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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

星空を見上げれば〜私達は星々の夢を見る〜

 笑って、泣いて、怒って、そして悲しんで。

 私達は様々な感情が溢れる広い世界で生きている。

 でもいつか気付くんだ。広大と感じた世界が『小さな世界』だったということに。



    〔1〕


 砂煙が漂う真昼の街。過去には繁栄の光を夜空に照らし聳え(そび)立ったビル群も今では崩れ去り肌色の風を吹かせることしかできなくなっている。


 そんな栄光が過ぎ去った廃墟の街の遥か上空に星の形をした影が浮かんでいる。

 影は身体を白く輝かせると同時に身体から数本の光線を撒き散らした。


 その威力は強大で光線の一つが廃ビルを貫き、大きな穴を作るほど。

 そんな危険な光の雨が降る場所で走る者が一人。


『コードI 目標までの距離10 芒炎鏡の射程内に到達した』


 それは白い戦闘服に身を包んだ少女。


 コードIと呼ばれた少女は通信機からの声を聴き、走りながら手に持った武器を上空に飛んでいる星に向け引鉄を引いた。


 バンという渇いた発砲音が響き武器からオレンジ色のビームが星に向けて放たれる。


 ビームは一瞬で星の元に迫り、大きな爆発音と共に直撃した。


「当たった…………!」


 少女のこもった声が静かなビル群に木霊する。


 ビームを受けた星はその身に大きな風穴を空けられ、ひらひらと地面へ落下、その活動が停止した。


「目標討伐」

『討伐を確認 コードI 帰投せよ』

「了解」


 通信機からの命令を受け、少女はこの場から立ち去った。


 残ったのは栄光の過ぎ去ったビル群と大きな風穴が空き、どす黒く変色した()()の死体のみだ。






    〔2〕


 私たちの世界は『夜』が奪われた。


 20年前、アメリカネバダ州の上空に突如としてヤツらが現れた。

 『ホシ』の形をしたヤツらは米軍を簡単に屠りアメリカの街をことごとく破壊、更地と化したホワイトハウスを背景に巨大な十二芒星の形をしたホシが全人類に対してこう言った。


『我々はソラからの使者 ヨルは我々がいただいた』


 その日を境にこの世界から夜の暗闇が無くなり、太陽が常に私達を照らし続けている。



 十二芒星のホシの言葉は明らかに人類に対しての宣戦布告だ。

 ホシはアメリカを中心にして世界中に攻撃を開始。カナダ、メキシコなど周辺の国々はホシ達によってそこに住む人達ごと滅ぼされてしまった。

 

 しかし人類も諦めなかった。世界中を襲うホシに対し、世界各国は『星物抗戦条約』を締結。この条約締結以降、皮肉にも人類同士の大きな戦争は無くなった。


 そして世界中でホシへの対抗策の研究が進められた、そしてその対抗策はすぐに完成した。

 ニホンの研究機関が『芒炎鏡(ぼうえんきょう)』と呼ばれるホシに対して有効な兵器の開発したのだ。


 しかしこの『芒炎鏡(ぼうえんきょう)』という兵器は『特定の条件を満たした女性』にしか扱えないという欠点があった。


 その欠点を受けて、ニホン政府は各方面からの反対を無視して政府直轄のホシ対策部隊 通称『天門台(てんもんだい)』を設立を強行。条件を満たした二百人の女性を半ば強制的に入隊させたのだ。


 成果はすぐに現れた。天門台(てんもんだい)はホシ達によるトウキョウ襲撃の阻止を見事に成功。人類はホシに対抗する手段を手に入れた。


 そして天門台(てんもんだい)に所属する女性達は『人類の新たな守護者』と呼ばれ人類を守る担い手とされた。


 これはそんな夜の奪われた世界で戦う少女達の物語だ。






    〔3〕


 ここは某所にある『天門台(てんもんだい)・ニホン支部』。世界を守るためにニホン中から集められた者達が駐留する防衛の最前線とも言える場所だ。


「コードI イブキ、帰還しました」


 白く染められた部屋の中で一人の少女が右手を頭に当て敬礼をして立っていた。


 彼女の名前は『イブキ』。天門台(てんもんだい)に所属する兵士の一人だ。


 帰還の報告を受け、彼女の目の前にいる椅子に座った女性が立ち上がる。


「ご苦労 コードI 急な出撃だったがよくぞ任務を達成してくれた」


 立ち上がった女性は純白のコートを(なび)かせながらイブキに敬礼を返した。

 彼女の名前は『エレン』。この天門台(てんもんだい)・ニホン支部の支部長に当たる重役の人間だ。


 敬礼を解いたエレンは凛々しい表情のまま、イブキに語りかける。


「明日は大事な作戦だ 万全な状態で挑めるようしっかりと休むように」

「はい!」


 そうして部屋を後にしたイブキは長い黒髪を揺らしながら足早に居住区にある自身の部屋に向かった。


 そして長い廊下を歩き部屋に入ると、唐突に目の前が真っ暗になり、


「だ〜れだ〜!」


 という馴染み深い声が両耳を響かせた。

 イブキはハハハと小さく笑いながら顔を覆う手に触った。


「もうびっくりさせないでよ〜 ハトちゃん」

「イヒヒ だってイブちゃんがかわいいんだもん!」


 視界が開けると彼女の目の前には彼女の頭一つ分小さな桜色の髪をした女の子が屈託のない笑顔をイブキに向けていた。

 

「ハトちゃんの任務はもう終わったの?」

「うんバッチリ わたしの力で一網打尽サ!」


 部屋に入り、備え付けの椅子に座りながら二人の少女は楽しそうに話をしている。


 彼女の名前は『ハト』。この天門台(てんもんだい)に所属する兵士の一人でありイブキとは幼馴染だ。幼い頃から共に過ごしており、今ではイブちゃん、ハトちゃんとあだ名で呼び合う親友だ。


 彼女はイタズラ好きの女の子で、イブキに対していつも目を隠したり、彼女の苦手なピーマンを食べさせたりなどというイタズラをしている。


「イブちゃんはどうだった? 結構強い相手だったのよね」

「私も少し苦戦したけど問題無く終わったよ」


 イブキは微笑みながら答えた。


 ホシに対抗するための部隊は主に二つ存在する。

 一つはハトが所属する、侵攻してくるホシに対して街を守る『防衛部隊』。


 そして上位のホシが根城にしている場所へ攻め込み倒す『討伐部隊』の二つだ。イブキが所属しているのがこの討伐部隊だ。


「あのキャンディストアの新作食べたんだ」

「私も食べたかったのにー!」

「アハハ! 今度一緒に食べに行こうネ!」


 年相応の雑談に花を咲かせるイブキとハト。ここだけ見ると戦いの日常が嘘のようだ。


 そうしていると話題は次の作戦へ入り始めた。


「そういえば………… もうすぐあの作戦なんだよね」

「うん もうすぐ…… だよ」

 

 『あの作戦』というその言葉に、少女達の顔色が険しくなる。


 それは彼女達がこの天門台に入隊するきっかけにも起因する。


「ようやくお母さん達の仇が取れるんだ」

「イブちゃん…………」


 憎しみ。イブキの表情が暗い憎しみの感情が浮き出て来る。


 この憎しみを説明するには彼女の過去を語らねばならない。


 イブキは天門台(てんもんだい)に入る前はごく普通の一般家庭に生まれた。


 厳しい父親に優しい母親、そして親友であるハト。そんなどこにでもありそうな幸せを享受(きょうじゅ)する……はずだった。


 彼女が10歳の時、ホシの軍勢が彼女達の住む街にその矛先を向けたのだ。


 対抗手段の無かった街は壊滅、両親はホシの攻撃からイブキを庇い目の前で息絶えてしまった。

 そして彼女は目撃する。両親を殺した存在の姿を。


 『金色に輝く十芒のホシ』、それが彼女が生まれて初めて憎しみを持った相手だ。


 両親を亡くした彼女は国に引き取られた後、『芒炎鏡(ぼうえんきょう)』の適正者と判断された彼女は親友と共に天門台(てんもんだい)へと入隊した。


 それから5年が経ち 彼女の両親を殺したホシの目撃情報が確認され、明日ついにそのホシの討伐作戦が開始されるのだ。


「お母さんとお父さんを殺したあのホシ、アイツだけは何がなんでも殺してやる…………」


 彼女の底知れぬ怨念が尽きることはない。金色のホシを倒すまでは。


 その様子を親友は憐憫(れんびん)、あるいは不安の眼差しを向けている。


「イブちゃん…… あまり自分を追い詰めないでね」

「…………うん 大丈夫だよ」


 力のこもった声 しかしその心の危うさを生まれた時から一緒だった親友は見逃さない。


「大丈夫じゃないよ…… イブちゃんすごく辛そうだよ」

「でも…………」

「でもじゃないよ」


 ハトは立ち上がると座る彼女の背後に移動し後ろから抱きついた。


 首元の暖かい感触と同時にか細い呼吸が耳元で木霊する。


「わたしね…… 明日の作戦の参加を志願したんだ」

「え……」


 その告白に思わず振り返った。そこには親友の涙混りに細めた瞳があった


「わたしだってね あのホシを倒してやりたいんだ それに………… イブちゃんを一人にしたくない」

「ハトちゃん…………」


 そう、ハトもまた金色のホシに家族を殺された者の一人なのだ。


 生まれた時から常に一緒にいた親友の言葉はイブキの心にちくりと小さな針を突き立てた。


 確信する。彼女も私と同じだったのか。笑顔の裏に隠しきれない悲しみを背負っているか。と。


「一緒にあのホシを倒そう そしてみんなに報告するんだ 『仇は取ったよ』って」

「うん」

「でも…… 今はイブちゃんとこうしてたい」

「私も…………」


 そう返すとイブキもハトの方へ向き抱きついた。

 これは死地に向かう戦士が後悔しないようにするための儀式。


 そして、怨敵(おんてき)を倒すという二人の決意の確認でもあった。


 そうして時間を忘れてしまうぐらい この狭い部屋で二人っきりの時間を深め合った。






    〔4〕


 次の日になり イブキとハトの二人は天門台(てんもんだい)にあるブリーフィングルームに集められた。


 周りには自分達を含め15人の隊員がおり 正面のモニターの前にニホン支部の支部長であるエレンが立っていた。


「これより金色の十芒星討伐作戦『ケース・ヴィーナス』のブリーフィングを始める!」


 支部長がそう言うとモニターがパッと起動しある映像が再生された。


「今回のターゲットは『ヴィーナス』 現在6体しか確認されていない敵の最高戦力『十芒星』の一つだ。まずはこの映像を見てくれ」


 それは5年前に金色の十芒星が出現した時の映像。


 そう、イブキとハトが天門台に入隊するきっかけとなった出来事を映した物だ。


 その内容は凄惨の一言に尽きる。上空に鎮座する金色のホシが一度身体を輝かせるとレーザーが放たれ閑静(かんせい)な住宅街を壊滅させた。


「映像にもある通りターゲットは最高戦力の名に恥じない強力なパワーを有している。それに加え方法は不明だが他者に対し精神異常をもたらす能力が確認された。この能力を受けた者は精神が暴走し周りの人間に危害を加えるようになる」


