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邪教の姫~無感情なお姫様は今日も神に祈りを捧げる/子供扱いしないでください!~  作者: みつまめ つぼみ
第2章:邪教の姫と亡国の王女

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17.子供扱いしないでください!

ようやくタイトル回収回、リティ、さらにウェンディの番です。


推敲していたら文字数が増える増える。増えるワカメですかね。








 アインたちが宿に戻ると、デルカが部屋に顔を出した。


「そちらも終わったみたいね――ねぇミディア、これからお酒飲みにいかない?」


 ミディアの表情が花開いた笑みに変わる。


「あら、いいわね! でも、ゲイングさんとウェンディちゃんはどうするの?」


「二人は部屋に残るわ。ゲイングももうお酒は飲まないっていうし、酒飲み友達が居なくて寂しかったのよ」


「そういうことなら――じゃあアイン、リティ、私たちちょっと痛飲してくるわ。お留守番しててね」


 笑顔のミディアがリティに耳打ちしてからデルカとミディアは部屋を出ていった。


 アインが呆れたように呟いた。


「あーあ、ありゃ朝になるまで帰ってこないな……どうした? リティ。顔が赤いぞ?」


 頬を朱に染めたリティが慌てて応える。


「な、なんでもないです!」


「んー? そうか。耳打ちされてたが、何かまた変なことを吹き込まれてないだろうな?」


 リティは慌てて両手と首を横に振った。


「全然そんなことは! まったくこれっぽっちも!」


「そうか。ならいいが……しかしまだ午後になったばかりだっていうのに、今から酒盛りか。ほんとあいつは酒が好きだな」



 リティはアインの様子を伺いながら、囁いてきたミディアの言葉を思い出していた。


『私は朝まで戻らないから、勝負かけちゃいなさい』


 ――そんな事を急に言われても心の準備というものが!


 アインはリティの様子に気づかず、椅子に座って剣の手入れをしていた。


 ――勝負?! 勝負ってなに? 何をすればいいの?!


 混乱しているリティに、思い出したようにアインが声をかける。


「そういえばリティ、お前、朝は何を言おうとしてたんだ?」


「朝?! ……あー、あれはですね。その……」


「十七と三十で伴侶になれるか聞いた後、何を言いたかったんだ?」


 リティは生唾を飲み込み、思い切って聞いてみることにした。


「アインさんが思う伴侶って、どんな存在なんですか?」


 言いたかった事と違う言葉がリティの口から飛び出ていた。


 ――違う! そうじゃなくて! ああでも怖くて言えない!


 そんなリティの葛藤など理解しないアインは、素直に応える。


「俺の思う伴侶? そうだな、伴侶というのは対等であるべきだと思っている。互いに支え合う存在であるべきだ」


 リティはアインの答えを聞いて、きょとんとした。

 これほど力強く、逞しい男の言葉としては意外だったのだ。


「支え合う存在、ですか?」


 ――アインさんほど肉体面でも精神面でも強靭な人を支えることができる人が、果たしているのだろうか?


「そうだ。腕力で支える。精神的に支える。最近見つけた支え方だと、そこに在る事で支える――支え方は色々とあるだろうが、互いに助け合う、対等な関係だ。それでこそ伴侶と言えるだろうし、子を成した後も子が健やかに育つ環境だと思っている」


 リティは挙げられた例の中で、ひとつだけ理解できないものがあった。


「”そこに在る事で支える”というのは、どういう意味なんですか? 最近見つけたというのは?」


「リティを見ていて気が付いた事だ。お前のような女は、そういう支え方ができるだろう。傍に居るだけで心が救われる。そう相手に思わせる事が出来れば、それは立派に支えていることになるだろう」


「……アインさんは、私が傍に居る事で救われてるんですか?」


「東の魔女に会いに行き、戻ってきた。その間、リティがずっと腕の中に居た。そうやって傍に居るのが、不思議と心地良く感じていた。どこか救われる気持ちになっていた。リティにはきっと、そういう存在になれる才能があるんだろう。そんな伴侶が居ても、いいんじゃないかと俺は思う」


 リティはアインの言葉を噛み締めていた。

 アインは、自分が居ると、それだけで心地よくて心が救われていたと告げた。おそらく、本人はその意味を全く理解していないだろう。

 リティの腹が座った。


「私も、アインさんの腕の中に居る間、同じような心地良さを感じていました。ということは、アインさんもそんな伴侶になれる才能があるんですね」


 アインが笑った。


「ははは! それは、自分より圧倒的に逞しい男に守られているから、心から安心して居ただけだろう。俺がただ居る事で救われる人間が居る等とは、思った事も感じたこともない」


「……知っていますか? アインさん。惹かれ合う男女は、互いに傍に居ると安心感や心地良さを覚えるそうですよ?」


「惹かれ合う男女……どういう意味だ?」


 ――ああもう! 鈍い人!


