15.リティの将来
野営を張り、焚火を囲んでアインが切り出した。
「クイン。リティの今後について、あんたはどう考えてるんだ? リティは元の生活に戻すべきなのか?」
その言葉に、皆の視線がクインに集まった。
クインは少し思案した後、口を開く。
「戻すべきか、という意味では、リティ本人の意向を重んじるべきだと思います。状況としては、元のワレンタイン王国が戻る事はありません。ゲイル王国を滅ぼした後、その領土は恐らく、バスタッシュ王国が併合し領土とするでしょう。王家か、戦功が最も高い貴族にその領土が与えられることになると思います。その時にリティがリティシア王女である事をバスタッシュ国王に告げれば、リティはその領土を治める者の妻として迎えられるでしょう」
「リティって、王女様だったのね」
「やっぱり王族だったか」
デルカとゲイングが、納得したように頷いていた。
アインも、クインがリティの素性を素直に明かしたことに内心で驚いていた。
クインは砦で明かされたウェンディの真相と、それに対する反応を見て、ゲイングやデルカを信用できる人間と判断した。
ウェンディの境遇にあの様に憤れる人間であれば、リティの身の上を知れば同じように憐み、憤る事が出来るだろう。
ならば素性を明かして確実に味方に引き入れるべきだと判断したのだ。
クインはゲイングに顔を向けた。
「改めてリティについて説明しましょう。彼女は旧ワレンタイン王国の第二王女、リティシア・オイゼス・ワレンタインです。ワレンタイン王国がゲイル将軍の謀反によって乗っ取られ、逃げ出してきたところをアインさんに命を救ってもらい、バスタッシュ王国に居た私の元で保護しました。ワレンタインの王族は皆殺しにされ、今残っているのはリティだけです」
ゲイングが頷いた。その眼差しが憐憫を伴ってリティに注がれる。
「貴族か王族だろうとは予想していたから、そこは今更驚くところじゃないが、親族はもう殺された後か。リティの境遇も、辛いものだったんだな」
ゲイングやデルカの反応が予想通りであることを密かに確認した後、クインが頷いた。
「今までもそうですが、今後のリティシア王女の境遇も決して恵まれたものとは言えないでしょう。亡国の王女など、民衆の不満が高まった時に反乱の旗頭にされかねない。そうなる前に謀殺される危険性すらあります。ワレンタイン王族の血脈に価値などありません。元々、疎遠だった小国です。バスタッシュ国王も躊躇いはしないでしょう。戦功褒賞として貴族に与えられるか、密かに殺されるか、いずれかです」
リティの表情が曇ったが、予想していた範疇だ。大きな衝撃は受けていない。
リティがクインに尋ねる。
「国民はどうなると思いますか?」
「元ワレンタイン王国の国民は、しばらくは以前と変わらないか、少し苦しい生活になるでしょう。ですがバスタッシュ王国という大国に併合されることで、将来的に良いこともある。総合的に見れば、悪い方向には向かないでしょう。これについてはむしろ、リティシア王女として名乗り出ない方が良い結果になるかもしれません。元ワレンタインの国民に、王家の生き残りが居ると知らせるのは余計な火種になります。王家は全滅したのだと思わせる方が、統治する側としても、される側としても良い結果になるでしょう」
「では、私は今後どうしたらよいと思われますか?」
「今の生活に耐えられるのであれば、このまま素性を偽り、アインさんに今後も同行していくのが最善でしょう。王族の生活に戻りたいと思っても、以前と同じ待遇は望めません。貴族としての身分は保証されるでしょうが、必ず不満の残る生活が待って居ます。その上で先ほど言ったように望まぬ男の元へ嫁がされ、いつ殺されるか分からない恐怖におびえる事になる。どうですかリティ。あなたはどちらの人生を望みますか?」
リティは一応検討した。
たかだか貴族の身分という小さなメリットの為に、多大なデメリットを背負う人生――そんなものに一片の価値すら感じる事は出来なかった。
それならば平民に身を落として傭兵となってでも、伸び伸びとアインと共に生きていける人生のなんと輝かしく感じられることか――比べ物になる訳がなかった。
リティはアインの顔を一度見た後、クインの目を見た。
「私は、このままリティとしてアインさんに同行していきたいと思っています」
クインの目がリティの目を射抜いていた。
リティの揺るぎない瞳を見て、その心情をおおよそ察し、思案する。
クインはアインの目を見て尋ねる。
「アインさんはどう考えますか?」
アインもまた、揺ぎ無い瞳でクインを見つめ返した。
