25.それぞれの幸福
ウェンディTrue End回です。推敲してたら一万文字超えました。
おまけで長い後書きが付いてきますが、読後感を大事にしたい方は後書きを読み飛ばしてください
「ええ?! ゲイングの旦那と互角の腕前?!」
ウェストンの元へ訪れ、「六人で雇われたい」とゲイングが持ち掛けたところ、早速ウェストン本人が話を聞きにやってきた。
そこでアインを紹介するときに「俺と互角の腕を持つ稀有な男だ」と伝えたのだ。
ウェストンはアインの全身を舐めるように眺めてから、感嘆の溜息をついた。
「はぁ~。確かに遜色のない体躯と威圧感だ。あんたら二人を含めて六人の契約で構わないのか? 二十人の契約で長期ってのは――」
ゲイングが半笑いで応える。
「すまない、今回も路銀が貯まって、行く先が決まり次第ふらっといなくなる予定だ。そんな好待遇は受けられない。だが、うちの妻が言うには、今回は少し長居できるかもしれないと言っていた」
「妻?! あんた結婚したのか?!」
ゲイングがウェンディを手で招き、傍に立たせた。
「俺の妻のウェンディだ。なんだかんだあって、伴侶となった。アインの伴侶はそちらのリティだ」
ウェストンが顎が外れるほど驚いた後、すぐに気を取り直して咳払いをした。
「いや! うん、他人の恋路に口を挟むのは野暮だな! あんたが真っ当な良識ある人間だってのは分かってる。そっちのアインって人も、同じ雰囲気がある。たまたま二人が幼な妻を娶ったというだけなんだろう。あんたら二人は夫婦なら、それぞれ別室を割り当てよう。もう一室に残りの二人を割り当てる。それで構わないな?」
ゲイングが苦笑を浮かべ、それを断ろうと口を開きかけた瞬間、ウェンディが勢いよく返事をした。
「はい! それでお願いします!」
ゲイングは呆気に取られ、ウェンディに尋ねた。
「……お前は、それがいいのか?」
ウェンディが静かに、だが固い意志を秘めた瞳で頷いた。
ゲイングは頭を掻いて悩んだが、決断を下した。
「ウェストンさん、あんたの厚意に甘える。その部屋割りで頼む――ああ、デルカとミディアには、できれば良い酒を毎晩回してやってくれ。その分は報酬から引いてもらって構わない。しばらくは毎日飲み明かすだろう」
ウェストンは大笑いをして応える。
「ははは! その程度も奢れんようでは、大商人とは言えねぇよ! 今度は少し長く居られるんだろう? あんたら二人を六人分で雇えるなら、必要経費と思うさ。気にせず飲んでくれ」
そういうとウェストンは「何かあったら呼ぶ。それまではくつろいで居てくれ」と言い残し、部屋を去っていった。
その場に残った使用人が「お部屋の準備ができ次第、お呼び致します」と言って、同じく辞去していった。
ゲイングがウェンディに振り返って尋ねる。
「どうしてそんなに二人の部屋に拘ったんだ?」
ウェンディがむくれながら応える。
「……部屋に居るときぐらい、夫婦水入らずで過ごしたいと思う新妻の想いも分からないのですか?」
ミディアとリティは、初めて見るウェンディのむくれ顔に感動していた。
「ウェンディちゃん、むくれることができたのね……なんだか新鮮」
「凄いわウェンディ、ゲイングさんと居る間は、かなり表情豊かになったわね! ――でも私は逆に、夫婦水入らずで夜が怖くなったわ」
大いに喜んだ後、世を儚みそうな遠い目でリティがぼそりと呟いた。
アインが苦笑を浮かべてリティに応える。
「大丈夫だ、あれから変な誘惑は受けていない。今度こそ手加減できるはずだ……多分な」
ゲイングは苦悩していた。ウェンディの真意に気づいたからだ。
「――それはもしかして、ウェンディは”そういうこと”を望んでるのか? いくらなんでもお前にゃまだ早いぞ?! 俺はお前の身体が成長するまで、手を出すつもりはないんだ。それにもし、お前に子供が出来たら周りからどんな目で見られるか……」
