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邪教の姫~無感情なお姫様は今日も神に祈りを捧げる/子供扱いしないでください!~  作者: みつまめ つぼみ
第2章:邪教の姫と亡国の王女

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20/25

20.魔女の同行

まだまだウェンディのターン!!






 森を抜けた一行は、村で預かってもらっていた馬を受け取り、真っ直ぐ”東の魔女”の住処を目指して南下した。


 野営の不寝番で、デルカとミディアが肩を並べて座っていた。


「そう、ウェンディちゃんの想いはそんなに一途なのね」


「古代遺物が埋め込まれた事で、あの子の心が強く鍛えられてしまったのね。普通なら廃人になる程の負荷を跳ね除ける心ですもの。その想いが一途なのは当然ね」


 静かに二人の女が語り合う。


 自分に寄り添ってくる、か弱いリティにほだされたアインと違い、ゲイングは未だウェンディを守るべき子供としか見ていない。

 それだけがデルカの救いではあったが、あの情熱的な一面を見せられて危機感を抱いていた。

 リティの様に大人の女の身体を得たウェンディが、変わらぬ一途な想いを抱いていたら、ゲイングがほだされるのは時間の問題だろう。


「私には、”引退後に共に在って欲しい”と言うのが限界だったわ。あの子の様に、あの人の心に攻め込む勇気なんて持てなかった。若いっていいわね」


 若さゆえの勢い――自分も周りも顧みず、ただ想いに殉じようと動くことができる勢い。若さの特権だろう。

 デルカやミディアにもそんな時期はあったが、それでも勇気が今一歩足りず、今の関係に落ち着いてしまった。


「そんな弱気なことを言っていたら、私の二の舞になるのよ? 後悔してもいいの? 今ならまだ、間に合うわよ?」


 ミディアの言葉に、デルカが自嘲の笑みを浮かべた。


「私はウェンディも大事なの。あの子の目の前で、あれほど強い想いを踏みにじる真似はできそうにないわ。勝負をするなら正々堂々、あの子がゲイングから女として見られるようになってから仕掛けるしかないの」


「それじゃあ勝ち目がないことも分かってるんでしょう? その頃には私たちも三十前後よ。十代後半になったウェンディちゃんに勝てるところなんてなくなるわよ?」


「……それでも、同じ女として勝負をしたいの。ゲイングと約束を交わして女として見てもらう事を待ち侘びているウェンディが、子供としか見られていないうちに勝負を仕掛けるなんて卑怯な姿を、あの子の前で晒したくないの」


「そうして初恋に敗れるのも、よくある人生経験だと思うけどね。特に年上に恋心を抱いた時には、そういう経験をするものよ」


「そんな事をして勝っても、私が一生後悔を引きずってしまうわ。後腐れなく勝負をしたいだけ。お互い納得できる形でけりをつけたいのよ」


 そう言ってデルカは立ち上がり、自分の寝床に向かっていった。

 その姿を見送ったミディアは、ウェンディに視線を移す。


 ウェンディはいつも以上にゲイングに身を寄せ、己に回される逞しい腕を愛おしそうに抱きかかえていた。

 己の想いを言葉にしたことで、より強く自覚したのだろう。

 ウェンディはそのいじらしさが、男の目にどう映るかを計算している訳ではないだろう。だがこうも寄り添ってくる可憐な存在にほだされるなという方が無理かもしれない。


「……強敵ね。女としての本能なのかしら。幼くても立派な女をしてるじゃない」


 ミディアの視線が、リティを大事に包み込むアインに注がれた。

 鋼の理性を持っているこの男ですら、リティという可憐な少女に陥落したのだ。けしかけたのは自分だったが、想像以上に早い陥落だった。この男を落とすには、もっと時間がかかると思っていたのだ。


