19.竜退治
サーセン8000文字くらいあります。
後半からは”ウェンディのターン!”です。
ゲイル王国軍とバスタッシュ王国軍は、その国境付近で激しく衝突していた。
バスタッシュ王国軍の指揮官、ゼーグル将軍が苛立たし気に叫ぶ。
「何故だ! 何故あの程度の奴らを押し潰せない!」
国境を超えて進軍してきたゲイル王国軍を平原で待ち構えていたバスタッシュ王国軍は、五千の兵で正面からぶつかった。
事前予想ならば、それで片が付くはずだった。
だが、ゲイル王国軍はバスタッシュ王国軍を押し返したのだ。
現在、ゲイル王国軍三千に対してバスタッシュ王国軍先陣は四千にまで数を減らしている。
既に三日間の交戦を続け、被害ばかりが拡大している状態だった。
参謀が報告を上げる。
「ゲイル王国軍はその数を三千に減らしましたが、そこから減らせません。こちらの兵士を上回る勇猛振りで、我が軍の被害が拡大するばかりです」
ゼーグル将軍が歯ぎしりをしながら指示を飛ばす。
「負傷兵を下げ、後詰の五千を投入せよ! それと王都へ至急救援を要請するのだ! このままでは押し切られかねん!」
屈辱ではあるが、英断でもあるだろう。
放置していれば数日のうちに先陣が壊滅するのは免れない。
数の力で塞き止めている間に、更なる数の力に頼らざるを得ないのだ。
ゲイル王国軍は昼夜を問わず攻め続けていた。彼らに補給をしている様子がないのだ。
「化け物どもめ……っ!」
そんな兵士を相手にするには、二倍を超える兵力で対応するしかない。
こちらの兵士は補給せずに戦う事などできないのだから。
「王都へ一万の追加兵力を要請しろ! 急げ!」
****
森の中を進むアインたち一行――先行するミディアが、何かを見つけた。
「ねぇ、あれ村じゃない?」
ミディアが指さす方向――木々の隙間から、遠くに開けた場所が見える。
アインが口を開く。
「獣人の村か。竜の住処に辿り着く前に、厄介なものに出くわしたな」
「私とデルカで偵察してくるわ」
ミディアはそう言うと、荷物を下ろしてデルカと共に村の方向に向かっていった。
リティは不安げな表情でアインに尋ねる。
「お二人だけで大丈夫でしょうか」
「こういう事は二人の得意分野だ。心配はない」
周囲を警戒しながら待つ一行の前に、デルカだけが戻ってきた。
「村の規模は三十体ぐらいね。成体は二十体前後かしら。ミディアには見張りをお願いしてるから、動きがあれば知らせてくるわ」
アインとゲイングがクインを見る――これだけの数が相手だ。魔導の出番だろう。
クインが村の様子を伺いつつ指示を出す。
「村の入り口側が開けているようです。そちらに出て、獣人が固まるように誘導してください。固まったところに術式を仕掛けます」
アインとゲイングが頷きあい、デルカはミディアを呼び戻しに走った。
アインが方針を語る。
「ルインはクインの護衛、ウェンディとリティは後方で待機して、回り込んでくる獣人が居ないか注意を払っていてくれ。見つけたら大声で叫ぶんだ」
ウェンディとリティ、ルインが頷いた。
ミディアと合流した一行は、村の入り口側に移動した。まだ森の中で、獣人たちが気づいた様子はない。
アインとゲイングが前衛、続いて術式を準備したクイン、その背後に棒を構えたルインが居る。左右に散開したミディアとデルカが弓を構え、ウェンディとリティは少し離れた後方で周囲を警戒している。
アインがゲイングに語りかける。
「それじゃあ、牛退治と行きますか」
「倒しても肉が食えねぇのが玉に瑕だ」
陣形を維持したまま、一行が村の入り口に姿を現した。
獣人が一行に気づき、村が慌ただしく騒ぎ始めた。
武器を持った獣人たちが現れ、村の入り口に駆け寄ってくる。手に持っているのは剣、もしくは棍棒だ。
駆け寄って来た獣人の一撃をアインが大剣で受け止める。
――重たいな。力で押し切るのはやはり難しいか。
ゲイングもまた、駆け寄ってきた獣人の相手を開始した。
ミディアとデルカが、次々と矢を放っていく。矢を警戒した獣人たちの足が鈍り、獣人たちが村の入り口付近で固まり始めた。
