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3.大剣の男

ここからがハイファンタジー短編 邪教の姫シリーズ「亡国の王女と邪教の姫」3万5千文字の再構成です。約16万文字の殆どがこの章です。短編時とは途中からかなり違う話になります。

恋愛パートもこの章からですが、まだしばらくは時間がかかります。


今回でメインキャラの内、4人目と5人目が登場します。





 船はもうじき、リュークヴィスト大陸の南玄関、港町ウェスティンに到着しようとしていた。

 椅子に腰かけるゲイングに、ソファに座るデルカが語りかける。


「あとどれくらいで着くのかしら」


「このまま嵐が来なければ、一週間くらいだと言っていた」


 南の海は嵐が多い。だがこの季節ならば、まだ嵐が増える時期ではないとも説明されていた。

 ゲイングの視線が、飽きずに窓から波間を見つめているウェンディに注がれた。相変わらず無表情なのだが、やはり瞳には好奇の色が見え隠れしている。表情に出さないだけで、感情自体は持っているのかもしれない。それが一般的な人間とかけ離れているのは否めないが、見た目ほど冷淡な人間という訳でもないということは船旅の間で分かってきていた。


「嬢ちゃんの追手も、リュークヴィスト大陸まではやってこないはずだ。リンデゴード島国教は、島から邪教を追い出そうとしているが、異教を殲滅する事そのものには大きな意味を見出していないようだったからな」


 世界を作った竜の神、創竜神を崇めるという竜神教――そこの教義に、”異教を許すな”等というものはないと聞いたことがあった。本来は大らかな宗教なのだ。

 でなければ、大陸でも崇拝されている竜神教が大小様々な宗教を見過ごすわけもない。リンデゴード島の竜神教は、閉じられた環境で排他的に変化したのだろう。


「俺たちも、リンデゴード島の冒険者ギルドにはもう戻れないかもしれんが、あそこのギルドは大陸と独立している。大陸の冒険者ギルドで追われることはないだろう」


「でもその代わり、私たちは実績のない冒険者見習い、ということになるのかしら?」


「なに、リンデゴード島から移住してきたと正直に言ってギルド登録すれば良い。大陸のギルドも、一々リンデゴード島のギルドに情報を確認することはないはずだ。実績は積み上げ直しだが、俺たちは路銀を稼ぎつつ嬢ちゃんに着いて行くだけだ」





****


 ゲイングたちが目指す港町ウェスティンから少し北上した街道――バスタッシュ王国とワレンタイン王国に向かう分岐路で、一組の男女が二頭の馬に跨り思い悩んでいた。彼らは傭兵として生計を立てていた。

 左に向かえばワレンタインの国境、右に向かえばバスタッシュの国境だ。

 男は懐から所持金の入った革袋を取り出し、その中身を覗き込む――路銀は残り少なかった。


 元々彼らは仕事を求めてバスタッシュに向かう予定だった。バスタッシュ王国は大きな国だ。傭兵仕事もそれなりに潤沢にあると思っていた。だがここからでは王都まで少し遠かった。

 急な嵐が重なり、彼らは路銀を予定より消耗していた。嵐の中で野宿などしていられない。泣く泣く宿を取り、嵐が過ぎ去るのを待ったのだ。

 このままバスタッシュに向かっても、街に入る為の通行料が足りるか、心許ない所だった。一度でも嵐に遭遇し宿を取れば、もう王都には入れない。二度あることは三度ある。それを恐れた。


 王都のような人の多い場所は、通行料も払えない旅人を追い返す。貧民を全て受け入れていては、都市が溢れてしまうからだ。その分、実入りの多い仕事に溢れている。

 そのような大きな街の周辺には貧民街も生まれるが、そんなところに傭兵の受ける真っ当な仕事など存在しない。街の中に入れなければ意味がないのだ。


 ワレンタインの方がバスタッシュよりもずっと近いが、小さな国だ。傭兵である彼らが仕事を探しても、果たして見つかるかどうか。

 だが一件でもまともな仕事が見つかれば、路銀に余裕が生まれる。

 何より、ワレンタイン王国からバスタッシュ王国へ向かう隊商の護衛任務があれば最高だった。その場合、途中の路銀や通行料は、依頼主である商人が全て負担するのが常だった。彼ら傭兵が賄うのはせいぜい食費ぐらいだ。嵐が来ようと、懐は殆ど痛まない。


