5.胎動
「こんなガキが俺の護衛任務?! ふざけてんのか!」
恰幅のいい男が、激しい剣幕でゲイングに詰め寄った――彼が、依頼主の商人ウェストンだった。港町ウェスティンを牛耳る老舗の大商人だ。
「ギルドから話は聞いているだろう? 俺とデルカ、二人で並の冒険者三人分の働きができる。問題はない」
「確かにあんたは体格も立派で力はあるだろうがよお! こんなガキが居たんじゃ、足手まといだろうが!」
「デルカは俺の援護をするのに慣れている。嬢ちゃん一人加えても問題はない。俺が三人分働けば済む話だ」
ウェストンの額に青筋が浮かび上がった。
「ふざけんじゃねえ! いくらあんたでも、一人で三人分は無理があるだろうが!」
「それなら、あんたが納得できる人間と人数をここに揃えてくれ。そいつら相手に無傷で勝てば、納得してくれるか?」
ゲイングは平然と応え、ウェストンは唖然とした。
「……あんた、自分が何言ったか分かってんのか?」
「もちろんだ。だがそいつ等の装備が壊れても、弁償しろとか言うなよ? 俺の一撃を受け止められた人間など、今まで居なかったんだ」
ウェストンはギルドから、ゲイングたちは遠方から来たばかりだと聞いていた。つまり、今この時点でゲイングの実力を裏付ける実績らしい実績はない。傍から見て、自信過剰にも程がある発言だ。
ウェストンが怒りを堪えたまま背後の警備に声を張り上げた。
「てめぇら! 全員武器を持って並べ! この馬鹿に身の程を弁えさせろ!」
ウェストンの背後に居た十人の警備を担っていた冒険者が前へ出た。
その中の一人が、ゲイングに声をかける。
「おい新顔、お前素直に謝っちまえよ。ウェストンさんは話の分かる人だ。素直に謝れば許してくれる」
「謝る? なんでだ? 今この場に居るお前たち全員の剣を叩き折れば、それで納得してもらえるのだろう? ――ああ、安心しろ。怪我はさせない様に気を付ける」
その一言で、冒険者たちの顔色も変わった。彼らにも己の強さに矜持がある。それを傷つけられたのだ。
「――その言葉、後悔するなよ?」
十人の冒険者が長剣を抜き放ち、ゲイングを取り囲んだ。
ゲイングもゆっくりと長剣を抜き放つ。
「いつでもいいぞ? 剣を折られたい奴からかかってこい」
その言葉を皮切りに、ゲイングの背後から静かに三人の冒険者が切りかかった――卑怯と非難する権利は、ゲイングにはない。襲撃者は手段など選ばない。この程度を凌げないで、一丁前の口など利くべきではないのだ。
ゲイングが切り捨てられる――ウェストンが哀れな者を見る目つきで眺めていた瞬間、ゲイングの身体が翻った。
次の瞬間には、切りかかっていた三人の男たちの長剣が綺麗に叩き折られていた――たった一振りで、三人の剣を叩き切ったのだ。
その様子を、ウェストンと警護の冒険者たちが呆然と眺めていた。
彼らには、ゲイングがどうやって剣を叩き切ったのか、その動きが全く見えなかったからだ。
素早く翻る体に巻き付けるようにして力任せに腕を振り回す、ゲイングの得意技だった。獣人の分厚い筋肉と毛皮に守られた身体さえ両断する程の威力がある。並の人間などに耐えられる一撃ではない。
「……納得したか? 俺はこの場に居る全員を相手にして、無傷でその首を落とせる。三人前の働きってのは、ここでの実績がないから控えめに自己申告してるだけだ」
ゲイングが再び長剣を片手に下げたまま、静かに告げた。
長く冒険者家業を続けていれば、彼我の戦力差を測る術を心得る。
その場にいる冒険者たちは全員戦意を喪失し、剣を鞘に納めた――ゲイングの言葉に、全く反論できる気がしなかったのだ。
ウェストンが乾いた笑い声を上げる。
「……はは、ははは。すげえなあんた。今までこんな化け物、見た事ねえや」