 今はまだウェンディを子供としか見ていないゲイングが、ひとたびウェンディを女として見たら、成長を待たずに陥落してしまいそうな予感すらあった。

 ミディアは友の健闘を祈りつつ、不寝番の夜を過ごした。





****


 一行は三日目の昼頃に魔女の住処に辿り着き、馬を内庭へ進めた。

 内庭では再びマリンダが待って居た。


「お帰りなさい。順調に事が進んだ様ね」


 クインが怪訝な顔をしてマリンダに尋ねる。


「何故、私たちが来る時間が分かるのですか?」


「それは教えてあげられないわ。知りたければ対価を払って頂戴」


「……では知らなくても結構です。とんでもない対価を要求されそうですから」


 マリンダが微笑んで応える。


「あら、わかってるじゃない――さぁ、応接間までいらっしゃい」





 クインに先導され、一行は再び応接間に居た。

 テーブルは新調されていたが、そこにマリンダの姿はなかった。


 ゲイングが疑問に思い、クインに尋ねる。


「なぁ、魔女はどこに行ったんだ?」


「今は大人しく待って居ましょう。すぐに姿を見せるはずです」


 クインに言われた通り、しばらく黙って待って居た。

 五分程して、ようやく奥からマリンダが姿を現した。


「待たせたわね。竜の魔石を見せてもらえる?」


 クインが黙って懐から魔石を取り出し、マリンダに手渡す。

 マリンダは魔石を指でつまみ上げ、光に掲げて確認していく。


「……確かに竜の魔石ね。品質もこれなら問題ないわ。あとは魔導具にはめ込むだけ」


 そう言って懐から金色に輝く腕輪を取り出した。装飾が施され、それだけで立派な宝飾品と言える代物だ。

 その中央に魔石をはめ込むと、何かの魔導術式を施した。


「これで完成よ。でもこれは使い切りの魔導具。失敗は許されないから、注意してね」


 アインが驚いて声を上げる。


「あれだけ苦労したのに一回しか使えないのか?!」


「神を押し返すのよ? そんな負荷に何度も耐えられる魔導具ではないの。それより、急いだほうがいいんじゃない?」


 クインが頷いた。


「確かにその通りです。現在のゲイル王国やバスタッシュ王国の状況もわかりません。それに、肝心の門の位置も調べる必要があります」


「門の場所なら、私が分かるかもしれません」


 リティが声を上げ、一同の視線が集中する。


「その古代遺物は、門の形をしてるのですよね? ワレンタイン王城に、王族だけが入れる古代遺物の間がありました。そこには閉じられた門があり、その前で魔力を奉納する祭儀を行っていました。私も何度か参加したことがあります」


 マリンダが目を細めて応える。


「なるほど、かなり旧式の封神術式ね。その門が封神装置本体で間違いないわ。おそらくその部屋は地下にあったんじゃない?」


「え? はい、そうです。何故わかるのですか?」


「そういう術式だから、としか言えないわね。これなら門単体でなんとかする目途も立ったわ。新しい封神術式に門を調整できれば、魔力を奉納する必要もなくなる――じゃあクインくん、後は頑張ってね」


