアの名前を聞いて、少年の表情が怪訝なものに変わった。リティシアは帽子を取り、長い髪と顔を晒した。


「クイン様、お久しぶりです」


 アインとミディアが驚いてリティシアと少年を見比べた。リティシアが少年をクインと呼んだからからだ。


 ――ならば、この少年が蒼の賢者だというのだろうか。


 少年――クインもまた目を瞠り驚いていた。だがリティシアの汚れた顔と平民の服装から察したのか、辺りに目を配った後に告げる。


「リティシア様と……アインさんにミディアさんでしたか。見つかる前に中へ――ルイン、貴賓室を用意させてくれ」


 傍に居た青年に指示を飛ばすと、クインはリティシアとアインたちを邸宅の中へ招いた。





 貴賓室に通されたアインたちは、アインを中央にしてクインと向かい合ってソファに座っていた。

 紅茶が給仕された後、すぐに人払いされ、室内から使用人の姿が消える。

 扉が閉まったところで、クインが口を開いた。


「リティシア様、何がありました? その姿、ただ事ではないようですが」


 リティシアが静かに応える。


「ゲイル将軍が謀反を起こし、お父様が殺されたと近衛兵から聞きました。私は近衛兵たちに促され、直ぐに城を脱出しましたが途中で追手に追いつかれ、囲まれて殺される寸前だったところを、この方々に救って頂いたのです」


 クインが頷いた後、柔らかく微笑んだ。その目は、リティシアを労わる眼差しだ。


「――事情は把握しました。リティシア様、あなたが助かってよかった。この件は私の方でも調査をしましょう。ご家族の安否も知る必要があります。リティシア様はしばらく、この邸宅に身を潜めていてください」


 リティシアは小さく頷き、立ち上がったクインによって呼ばれた侍女に促され、別室へ案内されていった。

 クインがソファに改めて腰を下ろす。


「リティシア様を保護し、ここまで連れてきてもらったこと、感謝します」


 年齢の割に落ち着いた口調でクインは告げた。


「気にしないでくれ。たまたま通りかかっただけだ――それよりあんた、名を馳せてる割に若いな」


 アインたちの前に居るのは、どう見ても年端も行かぬ少年だ。

 ”国内随一の魔導士で国民ならだれもが知っている”と言われるほどの魔導士には、とても見えない。

 名声に対して若すぎるのだ。活躍し名を馳せる時間などないだろう。


「やはり、気になりますか」


 クインは静かに笑っていた。そしてゆっくりと告げる。


「私は、とある事情で歳を取らないんですよ。子供に見えるでしょうが、優に百年を超えて生きています」


「百年?! 百歳以上だと言うのか?!」


 アインが声を荒げた。

 歳を取らない――それは不老不死ということではないのか? 老いる事も、寿命で死ぬこともないということだ。

 頭蓋を叩き割ったり、心臓を抉り出せば死ぬかもしれないが、それを試すわけにもいかない。

 リティシアが”会えば分かる”と言ったのは、この事だろう。少年の外見をした老練の魔導士、それが蒼の賢者クインなのだ。


 だが、頭で理解しても納得できるかは別だ。アインはミディアと顔を見合わせ、戸惑いを隠せないでいる。


「今は信じられなくても、二十年もすれば嫌でも納得できますよ。何十年経とうが、私の姿は変わりませんから」


 クインは愉しそうに笑顔で紅茶を口に含んでいる――だがその笑顔は、どこか寂しさと自嘲を孕んでいた。


「あなた方は傭兵と名乗りました。ならば謝礼を渡すのが筋でしょう」


 そう言ってクインが己の懐をまさぐった。

 だがそんなクインを、アインが手で制した。


「謝礼は有難いが、先にあんたに見てもらいたいものがある――ミディア、あの玉を」


 アインがミディアに手を差し出し、物を要求した。

 ミディアがきょとんと応える。


「あの玉? ――ああ、あれね」


 ミディアが腰の鞄から手のひら大の青い玉を取り出し、アインに手渡した。

 アインはそれを、静かにクインの前に置いた。


「これがなんなのか、あんたなら分かるか?」


 クインは怪訝な顔をしながら青い玉を見つめ、そっと手に取った。

 そのまま室内の光にかざすように玉を眺めていく。

 しばらくして、静かにクインが口を開く。


「……古代遺物ロスト・アーツ。その部品ですね。最初に言っていた事は、私に会うための嘘ではなかったということですか。何故あなた方がこれを?」


「ワレンタインの傭兵ギルドで依頼を受けた。”古代遺物を破壊してくれ”とな。それは、壊した古代遺物の欠片だ」


「依頼主は?」


「”王都の高官”だとさ」


「壊した理由は?」


「”邪教が目障りだから潰して来て欲しい”とだけ聞いている」


 クインは黙って玉を回して眺めながら、思案を巡らせているようだった。


 アインが言葉を続ける。


「依頼を終えると口止め料を渡され、国外に出るまで見張りが付いた。まともな依頼じゃなかったが、気が付いたのは、依頼を達成した後だった」


 ミディアが悔しそうに口を開く。


「ごめんなさい、アイン。あなたはあれほど警戒していたのに、私が先走って依頼を受けてしまった」


「言うな。お前を止める機会は何度もあった。それに、依頼を受けたのは俺たち二人だ。手を下したのも俺だ。今回の事は、俺の責任でもある」


 クインは黙って思案を続けている。


 アインが再び言葉を続ける。


「もし、俺たちの行いが謀反のきっかけになったのだとしたら、俺たちも無関係ではいられない。何か手伝えることがあれば言ってくれ。これでも腕は立つつもりだ」


 クインは玉から視線を外さずに応える。


「……では、あなた方の滞在先を教えてください。何かあれば使いの者を寄越します。滞在費は、その依頼の報酬があればなんとかなるでしょう? それとこの古代遺物は私が預かりますが、よろしいですか」


 淡々と、だが有無を言わせぬ問いに、アインは頷いた――確かにこの迫力は、少年の持つものではないだろう。百年を生きたというのは嘘ではないようだ。

 宿泊先を告げ、アイン達はその場を立ち去った。


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