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邪教の姫~無感情なお姫様は今日も神に祈りを捧げる/子供扱いしないでください!~  作者: みつまめ つぼみ
第2章:邪教の姫と亡国の王女

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21.女の闘い

たまには大人のターン!!






 船内の酒場に、ゲイングとデルカの姿があった。


「ゲイングがお酒の誘いに乗るだなんて、随分久しぶりね」


「今日は流石に、酒の力が欲しい。嬢ち――ウェンディに、完全に打ち負かされたからな」


 静かにカウンターに座る二人が、酒を呷る。


「あなたがこんなに早くウェンディの事を女として認めるだなんてね。大きくても十四歳くらいの子供を」


「子供を女として見るだなんて、まともな男の取る態度じゃない。だがあの子が女であると確信しちまった。それは誤魔化せない」


 リンデゴード島に限らず、このリュークヴィスト大陸でも一般的には十五歳で成人とする国家がほとんどだ。十四歳ともなれば成人目前――だが、三十の男から見たら十五前後など、幼い子供にしか見えないのも事実だった。

 そんな子供を一人の女として認める――幼女趣味と言われても否定ができないだろう。ゲイングとしては屈辱を感じる汚名でもある。それに反発する心はあるが、ウェンディを一人の女として認めざるを得なかった事実は覆せなかった。

 これを汚名と感じるのは、一人の女であるウェンディに対して失礼だという思いもある。そんな葛藤を、今夜は酒で飲みこんでいるのだ。そんな姿が我ながら滑稽に映り、ゲイングは自嘲の笑みを浮かべながら、また酒を呷った。


 デルカは静かにグラスを傾けながら、隣のゲイングに語りかける。


「でもこれで、ようやく女と女の勝負が始められるわ。先制攻撃はあの子にやられてしまったけれど、今度は私の番」


 ゲイングの目がデルカの微笑んだ横顔を見る。


「どういう意味だ?」


「あなたがあの子を女として見る事が出来るようになったら、私も勝負をかけようと決めていたの。女として、最後の勝負をね」


 そう言ってデルカはグラスを煽った。

 空いたグラスに、ゲイングが酒を注ぎ足した。


「それは、お前の事を伴侶として見ろ、という意味か? それで酒の力を借りに来たのか」


「――そうよ、相棒だけじゃ満足できないの。私の事を伴侶として見て欲しい。引退後に共に在りたいと言ったのは、そういう意味よ。あなたも”悪くないな”と言ったじゃない」


「俺は――卑怯な話だが、今の関係のまま、余生を過ごせるかと思っただけだ。お前がそれでは満足できないというなら、共に過ごすことも止めておこう」


「……私は、伴侶として不足?」


「お前に不足なものなどあるものか。未だに魅力的な女で、十年相棒を続けてきた。なんでも目だけで分かり合える程の仲だ。だがだからこそ、相棒以外の存在になれる気がしない。伴侶として求めるには、俺たちは長く相棒で在り過ぎたんだ」


 ゲイングが酒を呷ってグラスを空け、デルカはゲイングのグラスに酒をなみなみと注ぎ足した。


「……じゃあ、男女として一夜を共にして、それでも結論が変わらなかったら諦めるわ。空いている個室をこっそり使えばいい」


 デルカはゲイングの横顔を見つめていた。

 ゲイングは、満たされたグラスをしばらく見つめた後、ゆっくりと呷り、空にした。

 そのグラスに、デルカがまた酒を注ぎ足す。


「……それは、ウェンディの想いを踏みにじる事になる。今の俺に、そんな真似はできない」


 わずかな静寂の後、デルカがクスクスと笑いだし、ゲイングがきょとんとその顔を眺めた。


「――ねぇゲイング、気が付いている? お酒がこんなに入っているのに、ゲイングは私に指一本触れようとしていないのよ? 以前ならとっくに肩を抱いているわ」


 言われてゲイングは気が付いた。自分とデルカの位置は、酒を飲む前から変化がなかったのだ。


 かつての酒が入ったゲイングは、無性にデルカに触りたがっていたらしい。

 以前、わずかな記憶の中で自覚して以来、酒は封印していた。

 今日もデルカに迷惑をかけるかもしれない――そう覚悟しながら酒の力を借りに来ていた。だが結果はこの通りだ。


 戸惑うゲイングに、酒を呷りながらデルカが告げる。


「つまり、あなたはもうウェンディに心を奪われてしまっているのよ。お酒が入っても揺るがないほどにね。あの子以外と触れ合おうとは思えなくなっている――あの子を女と認めた瞬間、あなたの心はあの子の虜となったの」