「つ! ま! り! 私はアインさんに惹かれていて、 アインさんは私に惹かれている! と言ってるんです! 惹かれ合う男女が伴侶になる、これは当たり前の事だと思いませんか?!」


「ちょっと待ってくれ、リティが俺に惹かれてる? 歳の差を考えるんだ。有り得ないだろう、そんなこと」


「本人が惹かれていると告げてるんです! 実際に有り得て! 目の前の現実です!」


 リティは顔を真っ赤にして強弁した。

 その真剣な迫力に、アインがたじろぎ、頷いた。


「……それは確かに、自己申告だ。信じざるを得ない。だが俺がリティに惹かれている? それはどういうことだ?」


「私はアインさんより肉体的にも精神的にも全然弱い、何もできない女の子です。そんな存在が傍に居て、心地良くて救われる理由なんて、傍に居て欲しいから以外にありますか?! アインさんは男として女の私に惹かれて! ずっと傍に居たいと思ってるんです! だから傍に居る事で安心を覚えるんです!」


「だが歳の差が――」


「自分の気持ちという、目の前の事実から目を背けないでください! その気持ちを否定できないでしょう?!」


「……確かに、俺の中の気持ちにも嘘は付けない。そうか、歳の差があろうと、子供だと思っていようと、俺はいつの間にか、女としてリティを見てしまっていたのか……我ながら、情けない話だ」


「何が情けないんですか?! それは私に対して失礼です! 私だって成人した一人の女なんですよ?! それに、私を魅力的な女だと言ったのはアインさん、あなたですよ?!」


 アインは椅子に座り込んだまま、項垂れて両手で頭を抱えた。


「――俺は、どうしたらいいんだ。いつの間に子供に食指が動くほど女に飢えていたんだ」


「だから! それは私に対して失礼なんですよ! 先程アインさんが自分で言った伴侶に当てはまる相手が、偶然年下だっただけです! それに、女に飢えた人はあれ程誘惑されて跳ね除けるなんて真似、できません! アインさんは女に飢えているんじゃなく、伴侶を求めているだけなんです!」


「――伴侶を求めているだけ、か。なるほど。ならば納得ができる」


 アインは急に立ち上がり、リティの前に立ち目を見つめた。

 リティはその目をまっすぐ見つめ返した。


 アインが先に告げる。


「リティ、俺の伴侶になってくれ」


「アインさんが、私の伴侶になってくれるならいいですよ?」


 二人が見つめ合ったまま、微笑みをかわす。

 それと同時に、アインが急にリティを横抱きに抱え上げた。


「わ! ちょっとアインさん?! 急にどうしたんですか!」


「ん? 決まっている。伴侶になった男女が事に及ぶには、時と場所を選ぶべきだ。出発は明日の朝。時間は充分にある。だがここはミディアを含んだ三人部屋だ。別の宿の部屋を取りに行く」