ウェンディが白い目でゲイングを睨み始めた。
「妻を女として見ない夫が居ますか? 夫婦が二人きりの部屋で何をしようと、他人には関係のない事でしょう? ゲイングさんは私を女として見ているからこそ伴侶となった。違いますか?」
一歩も譲る気がないウェンディに、困惑を隠せないゲイングが腕を組んで天を仰いだ。
こうなったウェンディが自分を曲げないのは、つくづく思い知らされている。だがそれでも、ゲイングは彼女に手を出す気になれないのだ。
「それは……確かにそうなんだが。うーん……困ったな」
デルカが笑ってゲイングの肩を叩いた。
「もう部屋割りの話は付いてしまったのだし、あとは夫婦二人で部屋の中で話し合って頂戴。それに、もうすでに白い目で見られてるんだもの。今更ウェンディに子供が出来ても何も変わらないわよ?」
ゲイングは反論しようとしたが、周囲の視線が全てウェンディの味方だと気が付き、黙って項垂れた。後はもう、なんとか部屋で説得するしかないと観念した。
ウェンディは無表情ながら、リティとハイタッチをして喜んでいた。
「ウェンディ! 頑張ってね! ……私も生き残れるよう頑張るわ」
「頑張ります――リティさん、明日の朝も生きて会いましょうね」
デルカとミディアは黄昏ながらその光景を見ていた。
「二組とも見せつけてくれやがるわね」
「今日も朝まで飲み明かすしかないわね」
しばらくして使用人が三名現れ「お部屋の準備が整いました。ご案内します」と告げ、三組を部屋へ案内していった。
****
ゲイングとウェンディが通された部屋は立派な客室だった。
窓こそないが、個室の中に食糧庫や浴室、調理台などの設備まである上等なものだ。この部屋の中で生活が完結できるようになっている。
ベッドは当然、二人用の大きなものが一つだけである。
本来なら上客の夫婦が、使用人を伴って使う部屋ではないかと思われた。
「この部屋は防音設備も整っておりますので、中で叫んでも外には音が漏れません。どうぞお気兼ねなくご利用ください。旦那様から何かあれば扉の呼び鈴を鳴らさせて頂きますが、しばらくはこちらで旅の疲れを癒して構わないと仰せです。それではどうぞごゆっくり」
使用人はそう言い残して部屋を辞去していった。
ゲイングは苦笑を浮かべて使用人が去っていった扉を見つめていた。
「それは……つまり、”そういうこと”ができる部屋をわざわざ割り振ってくれたのか。しかも数日は呼び出すつもりがなさそうだ――ウェストンの奴、とことん気配り上手だな」
ゲイングは溜息をひとつつくと、旅装を解いてソファにくつろいだ――大柄なゲイングがゆったりと腰を下ろせる程の大型のソファだ。
ウェンディは部屋の鍵をかけた後、ソファによじ登り、ゲイングの膝の上に腰を下ろした。
真剣な瞳で、ウェンディが問いかける――もちろん、彼女は夫を逃がすつもりがない。
「……私の夫は、覚悟が決まりましたか? 大人の良識を捨てたときの本音では、どう思ってるのか聞かせてください。今は私しか聞いていません。恥ずかしがらずに応えてください」
妻の言葉に、ゲイングが微笑みを浮かべた――旅装と共に、体面も脱ぎ捨てたかのように、素直な言葉が自然と口をついた。
「大人の良識を捨てて、か。なんもかんも捨て去って、俺の獣の心を曝け出せば、そりゃあ今すぐにでも食ってしまいたいさ。俺には幼い女の身体に獣欲を向ける趣味などないが、幼かろうが今、目の前にあるそれは、愛する妻の身体だ。そこに何の不足もありはしない。妻の小さな胸を愛しいと思いこそすれ、疎むこともない。成長すれば成長したウェンディを、老いれば老いたウェンディを愛する――俺は外見ではなく、内面でお前を女と、伴侶と認めたんだ」
ウェンディが小首を傾げた。
目の前の夫は、獣欲を妻に向けていると告げた。
だがその笑顔は穏やかで、密室で二人きりだというのに襲い掛かる気配がない。それが理解できなかったのだ。
