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邪教の姫~無感情なお姫様は今日も神に祈りを捧げる/子供扱いしないでください!~  作者: みつまめ つぼみ
第2章:邪教の姫と亡国の王女

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23.神との対決

 一行はバスタッシュ王国を出発し、戦場である平原を避けて山道を進んでいった。

 途中、二度ほど夜盗に襲われたが、やはりマリンダが対処して無事にゲイル王国の国境を超えて行った。


 そのまま王都テノスへ真っ直ぐ進んでいき、王都が見える林の中で足を止めた。


 クインが口を開く。


「国内から活気らしいものが見当たりませんね」


 アインがそれに応える。


「元々、活気のない国だ。だが以前見たときよりも活気がないようにも見える――ミディア、デルカ、王都の偵察をしてきてもらえるか。無理はしなくていい」


 ミディアとデルカが頷き、王都に向かって馬を走らせていった。



 小一時間程で二人が戻ってきて報告を告げる。


「王都の様子は悲惨ね。物流が滞って、商店にはろくに品物がおいてなかったわ。街の人たちにも活気はないみたい」


 クインが意見を述べる。


「ワレンタインの物流はバスタッシュが大半を賄っていたはずです。それが途切れれば、当然こうなりますね」


 アインがミディアに尋ねる。


「兵士の数は?」


「少なくとも、外からは姿が見えなかったわね。この状態で、よく暴動がおきないものよね」


 クインが思案しながら口を開く。


「普通、ここまで困窮すれば、兵の居ない城へ略奪に走る民が出てもおかしくありません――城になにかが居て、それを恐れているのでしょうか」


 マリンダが状況を解説する。


「たぶん、王城は強欲の神の気配が強いのよ。神の気配は、並の人間にとって毒よ。近づくだけで恐怖に支配される。それはあなた方も例外じゃない」


 アインがマリンダに尋ねる。


「どうしたらいいんだ? 近寄れないんじゃどうしようもできないだろう」


「クインくんが精神抵抗の魔導術式を付与するわ。それである程度は耐えられる。あとは気力勝負ね」


 創世神からの負荷を受け続けているウェンディは問題ないとして、精神的な負荷に慣れていないのはリティとルインだろう。

 クインは百年を生きた経験が、他は実戦や戦場を経験してきている。魔導術式の補助があれば、辿り着ける見込みが高い。


 アインがリティとルインを見た。


「お前たちは無理をするなよ。無理だと思ったらすぐに足を止めろ」


 二人は躊躇いがちに頷いた。


 クインが場をまとめるために口を開いた。


「ともかく、それで行けるところまで行きましょう。ルインはともかく、リティには限界まで道案内をしてもらい、限界に達したらその場に残ってもらうしかないでしょう」


「お師匠ー! おれっちはともかくってどういう意味っすかー!」


「置いていかれるのが嫌なら、気合で頑張りなさい」


 ゲイングがクインに同意する。


「他に手立てはなさそうだ。それで行くしかあるまい」





****


 王都に入った一行の目に飛び込んできたのは、”活気のない”を通り越した閑散とした街だった。

 元からまばらだった人通りが、今ではほとんどない。数少ない通行人も背を丸め、活力とは無縁だ。

 わずかに開いた商店の軒先には、申し訳程度のしなびた商品が高額で置いてある程度だ。


 リティが周囲を見渡して眉をひそめる。


「酷い……どうしてこんな状態を放置していられるの」


 アインが応える。


「王と重臣が軒並み前線で戦い、城は神の気配で人が近寄れない――既に国として機能してないのさ。残った貴族は、領地に引きこもってるんじゃないか?」



 一行はそのまま大通りを進み、城へ向かう。