 愕然としているゲイングに、デルカが言葉を続ける。


「もう素直に認めてあげたらどう? あの子の想いに報いたい心を自覚したのでしょう? それはあなたの本心よ。”報いるべきではない”と思ったのは、大人の良識。理性がその想いを押し留めているだけよ。あの子が求め、あなたも求めた。あとは簡単な話よ。男女の仲なんて、たったそれだけの話。小難しい理屈なんて要らないの」


 グラスを傾けているデルカに、ゲイングが尋ねる。


「何故そこまで俺に伝えるんだ? 女の勝負をすると言っていたじゃないか」


「……何故かしらね。さっきの誘いを断られた時点で、もう私は女として負けたから、かしら。それに私はウェンディの事も大好きなの。あの子の想いが成就すれば、それは私にとっても幸福なのよ。あの子は命の恩人でもあるしね」


 デルカのグラスに酒を注ぎ足しながら、ゲイングが尋ねる。


「相棒では満足できないと言ったな。これからお前はどうするんだ?」


「相棒にしかなれないと言ったのはあなたよ? なら、私は相棒で居続けるだけ。死ぬまでね」


 ゲイングは自分のグラスを見つめながら、また尋ねる。


「それは、お前に取って辛くはないのか」


「辛くない訳がないわ。でも幸せでもあるの。いつか二人の子供が生まれたら、私は喜んで祝福するわ――でも、今日は朝まで一人で飲ませて。あなたは先に部屋に戻っていて頂戴。それくらいの優しさは、私にくれてもいいでしょう?」


 ゲイングはグラスを呷り空にしてカウンターに置いた。


「――わかった。無理して深酒はするなよ」


「あなたこそ、お酒が入ったからってウェンディに手を出しちゃだめよ?」


 ゲイングが苦笑で返す。


「いくらなんでも、そんな下衆な真似はしねぇ」


 ゲイングが席を立ち、部屋に戻っていく。

 デルカはその姿を肴に、再び酒を呷り始めた。





****


 ウェンディは酒の匂いで目を覚ました。


「ん……お酒臭い? ――えっ!」


 気が付くと、ベッドに眠る自分を背後から抱きかかえるようにゲイングが寝ている。

 ゲイングの吐息から、濃密な酒の匂いが漂い部屋に充満していた。


「……ゲイングさん、お酒は飲まないって言ってたのに」


 辺りを見回すと、デルカの姿がない。

 抱きかかえられて身動きが取れない中、なんとか顔だけ振り返って必死にゲイングに声をかける。


「ゲイングさん、ゲイングさん起きてください。そんなにお酒臭いんじゃ、私は眠れません。ちゃんと自分のベッドで寝てください」


 ゲイングがわずかに目を開け、ウェンディを見つめた。


「――もう、離さない」


 それだけ言うと、再びゲイングは目を瞑ってしまった。


 ウェンディはその言葉に、胸が高鳴る自分を抑えられなかった。

 彼は何と言ったのか。”もう離さない”と言わなかったか。それは、自分の想いに応えるという意味ではないのだろうか。

 確かめたくて、何度もゲイングの名を呼んだが、自分を抱きしめる力が強くなるだけで、彼が目覚めることはなかった。

 逞しい男の腕で身体を締め付けられ、酒気で意識が酩酊を始めた。

 だんだんとウェンディにも正常な判断ができなくなりつつあった。


 ――身体が熱い。


 酒が回ったせいなのか、別の何かなのか、服を着ていられないほどの身体の火照りを感じていた。

 そんな自分を持て余し、ただ現状に身を任せた。

 なんとか腕を動かし、法衣の前留めは外したが、その程度で火照りが収まる様子もなかった。

 ゲイングの腕を振り払おうとしたが、腕力でかなう訳もない。


 酩酊が進み、意識ははっきりせず理性はどんどん霞んでいく。

 火照りは収まらず、かといってこれ以上服を脱ぎたくても脱ぐことはできなかった。既にほとんど法衣ははだけ、下着を晒している。

 ゲイングの腕は、いよいよ身動きができないほどウェンディを強く抱きしめていて、呼吸するのもままならない。自然と浅く速い呼吸になり、それがいよいよ酩酊を進めていった。

