14.新米
「随分とタイミングが良い登場だな」
ゲイングがマリンダに尋ねた。偶然にしては出来過ぎだろう。
「この部屋で起こっていることは、全て私に筒抜けなの。奥に引っ込んだのは、私の姿がない方が話がまとまりやすいと思ったからよ」
ゲイングが肩をすくめた。
「さすが魔女様だ。もうその程度じゃ驚きはしないさ――それじゃあクイン、話を進めてくれ」
クインは頷き、皆でソファに腰かけ直した。
マリンダも再びソファに腰かける。
「ウェンディちゃんの持つ創世神の力と私の力で、強欲の神を門の奥に押し返す――さっきはここまで話したわね? でも今のままでは、私たちにもその力が足りないの」
クインが尋ねる。
「今のままでは、ということは何か方法があるのですね?」
マリンダが頷く。
「まだ未完成だけど、私たち二人の力を魔力増幅装置を使って強化すれば、神を押し返し、門を閉じるところまで漕ぎつけられるはずよ」
「その増幅装置は、いつ完成するのですか?」
マリンダが少し困ったように眉をしかめた。
「完成させる為の部品が足りないのよ。あなたたちには、それの調達をしてきて欲しいの――そうね、今回の用途であれば、竜の魔石以上のものが必要でしょうね」
魔石――魔獣をはじめとした魔物が体内に持つ、魔力生成器官だ。
それを取り出し利用する事で、様々な魔導の道具――魔導具を生み出すことができる。
つまり『竜を殺して、その体内から魔石を取り出して持ち帰ってきて欲しい』という事になる。
アインが頭を振った。
「ちょっと待ってくれ。竜退治など、一国の軍隊が大量の兵を挙げ、多大な犠牲を出してようやく成し遂げられるかどうか――そんな大仕事だぞ? 俺たちにできるとは思えん」
マリンダが微笑んで応える。
「それは成竜――大人の竜を相手にした時の話よ。年若い子供の竜であれば、今のあなたたちでも対処可能な個体は居るわ。この増幅装置に必要なのは、竜が持つほど純度の高い魔石。成竜のものでなくても構わないの」
ゲイングが疑問を口にする。
「魔女と呼ばれる程のあんたなら、その程度の竜を殺して魔石を取り出すことも可能なんじゃないか? 何故今まで未完成だったんだ?」
「私は竜種とある契約を結んでいるのよ。その契約に従って、私自身が竜種を殺すことができないの。だから自分の手を汚すことはできないわ。情報を与えるくらいが限界ね」
クインが尋ねる。
「では、今の我々で対処可能な竜種の居場所は知っているのですか?」
「ここからさらに北、山脈の麓に、幼年の火竜が居るわ。あの竜ならあなたたちでも対処可能でしょう。その魔石であれば、今回の条件に適合するはずよ」
アインが唸った。
「火竜が相手か……今居る八人のうち、ルインはクインの補佐として必要だろう。ウェンディはいざという時、怪我を癒してもらいたい。だがリティにはまだ厳しいように思う。俺たちが戻ってくるまでの間、ここでリティを預かってもらえないか?」
マリンダが首を横に振った。
「ここは託児所でも宿屋でもないの。中に人間を住まわせられないし、その子一人を外においておけば魔獣に襲われる。それに、ウェンディちゃんの傍には歳の近いリティちゃんが居た方が精神的には良いわね。戦力的に足手まといだとしても、熟練者がそれだけ揃っていればフォローはできるはず。それもすべて見越して話を持ち掛けてるわ――それでもなお、リティちゃんを連れて行けないと判断するなら、街で留守番させることね。最終的な判断は当事者であるあなたたちが決めて頂戴」
アインとゲイング、クインが顔を突き合わせた。
「どうする? 確かに俺たち四人にクインという魔導士が居る。ウェンディとルインという存在が居たとしても、リティ一人増えたぐらいなら大差はないように思う」
「街に置いていくにしても、リティ一人残していくことはできない。ミディアやデルカは俺たちの補佐に必須だ。そうなると、せめてルインを傍に付けておきたい」
「ルインが居ないと私が困ります。リティと共に留守番を任せられる人員の余裕はありませんね――結局、連れて行くのが最善、と私は考えます」
三人が頷き、マリンダを見た。
クインが代表して意見を述べる。
「あなたの言う通り、リティも連れて行くことにします」
「ええ、それがいいわ。私は竜の魔石が到着するまでに、魔力増幅装置の最終調整と点検を進めておくわ。それじゃあ竜退治、頑張ってね」
****
マリンダにその場は別れを告げ、全員で廊下を歩いていた。
表情を曇らせてリティが口を開く。
「――申し訳ありません。竜が相手では、私は足手まといにしかなりません」
アインが笑顔で応える。