「事に及ぶ?!」


 リティの顔が真っ赤に染まった。


「伴侶と認め合った魅力的な女が目の前に居る。しかも朝、あれほど誘惑してきた女だ。もう我慢が効かない。今更待ってくれ、等とは言うなよ?」


「いやでもあの心の準備が――」


「そんなものは、宿の部屋を取るまでに済ませておけ」


 言うが早いか、アインはリティを抱えたまま、部屋を飛び出していった。





****


 翌朝、ミディアが宿に戻ってくると、部屋には二人の姿がなかった。


「あら、どこにいったのかしら……」


 部屋の気配を探るが、二人が寝ていた様子もない。長時間人が居た様子が感じられなかった。


「私を置いて二人だけでどこに?」


 首を傾げているミディアの元に、リティを横抱きにしたアインが戻ってきた。

 リティはぐっすりと寝ているようだ。


「戻ってたのかミディア」


「そういうアインこそ、どこに行ってたの?」


「なに、野暮用だ。それより出発の準備を進めておこう」


 アインは大切なものを扱う様にそっとリティをベッドに寝かせ、リティの分も含めて準備を進めていった。

 準備が終わっても目覚めないリティを、ミディアが心配そうに見つめる。


「リティったら、こんなに騒がしくしても起きないだなんて、どうしたのかしら」


「単に体力を使い果たしただけだ。俺が抱えて行くから問題ない」


「まさかあなたたち――」


 ミディアの口を、アインの指が塞いだ。


「それを言うのは、野暮ってもんだ」





 宿屋の前で、各々が馬に跨り集合した。

 ベルトでアインに固定されて寝ているリティを見て、クインが眉をひそめた。


「……それなら落馬はしないでしょう。ですがアインさん、あなたはもう少し手加減を覚えたらどうですか?」


 アインは不敵に笑って応える。


「そいつぁ、俺が一番苦手とする言葉だ。諦めてくれ」


 クインが溜息をついた。


「まぁいいでしょう。では出発しましょう」


 一行は再び、港町から街道を北上していった。





 馬に乗ってる間、アインは片手でリティを支え、器用に馬を操っていた。

 リティは昼を過ぎても起きる気配がない。


 複雑な表情でアインとリティを見ているミディアの馬に、デルカが馬を寄せた。


「ねぇミディア、リティちゃんどうしちゃったの?」


「……多分、勝負をかけたら逆に打ち負かされちゃったのね」


「勝負ってまさか!」


「しー! 声が大きいわよ。出かけ際に、”勝負をかけなさい”ってけしかけたんだけど、本当に素直に勝負をかけたんでしょうね。私にリティの半分でも度胸があれば、ってつくづく思っちゃうわね」


「それを分かってて、それでも二人の傍に居られるの?」


「それをずっと考えていたところ。でも多分、当分離れる事は出来ないわね。離れたくないって思う心が今は強いから」


「そう……そんなものかもね。でも無理はしない方がいいわよ?」


「ありがとう――それにしても、リティも五年間剣術で体を鍛えて、決して体力がない訳じゃないのに、あそこまで体力を使い果たすなんて。一体どんな夜を過ごしたのかしら」


「ちょっと想像したくないわね……アインさん、本当に手加減できないでしょうし。あの体力モンスターと一晩はいくら若くても無理よ」


「デルカ、あなたも他人事じゃないんじゃない? ゲイングさんも、あまり手加減が得意とは言えないと思うけど」


「……覚悟はしておくわ」





 リティが目覚めたのは、日が暮れる直前、野営を張った直後だった。


「ん……あれ……ここは……?」


 リティは目をこすって緩慢な動きで周囲を確認し、軽く混乱していた。


「起きたか。丁度今から飯の時間だ。腹が減ってるだろう」


 傍に腰を下ろしていたアインが、糧食を手渡した。

 寝ぼけているリティはそれを受け取り、ゆっくりと口に運んでいる。


 ――あれ? 港町に居たんじゃなかったっけ? なんで野営に居るんだろう?


 異様なほど疲れていて、空腹も限界だった。訳が分からないまま、とにかく糧食を口に運んでいった。

 咀嚼しながら、少しずつ記憶を手繰り寄せて行く。食べ物で血が巡り、段々と記憶が鮮明になっていた。


 ――?!


 一通り思い出したリティが、慌ててアインから一人分の距離を取った。

 その顔は真っ赤に茹で上がっている。

 アインは不思議そうな顔でリティを見つめ、悲しい瞳で尋ねる。


「すまない、何かリティにしてしまっただろうか。そんなに怯えないでほしいのだが」


 ――何かどころではなく、徹底的に散々とことん思う存分不眠不休でやりたい放題し放題で朝まで一切逃がしてくれませんでしたよね?!