「なぁミディア、どっちが正解だと思う?」


 大剣を背負った大柄の男が、傍らの女に声をかける。

 双剣を腰に帯びた女――ミディアが、自慢の白銀色をした長い髪をかき上げながら応える。


「私に言われても困るわアイン。手堅く選ぶならワレンタインかもしれないけど、あそこで仕事が見つからなかったらそれこそ手詰まりよ」


「だがこうも季節外れの嵐に見舞われると、もう一回くらいは嵐が来そうでな。素直にバスタッシュに向かう気にもなれん」


「嵐の中で野宿なんて、いくらなんでも私も嫌よ。泥まみれになった髪を洗い流す手間を教えてあげましょうか?」


 大柄の男――アインが溜息をついた。


「――はぁ。どちらにしても神頼みだな。ならいっそのこと、願いは大きくワレンタインからバスタッシュに向かう護衛仕事がある事を祈るか」


 二人は馬をワレンタイン王国の国境に向け、先を急いだ。





****


 アインとミディアの姿が、ワレンタイン王国の王都テノスに在った。

 彼らは傭兵ギルドの前に置かれている掲示板を眺めている。

 そこには本来貼られているべき依頼票が一枚もなかった。掲示板が”傭兵ギルドに頼む仕事などない”と主張していた――実に平和な国だ。


「――なぁミディア、今夜の宿代、どうする?」


「……この分だと、今夜は野宿、ということになりそうね」


 王都の中で野宿などしては、いくら平和な国とはいえ見回りの衛兵に見つかり、追い出される。

 一度町の外に出て、悪天候にならないことを祈りつつ夜を明かすことになるだろう。

 ワレンタインの王都までに、一度嵐に逢っていた。バスタッシュに向かっていたら、王都に入れない事は確定だったろう。

 だが嵐で最後の路銀を使い果たし、ワレンタイン王国で身動きの取れない状態に陥っていた。


 一縷の望みを求めて傭兵ギルドに赴いた彼らを待っていたのが、この厳しい現実だった。


「別方向への隊商の護衛仕事すらない。夜盗に襲われる心配すらないほど平和な国ってことか。いい事なんだが、俺たちには悪い情報だ」


「こんなことなら、真っ直ぐバスタッシュに向かっていた方がマシだったかもしれないわね。あの一度の嵐さえ野宿で凌げば、王都には入れたんだもの」


「……言うな。今更だ」


 アインがギルドの扉に向かって足を向けた。

 その背後からミディアが声をかける。


「どうする気?」


「確認してくる。張り出されていない依頼が、一つくらいはあるかもしれん」


 アインがギルドの扉を開け中に入り、ミディアがその後に続いていった。





 ギルドの受付窓口では、一人の男が退屈そうに足をカウンターに乗せていた。やはり暇なのだろう。

 アインは男に近付き声をかける。


「なぁ、割の良い仕事はないか?」


 受付の男は無愛想にアインを一瞥し、片手を差し出した――ギルド登録証を見せろ、という意思表示だ。

 アインは黙って首から下げていた木札を外し、受付の男の手に乗せた。


「……お前、余所者か」


 ギルド登録証には、登録したギルドの名前も彫り込まれている。

 アインたちは大陸南西部の国で傭兵ギルドに登録し、各地を転々としながら旅をしてきた。目的地など無く、ただ傭兵として仕事を求め生きる日々だ。


「ああ、そうだ。各地を旅してまわっている」


 受付の男が、アインの全身を舐めるように観察し始めた。

 その後腕を組んで、しばらく俯いて考え込み、ようやく顔を上げた。


「割のいい仕事、ね。そうだな……今、腕のいい連中が出払っていて困っている仕事が一件だけある。それでよければ紹介してやる。請けるか?」


 ――”腕のいい連中”か。こんな平和な小国に、まともな傭兵など居着くまい。居るとしてもたかが知れている。


 アインの勘が、どこか胡散臭い匂いを嗅ぎ分けた。


「……依頼内容次第だ」


 路銀が尽きる緊急事態で、背に腹は代えられない。だが、汚れ仕事まで引き受ける程落ちぶれるつもりはアインにはない。

 傭兵は人を殺すのが当たり前の稼業だが、暗殺や窃盗の片棒など、お断りだった。


 受付の男は一瞬、怪訝な視線をアインに寄越した。

 だがアインの意志が固いと見ると、渋々語り始める。


「――いいだろう。依頼内容は、とある迷宮に潜り、そこにある装置を破壊して欲しい、というものだ。報酬は金貨五枚だ」


 アインは目を見開いて応えた。


「……太っ腹だな」


 通常、傭兵の仕事の相場は一日当たり銀貨十枚がいい所だ。それを遥かに超える金額だった。

 金貨一枚あれば、庶民が半年は仕事をせずに家族を養える額だ。たかだか装置を破壊するだけで金貨五枚――いくら傭兵の仕事とはいえ、法外と言えた。ますますアインが警戒心を強めて行く。