「そこまで赤裸々に語れるのに、今襲い掛からないのは何故ですか?」
「お前の身体が幼いと、後に響く傷になりかねない。時にそれは命を落とすこともあると聞く。俺のような大男が相手なら尚更だ。俺はお前を傷付けたくはないし、当然失いたくもない。それが死ぬほど恐ろしい」
ウェンディが少しの間思案するかのように黙り、その後、ゲイングに微笑みながら力強く告げる。
「それに関しては、心配は不要です! ――問題はなくなりました。さぁ! 夫婦の時間を始めましょう!」
ゲイングがきょとんとして尋ねる。
「……なぜそう、自信満々に言えるんだ? お前の命が掛かってるんだぞ?」
「創世神様が”その辺は全て私が面倒を見よう! 安心しなさい!”と仰せだからです。今もラッパを吹き鳴らし太鼓を叩いて、一生懸命応援してくださっています」
ゲイングの表情が引きつった。
「ああそうか、創世神には全て見られるんだな……まぁそれは神様だ、しょうがない――瀕死の命を救える神様の支援があれば、心配は確かに要らんか。それにしても、積極的に人間の恋路を応援するだなんて、本当に庶民的な神様だな?」
「創世神様は私の幸福を願って下さっている存在です。その創世神様が後押しをするのです。この先に不幸が待って居る訳がありません。ゲイングさんも創世神様を信じて、夫の務めを果たしてください」
ゲイングが優しい眼差しでウェンディの瞳を見つめた。
「……この部屋は窓もない。明かりを消せば、真っ暗になる。そうなったら、こうまで言われた俺は、もう本当に理性を保てなくなる――お前は怖くないんだな?」
ウェンディは期待に満ちた眼差しで微笑み、顔を紅潮させて両手を大きく広げ、ゲイングに差し出した。
「創世神様は”その意気だ! やれ! 押し倒せ!”と仰せです。遠慮などせず押し倒してください!」
苦笑を浮かべたゲイングが、「準備をする。あとほんの少しだけ待って居ろ」とウェンディを抱き締めながら告げて膝の上からソファに降ろし、立ち上がって部屋の明かりを消していった。
ベッドサイドにわずかな明かりを残した後、ゲイングはウェンディを横抱きに抱え上げ、ベッドに向かって歩き出した。
****
アインとリティが案内された部屋も、ゲイングたちと同じ上等な客室だった。
リティが思わず憂鬱な顔で世を儚んだ。
「これは……一昼夜堪能され尽くされそうな雰囲気ですね……ああ、短い人生でした」
アインが半笑いで応える。
「だから言っただろう? 今は欲求不満じゃない。ちゃんと途中で止まれるはずだ……多分な」
リティがアインを見上げて告げる。
「では勝負しましょう。もし今回も私が気を失うまで続けるようであれば、次回はその半分の時間までしか許しません。手加減できるようであれば、同じ程度の時間を許します――受けますか?」
アインが腕組みをして思案した。
「……つまり、生かさず殺さず気を失わない程度に長時間堪能するのは問題ないな? ――よし! その勝負乗った!」
「えっ! いやそれはルール違反だと思います!」
「先程お前の告げたルールは全て守るから安心しろ」
言うが早いか、アインは早速己の獣性を解き放っていた。
****
ミディアとデルカは昼間から用意されていた酒瓶を早速三本も空にしていた。
互いの昔話を肴に、豪快にグラスを呷っていく。
「凄いわね、こんなお酒が奢りですって」
「良いお酒って、酔い心地がいいのよね――今頃、あの二組は夫婦水入らずでお楽しみ中かしら」
「考えちゃだめよデルカ。そんなことを考えるようではお酒が足りてないわ。もっと飲みましょう」
夜が明ける頃、酒瓶がダース単位で床に転がり酔いつぶれる二人の女の姿があった。
****
――翌々日の朝。
ベッドの中で、アインは得意げになってリティの頭を撫でていた。
「どうだ? 言われた通り、お前は一度も意識を失っていない。俺は大満足だ。お互い納得のできる結果だと思うが」