 魔導具を手渡そうとするマリンダを、クインが白い目で睨み付ける。


「マリンダ、あなたも居なければ、ウェンディ一人では強欲の神を押し返せません。あなたも同行するんですよ」


「あら、やっぱり行かなきゃ駄目? 私、船旅は退屈で嫌いなのよね……でも、ご褒美があるから行ってあげるわ」


 クインが大きく溜息をついた。


「ともかく、乗船券の手配もしなければなりません。急いで港町に向かいましょう」




 内庭に集合していた一行の前に、岩人形の馬に乗ったマリンダが現れた。


 クインが頭を抱えてマリンダに告げる。


「マリンダ、さすがにそれで街に行くのは騒ぎになります」


「あらクインくん、いくら私でもそれくらいわかるわよ?」


 マリンダが長杖を一振りすると、岩人形だった馬が普通の馬に変わっていった。


 呆気にとられた一同の中で、ゲイングが尋ねる。


「今、何をしたんだ?」


 クインがマリンダの代わりに応える。


「幻術の魔導術式ですよ。おそらくあの長杖の機能でしょう」


「さすがクインくん、大正解!」


 マリンダのテンションの高さに、頭痛を覚えたクインがまた頭を抑えたが、気を取り直して声を上げる。


「ともかく、港町アルトワへ向かいましょう」





****


 夜になり、野営を張った皆の食事風景を、マリンダは楽しそうに眺めていた。


 リティが疑問に思い尋ねた。


「マリンダさんは食事をなさらないのですか?」


「そういった不要な機能は削ぎ落してしまったの。私は周囲の魔力や生命力を取り込むことで補給をするわ。だから周りに居るみんなはしっかり食べて寝て頂戴」


 その答えに、ゲイングが顔をひきつらせた。


「それはつまり……俺たちを食べている、ということか?」


「ある程度は制御できるけど、完全に遮断する事は出来ないわね。だから、私の傍で死にかけると危ないわよ?」


 ゲイングが慌てて立ち上がり、クインに食って掛かる。


「おいクイン! この魔女が同行していて大丈夫なのか?!」


 クインは冷静に糧食を口にしていた。


「彼女が意図的に殺そうとしない限り、死ぬことはありませんよ。奪われる力は微々たるものです。瀕死の状態ではそれが命取りになりかねない、その程度の意味です」


 マリンダが愉しそうに口を開く。


「クインくんとは何度か、旅を共にしたことがあるものね。私が居る間は不寝番もいらないわよ? 睡眠という機能も私にはないの。寄ってくる奴らは根こそぎ食べつくして終わらしてしまうから、安心して寝ていて構わないわ」


 クインが冷静に言葉を添える。


「念の為に言っておきますが、その現場を見ない方がいいですよ。気配を感じ取っても、目を瞑っておくことをお勧めします。悪夢にうなされたいなら止めませんので、ご自由にどうぞ」


