16.刺激的な悪戯
――港町アルトワに戻る道程、四日目。
八人は変わらず、馬に乗り南下している。既に街道に入ったが、今の所、魔獣や夜盗の気配はなかった。
ゲイングが退屈そうに呟く。
「夜盗共め、俺たちを襲ってくる気配がなくなったな。つまらん」
デルカが笑って応える。
「あれだけ大暴れして、まだ足りないの? あんな事されたら、普通はもう姿を見るだけで逃げ出すわよ」
アインがクインに尋ねる。
「東の魔女が言った山脈の麓まで、港町からどれくらいかかるんだ?」
クインがそれに応える。
「おおよそ二週間程度でしょう。この街道を北上していけば辿り着けるはずです。糧食は二ヶ月分を用意しておいてください」
「二か月? 往復で一か月しかかからないだろう?」
「小さくても竜が相手です。現地で何が起こるか分からない。一か月程度は現地に留まれる余裕が欲しい所です。予定が変わって港町には戻れなくなるかもしれない。諸々を含めた保険ですよ」
「魔導具といい、クインは保険を用意したがるんだな。オーケーわかった。二ヶ月分だな」
旅程は順調に進み、八日目の夜には港町に到着していた。
「では今晩は宿を取り、明日の朝から各自が必要な者を調達して、再び宿に戻る。全員に明日の支度金を渡しておきます。それが尽きたら自腹を切ってください。それでいいですか?」
一同は頷き、そのまま宿を取り、クインから支度金を受け取って各自の部屋へ散っていった。
アインは複雑な表情で椅子に座っていた。
道中の出費は基本的にクインが出す契約だ。部屋の手配もクインが行った。
結果として、アインは再びミディアとリティの相部屋に割り当てられていた。
「どうしたんですか? アインさん」
ベッドからリティが声をかけた――その姿はほとんど下着同然の薄着だ。
締め付けるものを脱ぎ捨て、むき出しの若い肢体をベッドに放り出し、すっかりくつろいでいた。
「いや……なんでまた、この部屋割りなのかと思ってな」
ミディアが笑いながら応える。
「一か月の船旅で問題なかったのだから、今回も問題がないと思ったのでしょう。それとも、自腹で部屋を借りる?」
ミディアの姿も、リティと同じく下着同然の薄着でベッドに寝転んでいた。こちらも大人の女の肢体が曝け出されている。
アインは頭痛を覚え、額に手を当てた。
確かにその格好は楽だろうが、くつろぐにしても限度がある。
少なくとも、男と相部屋の若い女たちがする格好ではない。
「ミディア、お前の悪い癖がリティに移っちまってるじゃないか。仮にもお姫様なんだぞ?」
リティが口を尖らせて反論する。
「でも、今の私は今後もアインさんと同行する旅の仲間です。お姫様のリティシアはもういませんよ? ……それとも、今更自分の欲望で苦しんでいるんですか?」
途中から楽しそうに微笑みながら、リティはアインをからかった。
リティからしてみれば、女の色香を平然と受け流せないアインというのは、初めて見る程、非常に希少な姿だ。興味津々と言えよう。
「……前も言ったが、俺が男であることを忘れないでくれ。客観的に見て、お前たちは魅力的な女だとも伝えただろう。俺だって、時には迷いぐらいはする」
「でも、必ず踏み止まるんですよね? なら、問題はないじゃないですか。今だって、アインさんから危険を感じていませんし」
リティは暢気に応えた。その笑みには、小悪魔の様にこの状況を楽しんでいるのが表れている。
ミディアも、愉しそうに微笑みながら、その肢体を見せつけるように足を組み替えた。
「そうそう、なんの問題もないわね。私たちはむしろ、そうやって平然とできないあなたを見るのが愉しくてしょうがないくらいよ? 普段は女の矜持を傷つけてるんですもの。せっかくの機会に矜持を回復させてくれてもいいんじゃない?」
アインは何も言い返せなかった。
普段の自分の態度が矜持を傷つけると言われても、自分はそういう生き方しかできないのだ――ならばこれは、自業自得というものなのだろうか。
アインは溜息をついた後、自分の服装も楽なものに変えてベッドに大の字になった。
「わかった、お前たちの好きにしてくれ。俺は今のうちに、ベッドの味を堪能しておく」
そう言うと、目を瞑り、眠りに入っていった。
ミディアとリティは顔を合わせ、近寄って小声で話し始める。
「これは、とっても刺激的な遊びですね。いつアインさんの理性が負けるのか、ドキドキします」
「でも絶対に負けないのよ。歯を食いしばってでも理性を維持するの。そこがまた可愛いんだけどね」
二人がちらりとアインの様子を伺うと、既にアインは寝息を立てていた。
「……結構お疲れだったんですかね」