リティは疲れ切った顔で壁の時計を見ていた。
体感でおよそ二日間。時刻はこの部屋に入ったのと同じくらいだ。つまり二昼夜が過ぎていることになる。
「……確かに意識は残っていますが、もう疲労も空腹も限界です。夫に丸二日も堪能され続けるとか、世の中で私ぐらいじゃないでしょうか」
「だがお前も、回数を重ねるたびに体力が付いてきている。これは良い体力訓練になるんじゃないか?」
「その訓練は、体力が付く前に私が死にそうなので遠慮します――シャワーを浴びたら、少し食事をして外に出ましょう。みんなが心配してるかもしれません」
部屋を出たアインとリティが他の四人を探して歩く。
ミディアとデルカはすぐに見つかった。濃密な酒の匂いがすぐに鼻につき、匂いを辿っていった先、彼女たちの部屋の中に居た。
換気の為か部屋の扉は開け放たれ、部屋に転がる空き瓶の中で二人は酔い潰れていた。
声をかける程度じゃ起きる気配もない。相当な深酒をしたようだ。
「この二人が酔い潰れるなんて、どれだけ飲んだのかしら」
「……言葉は要らない。そっとしておいてやろう」
だがゲイングとウェンディの姿がない。アインとリティは再び歩いていき、彼らの部屋の傍にやってきた。
部屋の扉は閉じられていた。扉に近寄ろうとすると、通りかかった使用人が声をかけてくる。
「アイン様、それはお止めになった方がよろしいかと」
アインがきょとんとして尋ねる。
「何故だ? この時間なら、あいつらは部屋に居るんだろう?」
「初日以来、お部屋に籠り切りだと認識しています。旦那様から”自分から出てくるまで放置しろ”と厳命されておりますので、皆様方もそのようにされた方がよろしいかと」
アインとリティが目を合わせた。
目と目で会話した後、アインが使用人に振り向いて頷いた。
「わかった、ゲイングが出てくるまでの間、警護の仕事はゲイングの分まで俺が担当する。そう伝えてくれ」
「畏まりました」
使用人が立ち去った後、リティがアインに尋ねる。
「本当によかったんですか? あんなことを言ってしまって。警護を二人分も担当している間、あなたはお預けですよ?」
「その程度、なんてことはない。やっとウェンディが待ち望んでいた通りに女として扱ってもらってるんだ。水を差すべきじゃないさ――だが、あの子の命が心配だな。何かあれば飛び出てくるだろうが、ゲイングの体力は俺と互角だ」
それを聞いてリティの顔から血の気が引いていた。
この体力モンスターと互角の体力で丸二日もウェンディが堪能されていたら、それこそ命に係わるだろう。アインとゲイングは似ている点が多い。ゲイングの獣性がアインと同等であれば、あの幼い子がそれを受け止め切れるとも思えなかった。
「心配ですね……何事もないといいんですが」
「ゲイングだって、その辺は弁えてるはずだ。奴を信じるしかあるまい」
****
ゲイングとウェンディが姿を現したのは、そこから更に二日後の夜だった。
部屋から出て来たゲイングは、げっそりとやつれていた。
一方、ウェンディは幸福がはち切れんばかりの笑顔で、うっとりと微笑んでいる。
そんなウェンディに手を引かれながら、足取り覚束ないゲイングが皆の前に姿を現したのだ。
それまで心配していた姿と逆の様子に、リティが思わずウェンディに尋ねた。
「……なにがあったんですか?!」
ウェンディは満面の笑みで応える。
「夫婦水入らず――それ以上は言わずとも分かるでしょう?」
リティが愕然として再び尋ねる。
「……まさか、この丸四日半、ずっとですか?!」
ウェンディが片手を頬にあて、その頬を朱に染めて恥ずかしがった。
「まぁ、そんなに? つい時間を忘れて、満足するまで堪能してしまいました」
リティはその言葉に呆気に取られながら、ゲイングを指さした。
「……なんでそれでウェンディが元気で、ゲイングさんが死に掛けてるんですか? 普通、逆じゃないんですか?」
