4.きな臭い依頼
ゲイングとデルカ、そしてウェンディは、ようやく港町ウェスティンに辿り着いていた。
「季節外れの嵐に逢うとか、どういうことなんだ――おい嬢ちゃん。お前の神様は何か言ってないのか?」
「これも創世神様の御意志です」
ウェンディは静かに応えた。その瞳の信仰が揺らぐ気配はない。
デルカは苦笑いを浮かべてゲイングの腕を叩いた。
「まぁいいじゃない。ちょっと船に揺られる時間が伸びただけよ。それより、冒険者ギルドに行って登録証を作りましょう。今のうちに、少し路銀を稼いでおきたいわ」
「それもそうだな。登録をとっとと済ませて、手頃な依頼を探してみるか」
三人はウェスティンの街を歩き、冒険者ギルドの建物を目指した。
ギルドの受付は気さくな若い男だった。
「おや、見ない顔だね。旅人かい?」
「たった今、ウェスティンに着いたばかりだ。リンデゴード島から移住してきた」
ゲイングは無愛想に応えた。
若い男は目を瞠った。
「リンデゴード?! 随分遠くから来たんだな……それなら、冒険者登録しに来たんだな。こっちに来てくれ――そっちのおチビちゃんも冒険者なのか?」
若い男の目がウェンディに留まっていた。
こんな年端も行かない少女が冒険者になるのは珍しい事だ。
ゲイングはウェンディを一瞥してから、受付の男に向き直る。
「ちょっと違うが、身分証はあった方がいい。三人分の登録証を作ってくれ」
「わかった。じゃあこれが申請書類だ。必要なことを書いてくれ」
ゲイングがごつい手に似合わないペンを持ち、書類に三人の名前を記していく。
若い男はそれを見ながら、あることに気づいて尋ねた。
「――ゲイング・ホープランドにデルカ・ホーネット、それに”ウェンディ”? ファーストネームだけなのか?」
ゲイングは肩をすくめて応える。
「俺たちどころか、嬢ちゃん自身も知らないんだとさ。父親も母親も死んだらしい。調べる方法は、もうない」
若い男が痛ましいものを見る眼差しでウェンディを見ていた。
「そうか……可哀想な身の上なんだな。事情は理解した。すぐに登録証を用意するから、依頼票でも眺めながら待っていてくれ」
冒険者の中には、こうした訳ありの者が多くいる。深く詮索されることはない。
ゲイングは頷き、室内の依頼掲示板へ移動した。
デルカが感心するように呟く。
「さすが、大陸の玄関口ね。依頼が多いわ」
「そうだな。これなら食い扶持や路銀で困る事はないだろう――これなんかどうだ、商人の要人警護。期間は不定だが、報酬は悪くない」
「その間、ウェンディはどうするの?」
ゲイングがウェンディを見る。
「嬢ちゃん、お前はどうしたい? 安宿になるが、そこで待機するか、俺たちと一緒に警護に当たるか」
「私は、あなたたちに付いて行きます」
ウェンディの迷いない瞳に、ゲイングが頷いた。
「――わかった。警護でも、俺たちの傍に居れば安全だ。冒険者として、嬢ちゃんの最初の仕事になるな」
その後、他の依頼も見て回ったが、ウェンディを連れて行けるような依頼は見当たらなかった。
「この依頼で決まりそうね」
「みたいだな」
顔を見合わせていたゲイングとデルカに向かって、受付の若い男が声を張り上げた。
「登録証ができたぞ! 取りに来てくれ!」
三人は受付のカウンターに向かい、登録証を受け取り、最初にウェンディの首に提げてやった。
「冒険者ウェンディの誕生だ」
ウェンディは物珍しそうに、自分の名前が掘られた木札を手に取って眺めている。
既にリンデゴードの冒険者ギルド登録証は海に投げ捨てていたゲイングたちも、首から新しい登録証を提げた。
そのまま受付の男に依頼票を手渡す。
「この依頼、俺たち三人で受ける。依頼主が渋るようなら、二人分の報酬で構わない」
若い男は笑って応える。
「ははは! その心配は要らない。そのおチビちゃんだって、登録証を持った立派な冒険者だ。ギルドの名に懸けて、三人分の報酬を払わせるさ」
ゲイングたちは受付の男から、依頼の詳しい内容を聞き出し頷いた後、ギルドを後にした。
