12.生贄
ようやくターニングポイント。
ここからがこの連載の本編とも言えます。
邪教の姫シリーズ短編ではスルーさせた裏設定を表に出したらキャラクターが右往左往を始めた回です。この話を境に、短編時と空気が変わります。
当然、恋愛パートも増えていきます。
――港町アルトワから北上し八日目の朝。
クインが皆に告げる。
「そろそろ”魔女の住処”が遠くに見えるはずです。それらしいものを見つけたら教えてください」
皆が頷き、馬を進めて行く。
昼を目前にして、丘の向こうに、砦らしきものをアインが見つけた。
「なぁクイン。あれがそうか?」
「――ええ、あれが”魔女の住処”です。古い砦を流用してるんだとか。ここから先は街道から外れて、あの砦に向かいます。夜には辿り着くでしょう」
一行は馬の向きを変え、魔女の住処を目指した。
月が高く昇る頃、馬が丘の上にある砦らしき場所に到着する。
砦の入り口は開け放たれているが、衛兵らしきものは見当たらなかった。
先導していたクインが、振り返って告げる。
「馬でそのまま入ってください。外に馬を繋げると、魔獣に食われますよ」
五頭の馬はクインが言う通り、そのまま砦の門を潜っていった。
かがり火の焚かれた内庭に出た一行を、一人の若い女が出迎えた。
深紅の長衣を着込んだ魔導士だ。
魔導士の女が笑みを浮かべてクインに話しかける。
「あなたから会いに来てくれるだなんて、嬉しいわクインくん」
「来ざるを得なかっただけですよマリンダ」
冷たく、目を伏せてクインが応えた。
「あら、やっぱり愛想はないのね――馬はそちらの馬屋に入れておいて頂戴。話は中で聞くわ」
一行は馬屋に馬を繋ぎ、魔導士の女――”東の魔女”マリンダに続いて屋内に入っていった。
アインは我が目を疑った――砦の中を、人間大の岩人形が歩き回っているのだ。
「古代遺物?!」
クインが振り返り、冷静に応える。
「マリンダは古代遺物が作られた時代から生きる魔女です。この程度で驚いていたら、身がもちませんよ」
「そんな昔から……それは一体、何百年前なんだ?」
「通説では千年ほど前、と言われていますが、確かなものではありません――マリンダは年齢の話を嫌がります。それに繋がりそうな話題は自重してください」
アインたちは、目の前に居るマリンダが何故魔女と呼ばれているのか、理解したような気がした。
****
応接間に通された一行は、マリンダに向き合うように座っていた。
一行の中央にクインが座り、交渉役を買って出ていた。
「……それで? クインくんは何の用かしら?」
「ワレンタインの古代遺物、その封印が解かれた可能性があります――あなたなら、それを感知しているのでは?」
マリンダは岩人形に給仕させた紅茶を一口飲み、「それで?」と続きを促した。
クインは懐から青い玉を取り出した――アインが破壊した、古代遺物の欠片だ。
そのまま玉を、マリンダの前に置いた。
「教えてください。あそこには何があったのですか」
マリンダは玉を手に取り、眺めた。
「まぁこのくらいの情報ならサービスしてあげる――あそこには、古代の神が封印されていたわ」
ほとんどの者が慄きで震えた――地上に神が封印されていた事実に驚いたのだ。そんな神話のようなことが、現代に現実として在る事が信じられなかった。
だがクインが動揺しないのを見て、マリンダは退屈そうに呟いた。
「――驚かないのね。つまらないわ」
「その玉を見たときから、ある程度察していましたから――それには、封神の術式が彫り込まれていますね?」
「あら、クインくんたら、もうそんなことまで理解できるようになったの?」
マリンダは愉しそうにクインの顔を眺めている。
クインは静かに尋ねる。
「その神について、知っていることを教えてください。今、ワレンタイン王国はゲイル王国へその姿を変え、我々バスタッシュ王国に宣戦布告してきています。おそらく、その神の力を借りているはずです。それに対抗するだけの力が欲しい」