「創世神様が私の事を全面支援して下さり、体力を都度、回復して下さっていたのです」
ウェンディは得意げな顔で親指を立てた。
神の奇跡で成し得た四日半――奇跡の無駄遣いではなかろうかとリティは困惑していた。
アインも困惑した顔でやつれたゲイングを見ていた。
「……つまり、無尽蔵の体力を持つウェンディを丸四日半相手にし続けたのか」
「それに付き合えるゲイングさんの体力も化け物よね……死に掛けてるけど」
ゲイングがふらふらと顔を上げ、不敵に笑って見せた。
「なんとかウェンディを満足させられた……これ以上は、俺の命が危なかった」
ウェンディが意外そうな顔で振り向いた。
「では、ゲイングさんの体力を回復させてまた籠りましょう。私はまだまだお相手できます」
来た道を戻ろうとするウェンディを、ゲイングが慌てて引き留めた。
「待て、中で説明しただろう?! 俺たちは仕事に来たんだ。己の欲に溺れる為に来たんじゃない。ここまでやるのは今回限りだと約束しただろう?」
ウェンディがむくれて応える。
「……仕方ないですね。確かにその通りです。今まで私が我慢してきた分はすべて発散できました。今はそれで満足しておきます」
リティが笑顔を引くつかせた。
「ウェンディあなた……どれだけ溜め込んでいたんですか……」
ウェンディが小首を傾げた。
「随分長い間溜め込んでいた気がします。女として扱ってくれない事に、ずっと不満を感じていました。おそらく、その期間の分ではないでしょうか――ですがもう、今夜から私たちは普通の夫婦として在る身です。普通の夫婦らしい、節度ある範囲で楽しもうと思います」
幸せそうに微笑みながらウェンディは告げた。
それを聞いたゲイングの顔が蒼褪めて引きつった。
「まさか……今夜もなのか?」
「もちろんですよ? もう夜ですし、そろそろ消灯時間のようです。でしたら、夫婦が事に及んでも問題のない時間だと思いますし、ゲイングさんたちは夜警担当でもありません。なにか障りがありますか? 心配しないでください。今夜は朝までで終わらせますから」
休憩室で話を弾ませるアインやリティ、ウェンディと共に黙って夕食を取ったゲイングは、再び笑顔で勇むウェンディに引きずられるように覚束ない足取りのまま部屋に戻っていった。
二人を微笑ましく見送りながら、アインがぽつりと呟く。
「ウェンディの意外な一面だな。あの小さな体のどこに、あそこまでの獣性を秘めていたんだ」
話を聞く限り、体力を回復させるだけでは獣欲までは回復しないらしい。
つまりウェンディは一応は満足したと口にしながら、丸四日半不眠不休で堪能してもまだ、伴侶であるゲイングを求めていることになる。
あれでは、屈強な大男のアインやゲイングを超える獣性だろう。
リティがアインに微笑んで応える。
「ウェンディの場合、獣性とは少し違いますよ。ようやく愛する夫から正真正銘、妻として、女として扱ってもらったんです。それが嬉しくて堪らないんですよ。今はその幸せな時間をいくらでも味わっていたい、そんな気分なんでしょう。スキンシップこそ増えましたが夫婦と言っても形だけで、ゲイングさんはウェンディを子供扱いし続けました。それがウェンディの不満を募らせていたんです」
ゲイングはウェンディを女として扱うと言いながら、やることは口づけ止まりだった。好意を態度で示されることに都度喜んではいたが、やはりそれだけでは我慢し切れなかったのだろう。愛する夫の子供が早く欲しいという願いを度々口にして居た。
身体の成長を待つつもりだったゲイングと、それを待ちきれないウェンディ。静かな男と女のせめぎ合いだ。
そこを創世神という神の後押しで、ウェンディが押し切った形だ。彼女ならではの勝利方法だったと言える。
リティは感慨深そうに目を細めた。