 アインはかつて”思う存分堪能する”と言った言葉を有言実行しただけだ。

 だが十数時間もの間、休みなく堪能された側は恐ろしい目に遭っていた。

 リティも、まさか想いを告げあった直後にそんな目にあうとは思っておらず、宿に着いても覚悟は決まらず、かといって獣性を解放する条件がそろったアインは我慢が効かなかった。

 抵抗する力も持たないリティは朝まで堪能され尽くし、それでも満足しなかったアインが「時間切れか」と残念そうに呟いたのを、薄れゆく意識の中で耳にした――それが最後の記憶だった。


 だがあまりに悲しげな瞳で見つめられたので、仕方なくアインの隣に腰を下ろし直し、真っ赤な顔のまま、黙って食事を再開した。

 しばらく食事が進み、ようやくリティの気分が良くなってくる。


 リティが静かに隣のアインに声をかけた。


「アインさん」


「なんだろうか」


「次からはもっと手加減をしてください」


「……努力しよう」


 クインから同じ言葉を投げかけられ、”諦めろ”と不敵に笑って返した男の姿は、そこにはない。

 リティからの言葉は、アインに取って絶大な強制力を持っているのが分かった。

 この屈強な大男は、この年下の可憐な少女に頭が上がらないのだ。

 周りは密かに、その姿を微笑ましく見ていた。


「努力じゃ困ります。一回相手をするだけでこんなに消耗していたら、私は早死にしてしまいます」


「すまない、これでも最大限手加減はしたんだ。だが朝の誘惑が余りにも強烈で印象が強く、どうしても歯止めが利かなくてな」


「……わかりました。私ももうあんな悪戯はしませんので、次はきちんと手加減してください」


「……努力する」


「最後、不満げでしたけど、どのくらい満足したんですか?」


「だいたい半分に満たないくらいだろうか」


 その言葉にリティは眩暈を覚えた。

 今回ですら死を覚悟するほど消耗したというのに、満足させようとしたら今回の二倍の時間、つまり一昼夜を超えて相手をしなければならない。

 アインを完全に満足させるのは、リティには無理だろうと悟った。


「本当に死んでしまいますので、手加減を覚えてください」


「……努力する」


 鋼の理性で抑圧されているアインの獣性を垣間見たリティは、その恐ろしさに身震いすると共に、これほどの獣性を完全に制御下におけるアインの意志の強さに、感服を通り越して呆れていた。



 アインは、出来ない約束を口にしない主義だ。”努力する”のが最大限、彼に出来ることなのだ。

 そうとしか言えない己の不甲斐なさに歯噛みしたアインが、リティに語りかける。


「リティ、もう二日か三日は、馬の上でも休息を取るといい。その間は今日の様に俺が支えている。リティは若い。それで完全に回復するはずだ」


「わかりました。それでよろしくお願いします」





****


 アインとリティのやりとりを見ていたウェンディが、小さく呟いた。


「リティさんはとても消耗しているようです。私が回復した方が良いのではないでしょうか」


 傍に居たゲイングが、微笑みながらウェンディに応える。


「嬢ちゃん、それは余計なお節介という奴だ。ああしたやりとりも、男と女の間には必要な事だ。あいつらも、あれで楽しんでいる。ああして少しずつ距離を詰めて行くのさ。それが男女の関係と言うものだ。嬢ちゃんも、友達の楽しみを奪いたくはないだろう?」


 ウェンディがゲイングに振り向き、無表情のまま尋ねる。


「男女の関係というのは理解できませんが、そんなに楽しい事なのでしょうか」


「今の嬢ちゃんには、年齢的にもまだ早い。だが男に惹かれる日が来れば、きっと理解できるはずだ。俺はその日が来るのを、待って居るよ」


 デルカが隣から言葉をかける。


「あら、ウェンディの年頃なら、初恋を経験していてもおかしくないわよ? 年齢的に早いということはないわね。だから後はウェンディの中に、誰かに惹かれる感情が生まれさえすればいいだけよ――どう? ウェンディ。今のあなたの中に、異性や同性に強く惹かれる心はある? ”この人が素敵だ”と特別に思う気持ちを、持った覚えはある?」


 ウェンディは静かに俯いて考えていた。そして俯いたまま吐露する。


「ゲイングさんの事は素敵な人だと感じます。他にこんな事を思う人は居ないので、特別と言えば特別かもしれません。気が付くとその姿を目が追いかけている、もっと傍に居たいと思う。そんな自分に気が付きます」


 デルカの頬が微笑んだまま引きつった。それはおそらく初恋と言えるものだろう。ウェンディに恋心の発露がある――それは心から祝福したい。だが相手がゲイングだと言われて、反応に困ったのだ。