 周囲の表情が凍り付く中、無表情のウェンディ、微笑むマリンダと静かに食事を続けるクインだけが平静を保っていた。





 二日後の夜、夜盗の気配を感じ取ったアインとミディア、そしてゲイングとデルカは、クインの忠告に従い目を瞑っていた。

 遠くから夜盗の助命の嘆願と悲鳴が響き渡る中、楽しそうなマリンダの笑い声が聞こえてくる。


「あははは! ――はぁ。やっとお腹いっぱいになったわ。これで二か月は耐えられそうよ――あ、後始末をしておかないと、クインくんに怒られるわね」


 なにかの術式を発動させる気配がした後、辺りを静寂が支配した。時折、焚火から火の爆ぜる音が聞こえるだけだ。

 その様子を伺っていた者たちは、魔女の深淵を覗いた気分に陥っていた。何も聞かなかったことにし、眠る事に努めた。


 翌朝になりゲイングたちは周囲を見渡したが、異変の気配は残っていない。なにか恐ろしいことが起こっていたはずだが、その痕跡は一切残されていなかった。


 ゲイングがマリンダの顔を恐る恐る見ると、マリンダは微笑みでそれに応えた。


 ゲイングはしばらくその微笑みを見つめた後、目をそらして小さく呟いた。


「……まぁいい、俺たちに対して害意がないなら、それでいい」


 クインが同行を求めるのだ。必要な人員であり、自分たちにも大きな危険はないという判断だろう。

 今はそれを信じるしかないと心に決めた。





 九日目の昼前に港町に到着し、急いで乗船券を取りに行った。

 運よくバスタッシュ王国への連絡船が寄港していて、間もなく出航するとのことだった。

 二等船室はがら空きで、クインが三部屋を取った。


「部屋割りは来た時と同じです。マリンダと同室になりたい人間は居ないでしょうから、彼女だけ別室です」


 アインたち四人が胸を撫で下ろし、馬と共に船に乗り込み、船室へ向かった。





****


 アイン、ミディア、リティの三人が、ようやく気を抜けるとばかりに息を吐いた。


「――はぁ。とんでもねぇのと同行する事になっちまったな。魔女が血迷っても止められる人間は居そうにない」


「クインくんが慣れている風だったから、慣れれば私たちも普通に振舞えるとは思うのだけれど……しばらくは難しいわね」


「ですが同行している間、力を奪われている感じはしませんでした。マリンダさんが言う通り、私たちから奪う力は最小限に留めてくれていると思います」


 リティはあの夜の事を知らない。

 憐れな夜盗たちの身に何が起きたのか――具体的にはアインたちにも分からなかったが、怯え切った夜盗の悲鳴だけが耳に残っていた。

 その力をこちらに向けられれば、抵抗する間もなく、夜盗たちと同じ運命を辿るだろう。

 だがあの魔女の助力がなければ、強欲の神を封印しなおすことはできない。選択肢はないのだ。


「仕方ねぇか。割り切って行動を共にしよう。怯えた態度を見せていて不興を買ったら何が起こるかもわからん。クインが信じる人間だ。俺たちも信じよう」


 アインはそう言ってごろりとベッドに横になった。

 リティがそれに身を寄せるように横になる。


「私はそれよりも、今のバスタッシュ王国がどうなっているか――そちらの方が不安です。見つかってしまったら、私の身がどうなるのか」


 アインがその頭を優しく撫でる。


「大丈夫だ、今のリティを見て、リティシアだとすぐに見抜ける奴は居ない。堂々としていればバレることはない」


 ミディアも傍に座り、リティシアの背中をさすった。


「せっかく伴侶になれたんだもの。二人が引き裂かれるような真似はさせないわ。安心して」


 リティは黙って、二人に撫でられるがままになっていた。





****


 ゲイング、デルカ、ウェンディも部屋に辿り着き、一息ついていた。


「――ふぅ。出航直前に滑り込めるとは、随分と間がいいな。最悪、何週間かあそこに滞在しなきゃならんとこだった」


 デルカがソファに座り、くつろぎ始めた。


「これも”創世神様のお導き”という奴なのかしら?」


 ウェンディがゲイングの膝に座り、ゲイングに寄り添って頷いた。


「はい、創世神さまの御意志です」


 ゲイングとデルカが、状況を理解できずに硬直した。


 先に我に返ったデルカが恐る恐る、ウェンディに尋ねる。


「ねぇウェンディ? あなた、何故そこに座っているの?」


「女として見てもらう為にどうしたらいいのか、考えていました。その結論です」


「……つまり、スキンシップを増やすことで、意識させようとしているのね?」


 ウェンディが静かに頷いた。


 ゲイングが苦笑を浮かべながらウェンディを抱え上げ、膝の上に座り直させ、頭を撫でる。


「嬢ちゃん、それじゃあ不十分だ。むしろ子供らしくて微笑ましく感じちまう」


 ウェンディがわずかにむくれ、頭を撫でるゲイングの手を両手で掴んだ。


「では、これならどうでしょうか」


 ウェンディがゲイングの手を、自分の胸に押し当てた。

 ゲイングの手には、少女らしいささやかな胸のふくらみが伝わってくる。


 ゲイングは呆気に取られ、絶句していた。


 ――この状況は、なんなんだ?


 困惑して硬直し、思考停止しているゲイングを見て、ウェンディはまたもむくれた。


「……これも駄目ですか」


 デルカが噴き出すのを堪え、立ち上がってゲイングの傍に近寄り、彼の空いている手を掴み上げて自分の胸に押し当てた。


「ウェンディ、それをやるにはこれくらいの大きさが必要よ?」


 今度は即座にゲイングが反応し、慌てて手を引っ込めた。


「デルカ! 子供の前で何考えてやがる!」


 ゲイングは顔を耳まで真っ赤に染め、困惑の眼差しでデルカを見ていた。彼は鉄壁の理性で女を傍に近寄らせない反面、色仕掛けには弱い傾向があった。要するに女に対して初心うぶな面があるのだ。