「部屋を出てからずっと、ウェンディは年相応の少女らしい、生き生きとした表情で感情を出していました。私たちとの会話の間もずっとです。もう出会った頃の無表情なウェンディは、この世から居なくなったのでしょう。古代遺物を取り外さなくても、彼女の壊れた心が救われたんだと思います。彼女は心の問題を、夫婦の愛で克服したんです。それに今夜は節度を守ると言っていましたし、心配は要らないでしょう」
アインもウェンディと最初に出会った時を思い出すように目を瞑った。
あの時は本当に無表情で、感情を感じ取る事が一切出来なかった。感情があることは次第に理解できるようになっていったが、表情は乏しかった。それが今では、とても表情豊かに己の感情を表していた。年相応の少女らしい心を取り戻せたと言っていいのだろう。
リティが神に祈りを捧げる姿勢を取り、呟いた。
「……ゲイングさんの犠牲は、貴いものとして胸に刻んでおきます」
アインが不敵に笑い、リティに告げる。
「お前は他人事じゃないんじゃないか? お前が耐えられるように加減する塩梅は覚えた。あいつらが出て来たんだから、明日は二人分の仕事をしないで済む。今夜は朝まで存分に堪能させてもらおう」
リティが呆れた顔でアインを見つめた。
アインならば時と場所を必ず弁える。初日こそウェストンの厚意に甘えたが、今後は節度を守るだろう。
しかし、たった二日前に”大満足”と言ったばかりではなかったか。
「二日間お預け食らっただけじゃないですか。あれほど堪能したのに、もう我慢できなくなったんですか? いったいどれだけ私の事が好きなんですか!」
「そりゃお前、世界で一番に決まっているだろう? この想いは誰にも負ける気がしない」
アインの力強い言葉に、リティの頬が緩む。
「――仕方のない夫ですね。朝までなら付き合ってあげます。でも明日もちゃんと仕事するんですよ?」
****
それからおよそ一年間、大商人ウェストンの周囲に凄腕の剣士が二人と、それを補佐する女が四人、警護に立つようになった。
あらゆる襲撃をものともせず制圧し、幾度となく圧倒的な力を見せつける六人の存在に、ウェストンは大いに満足し、頼もしく思っていた。
だが来た時と同じように、彼らは唐突に去っていった。
その行方を知る者は居ない。彼ら自身、行く先はわからないと告げたのだ。
六人を乗せた四頭の馬を、ウェストンは再会を願いながら笑顔で見送った。
ある風の強い日、街道脇の水場で馬が四頭並んで休んでいた。
その傍には、合計六人の男女の姿がある。
黒髪の少女の頭を撫でながら、傍の大男が声をかける。
「神様は、次はどこに行くか教えてくれたか?」
神の指示は曖昧なものが続いていた。都度、神の指示を仰ぎながら移動する日々だった。
細かく進路変更を繰り返し、彼らは少しずつ北上しているようだった。
黒髪の少女は、眩しい笑顔で応える。
「ええ、次はここからまっすぐ街道沿いに北に向かえと仰っています。そこに私たちが目指すべき場所があると。そこに辿り着けば、私には分かるそうです」
ようやく神からの具体的な指示を口にした少女に対して、もう一人の少女が声をかける。
「目指すべき場所ですか? どんな所なのでしょう? 楽しみですね」
「もしかしたら、安住の地かもしれません。私たちが一緒に住まうことができる場所だと良いですね」
年頃の少女らしい笑顔で、二人は笑いあった。
傍の大男が号令をかける。
「馬も充分休んだ。次は街道沿いに北だ! そろそろ行こう!」
六人が四頭の馬に跨る。
馬首を巡らせ、風を背に受けながら街道に馬を進めて行く。
後方で一人乗りをする女が二人、馬を寄せて語り合っていた。
「このまま六人で安住の地を探してしまっていいの? あなたは途中で分かれると言ってなかった?」
「だってあの子たち、子供ができた気配があるんだもの。それを知ってしまったら、もっと傍で見守りたくなっただけよ――それに、酒飲み友達が減るのはお互い寂しいじゃない?」