 ゲイングはデルカの心境など察せぬまま、ウェンディに微笑んでいる。


「そうか、俺はお嬢ちゃんの保護者だからな。子供が親を追い求めるようなものだろう」


 ウェンディが小首を傾げた。


「親を追い求める……そうなのでしょうか? それとは違うような気がします。例えば今のアインさんとリティさんのように、共に傍に在る関係になりたい。そう思っているような気がするのです」


 ゲイングが嬉しそうに笑って応える。


「ははは! そうか、違うか! ――仮にそれが恋心だとしたら、その事は心から祝福したい。だが、俺には嬢ちゃんの恋心に応えてやる事は出来ない。年齢が違い過ぎるからな。嬢ちゃんはリティよりさらに幼い。子供としか言えない年齢だ。嬢ちゃんに近い年齢ならともかく、俺のような三十になる男が相手に出来る年齢じゃない」


 ウェンディが再び小首を傾げた。


「アインさんはゲイングさんと同年代で、リティさんは十七歳です。私は自分の年齢が分かりませんが、見た目が十二歳から十四歳くらいだろうとよく言われます。後三年から五年で、私はリティさんと同じくらいになると思います。そのくらい成長したら、私はゲイングさんのような大人の男の人にも相手にされるということでしょうか?」


 ゲイングが腕を組んで思案する。


「そうだなぁ……リティは十七歳で立派な体つきだ。嬢ちゃんも同じくらいの身体に成長していれば、相手にする男は出てくるだろう。その時、嬢ちゃんの心も同じように成長していれば、大人の男と対等な存在になる事はできるかもしれないな」


 ウェンディがゲイングの瞳を見つめて尋ねる。


「私がリティさんぐらい成長したら、ゲイングさんは私の事を子供ではなく、対等な存在として――一人の女として見る事が出来る。そう思ってもいいのでしょうか」


「ん? 俺か? その時になってみないとわからないが、可能性はあるだろう。リティは身体だけじゃなく、心も大人の男と対等で在れるほどしっかりした子のようだ」


 アインが男女の関係を認める程の女だったのだ。十七歳とはいえ、心も充分育った子だったのだろう。アインと似た者同士として、うっすらとリティの在り方が想像できていた。


 ゲイングが言葉を続ける。


「だが嬢ちゃんがそこまで成長する頃となると、おそらく俺は三十半ばか後半だ。年齢差はどうしたって問題になる。年老いた俺に、恋心を抱き続けていられる保証もない。それよりは、自分の年齢に見合った男を探した方が嬢ちゃんの為になるだろう」


 ウェンディがやや落ち込んで応える。


「つまり、私のこの想いには応えてもらえない、ということでしょうか。何故かとても寂しく感じます」


 ゲイングがウェンディの頭を撫でながら優しく声をかける。


「さすがに嬢ちゃんぐらいの年齢で三十の男に憧れるのは珍しいと思うが、歳上に憧れる事自体はよくある話だ。嬢ちゃんが、年相応の心の経験をした。その事だけでも、俺は喜ばしい事だと思う。そう心配しなくても、いつか必ず、嬢ちゃんに相応しい男に巡り合う事もできるさ」


 ウェンディは俯いたまま、黙って頭を撫でられていた。

 その心の中で、密かに不満に苛まれていた。


 ――子供扱いしないでください!


 思わずそう叫びだしたくなる衝動が、確かにあった。感情を発露させることに慣れていないウェンディだから叫べなかった。それだけだ。

 その衝動に自分でも戸惑い、表に出すことが出来なかったのだ。

 自分が子供である自覚はあった。子ども扱いされるのが当然の年齢だと理解もしていた。それでも不満だった自分に驚いていた。


 ひとつだけ確かなのは、自分が一人の女として目の前の男に見てもらいたがっているという事実だけだった。

 もっと自分がゲイングの傍に在る事を認めてほしい。そしてゲイングにも同じように自分を求めて欲しかった。その為には、彼に一人の女として認めてもらう必要があるようだった。だから自分を子供扱いするゲイングに不満を持つのだと、うっすらと理解しはじめていた。