****
アインとミディアは二日間馬を走らせ、地図の印がある地点に辿り着いていた。
古代遺跡に続く解放された門があり、かがり火の傍に門兵が一人立っている。
二人は近くの木に馬を繋ぎ、門兵に近寄っていった。
「依頼を受けてきたんだが」
ゲイングが言葉を投げかけると、門兵が気だるそうに二人を見た。
ミディアは懐から封蝋のされた手紙を取り出し、門兵に渡した。
門兵は封蝋を確認した後、表情をわずかに変えて中の手紙を乱暴に取り出し、目を通していく。
「……話は聞いている。朝になってもお前たちがここに戻ってこれなければ、依頼は失敗したものとしてギルドに報告する。それでいいな?」
つまり、朝までに依頼を達成して生還して来い、ということだ。
「今までにここに来た奴は居るのか?」
「お前たちが知る必要はない。速やかに依頼主の望みを果たしてこい」
手紙を手に、無愛想な門兵が返事をした。その目付きは冷たいものだった。
アインとミディアは顔を見合わせ、頷きあった――他に道はないのだ。
「わかった。それでいい」
二人は門をくぐり、古代遺跡へ足を踏み入れて行った。
アインとミディアが遺跡内部に入ったのを確認すると、門兵は静かに手紙をかがり火にくべた。
****
アインを先頭にミディアが続き、石造りの階段を下りて行く。
通路が続いているようだが中に明かりはなく、ミディアが松明を取り出して火をつけた。
そのまま二人で並んで歩いていく。
「……静かな物ね。魔獣の気配もない」
「……そうだな」
魔獣どころか、鼠一匹見当たらない。鼠の餌すらないのだろう。
――拍子抜けだ。
”朝までに生還しろ”などと言われるのだ。どんな障害が待ち構えているのか、アインは内心身構えていた。肩透かしもいい所だろう。
そのまま大きな分岐路もなく、ただ道なりに進んでいく。
そうして間もなく、二人の目の前に大きな扉が見えてきた。
両開きの扉の握りには、錆び付いた鎖が幾重にも巻き付けられていた。
「こりゃまた――随分と古風な”封印”だな。本当にこの奥に古代遺物なんかあるのか?」
アインが訝しみながら、背中の大剣を引き抜いた。
そのまま、軽く勢いをつけて鎖に振り下ろした。
鎖は呆気なく一撃で破壊され、残骸が鈍い音と共に床に散らばっていった。
「開けるわよ」
松明を片手に、ミディアが扉の握りを掴み、押し開けて行く。
そのまま二人で中に入ると、そこは開けた部屋になっていた。天井も高い。
そして部屋の中央に、なにかあるようだった。
――なにかが蹲っている?
「なんだ? あれは」
アインが大剣を手にしたまま、慎重に近づいていく。松明の明かりに照らされたそれは、岩人形だった。
岩人形の身体が光り出し、ゆっくりと動き出した。
「魔導で動く、石造りの人形ね。私の武器じゃ歯が立たない――アイン、あなたに任せるわ」
ミディアは空いた片手で腰から短剣を抜き放ち、岩人形から距離を取った。
彼女は長めの短剣を両手で扱う双剣使いだった。弓使いの彼女の護身用の武器だが、双剣だけでも十分に戦える実力を兼ね備えていた。
だが弓にしろ短剣にしろ、岩人形には分が悪い。
アインは頷いて応え、大剣を両手で構えて岩人形に向き直った。
岩人形は完全に立ち上がり、目の前のアインを敵として認識していた。
その全長は三メートルを優に超える巨体だ。こんな岩の塊に暴れられたら、堪ったものではない。
――なるほど、こいつは厄介だ。
「遺跡の守護者って訳だ――金貨五枚の為に、早々に大人しくなってもらうとするか」
岩人形の体重を乗せた拳が、アインの頭を目掛けて振り下ろされる。
まともに食らえば、人間など一撃で肉塊になる拳だ。
アインはそれを綺麗に避け、岩人形の腕が床にめり込むと同時に、外側から岩人形の肘に大剣を振り回し叩きつけた――伸びきった肘関節を、外側から破壊しているのだ。
その大剣は重量で叩き切る事に特化していた。通常よりも重たく、頑強に作られた特注品だ。その重たい大剣の質量を高速で振り回し、力任せに叩きつける。それがアインの戦い方だった。