最近の少女たち二人に、微かに妊娠の兆候が見られた。少女が神に尋ねても、具体的なことは教えてくれないらしい。だが女は確信めいたものを感じていた。
もし身重の身だとしたら、このまま長く旅を続けるのは困難だ。胎児が大きくなる前に、どこかに一度腰を落ち着けた方が良い。生まれた子供がある程度大きくなるまで、今のような旅を続ける事は難しくなるだろう。子供の成長を待って居る間に、男たちは引退を決意する年齢に達しかねない――そうなるのであれば、そこは安住の地であるべきだろう。
全てを見越した神からの啓示に思えた。細かな進路指示も、身重の彼女たちを気遣って悪条件を避けているように思えた。穏やかな日々が続き、道はなだらかで、夜盗に襲撃されるような事もなかったのだ。今までになかったほど快適な旅路と言えた――随分と世話焼きな神だと、女は思った。
女も安住の地を求めてはいた。一人で暮らしやすそうな街も、時折目についた。だが女は一行に付いて行った――もし彼女たちに新しい命が宿ったのだとしたら、その誕生を見逃がしたくないと思ったのだ。
身重の身となった彼女たちの傍には、自分も居た方がいいだろう。
そうして新しい命の誕生を見守る事で、今の想いを吹っ切る事ができる気がしていた。
その命は、六人の新しい家族になる――出会いから一年以上を共に過ごし、既にこの六人は家族同然なのだと気付いた。共に助け合い、身近に在ることが当然、そんな関係だ。
この六人で新しい命の誕生を言祝ぐ事ができれば、それでこの想いをようやく終わらせる事ができる。想いを引きずって一人安住の地で暮らすより、良い未来だと思えた。
考えに耽っていた白銀髪の女に、金髪の女が語りかける。
「その顔、あなたも私と同じ心境になったのかしら……私たち全員の幸せを願って、今夜も飲み明かしましょう!」
四頭の馬が、南風に乗って北に向かう。
安住の地を求め、神の示す地を目指し馬を進めて行く。
その先に待って居るものを目指し、彼らは進む。
今感じている幸せ――それを超えるものが、そこにあるのだから。
これにて第2章は終了です。
書いていて「こんな流れになるとは思わなかった」の連続でしたが、最終的にこんな結末を迎えました。
ウェンディについては賛否在りそうですが、彼女がこの未来を譲らなかった感じですかね。神のチートパワー持ちの剛腕怖い。ウェストンとの再会をちょっと果たさせるだけのつもりが……まぁキャラ暴走の結果です。
ハイファンタジー短編時は大人組が大人の関係で、子供組は見守られるだけの存在だったんですが、まさか連載にして裏設定をちょっと表に出しただけで、子供が男を奪う流れになるとは思いませんでした。推敲で整えたので10話あたりから兆候が表れてますが、初稿では12話でウェンディの真相が明かされた途端にキャラが暴走し始めて突然、年齢差恋愛譚に化けました。どういうことだってばよ? ほとんど制御不能でしたが、ひとまず何とか着地したのでセーフですかね……
当初のテーマではなかったのでどこまでできているかはわかりませんが、(短編時の設定をある程度引き継いでいるのがちょっと足枷ではありますが)大人は大人の、子供は子供の悩みや葛藤が描けていればいいなと今では思います。自分じゃ判断付かないんですよねこういうの。
ウェンディも作中で幼いと連呼されていたけど身長150㎝で12歳にも14歳にも見える、という設定なんで、成人が15歳の世界なら、そこまで幼くもないんですけどね……現代日本の感覚だと、発育が悪い16~17歳女子ぐらいの社会的イメージでしょうか。どっちにしろ子供ではあるんですけどね。「あと少しで結婚できる年齢」くらいの位置です。
この子は12歳にも見えるくらい、体つきが貧相なだけなんです。設定自体が年齢不詳なので特定できませんが、イメージは貧相な14歳ぐらいを想定して書いてます。多分、大人になっても豊満バディにはなれない子です。