「そろそろですね。魔導術式を付与します――そこからあとは、みなさんの気力次第です」


 クインが手で印を組み、魔力を巡らせて全員に精神抵抗の魔導術式を付与した。


 アインが首を傾げてクインに尋ねる。


「特段なにかが変わったようには感じないな。これで効果があるのか?」


 クインが渋い顔で応える。


「効果はありますが――なぜかウェンディさんには付与がかかりませんでした。精神抵抗の魔導術式が抵抗されて弾かれました」


 ゲイングがウェンディを見た。


「ウェンディ、どういうことかわかるか?」


 ウェンディは首を横に振って口を開く。


「創世神様は”その必要はない”と仰っています。ならば問題はありません」


 後列からマリンダが解説する。


「やっぱり、ウェンディちゃんには精神干渉系の術式が効きづらいみたいね。でも創世神が問題ないと言うのであれば、ウェンディちゃんは大丈夫よ」


 ゲイングが頭を掻いて口を開く。


「そういうことなら仕方ねぇか――リティ、道案内をしてくれ」


 リティが頷いて、一行の先導を始めた。





****


 城の正門を通り、真っ直ぐ広間を抜け、いくつもの曲がり角を曲がっていく。

 その間、兵士どころか、貴族や使用人の姿も見なかった。


 デルカが眉をひそめて周囲を見渡す。


「不気味なほど、本当に誰も居ないわね」


 マリンダがそれに応える。


「既に強欲の神の勢力圏だと思って良いわ。通常であれば、恐怖で足がすくみ、歩くことすらできなくなっているはずよ――みんなは大丈夫?」


 マリンダやクインは平然としている。

 ウェンディは変わらず無表情だ。

 アイン、ミディア、ゲイング、デルカは、わずかに居心地が悪そうな様子を見せていた。

 リティとルインは明らかに顔色が悪い。


 ゲイングがウェンディに尋ねる。


「ウェンディ、お前は術式の補助がない。問題はないのか?」


 ウェンディが頷いて応える。


「創世神様の存在感とは比べ物にならないくらい小さな圧力です。この程度、何の恐怖も感じません」


 その一言でゲイングは胸を撫で下ろした。


 アインもリティに尋ねる。


「リティ、無理はしなくていいんだぞ」


「いえ、まだいけます」


 リティは気丈に振舞い、先へ進む。


「この奥です」





****


 ゲイル王国軍、ゲイル王は前線で先陣を切り続け、闇雲に剣を振り回していた。

 ろくな武勇がある訳でもなく、頭が回る訳でもない――大国ならば、一兵卒すら務まるか危うい。そんな矮小な男だった。

 小国ワレンタインに生まれ、偶々血筋に恵まれ、将軍の地位が偶然転がり込んできただけの男だ。


 今、そんな男が敵兵に恐れられ、疎まれていた。

 ゲイル王の振り回す剣は何の恐怖もない。バスタッシュ王国軍の精兵たちなら、簡単にあしらえる程度の技量だ。

 だが疲れを知らず、空腹を知らず、痛みを知らず、死を知らない――そんな化け物の対処に、バスタッシュ王国軍は苦戦していた。


 強欲の神は、彼らに力を与えた。

 ゲイル王は無敵の兵を望んだ。

 だから弱兵たちの精神を高揚させ、空腹を忘れさせ、疲れを忘れさせ、無限の活力を与え、傷を即座に癒す――そんな力だけをわざと与えた。

 ”東の魔女”マリンダが言う精兵とは程遠い、出来損ないの不死の兵としか呼べない代物だった。

 弱兵たちが道化の様に戦場で永遠に踊り狂う様を楽しむ――まさにたちが悪い神と言えよう。


 だがバスタッシュ王国軍は魔物を相手取る事も多く、不死の魔物と戦った経験者も多くいた。

 最初こそ戸惑いはしたが、なんとか士気を立て直し、被害を最小限に食い止めていた。



 バスタッシュ王国軍のゼーグル将軍が叫び声を上げる。


「動きを奪え! 鎖網を投げつけろ!」


 興奮し、ただ前に進む事しかできなくなったゲイル王国の兵は、為す術もなく鎖網に囚われて行く。

 動きを奪った兵士はあらゆる責め苦を受けるのだが、その全てに蘇ってきた。