マリンダは真剣な眼差しのクインを、甘美なワインを味わうかのように陶酔して眺めていた。
「――その対価は?」
「その玉と交換で、情報をください」
マリンダは改めて、手の中の玉を指で拾い上げ、持ち上げて眺めた。
「そうね――情報くらいなら、教えてあげる」
アインが思わず口を挟む。
「情報だけなのか?!」
マリンダがにこりと笑い、アインに告げる。
「私に何かを求めるなら、必ず対価を用意しなさい。情報を超えたものが欲しければ、相応の対価を用意するの。簡単な話よ?」
クインが視線をマリンダに向けたまま、手をアインの顔の前に掲げて制した。
「アインさん、交渉は私に任せてください――ではまず、その玉に見合う情報を教えてください」
マリンダは再び微笑み、語り始める。
「あそこに封じられていたのは、強欲の神と呼ばれていたものよ。悪戯をし過ぎて偉い神様に封じられた、下位の神」
「それに対抗することは可能ですか」
「下位とはいえ神よ? 人間の力だけで対抗するのは無理ね。古代の神は、己を信仰するものに力を与えることができる。多分、ワレンタイン――いえ、今はゲイルだったかしら? そこの兵士は、神の力を得て精強な兵士に変わっているでしょうね」
「……我々はどうすればよいと、あなたはお考えですか」
「強欲の神はとても質が悪いの。今のうちに叩いておくのがいいでしょうね」
「……ですが、今”人間の力で対抗するのは無理”だと、あなたが言ったばかりですが」
マリンダは妖艶に笑った。見た者に怖気を思わせる、そんな笑顔だった。
「もちろん、古代遺物の力を借りるのよ。この玉のあった古代遺物は、封神の補助装置。本体の封神装置はまだ生きているわ」
「本体の装置はどこにあるのですか?」
「さぁ? それは私も知らないけれど――封印は完全に解かれていないわ。神は封神の門を通り抜けることができない。門の中から人間に力を分け与えることはできるけど、神本体は未だ門に封印された状態になっている。仮にあの神の封印が完全に解かれていたら、人間界の混乱はもっと激しいものになっていたでしょう。そうなっていないのだから、今は不完全な封印を受けているはず。おそらく、そういう状態よ。だから、その門を閉じてしまえばいい。そうすれば、ひとまず事態は収束するでしょうね」
クインが俯き、考えを纏めているようだ。
アインが再び口を挟む。
「ひとまず、というのはどういう意味だ?」
「元々、二つの古代遺物を使って神を封印する機構だもの。片方だけでは、いずれまた門が開くわ。でも、強欲の神は本来、そこまで力を持った神ではないの。門を確認する必要があるけど、調整次第で門単体で完全な封神装置に変える事も可能でしょうね。それが無理でも、補助装置を修復すればいいだけよ」
「古代遺物の修復……あんたはそんなことも可能なのか?」
クインがマリンダに代わり応える。
「物によりますが、私でも補助装置の修理くらいはできます」
アインが呆然と目の前の少年を見つめた。
「……伊達に賢者を名乗ってる訳じゃない、か」
現代の人間が到達できない魔導技術の産物が古代遺物――それが常識だ。
それをわずかでも修復できるのだという。他人に言っても、信じて貰えないだろう。
アインとて、こんな状況でもなければ俄かには信じられなかった。
クインは考えをまとめ終え、マリンダに切り出した。
「ですが、肝心の神を封印し直す手立てがない。開かれた門を閉じる手段など、今の我々にはない――だからマリンダ、あなたの力を貸してほしい」
マリンダは真剣な目を向けるクインを見つめ、再び妖艶な笑みを浮かべた。こちらを威圧する、怖気を誘う笑みだ。
「クインくんなら言うまでもないはずだけど、一応聞いておくわね? ――対価はどうするの? 情報を超えて私の力を借りるんですもの。もちろん、相応のものを用意してるのよね?」
クインは逡巡していた。