 ――この依頼は怪しい。必ず裏がある。


 そんなアインを、受付の男は薄笑いを浮かべて眺めている。


「それだけ依頼の難易度が高いんだ。俺は、相応の金額だと思うがね。依頼主も、この国の高官だ。具体的な名前は、秘匿義務があるから出せないがな」


 依頼主が望めば、身分を明かさず依頼を出すことが許されている。

 勿論、ギルドはきちんと依頼主の素性を確認した上で、請け負う傭兵達にだけ明かされない。問題が発生すればギルドが対応する。そういう仕組みだった。


 ――秘匿義務。嫌な匂いばかりが増しやがる。


 横で話を聞いていたミディアが焦れて話に割り込んでいった。


「ねぇアイン、何を訝しんでいるの? ここは王都の正規傭兵ギルドよ? 身許の怪しい人間の依頼は受け付けないわ」


 アインは訴えてくるミディアの目を見た。こんな美味しい依頼が転がり込んでくる事など、滅多にある事ではない。焦る気持ちもわかる。

 確かにここは正規傭兵ギルドだ。ここが信用できないのであれば、傭兵がまともな仕事を斡旋してもらえる場所など無いと言えた。


 アインが受付の男を見つめ、少し思案を巡らせた後に尋ねる。


「何故、その装置を破壊する必要があるんだ?」


 受付の男の表情が曇った。


「依頼内容に深入りするのは、賢い態度とは言えないな――だが、まぁいいだろう。古い邪教の遺跡だそうだ。邪教が目障りだから潰してほしいんだとよ。それが依頼主の要望だ」


 ――邪教。異教徒をそう呼ぶことはあるが、この国でも神竜教が信仰されているはず。ならば古い宗教に関わる遺跡か。つまり”古代遺跡”だ。


 古代遺跡は遥か昔、先史文明で製造された建造物だ。内部には失われた魔導技術に満ち溢れ、そこにあるものを古代遺物ロストアーツと呼んだ。

 古代遺物には失われた魔導技術が多く残されている。それを解明したがる魔導士や技術者は大金を出して古代遺物を買い取る。

 つまり古代遺跡は宝の山だ。

 だが宝の山には障害が付き物だ。強力な罠や守護者が居る事も珍しくない。並の傭兵が手を出しても、返り討ちに会う公算が高いのだ。


 ――そういう事情なら、金貨五枚は確かに依頼の難易度に相応しい金額と言えるだろう。だが、やはり嫌な匂いが残る。


「貴重な古代遺物を破壊する――そんな馬鹿げた話なぞ、聞いたことがないが」


 趣味の収集家すら居る古代遺物は、技術的に大したものでなくとも高値が付く。国家が文化財として保護する事も珍しくない。

 それを”高官が目障りだから破壊してほしい”など、胡散臭いにも程がある。


 表情を険しくしていくアインを、受付の男が薄笑いで見返し、肩をすくめた。


「依頼主の思惑なんぞ、俺たちが知ったことじゃないし、知る必要もない――それより、請けるのか? 請けないのか?」


「他に依頼は――」


「ないな」


 ぴしゃりと言い切られた。

 それでも逡巡するアインの横から、再びミディアが割り込んだ。


「ねぇアイン? 何をそんなに疑っているの? ここは王都の正規傭兵ギルドで、依頼主は王都の高官。報酬を払えるだけの人物で、報酬も難易度相応、こんな美味しい仕事、普通は巡り会えないわよ?」


 ミディアが言うことはもっともだ。

 受付の男も、満足そうに頷いていた。

 だがそれでも、アインの勘が警報を鳴らしていた。”この依頼は怪しい”と。


 逡巡を続けるアインに焦れたミディアが、受付の男に振り向いて声をかける。


「その依頼、受けるわ――後から『壊れた古代遺物を弁償しろ』なんて話にならなければ、ね」


「おい、ミディア!」


 ミディアはアインを無視して、受付の男と話を進めて行った。


「弁償? そんな話にはならないさ。ギルドが保証しよう。現地の連中には話が通っているらしい。この手紙を渡せ。場所はこの地図に印が書いてある」


 ミディアは封蝋がされた手紙と地図を受け取り、微笑んだ。


「私たちは依頼をしくじったことがないのよ。楽しみに待ってて」


 受付の男もニヤリと微笑む。


「とっておきの依頼を教えたんだ。そうあって欲しいね」





 アインとミディアは馬を引きながら、ワレンタイン王都の大通りを歩いていた。

 昼間だが、人はまばらだ。平和な国なのだろうが、活気がある訳じゃないらしい。

 あまり仕事がないのだろう。仕事を求める人間は、大きな街を目指して移住する――よくある話だ。

 そうして一定の人数だけが国内に残り、細々と日々を送っていくのだ。


 アインは仏頂面で前を向いて歩いている。

 ミディアはその横を、怪訝な顔で眺めていた。


「ねぇアイン、まだ疑ってるの?」


「……まぁいい。もう俺たちが請けた仕事だ。請けた以上は完遂するまでだ」


 それが人道に反するものでなければ、依頼は必ず完遂する――それがアインの傭兵としての矜持だった。

 確かに、人を殺す片棒を担がされているとは思えない。怪しい事は変わらないが、古代遺物を破壊しても、人道に背くことには繋がらないだろう。高官の政敵に対する嫌がらせが思いつく精々だ。

 アインの機嫌が直りつつあるのを感じたミディアが、小さく安堵の息を吐いた後に地図を広げ、位置を確認する。


「この印の位置だと……私たちの馬で二日か三日くらいね。いつ出発するの?」


「そりゃあもちろん――」


 アインはニヤリと笑った。


「今すぐだ」


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