「休めるときに休むように身体が出来てるの。あの寝方だと、敵意が近づかない限り起きないわね……ねぇ、もう少し悪戯してみない?」
ミディアがリティの耳元で囁いた。
リティの顔が真っ赤になり、飛び退いてミディアの目を見る。
「……本気ですか?」
「二人一緒なら、絶対襲われることはないわ。私、その悪戯でアインがどんな態度を取るか、とっても興味あるの。リティは興味ない?」
「……ないと言えば嘘になりますが、でも――」
「”もうお姫様のリティシアは居ない”のでしょう? 刺激的で楽しい遊びが目の前にあるのよ? 逃しちゃうの?」
二人の女子はその後、いくつかの言葉を交わした後、悪戯を決行した。
朝になり、アインは妙な身体の重さを感じて目を覚ました。
――疲れが取れていないのか。俺も年を食ったな。
腕を動かそうとするが、動かない。まるで何日も戦闘を続けた後のようだ――いや、何故か体温を感じる。この感触には覚えがあった。
まさかと思い慌てて目を開けると、自分の左腕をミディアが、右腕をリティが抱き締めて寝ていた。それも下着姿で、アインの胸板を枕にしていた。
無理矢理跳ね除ける訳にもいかず、腕は動かせなかった。怪我をさせる訳にはいかないし、こうもがっしり固定されては、下手に動かすとそれが余計な事故にも繋がりかねない。さっさと起こして解放してもらうしかない。
アインは声を張り上げた。
「おまえら! なにしてるんだ!」
先にリティが目を覚ました。
寝ぼけ眼で、アインの胸の上からリティが見上げ微笑んだ。
「……あ、おはようございます、アインさん」
「リティ! お前何をしてるんだ! 腕を解放してくれ!」
慌てて声を上げるアインの表情を、リティが興味深く観察していた。
「わぁ、アインさんがこんなに取り乱す事なんて、あるんですね」
「そんな感想はいいから、早くどいてくれ!」
腕を動かそうとしないアインに、リティが小悪魔のような笑みで尋ねる。
「……自分が動いたらどうなんですか? アインさんの腕力なら、私たちごと立ち上がる事が出来るでしょう?」
アインの右腕は、リティががっちり抱き締めていた。上腕は胸に埋め、手首は太腿で挟みこんで固定している。左腕はミディアが同じように固定していた。
アインにはこの状態から二人に怪我を負わせず、余計な事故も起こさずに動く方法をすぐに思いつけなかった。頭が完全に混乱していた。
リティは感動していた。あれほど自慢の身体を見せつけても平然と受け流していた意中の男が、普通の男性のように取り乱している。
動揺して自分を見るアインの目に、男としての視線が見え隠れしているのが実に新鮮だった。
下着姿すら平然と無視していた、一か月の船旅では見られなかった姿だ。それが同じ下着姿だというのに取り乱していた。
おそらく、寝起きの奇襲で混乱しているのだろう。鋼の理性がわずかに緩んでいるのだ。
リティは、自分の中の女の矜持が満足して行くのを感じ、興奮すら覚えていた。”自分の魅力はこの男にも通用するのだ”という実感が、得難い至福を味わわせていた。
ミディアも起き出して、にたにたと笑みを浮かべている。
「アインったら、どうしたの? 昔、私にしたみたいに、私たちを跳ね除けたりしないの?」
「あの頃と今では俺の体格も腕力も大きく違う! お前たちに怪我をさせたくないんだ! 頼むからすぐに離れてくれ!」
ミディアがにたりと笑ってリティを見た。
「……アインから頼まれちゃったわ。どうする?」
「ここまで可愛い姿を見られたんです。私は離れてあげてもいいですよ?」
「そう? じゃあ仕方ないわね。今日の所は許してあげましょうか」
二人からようやく両腕を取り戻したアインが、急いで飛び起きて壁際に逃げた。
そのまま壁を背にして、息を整えている。
アインの目が厳しくミディアを睨み付けた。
「……ミディア、お前だな? こんな悪戯を持ち掛けたのは」
「さぁ? なんのことかしら? 私たちも、起きたらこうなっていたの。私たち、寝相が悪かったのね」
白々しくとぼけるミディアを、恨みがましくアインはねめつける。
「……もういい、俺は顔を洗ってくる」
アインはそう言うと手拭いを拾い上げ、乱暴に歩きだし部屋の外に出ていった。
それを見送ったミディアが、愉しそうにリティに問いかける。
「アインの腕の感想はどう? 驚いたでしょう?」
リティは頬を赤らめて感想を告げる。
「男の人の腕ってあんなに逞しいものなんですね。丸太かと思いました」
ミディアが笑って応える。
「あはは! アインは特別よ。あれに匹敵するのは、ゲイングさんぐらいじゃないかしら」