「俺は、リティがそうしたいと願うならば、それを叶える。俺が知る、傭兵としての生き方を教えて行くことになるが、それでも構わないというのであれば、俺とミディアが責任をもって預かろう。だがリティは王女だ。いつ命を落とすか分からない過酷な傭兵稼業を続ける事は、難しいかもしれないとも考えている。いつかリティが安住の地を見つけ、そこで骨を埋めたいと思うまで、俺たちがリティを守っていこう」
クインが頷いた。
「確かに、傭兵というのは命の危険と引き換えに金銭を得る、暴力の世界を生きる稼業です。戦争に参加する事も珍しくない、殺し殺される職業です。リティが共に居ては、アインさんたちの傭兵稼業にも制限が出ます。なるだけ早いうちに安住の地を見つけるべきでしょう」
リティの表情が再び曇った。
いつまでも共には居られないと二人に言われたことに、心を痛めたのだ。
輝かしい未来と思った道は、途中で途切れてしまう幻だったのだろうかと哀しんだ。
リティシアが眉をひそめ、俯いたままアインに尋ねる。
「私は、いつかアインさんたちと別れるべきなのでしょうか。どこかの田舎で、ひっそりと生きて行く人生を選ぶべきなのでしょうか」
アインは静かな瞳で、落ち込むリティを見つめながら応える。
「傭兵稼業を長く続け過ぎると、いつか必ず命を落とす。大抵の傭兵は、そうなる前に引退する。リティも同じだ。命を落とす前に傭兵稼業から足を洗う。それだけだ。俺やミディアも、それは同じだ。戦場で死ぬまで傭兵でありたいとは思っていない。リティが望むなら、その安住の地で共に生きて行く道もあるだろう」
ミディアが微笑みながらリティに語りかける。
「もっとシンプルに考えてもいいのよ? 私はアインと行動を共にするだけ。そこにリティが加わる。それだけの話だと思うわ。引退時期や安住の地は、今すぐ考える必要なんてないんじゃない? そのうちなんとかなるわ」
アインが優しい声でリティに尋ねる。
「リティは今、どうしたいと思っているんだ? 俺たちと共に、これからどう生きて行きたい?」
リティは少し迷っていた。
アインの傍で、ずっと共に生きて行きたいと告げる勇気は、まだない。
それに、今は同じくらい大切な想いがある。
「……今は、ウェンディの友人として、彼女の傍に居てあげたいと思っています。私の存在がウェンディを救うきっかけになるなら、しばらく共に旅をしていきたいのです。アインさんとミディアさんに、その旅に同行して欲しいと思っています。こんな我儘を言っても、構わないでしょうか」
アインが微笑んでリティに応える。
「それをリティが望むならば、俺に不服はない。ミディアは俺と共に行動をするだけだ――ゲイング、俺たちが旅に同行しても構わないか?」
アインがゲイングと目を合わせ、ゲイングはウェンディを見る。
「嬢ちゃん。リティはああ言っている。嬢ちゃんはどう思う?」
ウェンディは焚火を見つめながら、静かに頷いた。
ゲイングは苦笑を浮かべ、アインに顔を向けた。
「ウェンディが”こちらこそ喜んでお願いします”だとさ」
アインが驚いてゲイングに尋ねる。
「……今、ウェンディはそっぽを向いて頷いただけだろう? それがなんでそんなことまで分かるんだ?」
「どうやら、砦で愛想を使い尽くしたらしい。普段の嬢ちゃんはこんな感じだ。慣れてくると、言いたいことが俺でもなんとなく分かるようになってくる。共に旅をすれば、アインにも分かるようになるさ」
デルカが言葉を添える。
「それに、リティちゃんが一緒に旅をするようになれば、もっと感情表現が豊かになるはず。今よりも分かりやすい態度になっていくはずよ。心配は要らないわ」
クインが話を纏める。
「では、リティの基本方針はそれでいいでしょう。ゲイル王国を降した後で状況を確認し、改めて方針を決める必要がありますが、予想外の状況にならない限り、基本方針通り、リティは素性を隠し、アインさんと共にウェンディと同行する。これで良いですか?」
クインが一同を見渡したが、異論は出なかった。
「……異論はありませんね。ですが、まず大仕事が二つ待っています。竜退治と神の封印。これを達成しなければなりません。今はそちらに集中しましょう」
ゲイングが愉しそうに語りだす。
「竜退治か。幼年の竜がどれほどか分からないが、溜った鬱憤をぶつける相手として申し分がないな――だが、俺やアインは前に出ることしか知らない。他に取れる策はあるのか?」
デルカがそれに応える。
「そうね、竜ともなれば、私は近付くことはできない。弓を使うことになるけど、手持ちの弓では力不足ね。街で新しい長弓を用意するつもりよ。矢もそれなりの物が必要ね」
ミディアがデルカに同意する。
「私も同じでしょうね。アインとゲイングさんが前に出て、私とデルカが弓で援護――でも、私たちの攻撃が竜相手に通用するのかしら?」
クインがそれに応える。