リティは短編時と違い、同年代トップクラスの豊満脳殺バディになりました。一般的な十七歳の西洋人が望めるトップクオリティ。元は普通体型だったんですが、ミディアと張り合ってるうちに脳殺バディになってました。
逆にウェンディは敢えて幼いままでデルカと張り合ってました。敢えてというか、そのイメージからてこでも動かなかったというか。
ミディアやデルカは寺沢武一さんの「コブラ」に出てきそうな爆裂脳殺バディな女性のイメージです。寺沢さんの描く女性は、強くて女性的魅力に溢れる女性像の、理想形の一つだと思います。
統括すると非力な二人の少女が、それぞれ別のアプローチで”強くて美しい大人の女性”から男を奪い取り口説き落とすお話、という感じでしょうか。「身体だけは大人」のリティと、「身体も子供」のウェンディです。ちょっとした対比になってるんですかね。
年齢差恋愛譚として考えた場合、アインもゲイングも子供は守備範囲外なので、彼らに如何に女として認めさせるかが全てでした。アインの好意は神の手が少し入った気がしますが、放っておけばリティを子供として扱い続けたでしょう。リティはよくあいつを口説き落としたな? ウェンディは……うん、作者でも止められない暴走特急でした。ロリコンとして白い目で見られることになったゲイングさん南無。悪乗りする創世神、あんたも元はそんなキャラじゃないだろう! って思いです。本来はもっと淡泊な神様のはずだったんですが、ウェンディの剛腕に引きずられるようにあんな神様になりました。
まぁ執筆している時点ではここまで考えていませんけども。手が勝手に紡いだ物語を顧みて、「多分そうじゃないかな」と考察しているだけです。
短編時は女性として見てもらえず、最後まで男たちから相手にされなかった子供たちでしたが、大人たちがとある一つの真相を知らされた事に起因してキャラが動き出して物語が連鎖していき、推敲して整えた結果、非力な子供たちが自分の想いを自覚し、屈強な男を口説き落とす話となりました。
自分の手が勝手に綴る物語を、第三者視点で眺めていました。ウェンディの真相を伏せられたままの邪教の姫シリーズに、こんなIFがあったんだなと思うと興味深いです。まぁあれは作者がゲイングの口を塞いで質問をさせなかったのも大きいんですが。あの頃はプロット通りに進めるやり方でしたから、逸脱しそうな気配は当時からあったんでしょうね。
続きを書いてみたいなと思いつつも、この物語を駆動するギミックである”ウェンディの無感情”が消え去ってしまったので、後はもう引退して余生をのんびりスローライフする話ぐらいしか展開する余地を思いつかないという悲しみです。
感想で続きが読みたいと書いてくださる方がもし居るのであればチャレンジはします。物語としてまとめられなければ投稿しないスタイルなので、公表できるかはわかりませんけども。或いは気まぐれで執筆してみて形になったら3章か閑話として投稿するかもしれません。
本作はハイファンタジー短編シリーズ「邪教の姫」とは別世界線の話です。
あっちはあっちで、ウェンディの真相を伏せられた本来の流れのまま、気が向いたら続きを書くかもしれません。
あとがきを長々と書くのは読後感に影響すると考えているので、こういった事は普段は活動報告に書くんですが、今回は何となく書いてみたくなった次第。現時点でブックマーク諸々も振るわず、ここまで読む人は少なかろう、という思いもあったので、ここでぶちまけてみました。
推敲で序盤を恋愛譚っぽく整えられたらもう少し読者が増えるとは思っていたんですが、リティと出会うことでウェンディの恋愛がようやく始動する都合上あまり動かせませんでした。時系列を前後させ過ぎても混乱するし、これが今の技量での限界でした。仕方がないですね。
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