 その様子を満足そうに確認したデルカが、ウェンディを見て告げる。


「……ほらね? ”女として意識させる”というのはこういうこと。ウェンディの身体はまだ子供だもの。色仕掛けをするには、色々と足りないのよ」


 ウェンディはむくれたまま、デルカと自分の胸の大きさを見比べ、溜息をついた。


「確かに、私の胸はまだ小さいです。これで”女として見てくれ”というのは、無理なのですね」


 ゲイングは疲れたように項垂れ、ウェンディに問いかける。


「なぁ嬢ちゃん、お前にこんな教育に悪いことを教えたのは誰なんだ?」


「リティさんに相談したんです。年上の男性を落とした先輩として、意見が欲しいと」


「……あのお姫様、子供になんて事を教えやがる」


「いえ、リティさんも”私にはまだ早いけれど、大きくなったらいつか試してみるといい”と言っていました。確かに、今の私には早かったみたいです」


 そう言いながらも、ウェンディの腕は力強く己の胸にゲイングの手を押し当てていた。

 押し当てられた手から、ウェンディの鼓動がわずかに早くなっているのを感じ取り、ゲイングが顔を上げてウェンディを見つめた。


「嬢ちゃん、もしかしてこの状況を恥ずかしいと思ってるのか?」


 ウェンディは無表情で応える。


「よくわかりませんが、とてもいたたまれない気持ちなのは確かです。今すぐ逃げ出してしまいたいと思っています」


 説得力を感じられない言葉だったが、心拍数は上がっている。その言葉に嘘はないのだろう。

 その”恥ずかしい”という気持ちをどう発露していいのか、自分でよく理解していないのだ。

 だが心拍数という形で発露をした。それも間違いではない。この調子なら赤面することもすぐにできるようになるかもしれないと思えた。


「……そうか、クインも”本能に根差した恋愛感情の発露は可能性が高い”と言っていた。それだけ強烈な感情なんだな。それに引きずられるように、他の感情も発露するようになってきたのか」


 デルカがニタリと微笑みながら、腰を落としてウェンディに囁いた。

 ウェンディは一瞬躊躇ったが、頷いた。

 ゲイングが訝しみ、立ち上がったデルカの顔を見上げる。


「おいデルカ、お前今、何を吹き込んだ?」


「さぁね? 多分あなたが慌てふためくような事よ?」


 二人が会話してる隙を突いて、ウェンディが法衣の前留めを二つ外し、その隙間にゲイングの手を上から差し込み、法衣の上から押さえつけた。


『素肌に直接押し当てちゃいなさい』


 デルカの助言通り、下着の更に下、柔肌の胸に直接押し付けたのだ。


 ゲイングがその感触で一瞬ほうけ、慌ててウェンディを見た直後、弾けるように手を引っ込めた。


「ウェンディ! 子供の悪戯でもやっていいことと悪いことが――」


 途中まで顔を赤くして叫んだゲイングが絶句した。

 そこには頬を紅潮させ、嬉しそうに微笑むウェンディが居た。


「……今の私でも、女として意識させることができました。それはとても嬉しいのですが、とてもいたたまれなくて、今すぐベッドに潜り込んでしまいたいくらいです」


 デルカが微笑んでウェンディの肩を抱きしめている。


「やり方次第では、今のウェンディでも可能みたいね。でも今のは反則技だから、もう使っちゃだめよ? あなたも恥ずかしいでしょう?」


 ウェンディが頷いて応える。


「これが恥ずかしい、という気持ちなのですね。顔が熱くて、とても息苦しいです」


 ウェインディは頬を両手で挟み、真っ赤な顔で俯いていた。


 ゲイングは悪戯を怒っていいのか、感情の発露を喜んでいいのかわからず、ただ困惑するだけだ。

 その手から今感じた柔肌の温もりが消えず、慌てて両手をこすって揉消した。


 ゲイングの様子を見たウェンディが、スッと無表情に戻ってゲイングに尋ねた。


「ゲイングさん、何故両手をこすったのですか? 私があれほど恥ずかしい思いをしたのに、あなたはなかったことにしてしまうのですか?」


 デルカがウェンディの肩を抱いたまま、優しく語りかける。


「あなたから女を感じ取ってしまった事に戸惑い、罪悪感を感じているのよ。子供から女を感じるだなんて、大人の男のあるべき姿じゃないわ。それを恥じているの。そこは理解してあげて」


 ウェンディがむくれて応える。


「……ですがゲイングさんは、私を女として見るよう努力すると言いました。その言葉に偽りがないのであれば、恥じることはないのではないですか? 私はまだ子供かもしれませんが、子供扱いされたくありません」