「ウェンディの事は、これで納得してもらえるか?」
ウェストンが頷いた。
「ああ、分かった。確かにそのガキ含めて、あんたら三人を三人分の報酬で雇う。できれば十人分で永久雇用したいところだが、頷いちゃくれないんだろ?」
ゲイングが苦笑を浮かべた。
「俺たちは路銀が貯まったら移動する。永久ってのは聞けない話だ」
ウェストンは笑顔で応える。
「それでいいとも。あんたらの都合が変わったならいつでも言ってくれ。こんな頼もしい護衛をたった三人分の報酬で雇えるんだ。短くてもその幸運を享受させてもらうさ――剣を折られた奴は後で言ってくれ。必要経費として新しい剣の代金を俺が弁償する!」
――どうやら、話の分かる商人ってのは嘘じゃないらしい。
裕福なのもあるだろうが、警備する冒険者に不信や不満を持たれない為の最善の処置だろう。
ゲイングを大人しく手放す話も快く承諾した。
他の冒険者たちも、決して弱いわけではない。ゲイングに大きな怪我を負わせない様に、手加減をして切りかかっていた。その隙を逃さずに話を纏めただけだ。
ウェストンに言った言葉に嘘はないが、簡単に全員を切り捨てられるとも思えなかった。仲間であれば頼もしいというものだ。
この商人の警護であれば、安心して居られるとゲイングは感じていた。
ウェンディはその様子を、ただ静かに無表情で見守っていた。
****
即日ゲイングは警護に割り当てられたが、その日は外出の予定もなく、今までの警備で十分と言われ、ウェストンから割り当てられた部屋に居た。
夜になり賄い飯が各人に振舞われ、デルカが驚いていた。
「部屋だけじゃなくて、食事まで? 至れり尽くせりじゃない……何故こんな依頼がギルドに張り付けられていたのかしら」
「聞いた話じゃ、三日前に大規模に襲撃されて欠員が出たらしい。この街一番の大商人だ。敵も多いってな。俺たちは運よくその隙間に滑り込んだって訳だ。嵐で船が遅れたのが幸いしたな――なぁウェンディ、これが創世神の意志という事なのか?」
ウェンディが頷いた。
「創世神様は、必要な時、必要な場所に、必要な者を導いてくださいます。今私たちがここに居るのも、創世神様の御意志です」
「はぁ、そうか。俺にはさっぱり理解できない世界だが、俺たちはお前に付いて行くと決めたんだ。路銀が貯まり次第、お前が行きたい所へ行こう」
諦観の表情で肩をすくめていたゲイングの傍らで、ウェンディが北の方角を見つめていた。
デルカが不思議に思い、ウェンディに声をかける。
「どうしたの? そちらは壁があるだけよ?」
「……いえ、近いうちに、移動する事になると創世神様が仰っています。ここにはあまり長居できないだろう、と」
「ええ! こんな快適な依頼、まずお目にかかれないわよ? そんなに直ぐに移動しなきゃいけないの?」
「今はまだ、そこまで詳しい事は教えて頂けません。ただ、”動き出した”とだけ仰っています。私はそれを、止めなければならないとも」
ゲイングがさっさと食事を食べ終わり、ウェンディに尋ねる。
「それは、嬢ちゃん一人でやらなきゃいけないことなのか? 俺たちにも手伝えるのか?」
ウェンディは首を横に振った。
「まだ、わかりません。ですが、もっと大きな力が必要だと感じます」
「大きな力、ねぇ……まぁいいさ。その時が来れば、神様が教えてくれるんだろう? 今日はしっかり食べて、しっかり寝ておけ」
そう言うとゲイングは一足先にベッドに寝転び、目を瞑った。
****
アインとミディアの二人は、ワレンタインの王都を出立し、バスタッシュ王国へ向かっていた。
その様子は急ぐでもなく、のんびりと周囲の景色を楽しむかのようだ。
アインが小さな声でミディアに声をかける。