 ゲイングはどうやら上半身の服を脱いでいるようだったが、その事を意識するほど自分の中で何かが目覚めていく感覚があった――それが何かは、今のウェンディには理解できなかった。


 ゲイングの言葉の真意を知りたいと必死に願うウェンディは、生殺しのまま、朝までまんじりともできない時間を耐えていった。





****


 朝になり船室にデルカが戻ってみると絶句するしかない姿がそこにあった。

 上半身裸のゲイングが、半裸のウェンディを抱きしめて寝ているのだ。


 ウェンディはデルカに気が付くと涙目で訴えた。


「デルカさん! 助けてください! 動けないんです!」


 慌ててデルカもゲイングの腕を引き剥がそうとするが、信じられないほどの力で抱き着いている。

 思い切りゲイングの頬をひっぱたいてデルカが叫んだ。


「ゲイング! 起きなさい! ウェンディに手を出すなんて最低よ?!」


 その一言でゲイングが目を覚まし、飛び起きた。


「――嬢ちゃん?! あれ、デルカ? ここは……俺は何で嬢ちゃんのベッドで寝てるんだ?」


 混乱のあまり、ゲイングは”嬢ちゃん”呼びに戻っていた。まだ眠気からも、酔いからも覚め切っていないのだろう。


 解放されたウェンディは慌てて法衣を着込み、前留めを留め直していた――何故これほど罪悪感を感じるのか、ウェンディにも分からなかった。


 極寒の眼差しのデルカが両腕を組んでゲイングを睥睨していた。


「……昨晩の覚えているところから、この状況を説明してもらいましょうか」


 ゲイングが頭を抑えて記憶を手繰る。


「デルカと別れた後、部屋に戻ってきて……酒で暑かったから上を脱いだ。その後、寝ているウェンディが目に入って……」


 言い淀むゲイングを、デルカが冷たい声で問い詰める。


「目に入って、どうしたの?」


「……無性に可愛くて抱き着きたくなったから、抱き着いて寝た」


 その言葉で、ウェンディの顔が茹で上がった。

 デルカの背後で、真っ赤な顔で俯いてゲイングの言葉を噛み締めている。


 デルカがさらに問い詰める。


「ウェンディの服がはだけて居たのは何故?」


 それまで俯いていたゲイングが、慌てて顔を上げて首を横に振った。


「それは知らん! 俺じゃない! 少なくとも、俺の記憶にはない!」


 おずおずとウェンディが言葉を差し込む。


「あの、服は私が自分で脱ぎました。ゲイングさんのお酒の匂いで、多分酔ってしまったんだと思います。暑くて服を着ていられなくなってしまって……」


 デルカがウェンディの顔を見る――照れていただけじゃなく、酒気で赤みを帯びているのが分かった。そのまま頭を抱えて項垂れた。


 惚れた男に半裸で強く抱きしめられて酩酊した――身体が火照っても仕方ないと言えた。

 身動きが取れなかったのが幸いだったと言わざるを得ない。途中で腕から解放されていたら、ウェンディであろうと今頃どうなっていたか分かったものではない。

 酩酊して理性を失くした男女の行く末など、数えるほどしかない。


 ゲイングも同じ考えに思い至ったのか、頭を抱えて蒼褪め、激しく落ち込んでいた。


「……俺はもう、金輪際酒は飲まん」


 ウェンディが慌ててそれを止める。


「そんな事を言わないでください。あんなゲイングさんが見られる機会、滅多にありません。たまに飲むくらい、いいじゃないですか」


 その勢いに圧されたゲイングが顔を上げ、恐る恐るウェンディに尋ねる。


「……俺は酔って寝ている間、ウェンディに何を言ったんだ?」


「それは……私を熱く見つめながら”もう離さない”と、固く強く抱きしめながら囁いてくださいました。あれは、私の想いをゲイングさんが受け止めて下さると思って良いのでしょうか」