「それにしてもこの興奮は……病み付きになりそうですね。あの鋼の理性を持つアインさんから、男の視線を引き出すことができるだなんて。あの人の理性を屈服させるほどの魅力が自分にあるんだという実感――征服欲が大いに満たされます」
「でも言った通り、安全だったでしょう? 綻んでも必ず理性を保つの。やり過ぎると不機嫌になってしばらく口もきいてくれなくなるから、適度に間を空けるのがコツよ? ……私も、あそこまで理性が綻びかけてるアインを見るのは初めてかもしれないわ。二人がかりだったからかしら?」
二人は好き放題言いながら着替えを済ませていく。
アインが戻ってくると、ミディアが入れ違いで顔を洗いに行った。
リティはニコニコと楽しそうにアインの様子を観察している。
そこに居るのはすっかり普段のアインだ。顔を洗った事で、理性も目を覚ましたらしい。
「……あーあ、いつものアインさんに戻っちゃいましたね」
「……あれは寝起きで驚いただけだ。もう二度とあんな真似はするな。俺で遊んでもいい事なんてないぞ」
「そうですか? 私は女の自信が回復して、とっても満足しました! 私の身体でも、女として見てもらえるんだなって」
アインが椅子に座り、疲れたように項垂れ、溜息をついた。
「前も言っただろう……お前もミディアも、魅力的な女だと。あれは世辞なんかじゃなく、俺の本心だ。あんなことして確認しなくても、お前は魅力的なんだよ。言葉だけじゃ納得してくれないのか? お前たちは」
リティが不満そうに口を尖らせた。
「下着姿を晒しても平然としてる人が何を言ってるんですか。言葉に説得力がないからです。納得させたかったら、下着姿でも取り乱してください」
「……そういう真似はできない。したくてもできないんだ。俺にそんなに器用なことを求めないでくれ。それと、未婚の若い女がこんなはしたない遊びを覚えないでくれ。お前が望む相手と縁遠くなるぞ」
力なく項垂れているアインの姿を見て、リティの良心が痛み始めた。
最後の一言も、中々に痛い言葉だった。こんなことでアインに嫌われたくはない。
「あの、ごめんなさい。愉しくてつい調子に乗っちゃいました。そんなにアインさんを悲しませるつもりはなかったんです」
アインが顔を上げて微笑んだ。
「わかってくれたら、それでいい」
アインがリティの頭を撫でた。
リティはその手の感触を心地よく感じながらも、口を尖らせた。
「……私、子ども扱いされてます?」
「実際、まだ十七歳の子供だろう? 三十の俺からしたら、そうとしか見えん。年齢の差は、どうしようもあるまい」
「……十七と三十じゃ、伴侶にはなれないんですか?」
「ん? 世の中には、それくらいの年の差の夫婦も珍しいという程ではない。なれないということはないだろう。どうした? なにがいいたいんだ?」
リティが逡巡し、口を開こうとした瞬間、扉を開けてミディアが戻ってきた。
「お待たせ、次リティが顔を洗っていいわよ……どうしたの?」
「いえ! なんでもありません! じゃあ私も顔を洗ってきますね」
リティはタオルを持って、慌てて顔を洗いに飛び出していった。
アインはその様子を、ぼんやりと眺めていた。
「リティの奴、何が言いたかったんだ……」
「きっと、あなたには理解できない事よ」
おおよそを察したミディアはリティの度胸に感心していた。
自分が部屋に戻るのがもう少し遅ければ、あの子は決定的な一言を言っていたかもしれない。そんな思いがあった。
――朝のアインの反応といい、リティは案外いい線いくかもしれないわね。
リティが戻ってきて、朝食を済ませ、予定の買い物に三人で出かけた。
消耗品の補充の他、二ヶ月分の糧食を三人分、そしてミディアの長弓と矢だ。ミディアが扱える範囲で、猛獣を相手どれる大型の物を選んだ。
アインがミディアとリティを呼び止めた。
「リティの為の弓矢も用意しよう。ミディアは弓選びを手伝ってやってくれ」
「私の、ですか?」
「弓はできれば覚えておいた方がいい。狩りにも使えるし、戦いでも有利な局面は多い。覚えて損はない」
「アインさんは弓を使えるんですか?」
「俺も覚えた方がいいのはわかってるんだが、どうにも不器用でな。的に当てられん。一年試して、覚えるのは諦めた」
ミディアが思い出しながら笑った。
「アインったら、三メートル先の的も射貫けないのよ? そんなに不器用なのに、剣だけは自由自在なの。人間って不思議よね。リティは多分、すぐに弓を覚えられるはずよ」
昨晩の内にクインから渡された支度金で支払い、荷物をアインが抱え込んだ。
「アインさん、一人で平気なんですか?」
「これくらい、どうってことはない。それより、買いそびれた物はないな?」
ミディアとリティが頷くのを見て、アインも頷いた。
「では宿に戻ろう」