 この想いを恋と呼ぶのだと、目の前の大人たちは言った。ウェンディはようやく、朧げに己の恋心を認識したのだ。

 だがまだ、その想いはウェンディの中でも形が曖昧なものだった。今はこの想いをもう少し見つめてみよう――そうウェンディは考えていた。

 ゲイングが言う様な、いつか諦められるような想いなのかどうか、見極めてみようと思ったのだ。


 自覚し、形と名前が与えられた途端にその想いが強まったような気がしたが、その意味まではウェンディには理解できていなかった。

 同時に、今この頭を撫でる手のひらが、とてもかけがえのない大切なものに思えてきたのだが、その想いの名前までは、ウェンディはまだ知らなかった。神に対する敬愛とは違う愛の概念を、ウェンディは知らなかったのだ。





****


 その夜、不寝番のデルカがミディアと交代する時間に、デルカがミディアの隣の腰を下ろした。


「あらデルカ、今日も何か話があるの?」


「ちょっとだけね――私も他人事じゃないみたい」


 ミディアの目が、ゲイングに守られるように寝ているウェンディに注がれた。


 ウェンディはゲイングの腕を、大事そうに抱え込んで寝ている。今までは寄り添いこそすれ、腕を抱え込むなど見られなかった光景だ。


 不寝番の一番手であるゲイングの腕を抱え込んでいる――それは、ゲイングがデルカと交代する時間まで、ウェンディも密かに起きていたという事に他ならない。

 ゲイングが自分の傍から離れしまう事に不安を抱き、不寝番をする彼を密かに見つめ続け、自分の傍に帰ってきた彼の腕を抱きかかえ、ようやく安心して眠りに落ちる事が出来たのだろう。なんともいじらしい姿だ。


 今夜のアインとリティのやりとりの傍らで何かがあったのだろうと、ミディアは察した。愛しあう男女の関係を目の当たりにしたことで、彼女の中で密かに育っていた恋心がついに萌芽したのだ。

 その発露があの”腕を抱え込む”という形で現れたのだろう。


 ミディアには、デルカが不寝番の間、あの光景をずっと見つめていたのだと容易に想像がついた。


「……なるほど、あの子に恋心の発露があったのは祝福したいけれど、素直に喜べない状況なのね」


「ゲイングは、ウェンディの想いに応えるつもりが全く無いみたい。今はね」


「今はまだ、ウェンディちゃんも子供ですものね。でも、リティくらいに成長したらそれもわからない、そういうことね。あの心の強い子が、簡単に想いを諦めるとも思えない。ずっと傍で守ってくれる力強い存在に思慕を抱く。それは仕方のないことよね。私たちもそうだったもの――あなたはどうするの? 成長するまで待って居たら、私の二の舞よ?」


 デルカが微笑みを浮かべて応える。


「それは避けたいところね。あと五年もしたら、成長したウェンディに対して私の勝ち目なんてなくなってしまいそうだもの。でも今更、相棒を超えた存在に踏み込む勇気も持てない。引退するときに共にいて欲しいと切り出したかったけど、あの人が冒険者を引退するのはまだずっと先よ。それより先にウェンディが成長してしまうわ。それまでに、ウェンディが新しい恋を見つけてくれるのを祈るだけね」



 冒険者は傭兵よりも引退する年齢が高い。

 身の危険の多い稼業ではあるが、傭兵に比べれば危険性の低い仕事もそれなりにある。

 身体が衰えた冒険者は、それまでのノウハウを後進に教えるという道もあった。

 身体一つで命を対価に金銭を得る傭兵より、求められる知識や技能が多い分、潰しがきく稼業なのだ。

 冒険者であるゲイングが引退するのはおそらく、十数年後だろう。



「もっと自分から踏み込めないの?」


「似た者同士のあなたなら、できるかどうかは理解してくれるんじゃない?」


「……そうね。そんな勇気があれば、こんな関係を長くは続けていなかったものね。私たちは臆病すぎるのね」


 デルカが立ち上がる。


「それでも、やれる限りはやってみるわ。大人の女の底力、小娘に見せつけてやらないと!」


「その意気よ。後悔の無い様にね」


 デルカは一度だけゲイングの腕を抱え込むウェンディを見つめた後、静かに毛布にくるまり横になった。

 ミディアはウェンディの心の成長を祝いつつも、友の健闘を祈っていた。








ここまで長かったですね……


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