その攻防が幾度も繰り返されるうちに、岩人形の左腕が肘から砕け落ちた。
アインは同じ要領で右腕も破壊していく。
無防備になった岩人形の頭部目掛けて、振り回した大剣を横合いに叩きつける――これも幾度も繰り返し、岩人形の頭部に亀裂が入っていった。
頃合いを見て、アインは真正面から岩人形の頭部目掛けて大剣を振り下ろし、かち割った。
岩人形は頭部が弾け飛び、その動きを停止し、身体から光も消え去っていった。
アインは額の汗を片手で拭い、一息つくと大剣を背中の鞘に納めた。
「朝まで、あとどれくらいだ?」
「まだまだ、余裕はあるわよ」
ミディアも短剣を腰に納め、アインに近づいていく。
戦っていた時間は三十分も経っていない。重労働ではあったが、時間はたっぷり残っている。
「でも、先を急ぎましょう。この先に何があるかわからないもの」
――こんなのがまた居たら、なんてことにならないといいんだがな。
アインは辟易とした顔で先を急いだ。
****
その通路は行き止まりだった。
見たこともない石作りの装置が壁面に埋め込まれ、光で模様を浮き上がらせては明滅していた。
アインは呆気に取られて口を開く。
「まさか、これが目的の古代遺物、なのか?」
「他に道はなかったわ。それに私たちに理解できない装置なのも確か。古代遺物であることだけは確かね」
「……ミディア、下がっていてくれ。破壊する」
ミディアが大きく下がり、アインが大剣を構える。そのまま助走をつけたアインが、大剣を装置に叩きつけた。
叩きつけるたびに装置に亀裂が走り、光と共に欠片が弾け飛んでいく。
何度も大剣を受け続けた装置は、最後には静かに光を消していった。
松明の明かりだけが残る中、アインが呟く。
「……終わったか」
「みたいね――あら、これはなにかしら」
最後の一撃で、装置から大き目の部品が弾け飛んでいた。アインはそれだろうと目星をつけた。
その部品は、手のひらに収まる程度の、宝石のような青い玉だった。
「壊れてるとはいえ、古代遺物の欠片だ。好事家に高く売れるかもしれん。ミディアが持っていろ」
ミディアは頷いて、その玉を腰の鞄にしまいこんだ。
アインは辺りを見回し、手ごろな大きさの装置の欠片を拾い上げた。
これをギルドで見せれば、破壊した証になるだろう。
その欠片はアインが懐にしまい込んだ。
「依頼達成か」
「朝までに地上に戻れば、ね」
アインが苦笑する。
「違いない。さっさと引き上げよう」
地上に無事戻ったアインとミディアを、門兵は無言で迎えた。
お互いに一瞥を交換し合った後、アインとミディアは馬を駆り、ワレンタイン王都を目指した。
****
――ワレンタイン王都、傭兵ギルド。
前回アインたちと話をした男が、今日も退屈そうに椅子に座ってカウンターに足を投げ出していた。
中に入ってきたアインたちに気づいた男が、先に声をかける。
「随分と早いな。なんだ? 依頼返上か?」
アインは懐から装置の欠片を取り出し、受付の男に差し出した。
男は黙って欠片を受け取り、興味なさ気に見下ろした。
「……まぁいい。依頼達成と認めよう。少し待ってろ」
男が事務所の奥に引っ込み、しばらくして革袋を片手に戻ってきた。
「報酬だ。受け取れ」
男が投げてよこした革袋を、アインは片手で受け止め、中身を確認する――中身は、金貨六枚だった。
「……おい、どういうことだ。話が違う」
報酬は金貨五枚――それがこの依頼の報酬だった。金貨が一枚多いのだ。
受付の男は表情を変えずにアインに告げる。
「口止め料、だそうだ」
そのまま男は肩をすくめた。
――この依頼は他言無用。そういうことか。してやられたな。
だがもう遅い。古代遺物は破壊してしまった後だ。どうにもきな臭いが、今更どうしようもなかった。何が起こるかも予想が付かない。
――ここは大人しく受け取って、他国に行くべきか。長居は禁物だな。嗅ぎまわれば、俺たちの命すら危うくなりかねない。
「わかった。俺たちは近いうちに、この国を立つ」
受付の男が嫌らしく笑った。
「ああ、それがいいだろう――賢い男だな」