機を見たクインが眠りの魔導術式を発動し、固まった獣人たちを中心に紫色の雲が現れる――その雲に包まれた獣人たちが、次々と倒れていった。
アインとゲイングはその雲を避け、術式の外に居た獣人たちに斬りかかっていく。
弓矢の援護を受けて怯んだ獣人に斬りかかかる事で、アインとゲイングはなんとか獣人を降していく。
アインは大剣を大きく振り回し、獣人の頭目掛けて振り下ろした。獣人は防ごうとして掲げた剣ごと、その頭を叩き割られていた。
「――ふぅ、今ので最後か?」
アインが周囲を見渡すと、もう動いている獣人は居なくなっていた。
死んでいるか眠っているかだ。
アインが後方に居たウェンディとリティに声を上げる。
「周囲の様子はどうだ」
リティが返事をした。
「今の所、獣人の姿はありません
アインがウェンディやリティと改めて周囲を哨戒している間に、ゲイングとミディア、デルカが寝ている獣人たちに止めを刺して回っていた。
哨戒から戻ったアインが、静かになった村を見て呟いた。
「魔導ってのは、本当に怖いな」
傍に居たクインが応える。
「今回は偶々相性が良かっただけです。竜種のような相手なら、このような絡め手は通用しません」
矢を回収した後、一行は竜の棲む麓を目指し先を急いだ。
****
獣人の村から三日、森が開け、山肌が姿を現した。
奥には、大きな洞穴が見えている。他に竜が棲み着きそうな場所は見当たらない。
先頭を行くミディアが洞穴を指さした。
「……あの穴が竜の巣かしら」
アインが頷いた。
「ともかく、行ってみよう」
洞穴に近付くと、中から冷たい風が吹いて来る。
内部に太陽の明かりは届いていないようだった。
アインとゲイングが松明に火をつけ、先頭を進む。
ミディアとデルカは中衛に下がり、左右に散開した。
そのまま一行が慎重に歩を進めて行くと、松明の明かりに照らされて、洞穴の奥に丸くなって寝ている竜の姿が薄っすらと浮かび上がった。
ゲイングが小声で囁く。
「だいたい五メートルぐらいか。幼体とはいえ、でかいな」
アインが頷いた。
「立ち上がられたら、頭や胸に届かないな。腹を狙うか」
ゲイングも頷いた。
「腹に剣が通るのを祈るのみだ――ミディアたちは弓で援護してくれ。ウェンディとリティはクインと共に行動し、クインは自分の判断で動いてくれ。魔導のことはわからないからな」
クインが頷く。
「では武器強化の魔導術式を発動します。あとは皆さんの頑張り次第です」
クインが印を結び、魔導術式を発動させる――アインとゲイングの剣、ミディアとデルカの弓矢が淡い光に包まれた。
四人が頷き、アインとゲイングは竜に向かって慎重に近づいていく。ミディアとデルカは、狙撃しやすい位置を確保しアインたちに追従していく。
クインは一定距離を保って付いて行った。魔導術式の効果範囲を考えながら距離を取っているのだろう。
アインとゲイングが目の前に辿り着いても、竜は目を覚まさない。
二人が目で会話し、アインが大剣を振りかぶった。
そのまま勢いをつけて竜の首目掛けてアインの大剣が振り下ろされた――竜の鱗を切り裂き、肉に食い込んだが、首を落とすところまでは力が及ばなかったようだ。
痛みで竜が目覚め、咆哮と共に首をもたげ、威嚇を始めた。
そのまま立ち上がった竜の大きさに、わずかにアインとゲイングがたじろいだ。
「やはり、立ち上がるとデカいな」
呟いたアインは、一旦下がって距離を取った。
代わりにゲイングが、起き上がった竜の腹目掛けて剣を突き立てた。
剣は半ばまで刺さり、確実に内臓に届いた感触をゲイングは得ていた。手応えに笑みが漏れる。
身悶えする竜がゲイングを見定め、口の中に炎を溜めた――火竜の息吹だ。
だが息吹を吹きつけようとして動きを止めた火竜の目に、デルカの放った矢が刺さった。
激痛でのたうち、息吹を中断した竜からゲイングが剣を引き抜き、距離を取る。
入れ替わりに助走をつけたアインが、竜の腹の傷目掛けて大剣を横薙ぎに振るった――今度は大きく傷が抉れ、血が噴き出した。
足を止めずにアインが離脱し、入れ替わりにゲイングが同じ個所に横薙ぎを加え、傷を広げていく。