「……どうだ? まだ居るか?」
ミディアが静かに応える。
「――そうね。私たちよりかなり後ろを、ワレンタインの兵士が付いてきてるわ。向こうも気づかれているのを承知しているのでしょうけどね」
二人は王都を出てから、ずっと監視の目がある事に気づいていた。
襲撃される可能性を確かめる為、敢えてゆっくりとバスタッシュを目指していた。
だがここまで、二人が襲い掛かられる様子はない。
「俺たちが本当に国外に出るか、見張ってるという訳か」
「多分そうね。本音は早く出ていってほしいのでしょうけれど」
アインも気づかれないように背後を覗き見る――確かに、ワレンタイン王国兵の騎兵が一騎、付いてきている。
野営の間も視線を感じていたが、殺気は感じていない。
「襲ってきたら返り討ちにするだけだが、鬱陶しいな」
その日もゆっくりと道程を進め、野営をして眠りに落ちた。
****
遠くで金属音がした気がして、アインが目を覚ました。
耳を澄ますが、よく聞き取れない。
「――ミディア、聞こえたか?」
「ええ、少し待って――争ってる音が聞こえるわ」
ミディアはアインよりも目や耳が良い。こういう時には頼りになった。
アインが周囲の気配を探るが、監視の目は感じない。
そのままゆっくりと上体を起こし、大剣を手に取る。
ミディアも起き上がって双剣を腰に帯び、弓矢を背中に背負い、音のする方へ先行していった。アインがその後を追う。
アインよりも俊敏なミディアが、かなり先行し、茂みの中に潜んでいた。
その茂みに、アインも辿り着く。
ミディアの視線の先を、アインの目が追う――兵士の集団が、誰かを囲い込んでいるようだった。彼らの争う音が聞こえてきたのだ。
兵士たちに囲まれた誰かは、背後に別の誰かを守っているようだった。
ゲイングが小声で尋ねる。
「こういう状況でどうしたらいいか――わかってるな?」
ミディアは視線を動かさずに頷き、背中から弓矢を外して手に持ち、弓に矢を番えた。
そのまま囲い込んでいた兵士の首目掛け、矢を解き放つ――命中と同時にアインは駆け出していた。
走りながら大剣を引き抜き、手近な兵士から次々と切り捨てて行く。
夜の乱戦で弓矢は使えない――ミディアも双剣を両手に持ち、アインの後を追って兵士たちを切り捨てて行った。
取り囲んでいた兵士たち全員を切り伏せ終わり、アインが襲われていた人物に近付いた。
「大丈夫か?」
男はワレンタインの兵士だった。一般兵士よりも上等な鎧を着ているようだが、既に満身創痍――もう長くはもたないだろう。
「……何者だ」
男の誰何の声に、アインが応える。
「旅の傭兵だ。争ってる音が聞こえたんで、襲われてる方を助けた」
男は構えていた剣を下ろした――いや、もう構える力すら残っていなかったのだろう。剣を地面に突き刺し、杖代わりにして膝をついた。
そうして男が身を屈めた事で、男が庇っていた人物が姿を現した。
そこには瀟洒 なドレスを着こんだ長い金髪の少女が居た。
ドレスの裾は泥で汚れているが、高い身分なのは一目瞭然だ。
少女は円らな青い瞳に涙を溜め、男に駆け寄り声をかけていた。その上等なドレスが血に汚れるのも意に介さず、男の介抱を必死に始めた。
男は介抱を続けようとする少女の手首を掴み、「もう、無駄です」と告げた。
そしてアインに顔を向けた。
「お前たちに、頼みがある」
「なんだ? 俺たちに出来ることなら引き受ける」
「このお方を、バスタッシュへお連れしてくれないか」
「一体、何があった?」
その問いに、男は短く応える。
「――謀反だ。ゲイル将軍が裏切り、王が殺された」
ようやく最後のメインキャラ6人目がチラ見せです。
彼女は彼女で、もうひとつの年の差恋愛譚の中心人物になります。