 そして鎖網から脱出したゲイル王国軍は、再び鎖網に囚われる――その繰り返しだった。


「奴らにも必ず弱点はあるはずだ! 探し出せ!」


 昼夜交代で動きを封じ、思いつく限りの攻撃を加えるバスタッシュ王国軍と、

 それでもなお、蘇り続けるゲイル王国軍。


 両軍の戦いは、今も尚続いていた。





****


 そこには両開きの扉があった。


 ここまで来ると、アインやゲイングたちでもなにか恐ろしいものの気配を感じ、顔色が悪くなり始める。

 リティは脚が震え、立っているのがやっとだ。


 アインがリティに優しく告げる。


「もう充分だ。この扉の奥なんだろう?」


 リティが蒼い顔で首を横に振る。


「この扉はワレンタインの王族にしか開けられません。せめてそれだけは、私がやらねばなりません」


 アインに支えられ、リティが扉の取手に手をかける。

 リティがアインを見上げ、アインが微笑みで返す。

 扉の取手に手をかけたリティの手の上から、アインが手を添える。

 リティが意を決し、叫んだ。


「開けます!」


 扉を押し開けると、その奥には地下へ続く階段が伸びていた。

 扉を開けた途端、濃密な気配が全員に襲い掛かり、全身を恐怖が走った。

 リティとルインはその恐怖に腰を抜かし、その場でへたりこんでしまっていた。


 アインはリティに優しく告げる。


「リティ、お前は見事に役目を果たした。ここでルインと待っていてくれ」


 リティは限界を感じ、静かに頷いた。

 ルインも、立ち上がる事は出来ないようで、静かに頷いた。


 ゲイングが一同を見渡す――マリンダとウェンディだけは平然としている。他は顔色こそ悪いが、進むのに支障はないようだ。


 ゲイングがウェンディに尋ねる。


「ウェンディ、お前はいつも、こんな存在感を心の傍に感じながら生きているのか?」


 ウェンディが首を横に振った。


「比べ物にならない、と言いました。この程度の小物では、比較する事すら烏滸がましいと言えます」


 ゲイングは精神抵抗の魔導術式で補助を受けながらも、既にこの場から逃げ出したい衝動を胸に覚えていた。

 耐えて居られるのは一重に、同等の修羅場を知っている――ただそれだけの理由だった。いつ命を落としてもおかしくない、魂がひりつくような修羅場、それに匹敵するか、上回るかもしれない程の恐怖だ。

 これ以上の精神的圧力を受けて”比べる事すら烏滸がましい”と平然と言い切る創世神の圧力を、ゲイングは想像する事も出来なかった。


 クインが先導を始める。


「ではいきますよ。遅れず付いてきてください」





****


 階段を降り切ると、まっすぐな通路の先に両開きの扉が見えた。


 アインが誰にともなく尋ねる。


「あの先か?」


 クインがそれに応える。


「ええ、おそらく」


 近づくにつれ、強烈な存在感を強く感じるようになり、一同の口数が極端に少なくなっていった。



 扉を開けると、そこには、”門”があった。


 両開きの門は開いており、その向こうは暗闇に包まれていた。

 一同は強烈な存在感を、その暗闇から感じていた。


 マリンダが普段と変わらぬ明るい声で告げる。


「じゃあ、私とウェンディちゃんで強欲の神を追い返すから、合図をしたら扉を閉じてね」


 マリンダが右手を門にかざしながらアインたちに指示を飛ばす。

 その右手には装飾の施された金色の腕輪――増幅装置を嵌めていた。


「ウェンディちゃん、いくわよ」


「はい」


 ウェンディが祈り始めると同時に、その身体が白く輝き始める。

 マリンダの身体も赤い光を放ち始める。

 マリンダの右手の増幅装置もまた、赤と白の光で輝き始めた。


 一歩ずつ、マリンダたちは歩を進める。

 その都度、増幅装置から異音が響き、小さな亀裂が走る。


 その様子を、クインが厳しい眼差しで見守っていた。


 ――増幅装置がもたない、か?