 その言葉の通り 金色の十芒星の襲撃直後に街の人々が暴徒と化して他の住人を襲っていたのだ。


「…………ッ」


 握った拳に力がこもる。


 そしてあの時体験した記憶が脳裏に()ぎった。逃げ惑う人達の阿鼻叫喚の声。そんな人達を襲って来るホシとニンゲン。その光景はまさに地獄そのものだった。


 映像が終わると支部長はテーブルをバンと叩き言葉の語気を強める。


「我々はこの事件で亡くなった人達の無念を晴らすために 今回の作戦でこの金色の十芒星『ヴィーナス』を絶対に倒すのだ!」

「………………」


 『絶対を倒す』 支部長の言葉にこの部屋にいる全ての隊員の眼の色が変わった。


「『ヴィーナス』は廃墟となったテーマパークでその姿が確認された。我々は一組3人チームを5チーム編成 各チームがテーマパークの東西南北から近づき一気に攻め込む」

 

 簡単に言ってしまえば相手の逃げ場を塞ぐようにする作戦だ。この機会を逃すと次の機会がいつ訪れるのかわからない。故に失敗は絶対に許されない。


「ではこれよりチーム編成を発表するまずAチームはアナ ヒバリ レイ。Bチームは …………」

 

 こうして続々とチームの編成が決められていき。


「最後 Eチームはメイア イブキ ハトだ。それでは1時間後に移動を開始する それまでに準備を整えるように」

「はい!」


 そうして支部長はブリーフィングルームを後にし、残った隊員達も各々出撃の準備のために部屋から退室して行く。


「わたしたちも行こっか」

「そうだね」


 イブキはハトと一緒に部屋を出ようとしたところ、背後から声を掛けられた。


「イブキさんとハトさん 今回はよろしくお願いしますねぇ」


 それは大きな体躯に(ほが)らかな表情をした赤茶髪の女性だった。


 彼女はイブキの先輩でありこの作戦で同じチームになる『メイア』だ。


「こちらこそよろしくお願いします!」

「あ! メイちゃんだ!」

「うふふ 元気いっぱいねぇ」


 このニホン支部では3番目に高齢の人であり、後方支援専門の隊員。彼女の活躍で成功した作戦がいくつもあるほど優秀な隊員だ。


「私が二人をしっかりサポートするから頑張ろうねぇ」

「メイアさんがいるなら心強いです!」

「メイちゃんも頑張ろうね!」


 頼れる親友に頼れる先輩。恵まれた仲間達に囲まれながら彼女は死地へ赴く(おもむ)ために歩き始めた。





     〔5〕


 晴々とした空に肌色をした砂混じりの風、ホシに壊滅させられた街の光景はいつも同じだ。


 そんな場所を一人は大きな縦長の箱を、一人は小さなバックパックを、一人は大きなバックパックを背負いながら真っ白な戦闘服を着た三人組は崩れた道路を俊敏に駆け抜けていた。


 『Hello(ハロー) Happy(ハッピー) World(ワールド)!』と書かれた可愛らしい巨大看板を横目に通り過ぎるとテーマパークの入場ゲートらしき場所に到着した。


「チームE 指定ポイントに到着」

『了解 チームE その場で待機せよ』

 

 通信機からの命令に従い三人はその場に伏せて待機する。


 ふと入口の奥を見てみると崩落した大きな像が見えた。


 あれは世界的に有名なキャラクターだったか イブキはそんなことをぼんやりと考える。


「静かね」

「うん」


 以前だったらみんなの楽しそうな声が響いたであろうこのテーマパークは今や子供の声一つしない廃墟と化しておりその退廃的な雰囲気に少し寂しさを感じた。


 そうして周りを警戒しながら入場ゲートの奥の様子を伺っているイブキにメイアが話しかけてきた。


「この先に沢山のホシの気配がするわぁ」

「…………つまりここにターゲットがいるのは確実ですね」


 イブキの胸中はあの金色の十芒星を倒すことを思い描いている。


 まだか まだか。ご飯が待ちきれない子供のように通信機から指令が来るのをそわそわとしながら待っていた。


 そして5分もしないうちにその時は訪れる。


『全チームに告ぐ 命令に従いターゲットを討伐せよ』


 その言葉を待っていた。そう言わんばかりに立ち上がったイブキの芒炎鏡(ぼうえんきょう)の持つ手に力が込められた。


『ケース・ヴィーナス 作戦開始!』


 合図と共に入場ゲートを潜りテーマパークへ侵入した。


『よ…ようこそそそ ここは幸せせいっぱいのハッピーワールドドド! みんな楽しんでいってね ガガガガ…………』


 入場ゲートから流れる電子音声を無視しながら三人は目的の場所に向けて走って行く。が。


『………………』

「五芒と六芒 数は10よぉ」


 合計十体の白色の五芒星と六芒星の形をしたホシ達が彼女達の行く手を阻んだ。


「エンカウント」


 先手必勝 イブキはホシ達の集団に狙いを定め自身の芒炎鏡のトリガーを引いた。


 バンという発砲音が鳴りオレンジ色の細い光がホシ達に迫り、そして先頭に立っていたホシの身体を貫通させた。


 身体に穴を空けられたホシは身体の色が黒くなりそのまま地面に落ちた。


『…………!』


 仲間を倒されたホシ達はこちらに対して強い敵意を示すと身体を発光させ角のような場所から光線を撃ち出した。

 

 しかし長年ホシとの戦い続ける彼女達はその攻撃を容易に避ける。


「ざーんねン!」


 ハトはその小さな体躯を活かし攻撃の隙間を縫うように避けながらバンバンバンと芒炎鏡を発射。三体のホシに命中させた。


「残りは六体」

「このまま一気にやるよ!」


 光線による攻撃が通用しないとわかり、ホシ達は接近戦を仕掛けようと手裏剣のように身体を回転させながら突っ込んで来る。


 六体の内、三体のホシはイブキへ残りの三体がハトの方へ迫った。

 

「はあ!」


 この攻撃に対してイブキは地面を蹴り、最初に突っ込んで来たホシに向かって飛び上がった。そして空中で回転し攻撃を避けると着地と同時に芒炎鏡のトリガーを引いた。一体目。


 そして着地で伏せた状態から身体全体をバネのようにしながら宙返りで飛び、攻撃を避けながら背後に回り込むと再びトリガーを引き二体目のホシに命中させる。

 

「ラスト!」


 背後から迫る最後の一体、腰を捻りながら身体全体を回転させると同時に芒炎鏡を地面から水平に構えて連射させる。


 バン バン バンと回転による遠心力と連射による反動を利用した振り返りながらの擬似的な斉射。これを避ける術はホシには無かった。

 十秒にも満たない短い攻防だった。


 さて、一方ハトの方はというと。


「いやーこっち来ちゃったかぁ」


 迫ってくるホシに対して回避するでもなく迎撃するでもなく。ただただ棒立ちで笑いながらホシが来るのを待っていた。


 徐々に距離が詰められ三体のホシの回転攻撃が一斉にハトに向かって襲って来る、と思いきや。


「ざーんねン!」


 ホシ達はハトの目の前で静止してしまう。いや違う、静止()()()()()

 ホシ達のいる地面には四角形の黄色い物体が設置されておりそこから強力な電流が流れていた。


 これは天門台が開発した罠型兵器『星電器(せいでんき)』。強力な電磁波により対象を拘束することができる対ホシ用兵器だ。


 ホシは拘束から脱出しようともがくが一向に抜け出せない。


「これでおしまい!」


 そしてハトは拘束され無防備になったホシに向かって無慈悲に芒炎鏡の引き金を引いたのだった。


 十体のホシを倒した二人は何事も無かったかのようにメイアの元に戻った。


「二人ともすごいわねぇ。私がサポートする必要も無かったわぁ」

「五芒星や六芒星ぐらい大したことありませんよ」

「そうそう! 目的は十芒星だからネ!」


 目の前に倒れている五芒星と六芒星のホシは簡単に言えば下っ端のザコ。今の彼女達には敵にもならないだろう。


 それにまだ作戦は始まったばかり、金色のホシを倒すまで決して油断できない状況だ。


「それでは先を急ぎましょう!」


 イブキの号令と共に三人はターゲットを目指し、テーマパークを走り始める。






    〔6〕


 今回の作戦は五つのチームがそれぞれ担当する区域が決められており、ターゲットが潜伏している場所を捜索。潜伏していると思しき場所が確認された際には全チームに連絡し一斉に突入する作戦だ。