「気にするな。リティだってこの一行の一員であることに変わりはない。今自分ができる事を、精一杯やってくれればそれでいい。新米なんて、みんなそんなもんだ。俺たちだってその経験はしてきている。負い目を感じる必要はない」
アインには、これが気休めの言葉だということも理解できている。
なんと言われようと、戦力外であることには変わらない。一人で馬に乗る事も出来ないのだ。
リティの表情に変化がないのを見て、アインが言葉を続ける。
「いいか。決して無理をするな。焦らなくても、実力は後からついてくる。無理だと思ったことはやるな。それは時に、俺たち全員を窮地に追いやることとなる。わかったか?」
リティはゆっくりと、自分を納得させるかのように頷いた。
そんなリティの肩を、横からミディアとデルカが抱いた。
「そんなに落ち込む必要はないのよ。アインが言った通り、決して無理はしないで。それにマリンダも言っていたでしょう? あなたが居るだけで、ウェンディちゃんに良い影響を与えられる。これは今、年齢の近いリティちゃんだけが出来ることよ。決して自分を卑下しないで」
「そうよ? あなたはウェンディの大切な友人だもの。無茶をして怪我をされたら、ウェンディが悲しむわ。一緒に旅をしてくれる、それだけでも私たちは頼もしく感じているのよ?」
リティは涙ぐみ、小さく頷いた。
アインはその姿を、横目で眺めていた。
――やはり、こういう時に彼女たちの存在には助けられるな。
アインやゲイングのような屈強な男がどれほど言葉をかけても、気休め以上には感じられないだろう。
だが同性である彼女たちからの心に寄り添う言葉なら、それはリティの心に響く。
このお姫様が、いつまでこの一行に居るのかはわからない。
おそらく事態が収束すれば、リティは元の、貴族の生活に戻っていくだろう。
だとしても、この一行に所属している間だけは、新米傭兵として扱う事をアインは心に決めていた。
多少厳しくとも、生き残る為の心得や秘訣を教え込み、共に戦っていく仲間として鍛えて行く――そういう決意だ。
お姫様として扱っていれば、彼女にも油断が生まれる。それは時に命取りになるかもしれない。それを避けるためだ。
一行は馬に乗り、砦を後にした。
往路と同じように相乗りしているため、リティはアインの馬に同乗していた。
落馬しないよう、リティはアインに背中を預け、抱えられるような形で前の鞍に座っている。
「少しは落ち着いたようだな」
リティが背中を預けているアインの身体から、重く低い声が響いて伝わってくる。
ワレンタインから逃げていた最初こそ気恥ずかしさを感じていたこの乗馬形式だが、今ではすっかり気分が落ち着く位置になった。毎日この場所に座るのが待ち遠しく感じるくらいだ。
理性的なアインの声が身体に響くたびに感じる心地よさを、密かに待ち侘びている自分に戸惑いもした。
その声の響きをより強く感じようと、より背中を押し付けるように座る――そんな癖が無意識についてしまっていた。
アインは普段、寡黙な人なので、そう滅多に話しかけてはくれないのだが、だからこそ声をかけてもらえると嬉しく感じるのかもしれない。
「ええ! あれだけ励まされましたし、落ち込んでばかりもいられませんから!」
リティはアインの胸に背中をぴったりとくっつけたまま、前を向いて応えた――迂闊に振り向くと”落ちたらどうする”と怒られるのだ。
うっかり声をかけられた嬉しさが滲み出てしまったが、鈍いアインは気づかない。
「そうか」
アインがリティの頭の上で、「ふっ」っと微笑んだ。元気になったリティの様子を喜んだのだ。
その気配と声に、リティの頬もわずかに緩む。それと同時に、馬が南に向かっている事に気が付いた。
「ねぇアインさん。竜は北の山脈の麓に居るんですよね? 何故、南に向かっているんですか?」
「竜退治は予定外だ。準備が足りない。だから一度港町に戻り、準備を整える」
「そんな話、全くしていませんでしたよね。なのに皆さんで同じ方向に向かってます。いつの間に打ち合わせたんですか?」
「長く経験を積めば、次に取る行動を予測できる。あとは相手の目を見れば、異論があるかどうかはすぐわかる。リティにも、そのうちできるようになる」
――長く経験を積めば、か。私はいつまで”リティ”としてアインさんたちと行動を共にするのだろうか。
この事態が収束しても、ワレンタインの王族は”リティシア”一人になってしまった。
十七歳の王女である”リティシア”では、王位を継承する事も、国家を運営する事も出来ない。王女としての教育は受けてきたが、為政者としての技能が大いに不足している。
ワレンタイン王国を取り戻せたとしても、他国から王を迎え入れる必要があるだろう。
――他国の人間を新しい王として、夫として迎え入れなければならない?