 デルカが優しい微笑みでウェンディに笑いかけた。

 ”子ども扱いされたくない”という、思春期にありがちな言葉がウェンディの口から出て来た事に、その微笑ましさに喜んだのだ。


「その気持ち、立派に年相応の女の子よ。それに、ゲイングがあなたを女として意識してしまった事実はもう取り消せないわ。確実に一歩、あなたは進んだのよ」


 ゲイングが大きな溜息をつき、デルカに告げる。


「リティといい、お前といい、嬢ちゃんに悪い悪戯を吹き込むのはやめてくれ。嬢ちゃんを女として見るには、歳月が必要だ。俺が今の嬢ちゃんを女として見るなんて、男して、人としてあるまじき姿だ。俺はそんな男にはなりたくねぇ。せめて今のリティくらいに成長してからにしてくれ」


 デルカがウェンディの目を見る。


「……ですって。どう? ウェンディはそれまで待てる?」


 ウェンディはむくれながら、首を横に振った。


「ゲイングさんは自分で”これから私を女として見るよう努める”と言ったのです。ならば今の私を女として意識する事に罪悪感を抱く事も、恥ずべき事もないはずです。どんな形であれ、一度は私の身体を女として意識したのです。ならばもう、私はゲイングさんにとって一人の女で構わないのではないですか? それともあれは、その場を逃れるための嘘だったのですか?」


 ゲイングがウェンディを膝に乗せたまま、己の頭を片手でガシガシと乱暴に掻きむしった。


「あー、確かに言った、言いました! ――だがいいのか嬢ちゃん。お前を一人の女として見るなら、俺はお前がこんなに傍にべったりと張り付くことを許さなくなるぞ。伴侶でもない男女には、適切な距離がある。それを今から保つ事になるが、それで構わないか?」


 ゲイングが顔を上げてウェンディの顔を見ると、泣きそうな顔で首を横に振っていた。


「それは……嫌です。ずっと傍に居て欲しい。でも、女としても見て欲しい。とても心が苦しいのです。私はどうしたらいいのでしょうか」


 ゲイングは小さく溜息をついた――やはり、まだ子供か。自分の発言の結果、何が起こるか考えていなかったんだな。


 優しく微笑みを浮かべながらウェンディに尋ねる。


「神様は何か助言をくれないのか?」


 ついに涙を零しながら、ウェンディが応える。


「”自分の気持ちに素直になれば良い”と仰っています。私の気持ちは、一人の女としてゲイングさんの傍に居たい。でもそれはできないとゲイングさんは言いました。こんな気持ちは、ゲイングさんを困らせるだけです。こんなことでは、ゲイングさんに嫌われるだけです。私はそれが恐ろしい」


 ゲイングは泣いているウェンディの頭を胸に抱いて、優しく語りかける。


「今すぐ大人になりたいって気持ちはわかる。俺にだってそんな時期はあった。だが焦らなくていい。ゆっくり大人になればいいんだ」


 ウェンディはゲイングの胸の中から、涙目で見上げて訴えた。


「それでは、嫌なんです。でも、この場所から離れたくもないのです――今なら、信徒たちが神に縋って救いを求めた気持ちが理解できます。私はこの苦しみを、誰かに救って欲しい」



 ゲイングは苦悩した。

 それを救えるとしたら、神ではなく自分だけだろう。

 この小さな少女の想いに応えてやれば、少女は苦しみから解き放たれ、先程の様に幸福に包まれた微笑みを零すだろう――あの笑顔を、もう一度見たいと思った。


 己の中に浮かんだこの想いが憐憫なのか、思慕なのか、それは分からなかった。

 応えるのが正しいのか、間違っているのか、それも分からなかった。


 ただひとつ言えるのは、この胸の中の少女が、既に一人の女だという実感だけだ。全身全霊で自分を求める、一人の女の姿だ。


 ゲイングは一度硬く目を閉じ、もう一度思案した。


 年齢差の事を省いて一人の女としてウェンディを見た時、伴侶足り得る存在なのか――それを検討した。互いに対等に在る事が出来る存在なのか。


 この短期間でここまでの心の成長で見せたウェンディならば、あとわずかに見守るだけで対等足り得るだろう。足りない分は年長のゲイングが支えてやればよい。

 若さゆえの暴走を見せる面はあるが、既に己の足で立ち、歩いていける心の強さは持っている。ゲイングが精神面で苦しんだ時にも、支えられる強さを持っている子だ。

 肉体面は全面的にゲイングが支えてやればよい。それは恵まれた肉体を持つゲイングの使命とも言える部分だ。これは迷う必要もなかった。


 ウェンディの正確な年齢はわからないが、成人するまであとわずかなのも確かだった。或いは発育が悪いだけで既に十五歳になっている可能性もある。身体が充分成長するまで手を出すのを我慢すれば良いだけだろう。