 彼女達の担当区域はテーマパークの東側。『世界の幸せな童話』がテーマの中世の街。


「ホシ達は見当たらないわねぇ」

「もしかしたらここにターゲットは居ないのかも」

「とりあえず一通り見て回ろう」


 そうして童話の街を歩き回る。


 倒壊した赤レンガの家、掠れた声しか出せなくなった人魚の像、長いツタによってその姿を隠された緑の塔、離れ離れのトナカイとお姫様の人形。


 そんなどこか寂しさに満ちた街を進んで行くとその建物の姿が見えた。


「ここは……」

「劇場ねぇ」


 そこは他と比べて比較的損傷も少なく、建物としての形がしっかりと残っている大きな劇場。


 上にある看板には『Fairy(フェアリー) Tale(テール) Theater(シアター)』と書かかれておりその左右には両手を広げ幸せそうな笑顔を浮かべている赤と青の妖精がいた。


 童話の街の奥にひっそりと建てられた大きな劇場。その雰囲気はどこか異質で不気味さを醸し出していた。


「メイア、ホシの気配はある?」

「この辺りもそうだけど不思議なぐらいホシの気配がしないわぁ」


 そう 先程の入口での激しい戦闘が嘘のように、この童話の街は静かなのだ。まるでここだけ時間が止まってしまったかのように。


「…………チームEはこの劇場内を捜索 特に異常が無い場合は司令部に報告の後、別チームと合流しよう」

「わかったわぁ」

「なら早速入ろう! わたしがドアを開けるね!」


 そう言ってハトは少しはしゃぎながら劇場のドアを開こうとした。


 その時 ドアのガラスにキラリと赤い光が映ったのをイブキは見逃さなかった。


「伏せて!!」


 反射的に身体が動いていた。イブキはハトに駆け寄り彼女をかばうようにしながら地面へと伏せた。


 直後、ハトが立っていた場所に赤く輝くビームが撃ち込まれる。もしイブキが助けなかった場合、ハトはビームに直撃していただろう。


「あ、ありがとう……」

「怪我が無くって良かった。……それより」


 光線の飛んで来た方向を見る。


 そこにいたのは一つは青いホシ、そしてもう一つは赤いホシ。先程戦った五芒星よりも一回り大きな形をした九つの角を持ったホシ。


「九芒星…………!」


 五芒星、六芒星を遥かに凌ぐ力を持つ個体。それが二つ。


 二体の九芒星がこの静かな童話の街の上空に現れたのだった。


I can't go(ホシの下には) …………under the (行かせない) star』

We defend(我々が) …………the star(ホシを守る)


 頭に響く二重の声がこの劇場前を包み込んだ。

 上位個体のホシは高い知能を持ち言葉を話せる。しかし今彼女達が考えるべきなのはヤツら言葉が話せるかどうかでは無い。どうのようにヤツらを倒すかだ。


「エンカウント!」


 イブキは挨拶代わりと言わんばかりに上空で浮いている二体のホシに向けて二発、芒炎鏡(ぼうえんきょう)を撃った。


 しかし二発のオレンジ色の光をホシ達は危なげなく避けた。


 遠い。このままの距離で撃っても避けられるだけだろう。ヤツらを倒すにはもっと近くで撃たなくては。


「ハトちゃんは私に続いてホシ達を引き寄せる メイアさんはサポートをお願い」

「わかったよ!」

「了解よぉ」


 そうして彼女達は二体のホシと対峙する。


 見上げる彼女達に二体の九芒のホシは見下ろすようにその身体を傾け、その全身を淡く輝かせると。


 童話の街に悲劇を迎え入れた。


「火と氷! 巻き込まれないように注意して付いてきて!」

 

 ホシ達から発せられたのは燃え盛る炎と凍え冷える氷。対を成す二つの力が小さな街に投げ込まれた。


 熱い 寒い 熱い 寒い 熱い 寒い


 同時に襲う温度の攻撃は幸せだった童話の街を一瞬で悲劇の舞台へと変貌させた。


 そんな悲劇の舞台を三人は駆け抜けていた。

 一つの目的地を目指して。


「ど、どこに行くの!」

「とにかく今は私に着いてきて! …………ッ!」


 しかし逃げる彼女達を敵は逃がさない。


 上空に鎮座する二体のホシは彼女達を追いながらそれぞれ赤と青の光線を放った。


 光線は一瞬で彼女達の下に迫り大きな爆発音を響かせた。


 土埃が舞い散り徐々に晴れていく。


「ようやく私の出番ねぇ」


 そこには緑色の光に守られたメイアの姿があった。


 その目の前にはバックパックから覗かせる一本のアンテナ、そして宙で漂う緑色のホログラムパネルがあり、彼女は走りながら両手で素早く何かを入力する。


「"バリアプログラム再構築 対象の攻撃を予測し自動反応に設定 陣光衛星(じんこうえいせい) 起動"」

 

 機械音声が彼女の端末が鳴り響く。


 メイアが装備しているのは天門台が開発した前線補助機器『陣光衛星(じんこうえいせい)』。大きなバックパックと連動するホログラムパネルを操作し様々な補助を前衛に施しサポートする天門台には無くてはならない大事な装置だ。


 この緑色のバリアもその一つ。ホシの強力な攻撃を守れたのも彼女の卓越した技術と陣光衛星(じんこうえいせい)のスペックの高さが成せる技だ。


「守りは私に任せて 先を急いで行きましょう」

「ありがとうございます!」


 そうして彼女達は光線の雨と凍える熱さを掻い潜りながら悲劇の舞台を走り続ける。


 目に映る燃えるレンガの家に人魚の像、抱き合うように氷漬けになったトナカイにお姫様の人形を通り過ぎその場所に辿り着く。


 そこは街に作られた広場。過去には数多の大道芸が開催され客の歓喜の声で賑わったであろう場所。

 広場の中心で三人は立ち止まり空に浮かぶ二体のホシに目を向ける。

 

「距離はどのくらい!?」

「およそ20ぐらいよぉ」

「これじゃあ届かないよ!」


 芒炎鏡の有効射程は長くても15m。このままではどうやってもあの九芒星には当たらない。


 それでもイブキは歯を食いしばりながら狙いを定め芒炎鏡のトリガーを連射する。


 しかし届かない。放たれたオレンジ色の光は呆気なく全て避けられ背後にある塔に当たってしまった。


 そして九芒星のホシ達もこの機会を逃さない。立ち止まりこちらを見上げる三人に向かって先程のように淡い光と共に赤と青のビームを放った。


「させないわぁ!」


 メイアが素早く陣光衛星を操作しバリアを構築。放たれた二種の光線を受け止めた。


 しかし九芒星という上位個体、しかも二体の攻撃に緑色のバリアがピシッという音を立ててヒビが浮かんで来た。


 もう保たない 誰もがそう思い死を悟った時、この広場に異変が訪れる。


 最初に感じたのはぐらりとした振動音。次に感じたのは二体のホシの背後の光景。


「やっぱりね」


 イブキの確信とも言える声と同時に二体のホシの背後にあるツタに絡まれた塔が音を立てて崩れ始めていたのだ。


 その様相はまさに創世記の塔が崩壊する瞬間のようだった。

 

「二人とも 思いっきり飛んで!!」


 そうして三人は脇目も振らずに広場の端に向かって飛び込んだ。


 直後にドラゴンの雄叫びのような音と共に塔が崩れた。


 建てられたレンガが土砂のように降りしきり廃れた広場に錯乱し、埋め尽くしていく。


 30秒ほど時間が経つと崩壊の音も鳴り止んだ。


 イブキはふうと息を吐きながら。ハトは疲れたように肩で息をしながら。メイアは普段と変わらない様子で各々立ち上がった。


「イブちゃん! 塔を壊すって先に言ってよぉ!」

「説明する暇が無くってさぁ。本当にごめん!」

「さすがに私も焦ったわぁ。…………でも」


 チラリと崩壊した塔の瓦礫の方を見る。


 塔の目の前で浮いていた二体のホシは逃れることができず崩落に巻き込まれてしまった。


「………やったの?」

「まだだよ」


 これで倒せた…………とはならない。


 瓦礫からガタリと音が聞こえてくる。


 その音は徐々に大きくなっていき、そして二体の九芒星は瓦礫から飛び出して来た。


 思わぬ攻撃によって高く飛ぶことはできなくなってしまったが、その強さは未だに健在のようだ。


Defend(守る)…………defend(守るんだ)…………』

Never(絶対に) …………let throug(通さない)h…………』

 

 発せられる言葉にはある種の執念が感じられる。

 しかし彼女達も負けられない理由がある。


「やるよ」

「うん、わかったよ」

「もちろんよぉ」


 お互いの戦う理由。それらは決して相容れない物だ。故にここで決着を付けようか。


『Arghhhhhhhh!!』


 最初に仕掛けたのは赤い九芒星。


 叫ぶような声を上げながら先程よりも太く大きなレーザーを放つ。


「ふふふ この距離なら射程圏内よぉ」


 それに対してメイアが目に見えない速さでホログラムパネルを操作する。


「"メイアープログラム起動 対象の熱源を 操作する"」


 瞬間 ありえない光景が目に映る。九芒星の放ったレーザーが緑色の膜のようなものに覆われメイアの目の前で静止したのだ。


「"反転(リバース)"」


 そして、静止したレーザーはぐるりと反転し赤い九芒星に返ってくる。


 赤い九芒星は慌てたように返って来たレーザーを回避しようと動こうとする。が。


「ざんねんだったネ もう既に仕掛けてあるよ」


 ビリッという音と共に赤い九芒星の動きが石のように止まってしまった。


 その足元にはいつのまにか罠である『星電器(せいでんき)』が仕掛けられていた。


 いつ どのように。そんなことを考える暇も無く赤いホシは自身が放ったレーザーに直撃した。


『Arghhhhhhh!!』


 爆発の衝撃と声なき悲鳴が風のように吹き荒れ街に放たれた炎が吹き飛ばされた。



 大きな爆発によって巻き上がった煙塵が晴れてくる。

 そこに赤い九芒星の姿は無く彼女の残骸らしきモノだけが散らばっていた。


 そんな砕け散った赤いホシの残骸を青いホシは絶望の面持ちで見つめているようだった。


Will never(絶対に) …………forgive(許さないぞ)…………!』

 