 思い出したウェンディが、頬を染めたまま俯いた。

 その手を身体の前で合わせ、もじもじと落ち着きがない。


 ゲイングが両手で頭を抱え天を仰ぎ、デルカは苦笑を浮かべた。


「お酒は本音を引き出す薬よ。それがゲイングの本音、ということね。理性で押さえつけていた本心が、お酒の力で解放されたのよ」


 ウェンディがゲイングをまっすぐ見つめた。


 ゲイングが視線を感じ、天を仰ぎながら横目でウェンディを見ると、金色に光る期待の眼差しが自分を見ていた。


 ――もうそんなに表情豊かになったのか。


 ”恋愛が成就され、愛する子供が生まれればそれは新しい心の拠り所となり得る”とクインは言った。

 恋愛が成就する目前でここまでの変化があったのだ。子を成し、母となれば、それはウェンディに取って、大きな支えとなるだろう。

 その相手が自分では分不相応な気がするが、そんな自分をウェンディが望んでいる。

 なにより、自分がウェンディを望んでいるらしい。


 諦観の溜息をついたゲイングが項垂れ、両手を上げた。


「オーケーわかった、認めよう。俺はウェンディを求めている。お前の想いに応えたがる俺、それが本心だ」


 ウェンディの笑顔が花開き、眩しく輝いた。

 それは、二人ですら今まで見たことがないほどの、これ以上ない歓喜を表す笑顔だった。

 その姿に、横で見ていたデルカは言葉を失った程だ。


「それは、私を女として見ながら、最も傍に置いて下さる、という事で間違いありませんか?!」


 ゲイングが顔を上げ、ウェンディの笑顔に目を瞠った後、眩しそうに目を細めて見つめながら、その頬を撫でた。


「――ああ、間違いない。俺は伴侶として、ウェンディを求めている。伴侶は最も傍に在るべき存在だ。お前も俺を伴侶として望むならば、その想いに応えよう」


 ウェインディは笑顔のままポロポロと涙を零し始めた。


「ああ、これは夢ではないのでしょうか。一睡もできずに居た私が、微睡まどろみの中で見ている夢ではないのですね?!」


 ――そうか、身動きが取れないまま、眠る事も出来なかったか。


 ゲイングは微笑みを浮かべた後、いきなりウェンディを横抱きに抱え上げ、そのままウェンディの頬に唇を落とした。


「これで少しは実感したかな? お姫様」


 ウェンディは無音で絶叫を上げる口を両手で抑え、そのままふっと意識を失ってしまった。


「――おいウェンディ?! 大丈夫か?!」


 デルカが呆れた声で告げる。


「ウェンディには刺激が強すぎたのよ。それに夜中から一睡もしてなかった。酩酊もしていたし、気絶してしまってもしょうがないわ」


「そんなに刺激が強かったか。参ったな、加減が分からん」


 ゲイングはそのままウェンディを優しくベッドに横たえ、布団をかけてやった。


 デルカがソファに座りながら解説する。


「あの子に取って、生まれて初めて感じるほどの歓喜を覚えたのよ。その感情の強さに、寝不足のあの子が耐えられなかっただけよ。寝不足でなければ、次に同じことをしても、気絶することはないでしょうね」


 ゲイングが二人分のコップに水差しから水を注ぎ、片方をデルカに渡した後、椅子に腰を下ろした。


「それはそれで、なんだか残念だな。気絶するほど喜ばれるというのも、男冥利に尽きる」


 受け取った水を飲み干したデルカが、笑って応える。


「これからいくらでも見られるかもよ? あの子に取って未知の世界が続くんですもの。私も、あの子のあんな表情をまた見たいわ。頑張ってね」


 二人の視線が、幸せそうに寝息を立てるウェンディに注がれた。

 今彼女が夢の中で何を想っているのか――それは後で聞いてみることにしよう。


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