その事を考えるだけで、言いようのない不快感がリティの胸を苦しめた。
それはとても嫌な事で、そこまでしてもワレンタイン王国としての名前すら残せないのではないか。
実態としてワレンタイン王国はもう滅びている。王女である自分だけが生き延びても、王家としては先がない。
国民の事は心配だったが、事態が収束すれば、為政者が変わるだけで国民の生活は以前より悪くなることはないだろう。
ワレンタインを復興する未来よりも、このままアインと共に旅を続ける未来の方が輝かしく感じたのだ――ここまで考えて、ようやく、自分はアインに惹かれているのだと認める事が出来た。
リティは期待を胸に、アインに疑問を尋ねる。
「アインさん。砦でアインさんが言った言葉や今言った言葉は、まるで私がこのまま皆さんと行動を共にする事を前提とした言葉に聞こえました。それは何故でしょうか」
「この先リティがどうなるのか、それは俺にもわからない。だから今は新しい一行の一員として迎え入れ、そのように扱っている。それが最善だと思ったからだ」
「……もし、この事態が収束した後も、アインさんと旅を続けたいと私が言ったら、アインさんはどう思いますか?」
「リティがそうしたいと願い、状況がそれを許すのであれば、喜んで受け入れよう」
――状況が許せば、か。
それを許さない状況など、あるのだろうか。
自分がワレンタイン王国に戻り王室を復興させなければ国民が困るようなことに、果たしてなるのだろうか。
リティだけでは予想が付かなかった。こんな事を相談できる相手は、クインくらいだろう。
アインの心地良い声の振動が、再び身体に響いてくる。
「リティは、元の生活に戻りたいとは思っていないのか?」
「……不思議と、王族の暮らしに戻りたいとは思っていません。今の生活は不便も多いですが、新鮮で楽しんでいます。元々、私は王族の生活を息苦しく感じていましたから、今の様に伸び伸び生きる方が自分には向いている気がしています」
「そうか……俺と共に今後も行動を共にするのであれば、傭兵としての人生を歩むことになる。傭兵は人を殺す稼業だ。いつか、その手で人を殺めなければならなくなる。それでも構わないと思えるか?」
「今すぐできるようにはなれないと思います。でも、できるようになってみせます」
リティは己の言葉に驚いていた。
その言葉は迷いなく、素直に心から出たものだった。
殺したいとは今でも思えない。だが稼業として出来るようになりたいと願う自分がいたのだ。そうすれば、アインと共に居られるのだから。
この場所に居続けられるのであれば、そのくらいは取るに足らない事にすら思えたのだ。
「リティの気持ちはわかった。この事はクインにも相談した方がいいだろう。野営の時に、皆で改めて話してみよう」
「はい」
リティはその心地よい声を身体に感じつつ、アインに受け入れてもらえた安堵に浸っていた。
胸に抱いた願いを叶える道が、今自分の前に拓けている――願わくば、これが幻で在りませんように。