 そこから滲み出るのは怒りの感情。青いホシからは表情も仕草も全く読み取れないのに『怒り』という感情だけははっきりと読み取れていた。

 

「…………ふざけんな」


 身が凍るような怒りの中、水を差す声が。

 今まで黙っていたイブキが絞り出すように声を上げたのだ。


「…………ふざけんな」


 今の彼女が滲み出す感情も『怒り』だ。


 それは目の前の青いホシの身勝手さに怒っていた。


「奪っておいて………… お前だけ怒るな!」


 脳裏に浮かぶのは5年前の記憶。金色のホシ達に街を蹂躙され大切な人が奪われた過去。


 両親を故郷をそして未来を。ホシ達は彼女のありとあらゆるものを奪った。そんなホシが今、仲間を奪われて怒っている。


 ふざけるな 怒りたいのは私だ 奪った奴が何勝手に怒ってやがる


「お前の言葉は知らない だけど丁度いい、私の怒りとお前の怒り。どちらが大きいか勝負しよう」


 そう言うと彼女は青いホシの前に立つ。


 感情が(たかぶ)り、芒炎鏡(ぼうえんきょう)を握る手も震えている。


「イブちゃん…………」


 心配そうに声をかける親友(ハト)

 彼女は振り返るとギラついた笑顔をハトに見せた。


「大丈夫よハトちゃん 私が勝つんだからね」

 

 そうして青いホシを見据え対峙した。


 青い九芒星は自身の身体を淡く光らせ、イブキは背中に背負った大きな縦長の箱に触っている。


「…………」


 ジリジリとした緊張感がこの広場を包み込む。その様相は西部劇のガンマンの決闘のようだ。


 悲劇の舞台に舞う一陣の風、凍りつく空気。そして、コトリと落ち始めた瓦礫。


「!!」


 瓦礫が落ちたのと同時にイブキは手に持った芒炎鏡(ぼうえんきょう)のトリガーを引いた。


 バン バン バン。三発のオレンジ色のビームが青い九芒星へ迫る。


 それに対して青い九芒星は身体を輝かせ強烈な冷気を放った。


 冷気は光である芒炎鏡のビームを凍らせ、そのままイブキに襲いかかる。


 光すら凍らせるその様相はまさに絶対零度。迫り来る絶対零度がイブキの目の前まで迫り。


 その全てが吹き飛ばされた。


 後ろで見守っていたハトとメイアが目を見開きソレを見た。


 ソレはイブキの背負っていた細長い大きな箱。その箱から吹き出た強力な風圧が冷気を吹き飛ばしたのだ。


 そしてイブキは静かに言葉を紡ぐ。


天太(てんたい)芒炎鏡(ぼうえんきょう)…………起動」


 その言葉と同時に彼女の背負っていた細長い大きな箱が重たい音を立てながら地面に落ちる。


 そしてガシャリガシャリと機械音を響かせながらその形を変形させた。


 それは一本の真っ白な大剣。


 彼女の身長ほどある大きさの大剣がそこにあった。


 天門台の決戦兵器『天太(てんたい)芒炎鏡(ぼうえんきょう)剣型(つるぎがた)


 燦々(さんさん)と輝く太陽に照らされながら猛々しくも勇ましい大剣を手に取る。


 そして柄を両手で握りしめ力を込める。

 大剣からはうっすらとオレンジ色の光が浮かび上がっている。


「いくよ」

 

 体勢を低くし、大剣を担ぐように構えながら青い九芒星に目掛け跳んだ。


 迫って来るイブキの姿に青い九芒星は一歩も動けない。まるで彼女の姿に見惚れたかのように。


 この時 童話の街から一瞬だけ音が無くなった。


 パチパチと炎が燃える音も ヒューと風が吹く音も ガランと瓦礫が崩れる音も。この瞬間だけ、全ての音が凍り付いたのだ。



 そして凍り付いた音を断つ一太刀がホシに向けて振り下ろされたのだった。



 九芒の身体は真っ二つに両断され、別れた身体が青から黒へ変色し、コロンという軽い物の落ちる音が二回、この広場に響き渡ったのだった。


 悲劇の舞台を彩っていた炎も冷気は既に消え去っており眩しいほどに輝くオレンジ色の太陽がイブキ達を照らしていた。






    〔7〕


 大火と冷気の消えた童話の街、ある種の静寂に包まれた街の一角に白い服を着た少女達の姿が見えた。


 二体の九芒星との戦闘を終えたイブキ、ハト、メイアの三人は戦いの疲労を癒すためにメイアの陣光衛星(じんこうえいせい)によって作られたバリアの中で腰を下ろして休んでいた。


 幸いなことに周辺に敵の気配も無く、少女達は束の間の休息を享受している。

 

 そしてハトは先の戦闘で一番体力を消耗しているイブキを心配する様子で見つめていた。


「イブちゃん大丈夫?」

「無理しないでゆっくり休んでねぇ」

「うん 大丈夫だよ」


 イブキは笑いながら乱した呼吸混じりに答える。

 そんなイブキを見かねたのかハトはバックパックからある物を取り出した。


「イブちゃん これでも食べて少しでも体力を回復させて」


 それは包装フィルムに包まれたおにぎりだった。

 戦闘の影響で少し潰れかけているがそれでも形は保っているおにぎりをイブキは嬉しそうに受け取った。


「ありがとね ハト」

「美味しい召し上がって!」


 いただきますと言ってイブキはおにぎりを一口食べた。


 少し冷えたお米。口の中に広がる味噌の風味とひき肉の感触。どうやら肉味噌が具で入っているようで、お米と味噌の美味しさが疲労した身体を火照らせる。


「美味しい………… うん?」


 しかし、その美味しさの中に違和感が。お米ともひき肉とも違う食感。これは野菜の食感が歯に感じた。


 次に感じたのは苦味。どうにも言いようのならない苦味にイブキは思わず顔を顰めながらおにぎりを見てみる。


 そこには彼女の苦手なピーマンが細長く刻まれながら肉味噌の中に潜んでいた。


 顔を上げハトを見ると、彼女は白い歯を見せながらニヤニヤと笑っていた。


「イヒヒ イタズラ大成功〜!」

「ハトちゃぁん!」


 イブキはおにぎりを頬張りながらハトに詰め寄った。


「もう なんでピーマン食べさせたの!」

「だってイブちゃんのびっくりする顔が見たかったもん!」

「うふふ あんまり騒がないでねぇ」


 ここが戦場の中心地ということを忘れるかのような、暖かい空気。


 そんな賑やかな一時を通信機のコール音が遮った。


 その音に笑っていた彼女達の表情は真面目な面持ちに切り替わり、すぐさま通信機を起動する。


「こちらチームE コードI」

『こちらオペレーター チームEの行動区域にて大規模な戦闘を観測 状況を報告せよ』

「了解 行動区域にある劇場前にて二体の九芒星と遭遇しました」

『九芒星が二体!?』


 イブキの報告に通信機越しにいるオペレーターの動揺の声が響く。


 動揺するのも無理はない。九芒星というのはホシ達のなかでも上位の個体であり遭遇することは滅多にない、そんな奴と二体同時に遭遇するというのはホシ達に何かしらの目的があるか余程の不幸者ぐらいだ。


『し、失礼 報告を続けてください』

「二体の九芒星の討伐には成功 仮定ですがこの区域にコード・ヴィーナスが潜伏してる可能性があります ですので本部の判断を仰ぎたいです」

『わかった 他チームをそちらの……に…………まわ…………手配…………つうし…………わるい』


 唐突に通信機から聞こえる声にノイズ音が混じり始める。


 砂嵐が吹くようなノイズ音にこの場にいる三人は目を細めた。


「本部応答せよ! 応答せよ!」


 いくら呼びかけようと通信機からはノイズ音しか聞こえなかった。


 通信機の故障か、敵の妨害か。一体何が起こったのかまるでわからない。


「メイア、ホシの気配は!」

「………… 無いわぁ、ホシの妨害ではなさそうよ」

「ホシじゃないなら一体なんで」


 その瞬間 眩い黄金の光が童話の街を照らし出した。


 夜明けの太陽のような輝きにハトとメイアは思わず腕で顔を覆った。


 一方イブキは その光を肌に感じた瞬間、ある景色が脳裏にフラッシュバックされる。


「………………!」


 忘れもしない5年前の憎き記憶。


 平和な日々が破壊された瞬間、両親が庇って死んだ瞬間、人々の阿鼻叫喚の声が大きくなった瞬間、ありとあらゆるものを奪われた瞬間


 あの光が輝く瞬間、必ず誰かが死ぬ。


 忌まわしき光をイブキは眼を見開いて見つめている。その表情はどこか恍惚としており子供のような無邪気ささえ感じられる。


「うぅ やっと収まった」

「この光ってもしかしてぇ……」


 光が治まり眼を開けたハトが見たのは笑っている親友の姿。その様子は先程じゃれあっていた時とは似ても似つかないほどに歪んだ笑みだった。


「イブちゃん?」

「見つけた……」


 漏れ出した一言。しかしその一言は、ありとあらゆる感情の説明ができるほどに力がこもっていた。


 イブキはスッと立ち上がり天太芒炎鏡てんたいぼうえんきょうを背負うと、足早に光の発生した場所に向かおうとした。


「待って!」


 ハトが呼びかけようともイブキの歩みは止まらない。真っ直ぐにその場所へ歩き進める。

 彼女の変貌にハトとメイアは困惑しながらも後を追いかけた。


 そうしてイブキが向かっていた場所は先程二体の九芒星に襲われた劇場だった。


 先程の光はあそこから発せられたのだろうか。そんな疑問を持ちながらハトは劇場に向かっているイブキの後を歩いていた。


「メイちゃん 通信はまだ繋がらないの?」

「繋がらないわぁ イブキさんのこともだけど嫌な予感がするわぁ」

 

 そうしてイブキについて行くと光の発生した場所であろう劇場にたどり着いた。


 激しい戦闘があったというのに未だに建物がハッキリと残っており幸せそうな笑顔を浮かべている二体の妖精が少女達を迎える。


「…………」

「イブちゃん 待ってよ」


 その呼び掛けに彼女はようやくこちらへ振り返る。


 振り返った彼女は狂気の瞳を浮かべニッコリと笑っていた。まるで映画が待ちきれない子供のように。


「ウフフ、ハトちゃん! ようやくこの時が来たんだ。お父さんとお母さんと、私の全てを奪った奴に復讐する時が」

「イブちゃん落ち着いて! 冷静にならないと死んじゃう!」

「ウフフ あのホシに復讐するために私はこれまで生きてたんだ。これでようやく私は死ぬことが」


 パンッ!