前衛の二人が代わる代わる攻撃を加えて竜の傷を広げ、火竜の息吹はデルカとミディアが弓で妨害する――そんなことを幾度となく繰り返した。
「きりがないな!」
「丈夫なもんだ!」
アインとゲイングが愚痴りながらも、着実に竜の腹を切り裂いていく。
だんだんと動きが緩慢になった竜は、ついに立ち上がる姿勢を維持する事が出来ず、四つ足で身体を支え始めた。
その隙を逃さず、アインがその日何度目かの全力の振り回しを、竜の頭部に叩きつけた。
倒れ込んだ竜の目玉に対して、ゲイングが渾身の力で剣を突き入れた――頭蓋の奥まで届いた手応えを、ゲイングは得た。
竜の身体が大きく一度痙攣し、そのまま竜の身体から力が抜けていった。
ゲイングが剣を突き入れた姿勢で呟く。
「……やったか?」
アインが応える。
「多分な」
竜が起き上がる気配はない。
しばらく様子を見ていたクインが竜に近づいていった。
「竜の魔石は喉元にあります。取り出してください」
クインが他人事のように指示を出した。
アインが白い目でクインを睨む。
「そうは言うがな。こう頑丈だと切り裂くのも一苦労だぞ」
「まぁ、やるしかないさ」
アインとゲイングが交代で竜の喉を切り裂く作業を行い、しばらくしてようやく魔石らしき石を取り出すことができた。
ゲイングが取り出した石をクインに見せた。
「これがそうなのか?」
「……間違いなく魔石ですね。みなさんお疲れさまでした」
アインがその場で大の字になった。
「ちょっと休ませてくれ。さすがに限界だ」
ゲイングもアインに続いて床に寝転んでいた。
リティがアインに水を渡した。
「大丈夫ですか? すごい汗ですよ?」
「ありがたい――」
アインは渡された水を全てのみ干して、息をついた。
「これで子供だってんだから、竜ってのは恐ろしいな」
ゲイングもウェンディから渡された水を飲み干して答えた。
「まったくだ。成竜なぞ、相手にしたくないな」
休憩を取り、体力を回復させたアインとゲイングが立ち上がる。
ゲイングがクインに確認の為に尋ねる。
「竜の躯はこのまま放置するのか?」
竜の身体は魔導の素材の宝庫だ。
通常であれば持ち帰りたいのがゲイングの正直な気持ちだが、港町まで持ち運ぶにしては人員も道具も足りないだろう。
だが魔導士であるクインならば、何か知っているかもしれない。
クインが人の悪い笑みで応える。
「今この場で解体する体力がありますか? 或いは、これを引きずって森を超える体力がありますか? どちらにせよ、今は時間が惜しい。金さえ出せば簡単に買える物に、拘る意味はありません」
「……わかった、躯は放置して先を急ごう」
一行は洞穴を抜け、森の中を急いだ。
****
急ぐ旅程とはいえ、休息時間はある。
日中の休息時間や野営の間、リティはミディアから弓矢の指南を受けていた。
リティの放った矢は、見事に的の中央付近に命中していた。三メートル以内であれば、的に当てる事は出来るようだ。
「やっぱり、リティは弓の素質があるわね」
微笑むミディアに、リティが笑顔で応える。
「ミディアさんの教え方が巧いからですよ」
「アインには一年かけても的に当てさせることができなかったのよ? あまりいい師匠とは言えないわ」
「アインさんが飛び切り不器用なだけだと思います……」
矢を的から引き抜きながら、リティが応えた。
どうやらミディアは、自分が持つ知識や技能をできる限りリティに教え込もうとしているらしく、事あるごとにリティに様々なノウハウを教えていた。
おかげで少しずつリティが出来る事が増えてきているが、疑問も感じていた。
「ミディアさん、何故そうまでして自分がもつ技能を私に教え込もうとするんですか?」
ミディアが寂しく笑う。
「私はもうそろそろ、傭兵稼業を引退しようと思ってるの。その時、アインを補佐できる存在にリティがなれるように鍛えているつもりよ」
「そんな! ミディアさんがいなくなったら私は寂しいです」
「今すぐという話ではないから安心して。ウェンディちゃんの成長をある程度見届けて、私が安住の地を見つけるまでは一緒に居るつもり。あなたはアインの伴侶なんでしょう? 隣に立つだけの技量を備えるべきよ。その素質があなたにはあるもの」