 アインとミディアが門の左手、ゲイングとデルカが門の右手に散開し、いつでも扉を閉められる位置に陣取る。

 マリンダたちが門に近寄るたび、四人が感じていた存在感が薄く遠くなっていった。

 だがその度に、増幅装置に亀裂が入っていく。

 見えない人と神の戦いが、そこで繰り広げられていた。





****


 歩を進めたマリンダたちが、ついに門の目の前に辿り着いた。

 増幅装置は亀裂だらけだが、なんとか形を保っていた。


「――今よ!」


 左右に散開していたアインとゲイングたちが、力を込めて門を閉め始める。

 重たい扉は、ゆっくりと閉じていき――最後には重たい音を響かせ、完全に閉じた。



 アインが呆然と呟く。


「……これで、終わりなのか?」


 既に強烈な存在感はなくなっていた。

 呆気ない終わりに、門を閉めた四人が拍子抜けしていた。


 マリンダがアインの呟きに応える。


「とりあえずはね。私とクインくんで門の状態を見るから、少し待ってて」





****


 バスタッシュ王国軍の兵士の斬撃が、ゲイル王の首を跳ね飛ばした。

 この後、またすぐに蘇ってくる――そう身構えた兵士の前で、ゲイル王の身体は呆気なく地に伏した。

 兵士が戸惑っていると、あちこちで同じようにゲイル王国軍の兵士が力尽きていった。


 バスタッシュ王国軍ゼーグル将軍が号令をかける。


「いまだ! 奴らの力は失われた! 殲滅せよ!」


 雪崩の様に襲い掛かるバスタッシュ王国軍に抗う力を、ゲイル王国軍はもう持っていなかった。

 三十分も経たぬ間に、全てのゲイル王国軍がものを言わぬ躯と化していた。


「再び蘇るかもしれん! 入念に処理しろ!」


 油をかけて焼かれ、焼いた後は砕かれ、砕いた灰は川に流された。

 すべてを終えたゼーグル将軍は再び号令をかける。


「生き残りが居るかもしれん! 付近を捜索せよ!」



 こうして、長きにわたり続いていたバスタッシュ王国とゲイル王国の戦いに終止符が打たれた。





****


 クインはマリンダが行う封神装置の検分を手伝いながら、アインたちに解説した。


「高位の存在は通常、人が目にすることはできません。もし見えていたら、あの門の向こうに神の顔でも見えていたでしょう」


 アインが首を引っ込めた。


「うへぇ、そんな近くに神が居たのか。見えなかったことに感謝しておこう」



 ゲイングが血相を変えてウェンディに駆け寄った。


 ――今回、最も負荷が高かったのはウェンディだ。何かあるとしたら彼女だろう。


「ウェンディ、無事か?!」


 ウェンディは平然と無表情で応える。


「はい。創世神さまが常に私の傍におられましたから。何も恐れることはありませんでした――ですが、頑張った妻にご褒美を頂けるなら嬉しいです」


 ゲイングは半笑いを浮かべ、ウェンディの頬に唇を落とした。

 ウェンディは頬を染め、にやけながら俯いていた。

 その様子に微笑み、ゲイングはその頭を優しく撫でていた。



「俺はリティたちを連れてくる」


 アインはそう告げると、階段を駆け上がっていった。





****


 アインが登り切った階段の上では、変わらずリティとルインがへたりこんでいた。

 放心しているようだが、顔色はすっかり良くなり、恐怖を感じている様子はない。


「……大丈夫か?」


 我に返ったリティがアインを見上げた。


「はい。先ほどまでの恐怖が急に消えて……力が抜けていました」


 ――新米だったころ、戦場からようやく抜け出せたときの安堵感も、そんな感じだったな。


 先輩傭兵達から、からかわれていた過去を思い出し、アインの頬が緩んだ。


 微笑んだアインがリティに手を差し出した。


「お前はよく頑張った。立派にワレンタインの王族として為すべき事を果たしたんだ。俺はそれを、誇りに思う」


 リティも微笑みながらアインの手を取り、立ち上がった。


 アインはルインにも声をかける。


「ルイン、お前も立てるか?」


「……あっ! おれっちはお師匠のところに行かなきゃっす!」


 そう叫ぶと、ルインは一人で立ち上がり、階段を駆け降りて行った。


「……元気な奴だな」


 アインは呆れながら、リティの手を引いて階段をゆっくりと降りて行った。





****


 アインとリティが門の前に辿り着くころには、マリンダの検分が終わっていた。


 マリンダがアインに声をかける。


「あら、丁度いい所に来たわね。これから説明しようかと思って居たところよ」


「調査は終わったのか?」


「ええ。門自体を少し調整すれば、補助装置なしで完全な封神術式に置き変えられるわ。地脈を利用するから、魔力の奉納も不要よ」


「それはどのくらいかかる?」


「クインくんが手伝ってくれるから、一日から二日といった所かしら。バスタッシュ王国軍がここに来る前には終わらせるわ」


 クインが頷き、口を開く。


「調整は私とマリンダだけで済ませます。皆さんは先に私の家に戻って待っていてください」


「わかった――もう危険はないんだな?」


 クインが剣呑な笑みを浮かべた。


「あったとしても、マリンダが居れば追い返せますよ――夜盗のようにね」


 ゲイングが溜息をついた。


「じゃあ俺たちは先に戻らせてもらう。みんな、それでいいな?」


 異論は出なかった。

 クインとマリンダを除いた一行は、再び戦場を迂回し、バスタッシュ王国へ戻っていった。


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