 

 大きな破裂音のような音が木霊する。

 ハトがイブキの顔を叩いたのだ。


 叩いたハトは顔を伏せて身体と腕を震わせおり、叩かれたイブキは何が起きたかわからないのか驚いたように身体が固まっている。


「死ぬことができるなんて言わないで」

「ハトちゃん…………?」

「確かにあのホシは憎いと思うよ。でもイブちゃんの人生の全てをソイツの復讐だけで終わらせないで」


 ハトが以前から感じていた親友の危うさ。それは悲しみだ。


 5年前、あらゆるものを失った悲しみが爆発してしまったのだ。


 そして彼女はこう思ってしまった。復讐だけが生きる原動力になると。


 ハトはそれが許せなかった。復讐だけが人生だと思う彼女を。


「わたしはどうなるの? イブちゃんがいないとわたしは生きていけないよ」

「あっ…………」


 その一言にイブキはハッとした。


 そう、全てを失ったわけではなかった、まだ大切なこと親友がいつも隣にいてくれた。


 イブキの瞳に正気の光が宿る。


「ごめんねハトちゃん 私あの光を見てからどうかしてた」

「いいよ イブちゃんのためならこれぐらい大したことないからネ」


 そうして二人は顔を見つめ笑い合った。


 二人の表情は晴々としており、太陽のように輝いていた。


「二人とも、もう良いかしらぁ。ここは敵陣なのを忘れないでねぇ」


 メイアの朗らかな声に二人は肩を震わせる。


 そう、ここはホシ達の巣窟。それも目の前の建物にはその親玉が潜んでいるかもしれない場所だ、


 三人は互いに頷くとそれぞれの武器を構えた。

 そして通信機で本部へ送信してみるが、本部に通信は届かない。


「通信は未だに繋がらない、かと言ってこれ以上待つのも危険だと思う。だからこのまま劇場に入りたい」

「わかった 気をつけて行こうネ」

「了解よぉ」


 そうしてイブキは無言でドアを開き閑散としたロビーが彼女達を出迎えた。


 寂れた劇場の中、三人は慎重な足取りで進んでいく。

 砂埃が舞うボロボロになった受付、辺りには崩れた壁が道端にこぼれ落ちていた。


「このまま奥まで行こう」


 三人は警戒した足取りで歩を進める。


 受付ロビーを通り、お客さんを集めて案内をするであろう広い空間。細い通路を進んだ先に、豪華な赤い劇場ドアが見えた。おそらくこの奥が劇場のステージだろう。


 そうしてドアを開けようとした時、ふと耳に違和感を覚えた。


「何か聞こえない?」

「これって……歌?」


 それは劇場ドアの先から聞こえてきた。防音性のある場所故に上手く聞き取れないが、それが歌だということは理解できた。


 誰もいない劇場で聞こえる歌。一層警戒を強めながらイブキはドアの取手に手を置く。


 そして勢いよく開けながら芒炎鏡(ぼうえんきょう)の銃口を舞台の方へ向けた。


「え…………?」


 それは劇場と言うにはあまりにも寂しかった。観客席の座席は大半が壊れて広場のようになっており、舞台は塗装が剥がれ煤けていた。舞台を彩る群青色のカーテンはところどころが破れておりその奥が黄色く光っているように見えてしまう。


 そんな真っ暗な劇場の舞台の上、群青色のカーテンを背景に輝く小さな金色のホシがそこにいた。


『♪♪♪〜♪〜♪♪♪♪〜♪〜♪〜』


 それは世界中で歌われている歌。


 みんなで笑い合って、手を繋ぐ。そんな理想の平和を願う『小さな世界』を謳った歌を目の前にいるソレは歌っていた。


 メロディが無い孤独の独唱(ソロ)。その歌声からはどこか寂しさと悲しさが滲んでいる。


『♪♪♪〜♪〜♪♪♪♪〜♪〜♪〜』


 金色の十芒星が小さな子供のように拙い歌声を奏でていた。


 暗い暗い舞台の上 そこでふわりふわりと浮遊し歌う姿はまるで夜空を照らす月のように見えた。


 イブキにとっては本や映画でしか見たことがない光景。ふと見えてしまった夜の姿に感情を忘れてしまうほどに釘付けになってしまう。


 そんな時 イブキの隣を誰かが通り過ぎた。


「あぁ 綺麗なおホシ様……」

「メイア?」


 メイアがゆっくりとした足取りで歌っている十芒星に向かって歩いていたのだ。


 (うつ)ろな眼差しを見せながら歩く姿はまるで誘蛾灯に吸い寄せられる虫のように見えた。


「メイア!」

「メイちゃんしっかり!」

「あ……! え?」


 メイアの肩を掴み引き止めると彼女はハッと目を見開きキョロキョロと辺りを見回した。


「一体何があったのぉ?」

「これがあのホシの能力なのね」

 

『金色のホシには他者の精神に干渉する力がある』


 ブリーフィングの際、エレン支部長の言った言葉を思い出す。


 確かにさっきのメイアの姿は精神を操られたように見えた。


 恐ろしい能力。しかし声をかけただけで解かれたのを見るとまだその力は不十分のようだ。


 故にここであの金色のホシを倒さなければならない。更なる被害者を出さないためにも。


『♪〜♪〜♪〜♪♪〜♪〜♪♪♪〜♪♪〜♪〜』


 イブキは未だに歌い続けているホシへ目を向ける。


 その眼に復讐の狂気は無い。ただ早く倒さなければいけないという使命が帯びているのみだ。


「二人とも 行くよ」

「オッケー」

「サポートは任せてぇ、さっきみたいにはならないわぁ」


 そうして互いに頷き合うと、イブキは金色のホシの真正面の通路。ハトは入口の前。メイアはイブキの真後ろ、それぞれの戦うのにベストな場所に移動した。


 劇場で浮かぶホシは未だに歌い続けており彼女達に気がつく様子はない。


 場は整った。ゆっくりと芒炎鏡(ぼうえんきょう)のトリガーに指をかけ、銃口をホシに向ける。


「始めるよ」


 乾いた音が三発 劇場にこだました。


 放たれた三発のオレンジ色のレーザーはホシに命中。少しだけホシの身体が揺れる。


 しかし三発とも命中したのにその身体には傷一つ付かなかった。イブキは内心で舌打ちしながら背中に背負った箱に手をかける。


天太(てんたい)芒炎鏡(ぼうえんきょう) 起動」


 芒炎鏡を撃たれたホシはゆっくりと振り返り真正面に立っているイブキを見下ろす。そしてかき消えそう小さな声で語りかけた。


far()……… Mo()……… ………e are you(るの)…………』


 嗚咽(おえつ)のような声。


 頭に響くその声はまるでオペラの悲劇のように儚い。


 しかしその言葉の意味はわからない。いや、理解する必要は無い。だってこいつは()()()()から、倒すから。


 イブキは無言で天太(てんたい)芒炎鏡を(ぼうえんきょう)構えホシを見上げた。


 一方のホシは駄々をこねる子供のようにむせび泣き始めた。泣き声は段々と大きくなり、その声と呼応するように劇場の舞台が揺れている。


『A…………A…………Arghhhhhhhhhhh!!』


 そして割れんばかりの大声(歓声)を上げながら金色の身体を照らし出すと、シャーという音と共に群青色のカーテンが勢いよく開け放たれ舞台の照明が照らされた。


 露になる劇場の舞台。さあ楽しい楽しい童話の幕開けだ。


 舞台の上はボロボロのセットで作られた夜の森景色。


 そこに立つのは数多の妖精達だ。

 羽根の生えたピクシーに緑色の肌のゴブリン。湖に浮かぶ人魚姫、森のお姫様とトナカイ。


『遊ぼう! 遊ぼう!』

『歌おう! 歌おう!』


 光を纏った妖精達は皆笑顔を浮かべながら、この広い劇場を闊歩する。


 そこはまさしく楽園の世界。森に生きる者達が毎日楽しく遊び、大きな声で歌う妖精達の理想郷。


「なに……これ?」


 しかし悪い人間が妖精達の理想郷を荒らしにやって来た。森を壊しにやって来た。


 悪い人間は手に大きな剣を持って森の木を切るつもりだ。


『守ろう! 守ろう!』

『倒そう! 倒そう!』


 そうして森を守るために妖精達は悪い人間に襲いかかるのでした。


『遊ぼう! 遊ぼう!』

『歌おう! 歌おう!』


 金色のホシが生み出した光で作られた妖精はイブキを見て敵意を露にし襲いかかって来た。


 最初に近づいて来たゴブリンの棍棒の攻撃は大剣を払って弾き飛ばし、そのままゴブリンを斬り伏せた。が、人魚姫とお姫様の投げた光の塊が身体に当たってしまう。

 当たった箇所が火傷したように熱くなる。


「面倒な……」


 そう呟きながらイブキは真っ直ぐ舞台に立つにホシに向かって駆けて行く。


 途中でトナカイが道を阻んで来るが、そんなことはお構い無しと言わんばかりにトナカイに向かって大剣を振り下ろしそのまま角ごと真っ二つにし金色のホシに向かって飛び上がった。