訓練の様子を見守っていたアインが、リティの肩に手を置いた。
「リティ。傭兵はいつか引退する。それを決めるのは自分だけだ。身の退き時を間違えれば命を落とす。それは俺やお前にも言える。忘れないようにな」
アインを見上げ、渋々リティは頷いた。
その様子を遠くから見ていたデルカが、隣にいるゲイングに語りかける。
「引退か……私たちの引退は、いつになるのかしら」
「少なくとも俺は、嬢ちゃんが年相応の心を育てるまで傍に居るつもりだ。その後もまだしばらくは冒険者稼業を続けるだろう。引退はだいぶ先になるな」
「……ねぇゲイング、その時私が傍に居てはだめかしら」
「一緒に引退して暮らすのか? それもまた、悪くないかもしれないな――嬢ちゃん、お前は俺たちと別れる時がきたら、どうするつもりなんだ?」
ウェンディは俯いて応える。
「……いつまでもゲイングさんの傍に居たい、そう思う自分が居ます。ですが、それでも別れるときが来たら、私は創世神様の御心のままに旅を続けるでしょう」
「そうか……出来る限り嬢ちゃんの願いは叶えてやりたい。嬢ちゃんが共に旅を続けたいと言うなら、俺は傍に居よう。いつか安住の地が見つかるといいな。創世神は何か言ってないのか?」
「”その時が来れば、自然と理解する”とは仰っています。その意味はまだ、私にはわかりません。安住の地が見つかって、私がそこで暮らしていきたいと思った時、ゲイングさんは私を置いていってしまうのでしょうか」
ゲイングが困惑し苦笑を浮かべた。
「そうだなぁ……嬢ちゃんの生活が安定するまでは、共に居ても良い。だがおそらく、その時点で俺が冒険者稼業を引退することはないだろう。俺の代わりに、嬢ちゃんの隣で守ってくれる男がその時に居れば、俺も安心して旅立てるんだがな」
ウェンディは俯いて思案した後、顔を上げ、ひたむきな視線でゲイングの瞳を射抜いた。
「……その隣で守ってくれる人が、ゲイングさんでは駄目なのでしょうか」
デルカは、ウェンディがここまで食い下がる事に驚いていた。
もうこれは立派な恋心だろう。それ自体は心から祝福したい。だが相手がゲイングとなると、どうしても複雑な心境になってしまい、素直に祝福できなかった。
デルカがウェンディに尋ねる。
「そんなにゲイングと共に在りたいの? ウェンディが思っているより、年齢差の問題はずっと大きなものよ? 共に在りたいと思っていても、ゲイングが先に神の元に召される事になる。これは間違いない。それでも、共に在りたいと願える?」
ウェンディはゲイングの瞳を見つめたまま、静かに頷いた。
その瞳には、固い決意が込められていた。
彼女の中で曖昧だった恋心が、明確な形を持ち彼女の心の中にあるのが伝わってきた。
彼女の心が一人の女としてゲイングという男を求めているのだと、デルカは理解した。
同じ男を想う女として、共感を覚えたのだ。
「……そう、そこまでゲイングの事を想っているのね――ねぇゲイング、ウェンディには、年頃の少女らしい――いえ、一人の女としての恋心が確かにあるわ。あなたはこの想いに、どう応えるの?」
ゲイングが頭を掻いて応える。
「んー、さすがに嬢ちゃんを生涯共に暮らす女――つまり伴侶にするってのは、俺には考えられん。嬢ちゃんが俺の心を落とせるだけの女になれば別かもしれんが、それは何年も後の事になるだろう。それより先に、嬢ちゃんが別の男に恋心を抱く方が、可能性が高いんじゃないか?」
ウェンディが静かに首を横に振った。
その瞳は、未だ直向きにゲイングの瞳を捕えている。
「……そうか。嬢ちゃんは頑固だからな。そう簡単には自分を納得させられないか。おそらく初恋だろうし、その想いを扱いかねてるんだろう。報われない恋心を捨てて新しい恋に生きる、そんな機会にも、旅を続けていれば巡り会えるはずだ。それはそれで、人らしい心の成長だろう――仮に嬢ちゃんがその恋心を捨てる事が出来ず、いつか俺の心を落とせる日が来たら、その時は共に安住の地で暮らす。そんな未来もあるだろう。あまり幸福な未来とは言えないと思うが、後は神の御心のままにってやつか」