歯を食いしばり、言い難い言葉を口にしようとしていた。
そして、ようやく振り絞るように言葉を口にする。
「……あなたの、望みを一つ」
それを聞いたマリンダは、急に陽気になり、無邪気な満面の笑み浮かべた。
「その言葉を待ってたのよ! クインくんたら、焦らし上手なんだから――交渉、成立ね。いいわ、力を貸してあげる」
マリンダは一転して和やかな、協力的な態度を示した。それほど待望の言葉だった、ということだろう。
クインは苦虫を噛み潰したように顔をしかめていた。
交渉が成立したというのに、不本意極まるという意志を隠しもしない。
アインは不思議に思いつつ、マリンダに尋ねた――もう交渉は終わったのだ。クインに遠慮する必要はない。
「それで、具体的にはどうするんだ?」
「門まで出てきている神を押し返すの。神が門から離れた隙に門を閉める。やることはシンプルよ」
「確かに、呆れかえる程シンプルだ――だが、どうやって押し返すんだ?」
「私と、そこのお嬢ちゃんの力を使うわ。」
マリンダの視線が、ウェンディを捕えていた。
「その子、創世神の力を使える子でしょう? 身体の中から古代遺物の力を感じる。体内に遺物を埋め込まれた人間なんて、久しぶりに見たわ。しかも創世神なんて超大物の成功例、私が知る中でも初じゃないかしら」
ウェンディは黙ってマリンダを見ている。何も応えるつもりはないらしい。
ゲイングが震える声でマリンダに尋ねる。
「それは……どういう意味なんだ?」
マリンダは首を傾げ、顎に人差し指を当て、目を瞑り考えている。
「んー、どうしようかしら。まぁこれくらいの情報はサービスしてあげる――人間に古代遺物を埋め込むことで、その人間は神と直接交渉ができるようになるの。ただの古代遺物じゃ効果はないわよ? 特殊な専用の古代遺物が必要なの。どこにそんな希少な古代遺物が残っていたのかしらね……ともかく、それを埋め込まれた人間はその場で祈るだけで神が力を与えてくれる、そんな人間になれるよう目指したの。でも失敗すれば、埋め込まれた人間は廃人になる。そういう非人道的な生体実験が遥かな昔、あったのよ。成功例はとても少なかったわ。大きな神を相手にするほど、成功率は落ちていった。創世神は神の中でも最も強い力を持つ最高神。まったくの無反動ということは有り得ない。そのお嬢ちゃんは成功例かもしれないけれど、必ず埋め込まれた副作用として、後遺症を発症しているはずよ――要するに、廃人こそ免れたけど、その子の心はもう壊れているのよ。あなたたちは、精神的にその子がおかしいと感じた事はない?」
ゲイングの顔が苦悩に歪んでいた。
「つまり、ウェンディが無感情に見えるのは、その後遺症とやらのせいなのか?」
「そういうこと。無感情に見えるなら、強すぎる神の力が、お嬢ちゃんから感情を奪い去ったのね。多分、今のお嬢ちゃんからは、信仰心以外の殆どの心が希薄になってしまっているはず。普通の人間に戻そうと思っても、壊れた心はもう戻らないわよ。例え今から古代遺物を取り外しても、力のなくなった心が壊れたお嬢ちゃんになるだけね」
「だが! 少しずつだがウェンディには感情が見えてきている! 変わってきている!」
マリンダが目を細めてウェンディを観察しだした。
その目は冷たさと温かさがない交ぜになった眼差しだ。
冷静に分析しつつも、どこか気遣う雰囲気がある。憐憫の情すら感じる、そんな眼差しだった。
「ふーん……興味深い症例ね。だとすれば、信じられない程そのお嬢ちゃんの心と信仰心が強かったのね。その年齢……いえ、既に古代遺物が心に充分馴染んでいる。きっともっと幼い頃ね。そんな年齢で身体に古代遺物を埋め込まれるだなんて、憐れな子ね。その時点で、普通の人間として生きられない事を定められた子よ――ハッキリと解りやすく言ってあげましょうか? その子は信仰の生贄にされたのよ。身勝手な大人たちによってね」