『守ろう! 守ろう!』


 しかし大剣は届かない。赤と青の二体のピクシーが間に割り込み小さな身体とは不釣り合いな力でイブキを押し飛ばしたのだ。


 舞台の中心に立ち照明に照らされたイブキへ妖精達は一斉に襲いかかる。


 棍棒を振るい、物を投げ、突撃をする。


 止まらない波状攻撃に思わず体勢を崩した時、上空の金色のホシがイブキに向けてビームを撃った。


 慌てて大剣でビームを防ぐも舞台の外に弾き飛ばされてしまった。


 厄介。その言葉がイブキの脳裏に過ぎる。


「イブキさん 大丈夫ですかぁ」

「大丈夫、だけど数が多すぎて厄介だね」

「そうねぇ このままじゃあのホシを倒せないわぁ」


 このままホシに向かってもあの妖精達に行手を阻まれてしまうだろう。


 だがやりようはある。


「メイア サポートをお願い」

「了解よぉ」


 イブキは右手に天太芒炎鏡、左手に通常の芒炎鏡を持ちながら劇場全体を回るように駆け始めた。当然、妖精達は行手を阻む。が、単純な動きの妖精を芒炎鏡(ぼうえんきょう)によって撃退。再びホシへ向かって飛び上がった。


『守ろう! 守ろう!』


 二体のピクシーが先程と同じようにイブキを突き飛ばそうとする。が、右手に持った大剣をピクシーに向かって薙ぎ払った。 


 ピクシーは光の粒と消える。これでホシを守る物は存在しなくなった。


No(いやだ).i() …… do()………… …… ……e()


 金色の十芒星は迎撃しようと身体を輝かせビームを放った。


 真正面にいるイブキはその攻撃が直撃する。焼けるような痛みが全身を襲い意識を刈り取り始めていた。


 薄れゆく意識の中、イブキはある光景が目に浮かんだ。


 それは過去の悪夢、全てを奪われた記憶だった。

 街を壊され、大切な人を殺される。


「あァァッ!!!!」


 怒り、憎しみ、悲しみ。彼女を突き動かしたのは人が持つ偏りの感情だ。


 本来忌むべき感情は彼女の意識を覚醒させるには充分。その感情の奔流は天太(てんたい)芒炎鏡(ぼうえんきょう)の刀身を赤く燃え滾らせた。


 そして全てを奪った相手が目の前にいる、あとは振り下ろすだけだ。


「夢は……」


 燃えるような痛みの中、手に持った天太(てんたい)芒炎鏡(ぼうえんきょう)を握り締め


「終わりだ!!」


 忌まわしき金色の十芒星へ振り下ろした。






    〔8〕


「……ブちゃん! イブちゃん…………!」


 耳に触れる呼びかける声を聞き彼女は目を覚ました。


 どうやら舞台から落ちて少しだけ気絶していたようだ。


 ゆっくりと立ち上がり辺りを見回すと劇場の中央で倒れ伏す金色の十芒星を見つけた。


 ホシをぼーっと見つめていると唐突に誰かに抱き付かれた。


「イブちゃん!」

「ハトちゃん……」


 それは彼女の大切な親友だった。


 生きていたイブキを見てハトは泣きながら笑っていた。


「心配したんだよ 傷だらけだったんだから!」

「まだ治療中だから身体は動かさないでねぇ」


 その傍らにいるメイアは陣光衛星(じんこうえいせい)を操作し緑色の光をイブキに照らしており、この光を浴びたイブキの身体の傷は徐々に塞がっていた。


「でもこれであの金色の十芒星が倒せたんだネ」

「そ、そうだね」


 ハトの嬉しそうな言葉に同意しながら劇場の中央に倒れ伏す金色の十芒星を見る。

 

 そしてこう思う、呆気ないと。


 渾身の一撃を浴びせたのは事実だ。しかしあの十芒星という上位の個体がここまで呆気なく倒せてしまっても良いのか。


 脳裏に過ぎる一抹の不安 その答えはすぐに明らかになった。


『Ah…………ah…………』


 ホシが立ち上がった。その身体はすでにボロボロと崩れており、崩壊するのも時間の問題だ。


 しかし何が彼女を突き動かすのか。金色の十芒星は再び暗い劇場の夜空へ昇る。


hurts(痛い)…………』


 それは小さな呟きだった。


It hurts(痛いよ)…………』


 同時に金色の十芒星の身体が光を帯びる。


 淡く、小さな輝き。しかしそのエネルギーは先程とは比べ物にならない。


It hurrrrr(痛いよぉ)ts!!』

「危ない!」


 そしてそのエネルギーはレーザーとなり彼女達に迫るが、幸いなことにメイアが素早くバリアを構築してくれたおかげで被弾は免れた。


 しかし凄まじい勢いで放たれる無数のレーザーは叫び声を上げるホシの意志とは関係無く劇場全体に撒き散らし、至るところに大きな穴を作る。


「このままじゃ劇場が崩れちゃう!」

「早く止めないと」


 この危機にイブキとハトは芒炎鏡(ぼうえんきょう)をホシに向けて連発する。が、ホシが撒き散らすレーザーによってその攻撃が防がれてしまう。何回も撃っても何発撃ち込もうとしてもホシには届かない。


 そうしている内に、劇場の天井からパラパラと破片が落ちて来た。


「当たってよ…………」


 このどうしようもない絶対絶命な状況にイブキから諦めの声が漏れ出てしまう。


 もう無理なのか。今にも崩れそうな劇場の舞台の上で立ち尽くそうとした時、ふらっとイブキの目の前に桜色の景色が揺れた。

 

「わたしがなんとかするよ」

「ハトちゃん……?」

「わたしがアイツのところまで近づいて倒すよ。至近距離で撃ち込めばさすがのアイツでも倒れると思う」

「ダメ! 無茶だよ!」

「大丈夫大丈夫、わたしも結構やれるんだよ」


 ハトを止めようと手を伸ばすが届かない。


 彼女は一度だけイブキを見て笑顔を見せると、泣きじゃくる金色のホシの方を向いてクラウチングスタートの姿勢を取ると。


「それじゃあネ。イブちゃん」


 そう言って降りしきるレーザーの中に向かって走り始めた。

 