 どうしても年齢が幼い事に起因する社会的な問題は生まれるが、そうした夫婦が世に居ない訳でもない。外見上体面は悪くなるが、愛する妻だと自分が胸を張れば済むだけの話だ。時間が解決する些末な問題だと思えた。


 つまり年齢差を除いてしまえば、伴侶として大きな問題はないと判断できた。

 ウェンディは一人の伴侶たり得る女であると結論付けた。


 あとはただ、己の想いだけだった。”応えたい”と思う自分と”応えるべきではない”と思う自分――どちらが正しいのかを、必死に検討した。


 そうしてウェンディに対して告げる言葉が決まった。



 目を開けたゲイングが、優しく胸の中に居るウェンディに語りかける。


「ウェンディ。俺は今日からもう”嬢ちゃん”とは呼ばない。お前を一人の女として認めよう。だがお前はまだ、自分の気持ちを扱いきれていない。ウェンディが成長するまでの猶予期間を設けよう。お前が自分の気持ちを制御できるようになるまで、もう少しだけ傍に居てもいい――その猶予期間の間に、お前は新しい恋を探せ」



 ウェンディはゲイングの発言の意図が分からず戸惑った。


 一人の女として見ると決めたなら、受け入れるかはっきり拒絶されるか、いずれかだと思っていたのだ。ゲイングはそういう男だった。伴侶ではない女を決して傍には近寄らせてこなかった。


 一人の女として認め、傍に居てもいいと言いながら、新しい恋を探せという。

 ゲイングらしくない曖昧な回答に対して、ウェンディは恐る恐る尋ねる。


「それは……女として認めた上で、私の想いに応えられない、ということでしょうか。それとも、一人の女として傍に居る事を認めて下さる、そういう事なのでしょうか」


 ゲイングの顔が自嘲の笑みで染まる。


「情けない話だが、俺にもさっぱり自分の気持ちがわからんのだ――お前の気持ちに応えたい俺と、応えるべきではないと思う俺が居る。年齢差を忘れて伴侶としてウェンディを見たときに、それほど問題があるようにも思えなかった。だが俺よりも若い男と結ばれる方がウェンディの幸せに繋がるだろう。それも事実だ。だから、新しい恋を探して欲しいと口にした」


 ウェンディはゆっくりと首を横に振った。


「ゲイングさんの中に、私の想いに報いたいと思う心があるのですね? 伴侶として私は大きな問題がないと判断したのですね? ならば、ゲイングさんはその気持ちに正直になるべきです。きっかけは同情でも憐みでも構いません。例え仮初かりそめの想いでも、共に在る間にその想いは本物に昇華されます。迷う必要などありません。それが私の幸せにつながる選択なのです」


 ゲイングは苦笑しながら応える。


「やっぱりウェンディは押しが強いな。まぁそう焦るな、俺にも気持ちを整理する時間くらい与えてくれ。今のウェンディの言葉にすぐに飛びつけるほど、俺はもう若くない。じっくり考えて、それから決めさせてくれ――今はこんな答えでも、構わないか?」


 ウェンディは不服そうに口を尖らせて応える。


「年齢を重ねると、決断力に欠けてしまうのですね。女にここまで言わせて時間をくれだなんて、それこそ男として恥ずかしい事だと思います――でも、そうですね。この船に揺られている間なら待ってあげます。創世神様がそう仰せですから」



 ゲイングとデルカは顔を合わせ、互いに小さく笑った――ウェンディが口を尖らせる姿など、夢にも見たことがなかった。そのあまりの微笑ましさに、つい笑みが零れたのだ。


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