ゲイングとデルカは知らされた真実に絶句していた。頭と心が、情報に付いて行かない。そんな心境だった。
リティもまた、両手で口を覆い、泣きそうな顔でウェンディを見ている。友情を感じ始めた少女の、背負わされた運命を悲しんだのだ。
アインは激しい怒りを、その鋼の理性で押し殺している。拳を固く握りしめ、耐え忍んでいた。
ミディアは事実に驚き、なによりそれほどの怒りを湛えたアインを見て驚いていた。長年連れ添った彼女が初めて見る、それほどの怒りだ。
クインは珍しく苦悩で顔を歪めていた。己が予想していたよりも数段悪質な真実に、心を乱されていた。
ウェンディは変わらず、黙して語らずマリンダを見つめていた。その瞳に一切の迷いはない。どんな真実であろうとも、揺ぎ無い信仰心で、己を支えているようだった。
怒りを押し殺していたアインが、静かにマリンダに尋ねた。
「先ほど言ったな? 古代遺物の影響でウェンディが無感情になったと。古代遺物を取り外せば、力のないウェンディになるだけだと。そしてウェンディの心に変化があり得ることも認めたな? ――ならば聞く。古代遺物を取り外したウェンディは、今よりも心を取り戻しやすくなるのか?」
その声は静かではあったが、激しい怒りの炎で包まれていた。力強くアインは燃え盛る言葉を吐き出していった。その言葉で身が焼かれる、そんな錯覚を覚えるほどの激情が籠っていた。
マリンダが優しく微笑んだ。
「あら、義憤? いいわね。私、そういうのは好きよ? ――そうね。あなたの言う通り、その子に回復の兆しがあるなら、取り外した方が回復の見込みが更に増えるわ。でも、そのお嬢ちゃんは神の言葉を聞くことも、存在を傍に感じる事も出来なくなる。それに耐えられるのかしら? 私にはもう、そのお嬢ちゃんが創世神に依存しているようにしか見えないわ。そうしなければ生き残れなかった、とも言うけれど。その子を殺してしまいかねないと分かっていて、その子から創世神を奪うことが、あなたたちにできるかしら? 私からの助言は『取り外すのを諦めろ』ね。そもそも取り外す方法を、あなたたちは知らないでしょう?」
アインが苛立って声を荒立てた。
「つまり! どういうことだ! 馬鹿な俺にもわかるように言ってくれ!」
再びマリンダに代わり、クインが噛み砕いて冷静に応える。
「今の状態で無理に取り外せば、ウェンディの心が死にます。それを防ぐには信仰心を捨てさせるしかありませんが、埋め込んだまま彼女に信仰心を捨てさせても、彼女の心は死にます。つまり、現状維持する事しか、我々に出来る事はない。そういうことです――あとは、ウェンディの心の強靭さに望みを託し、後遺症を克服する事を祈るしかありません」
しばらく部屋を沈黙が支配した。
沈黙を破ったのはゲイングだった。
ゲイングが、絞り出すようにクインに尋ねた。
「埋め込んだままで、神以外に依存する事が、心の拠り所が出来れば、取り外すことは可能か?」
「可能か不可能かでいえば、可能だと思います。例えば、ウェンディが誰かに恋愛感情を抱き、それが成就され、愛する子供が生まれる――そんな状態になれば、取り外しても立ち直れるかもしれません。ですが、現在の彼女に恋愛感情の発露を期待すること自体が至難だと言わざるを得ません。恋愛感情に限らず、信仰心以外の拠り所の発露を期待する事がとても難しい。その中では、人の本能に根差した恋愛感情が一番可能性が高いかもしれない、という程度です。可能性を否定はしませんが、とても現実的ではない……そういうことです」
ゲイングが怒り狂った獣のような形相で拳を固く握り、目の前のテーブルに向かって激情に身を任せ、その拳を振り下ろした。
こんなバックグラウンドを持つウェンディがどのようにして恋心を成長させて歳の差恋愛譚を綴っていくのか、お楽しみください。
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