「ハトちゃん、待って!」

「ダメぇ! 無闇に突っ込んだら危ないわぁ!」


 メイアに抑えられたイブキは死地に向かう親友をただ眺める事しかできなかった。この時ほど今動けない自分の状態を嘆いたことはない。


「ハッ……ハッ……」


 彼女の走りは見事なものだった。


 飛び交う光の雨を難なく避け素早くホシに迫るその姿はまるで空から落ちてくる稲妻のようにすら見えた。


 しかし限界は訪れる。


 ホシの手前。光の中心であるこの場所で彼女は被弾してしまう。


 脇腹、左腕、そして右脚。被弾した場所から激痛が走るがそれでも彼女は走りを緩めない。歯を食いしばりながらもホシに向かって走り続けた。


「負けない! 大切な人を守るためにも、わたしは負けたくない!」


 そしてホシの下へ辿り着く。右手に持った芒炎鏡(ぼうえんきょう)を構えた瞬間、彼女の見える景色がゆっくりと流れ始めた。


 目の前には輝く金色の景色。叫び声を上げるホシの姿がある。


 バンッ


 乾いた音が鳴り響いた瞬間、広い舞台の上でスポットライトに照らされた幼い少女の姿が映った。


『♪♪♪〜♪〜♪♪♪♪〜♪〜♪〜』


 少女は歌っていた。誰もいない舞台の上で。一人寂しく『小さな世界』の歌を歌っていた。


『♪♪〜♪〜♪〜♪♪………………hi……g』


 しかし歌声は徐々に嗚咽となり、やがては慟哭となってしまう。


 そして泣き崩れた少女は小さな声でこう呟いた。


farther(おとおさん)………… Mother(おかあさん)………… where are (どこにいるの)you…………』


 直後、大きな衝撃と共に目の前が激しい光に包まれる。その時、啜り泣く少女の光景を見たハトはこう思った。


『あぁ、彼女も寂しかったんだなぁ』と。






    〔9〕


 大きな爆発がこの劇場を襲った。

 その衝撃は劇場の屋根を吹き飛ばし、舞台の周辺を更地へ変えた。


 吹き抜けた天井から差す太陽の光。その光を肌に感じてイブキは目を覚ました。


「あれ? 私達は確か金色のホシと戦ってて……」


 頭に手を当てながら朧げな眼で辺りを見渡す。


 妖精も、ホシも、舞台も。更地と化した劇場には瓦礫ぐらいしか残っていなかった。


 しかし、爆発の影響で黒く焦げた地面、爆心地の上で横になっている親友の姿を彼女は眼にする。


「ハトちゃん!」


 戦闘の影響で痛んだ身体を引きずらせながら、彼女は大切な親友の下に駆け寄り、倒れている彼女の身体を抱き起こして顔を見つめた。


 その顔色は薄くなり始めていた。桜色の髪が揺れるたびに顔色は徐々に白くなり手に感じる鼓動も弱まり始めていた。


「ハトちゃん、起きてよ…………」


 涙ぐんだ声で何度呼びかけようともハトは答えない。ただただゆっくりと死に向かっている。


 またホシに大事な物を奪われてしまう。胸の内の後悔の念が大きくなり、今にも爆発しそうだ。


 嫌だ。嫌だ。嫌だ。


 何度も胸中で()()を否定しようとしても弱まる鼓動を止めることができない。


「こちらチームA チームEの三人を発見しました。これより回収し帰投します」


 そう今にも声を張り上げようとした時。白い戦闘服に身を包んだ三人の女性がこの劇場へ雪崩れ込んで来た。


 それはこの作戦で別の区域を担当していた別のチームのメンバー。その内の一人がイブキの方へ近づき手を差し出しながらこう言った。


「チームAのリーダー ヒバリです どうやら激しい戦闘があったようですね。治療のために帰投しましょう」

「……やく」

「どうしましたか?」

「早くハトちゃんの治療をして!!」


 イブキは目を見開きながらヒバリと名乗った女性に詰め寄る。が、ここが限界だった。


 二体の九芒星に金色の十芒星との連戦を繰り広げた彼女達の身体は既に悲鳴を上げていた。未だに意識が戻らないメイアがその証拠だ。


 ヒステリックな程の大声を上げたイブキはプッツリと切れた糸のように倒れてしまう。


「…………早く回収して治療しましょう まだ周辺に強力なホシの反応が残っていますので」


 意識を失う直前、彼女が耳にしたのはそんな内容の会話だった。






    〔10〕


 夢を見ていた。


 それはどこにでもいる二人の小さな女の子が公園の砂場で遊んでいる夢だ。


 桜色の髪の女の子が砂を固めて作ったおにぎりを笑顔で黒髪の女の子に手渡した。黒髪の女の子はおにぎりを笑顔で受け取り美味しそうにパクパクと食べるふりをする。


 桜色の髪の女の子はとても嬉しそうにしながらまた砂でおにぎりを作る。そして黒髪の女の子に向けてこう言ったのだ。


「わたし、いつかイブちゃんとけっこんする!」


 その言葉に黒髪の女の子は少し驚くと徐々に困ったような顔をする。


 親友からの純粋な願い。しかし周りの子供より少しだけませている黒髪の女の子はその願いが叶わないことを知っていた。


 だけどそれでも、その純粋な願いを否定するのも(はばか)られた彼女は


「うん、いつかね」


 そう、曖昧な返答をするしかなかった。


 その返答を聞いて喜ぶ桜色の髪の女の子を見て、黒髪の女の子はチクリと少しだけ心が痛んだのだった。






    〔11〕


 イブキが目を覚ますと雪のように真っ白な天井が目に映った。


 着ている服も先程着ていた真っ白な戦闘服から水色の病衣に変わっており、部屋からはむせ返るような薬品の匂いが漂っていた。


 右隣を見てみるとメイアがベッドの上で読書をしており、こちらの視線に気付くと本を閉じてイブキに朗らかな笑みを見せた。


「よかったわぁ イブキさんも目覚めたのねぇ」

「はい、ここって……」

「天門台の治療室よぉ。倒れた私達をAチームのみんなが運んでくれたのよぉ」

「そう……でしたね」

 

 そこでようやく思い出した。


 先の戦いによって体力が限界になって倒れてしまったことを。Aチームの人に回収してもらったことを。そして徐々に冷たくなっていたハトのことを。


「そういえばハトちゃんはどこに…………ッ!」

「傷に響くから急にベッドから身を起こさない方が良いわよぉ。それでハトさんの事なんだけどぉ…………」

「それは私から説明しよう」


 その声と共に治療室の扉が開かれた。


 扉の先に居たのは天門台ニホン支部長であるエレン。彼女は純白のコートを靡かせながら治療室に入りイブキの寝るベッドの隣に立った。


「エレン支部長!」

「治療室でわざわざ畏まらなくていい」

「は、はい。それで何故ここへ?」

「順を追って話そう。まずは今回の作戦『ケース・ヴィーナス』は君達の活躍によって成功に終わった。本当に感謝する」


 そう言ってエレンは二人を讃えた。


 そして一回だけ咳払いをすると、今回の本題について話を始めた。


「ハトについてだが、彼女は収容区画の方へ移動させた」

「収容区画?」


 収容区画とは主に捕獲したホシのサンプルを保管するための施設だ。


 ホシのサンプルは主に分析として使われており、ホシの特徴を研究し新たな武器などの開発に繋げている。


 そんな場所に何故ハトが移動させられたのか。疑問は深まるばかりだ。


「何故ハトがそこに送られたのか気になるか?」

「………はい」

「わかった」


 そう言ってエレンはベッドで横になっているイブキに手を差し出した。


「口で説明するよりも直接見てもらった方が早い、服を着替えて来てくれ。医療課には既に話はしてある」






    〔12〕


 イブキとエレンが向かったのは静寂、閑散、不気味という言葉がに合う薄暗い場所。埃一つ無い綺麗なこの通路はとても静かなのにどこか歪な雰囲気が漂う場所だった。


 ここは天門台ニホン支部の地下にある収容区画。数多のホシのサンプルを保管している大切な場所だ。


 そんな人の気配が全く無い地下の通路を二人は会話することなく無言で歩き続けている。そして『Zー9』と書かれた扉の前で二人は立ち止まった。


 そこは収容区画の最奥。天門台の一番大事な物を厳重に収容しているであろう場所。


「この扉の先にハトが居る。準備はいいか?」

「……はい」


 エレンがゆっくりと鉄扉を開く。キイという扉の軋む音が嫌に大きく感じた。


 部屋の中は病院の個室のような場所、中には様々な計機が置かれており時折ピッという機械音が聞こえてくる。部屋の中心にはベッドあり、そこから小さな寝息が聞こえて来た。


「ハトちゃん……」


 顔、桜色の髪の毛、その姿は間違いなくイブキの親友であるハトだった。


 真っ青になっていた肌は綺麗なピンク色に戻り、身体の傷も一切無い。まさに健康そのものだ。


 穏やかに眠るその顔はまるで生まれたばかりの無垢な赤子のようであり、愛おしさすら感じる。


「生きてて良かった、本当に良かったよ」


 そう言ってイブキがハトの頬に触れると温かい感触が手に伝わり、ハトが生きていることを再認識する。


 生きてる。生きてる。生きてる。


 大切な親友の生の感触に思わず目尻に涙が浮かび、心の底からの安堵の声が漏れ出た。


 その時、ふとベッドから小さなうめき声が聞こえてきた。


「う、うん……」

「何?」


 寝ている彼女がゆっくりと瞼を開けた。


 まだ目覚めたばかりの彼女は朧げな眼差しでイブキを見つめている。


 そして右手をイブキの方へ伸ばしながら


「おねえちゃん……だあれ?」

「え…………?」


 まるで小さな子供のような喋り方でイブキに問いた。


 鈍器で頭を殴られたような衝撃が響く。


 彼女に一体何が起こったのか。どうして私のことがわからないのか。


 どういうことだ どういうことだ


 冷や汗が止まらない。彼女を見つめる眼が左右に泳いでしまう。


 そんな混乱しているイブキの手をエレンは乱暴に掴んで引っ張って行く。


「出るぞ。この状況は想定外だ」

「待ってください! 一体何が…………」


 そして部屋を後にした二人は来た道を足早に去っていき、地上へのエレベーターに乗った。


 そこでようやくエレンはイブキの手を離す。


「あの、エレン支部長 ハトはなんで……」

「ここでは話せない、詳細は私の部屋で話す。あぁ、研究課か。被験体が目を覚ました。至急鎮静剤の投与を…………」


 そう気丈に答えるエレンも眉を顰め冷や汗を垂らしながらどこかへ連絡をしていた。



 1分ほどエレベーター乗って、イブキとエレンの二人は天門台の最上階にある支部長室に移動した。

 そして白く落ち着いた部屋にある応接用のソファに座り一旦周りを見渡して心を落ち着かせようとする。


 外から見える広大な景色も部屋の綺麗な内装を見て普通なら心を奪われるのだが、今の彼女達にはその余裕は無かった。


 イブキは眼を細めながらエレンを見つめている。親友の言ったあの言葉、その真相を聴かなければ。


「それで、ハトに一体何が?」

「まず結論から言うと彼女はハトでは無い」

「ハトじゃ無い……?」

「ああ これを読んでくれ」


 エレンは三枚のA4紙をテーブルの上に置いた。

 そのうちの二枚が報告書、一枚は何かの写真だった。


 一枚目の報告書にはこう書かれいる。


 ハトが回収された時点では命の危険のある状態だったのにも関わらず、治療する間も無くその傷が再生したこと。意識はまだ回復していないが、その自然治癒速度は異常である。なので研究課で検査を願う。と言った内容が綴られていた。


「…………」


 ごくりと息を呑む。あの時の冷たさ、真っ白な顔色、弱まる鼓動の音。彼女が最後に見たときのハトの状態は間違いなく死体のようだったのだ。しかし先程収容区画で見たときは異常な程に健康な状態に見えた。