「その望みを、私は持っていてもいいのでしょうか。ゲイングさんが私を一人の女として見るときがやってくる日を、夢見ても構わないのでしょうか」
ゲイングは返答に窮した。
――嬢ちゃんの為を想うなら、断った方がいい。だが、この小さな胸にようやく芽生えた恋心という名の希望を、今手折ってしまう真似は……俺にはできないな。時間が解決するのを期待するか。
ウェンディにとっての恋心は、ただの恋心ではない。彼女が人間らしい心を取り戻すきっかけになり得る希望だった。次の恋心が発露するまで、見守るのが最善だと思えたのだ。
ゲイングが気を取り直し、微笑んで応える。
「望みを持つのは自由だ。その可能性を、俺は否定しない」
ゲイングは今告げる事が出来る、最大限の言葉を送った。
男としては卑怯な言葉だが、望みを絶つことも、これを超える言葉を贈る事もゲイングには選べなかったのだ。
旅を続けている間に、新しい恋を探せることをただ祈った。
ウェインディは嬉しそうに微笑んで、静かに頷いた。
ゲイングはその笑顔に呆気に取られ、ウェンディに尋ねた。
「……嬢ちゃんが表情に出すほど、それは嬉しい事なのか?」
ウェンディは微笑んだまま、再び静かに頷いた。
「そうか……だがやはり、俺としては嬢ちゃんに近い年齢の男が現れてくれることを願っているよ」
ウェンディは俯いて、静かに、嬉しそうに微笑んでいた。
わずかな望みでも、想いが報われる未来が待っている。そのことが嬉しくてたまらない――そんな表情だ。
その姿に、ゲイングの心にも葛藤が生まれ始める。
――ここまで想うウェンディの心を、俺が救えるというのなら――
複雑な表情のゲイングに、デルカが厳しく言葉をかける。
「ゲイング、同情や憐みで恋心に報いたい、なんて失礼なことを考えては駄目よ。想いに応えるなら、きちんとウェンディの事を一人の女として見てから心を決めてあげて」
ゲイングが我に返り、気まずそうに苦笑した。
「……そうだな。そんな事をしては、それこそ嬢ちゃんの想いに対して失礼だな。そんな真似はするべきじゃない。思わず迷いそうになった。すまん、助かった」
ウェンディが微笑みを消して、ゲイングを見上げた。
「では、私の事を一人の女として見る努力を、ゲイングさんもしてください――いえ、まだ女としてみることが出来なくても構いません。きっかけは何でも構わないのです。その結果、私の想いが報われるのであればきっかけが同情でも憐みでも不満はありません。共に在る間に、必ず私の事を一人の女として認めさせて見せます」
ゲイングはウェンディのその眼差しで、少女の真剣な想いを受け取った。
当初は無感情と思われていた少女が、こうも熱い想いを抱いている。その事は飛び跳ねて喜びたいくらいだった。
だが自分では、この少女に相応しくないだろうという思いもある。彼女の想いに応えるには、歳の差があり過ぎるのだ。彼女はまだ若く成長途中で、自分はこれから老いる一方だ。
ウェンディは若く、魅力的な少女だ。同じくらいに若く、より相応しい男が必ず見つかるはずだ。
一時の熱に浮かれて、一生を台無しにしてほしくはなかった。
「……嬢ちゃんは情熱的だな。いや、心の強い子だ。その想いが強いのは当然だ。俺が子供であることを理由に嬢ちゃんを拒否している間は納得してくれないだろう――俺が嬢ちゃんを一人の女として見て、それでもその想いに報いる事はできないと言えば、それで嬢ちゃんは納得できるか?」
ウェンディはゲイングの瞳を不安げに見つめてしばらく思い悩んでいたが、静かに頷いた。
「わかった。これからそう見れるよう努めてみよう。それで嬢ちゃんが初恋を吹っ切れるならな」
ウェンディがゲイングの目を直向きに見つめて告げる。
「私の想いが成就する可能性を否定しない。その言葉も忘れないでください」
――まったく、気が強い子だ。
ゲイングは苦笑を浮かべて応える。
「ああ、確かにそう言った。どうなるかは、嬢ちゃん次第だ」
そう言ってゲイングはウェンディの頭を撫でた。
ウェンディは俯いて、再び嬉しそうに微笑んでいた。