「私が武器強化の魔法術式を付与します。硬い竜の鱗でも、アインさんやゲイングさんの力であれば切り裂くことができるでしょう。弓矢も、大型の獣を相手に出来る物であれば急所を狙う事で通用すると思います。ですが竜の吐く息吹には気を付けてください。私の周囲に居れば防げますが、私は前に出る事は出来ません。前に出なければならないアインさんやゲイングさんは、常にその脅威にさらされます」
ゲイングがそれに応える。
「そういう事であれば、嬢ちゃんとリティ、それにルインはクインの傍に居た方がいいだろう。俺とアインが前に出るから、デルカとミディアは竜の息吹を邪魔するように牽制してくれ。クインの援護を受けた俺たち四人で竜を仕留める。怪我人が出たら、嬢ちゃんの傍に一度戻って治療して貰い、すぐに前線に復帰する――こんな感じか?」
アインが頷いた。
「そうだな。ルインはクインの、リティはウェンディの補佐をして動けばいい。各人がきっちり仕事を果たせば、なんとかなりそうだ」
クインも頷いた。
「竜退治の基本方針も決まりましたね。私は念の為、街で魔導具を探してきます。ちょっとした保険になるでしょう。その後の事は、マリンダが合流してから決める事にします」
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不寝番をしていたデルカが、寝ているミディアの肩を揺すった。
「そろそろ交代の時間よ」
「――あら、もうそんな時間?」
欠伸を噛み殺したミディアが起き上がり、焚火の傍に腰を下ろした。
デルカもその隣に腰を下ろし、ミディアに話しかける。
「……寝る前に、少し話をしない?」
「いいけど、改まって何かしら」
デルカの目が、アインに守られるように横になっているリティに注がれた。
女同士だ。アインを見るリティの目が、恋する女のそれだとすぐに理解した。
デルカがミディアに尋ねる。
「気づいてるんでしょう? 同行させて構わないの?」
「それをリティが望み、アインも受け入れた。なら、私が言うべきことはないわ」
「……取られちゃうわよ?」
ミディアが微笑んで応える。
「あの鋼の理性を持ったアインに、大きな歳の差を超えて、女として見て貰うのは至難の業よ? 年齢の近い私ですらできなかったことだもの。もしそれができたなら、私は素直に祝福するわ」
「でもアインさんにはリティに負い目があるわ。あの子が望めば、応じかねないわよ?」
「その負い目を感じる原因になったのは、迂闊に依頼を受けた私にあるの。アインはずっと依頼を訝しんでいた。あの時は路銀が尽きていて、焦っていたのね……そのくらいのハンデは、自業自得として諦めるわ」
「そう……でも、二人の傍に居るのは辛くないの?」
「全く辛くないと言えば嘘になるわね……でも、私はリティも気に入ってるの。アインの傍に居られるなら、私はそれで幸せを感じられるわ。いつかはこういう日が来るかもって覚悟もしてた。その相手がリティだとしたら、私はむしろ幸せよ。リティにも”私に気兼ねは要らない”と伝えてあるわ」
デルカがミディアの肩を抱いて引き寄せた。
「あなたは強いのね」
ミディアは自嘲の笑みで応える。
「そんなことない。私は自分からアインに”女として見て欲しい”と言いだせなかった意気地なしよ。”それは無理だ”と言われるのが怖くて、既成事実を作ろうと必死になったけど全部失敗して、仲間として在る事を選んだ弱虫が私――デルカは、手遅れになる前に手を打った方がいいわよ? 私より見込みがあるんでしょう?」
「確かにそうね。ゲイングは私の事を女として見ている。だからこそ鉄壁の理性で傍に近付くことを許してくれないけれど、あなたよりは望みがある方ね。ウェンディの事が落ち着いたら、切り出すつもりよ」
ミディアの目が、ゲイングに守られるように寝ているウェンディに注がれた。
「あの子の身の上も深刻だものね。大人になる前に、良い結果になるといいわね――ねぇ、もしウェンディの初恋がゲイングさんだったらどうする?」
「んー……あの人はそれを受け入れたりはしないでしょうね。感情の発露を祝福するでしょうけれど、おそらく三十と十四、下手をしたら三十と十二よ? いくらなんでも歳の差があり過ぎるし、子供過ぎるわ」
「あら、そうやって油断していると怖いわよ? ウェンディだって、あと四年もすれば立派な女の身体になるわ。あの子は整った顔をしてる。美人になるわよ?」
デルカが小さく笑って応える。
「じゃあ、そうなる前に手を打たないといけないわね――私はもう寝るわ」
立ち上がるデルカに、ミディアが声をかける。
「後悔の無い様にね」
デルカは振り向かずにひらひらと手を振って焚火から立ち去り、毛布をかぶって横になった。