 まさかと思いながらもイブキはもう一枚の報告書を手に取る。それは研究課からの報告書だった。

 研究課はハトに対して脳波検査、精神検査、星体反応検査の三つの検査を実施した。


 脳波検査では脳波の異常は特に感じられなかった。


 精神検査では潜在意識の大きな異常が見られた。担当した研究者は『まるで二人の人間がいるようだ』と語っていたという。


 星体反応検査で彼女の体内からホシの反応が見られた。それも『金色の十芒星(ヴィーナス)』と同じ反応が。


「嘘だ!」


 何で彼女の体内からあの十芒星の反応が出たのか。


 ありえない、嘘だ、これは悪い夢。そう否定しようとしても震える手と冷や汗が彼女を現実へ引き戻して来る。


「気持ちはわかるが落ち着け。続きがまだある」

「…………はい」


 エレンに諭され報告書に眼を戻す。


 研究課はこうなった原因をこのように予想した。

 現場での状況を加味して『ハトは金色の十芒星に精神を寄生もしくは侵食されたのではないか』と。


 金色の十芒星は他者の精神に干渉する力を持っている。万が一自身が倒された場合に備えて他者の精神に寄生する能力を持っていても何ら不思議ではないと。


 そして報告書の最後にはこう結論付けてある。


「精神を寄生された被験体(ハト)の意識が回復する気配は無い。しかし万が一意識が回復したとき、どのような被害が出るのかも不明だ。以上の報告を踏まえ被験体(ハト)を『処分』するか、もしくはそのまま放置しておくかの判断をエレン支部長に仰ぎたい…………」


 『処分』。つまるところハトを殺すかどうかだ。


 報告書を読み終え、イブキはそこに綴られた人物に目を向けた。


「エレン支部長?」

「そういう事だ。研究課も厄介なことを押し付けたものだな」


 エレンは自嘲するように笑う。そう、ハトの命は彼女の胸先三寸で決まるのも同然だったのだ。

 

「ハトを どうするんですか?」

「わからない。何せ初めてだからな、ホシに精神を寄生された人間は」


 エレンは唐突に他者の命の判断を任されたのだ。その苦労は計り知れないだろう。


 彼女は疲れたようにソファにもたれ込んだ。


「悪いね 少し楽にさせてもらうよ」

「……はい」

「この問題を判断するに当たって他の課の主任に処分するべきかどうか聞いてみた。工廠課と戦闘課は『精神を寄生したホシは危険な存在だ。処分しろ』と言っていて、研究課と戦術課は『貴重なサンプルだ。処分するには惜しい』と言っていた。意見が完全に割れてしまった」


 おそらく他の課から様々なことを言われたのだろう。天井を仰ぎながら語る姿はどこか哀愁が漂っていた。


「そこで君の意見を聴いてみたくてハトの下に連れて行ったのだが。まさか意識の戻らなかった彼女が君を見て眼を覚ますとは思わなかった」

「それは………………」

「わかってる、君や彼女には何ら責任は無い。悪いのはこうして君に選択を押し付けようとしていた私だ」


 そう言って最後の一枚。写真を手に取り私に見せる。


 そこには大きな輝きに包まれた小さな白い光の画像が写っていた。


「これは……」

「精神検査で確認された潜在意識の内容を画像にしたものだ。そして、これが私の判断を迷わせている一番の理由だ」


 イブキには写真に写っている物の正体が直感で理解した。


 淡く小さな希望の残滓というものを理解してしまった。


「…………生きているのですか?」

「あぁ、精神の大部分は金色の十芒星に侵食されていたがほんの一部、微弱だが彼女の精神が残っていた。……さて」


 語ることは全て話したと言うようにエレンはゆっくりとソファから立ち上がり支部長室のドアへ向かう。


「幸か不幸か彼女が眼を覚ました事で処分するかどうか、しばらくの猶予ができた。その間だけ君の収容区画への立ち入りを許可しておく」

「ありがとうございます」


 そうしてエレンは支部長室から出て行った。


 一人部屋に残ったイブキは無言でテーブルに置いてある写真を見つめている。


「………………」


 覚悟をしておけ。


 支部長はそう言いたかったのだろう。ハトとの別れを。


 あの人も酷なことをするものだ。思わず苦笑いをしながら立ち上がり再びあの場所へ向かうのだった。






    〔13〕


 収容区画の奥、『Zー9』の部屋の前にイブキは立っていた。その表情は緊張と不安でいっぱいだ。


「……よし」


 この感情の理由を、そしてあの金色の十芒星という存在を知るために再びこの扉を開けた。


「あ、おねえちゃん!」


 扉を開けると、無垢な子供の声が彼女を出迎えた。


 ベッドで眠るハト、いや金色の十芒星はつい前まで死闘を繰り広げた相手を前に純粋な笑顔を向けていた。


「うん こんにちは。さっきはいきなり出てしまって悪かった」

「べつにいーよ!」


 まるで世の中の穢れなんて無いと言うような眩しい笑みに鳥肌が立つ。私は今まで何と戦っていたのか。


 交錯する感情、しかし知らなければならない。目の前の存在を。


 そのためにまずは会話をしなければ。


「ええと、私はイブキって言うの。貴方の名前はなんて言うの?」

「名前? うーん、わかんない」

「わからない?」

「うん 気づいたらここにいたの。だから何もわからないんだ」

「そうなの」


 これは騙すための演技なのか。しかしその純粋な瞳に嘘は感じられない。


 わからない、わからない。彼女という存在が。今心の中で渦巻いているこの感情の名前が。


「あ! でも一個だけわかることがあるよ!」

「それは?」

「おうた! なんかね、夢の中でとっても綺麗な暗い森の中でね、妖精さんたちと一緒に歌ってた!」

「へ、へえそうなんだ。どんな歌か教えてくれるかな?」

「いいよ! ラララ〜ラ〜ラ♪ ラララ〜ラ〜ラ♪」

「…………!」


 髪を揺らしながら嬉しそうに彼女は歌う。


 それはあの時、金色の十芒星が歌っていた『小さな世界』を謳った歌。みんな笑顔で手を繋ぐ平和な世界を願う歌をハトの姿をいたこの存在は確かに歌っていた。


 確信する。目の前のコイツは『金色の十芒星(倒すべき敵)』なのだと。


 しかし泥のようにこびりつくこの感情は何なんだ。同情か、共感か、それとも……憐みなのか。

 

「ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ♪ おねえちゃん、どうだった?」


 そうして歌は終わった。


 歌い終わった彼女はやりきったような表情でイブキを見つまる。まるで褒めて欲しいと言わんばかりに。


「うん とても上手だったよ」

「やったぁ! おねえちゃん大好き!」


 ベッドの上で跳ねて喜ぶその様子にイブキは唇の裏を噛みながら笑っていた。


 その目頭に涙を含ませながら。






    〔14〕


 時刻は23時40分。20年前までなら夜の景色が街々を彩るはずだったが、今現在は真昼の太陽がずうっと空を照らし続けている。しかしそんなことは大地の下にある地下には一切関係の無い話だ。


 そんな地下深くの一室に忍び寄る影が一つ。


「…………」


 影の正体は人物はイブキ。


 消灯時間となりまるで夜のように暗くなった収容区画を誰にも悟らせないようにしながらゆっくりとその場所へ忍び込んだ。


「すぅ すぅ」

「…………」


 彼女はベッドの上でで気持ち良さそうに寝息を立てているハトを見下ろしていた。


 見下ろす彼女の右手には芒炎鏡が握られており暗闇の中で淡く光っていた。


 そして手に持った芒炎鏡を眠っているハトの頭に突き付ける。


 あとは引き鉄を引くだけ そうすれば彼女の復讐が達成される。死んだ家族の仇を取れる。


 しかし、彼女は一向に引き鉄を引かない。芒炎鏡を突き付けながら無言で見下ろすだけだ。


「……」


 引け 引けない 


 撃て 撃てない 


 殺せ 殺せない


 彼女の背叛する感情が争い合う。


 思い出せコイツに殺された者たちの無念を でもそれは私のエゴだ 


 コイツはハトを殺したんだぞ 違うハトちゃんはまだ生きている 


「ハァ....ハァ....」


 次第に荒くなる呼吸、拳銃を持つ手がカタカタと震えている。


 撃てば全て終わるんだ 撃ったからと言って終わるわけではない  


 お前の手は既に汚れきっている何を今更躊躇う 汚れているとしてもハトちゃんを殺したくない


「あっ.....」


 震える手から芒炎鏡がハトの眠るベッドにボトリと落ちた。


 急いで拾わないと そう慌てた様子でベッドに手を伸ばすが既に手遅れだった。


「うーん……」


 拳銃がベッドに落ちた衝撃で彼女が目を覚ましてしまったのだ。彼女は眠たそうに瞼を擦りながら首を横に向けると。


「あ、おねえちゃんだ!」

『イヒヒ イーブちゃん!』


 ハトと全く同じ あの無邪気な笑みをイブキに見せたのだった。


「あ……あぁ.……!」


 ここが限界だった 溢れた感情を抑えきれなくなりイブキは眼に涙が浮かびポロポロと泣いてしまう。


 その感情の名前は親愛。大切な人を愛する気持ち。


 ハトの心はまだ死んで無かったのだ。この精神を寄生され侵食された状態でも一瞬だけその奥に彼女の心が見えたのだ。


「お姉ちゃん大丈夫? お腹が痛いの?」


 心配そうに見つめるハトの姿をしたソレを彼女はぎゅうっと抱き寄せた。


「わっ お姉ちゃんどうしたの!?」

「違う....違うのよ....」


 抱きながら彼女は心の中で懺悔した 大切な親友を殺すところだったと。


「ごめんなさい....ごめんなさい....」


 もう離さないと言わんばかりに涙を流しながら強く抱きしめた。


 そんな彼女の様子を見てソレは。


「うん、大丈夫だよ …………イブちゃん」


 母親のような慈愛の笑みを浮かべながら抱きしめ返す。


 その光景はまるでおとぎ話、星空の下で愛を誓い合う王子とお姫様のようだった。



 これからの彼女達には様々な艱難辛苦が待ち受けているだろう。しかし、彼女達の力はそれらを跳ね返せれはずだ。


 今は見えない夜を取り戻す。星空はいつまでも少女達を見守り続けている。



ここまで見ていただきありがとうございました。

この作品を通して何か感じていただけたのなら幸いです。


応援や感想をいただけると、今後の活動の励みになります。




自身の活動報告にて、本作品の設定を載せております。


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