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失声の異世界転生 ~コミュ障無口な俺が声の大切さに気付くまで~  作者: 将輔 樹
第四章 ~少年と魔法学園~
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第五十三話 ~歌う仔鹿亭~

《第五十三話 ~歌う仔鹿亭~》


 魔法学園の敷地を北に出て、トレムの街中を縦横無尽に飛び回る三人。


 エリーゼの後を追うエンギル。そのエンギルを追い越し予測経路の先に居たエリーゼを目に捉える。


 追手を撒く為か路地をぐるぐると走り、右に左に駆け回っていた。


(こっちは確か……)


 街の北東へ近付くにつれて華やかな街並みが様相を変え、気が付けば辺りは艶やかな雰囲気へと変貌を遂げる。


「娼館街……にござるな」


 まだ日も沈まぬ路地には情熱的な衣装を身に纏った色気の溢れる女性がそこかしこにおり、それを知ってかやる気に満ち溢れた男達がごまんと居た。


 転入初日に教室での一幕を思い出し、なるほどこれが原因だったのかと得心した。


「で、どうするの? まだ続ける?」


 眼下のエリーゼが一軒の店に入るのを見届け、これ以上は不要な気もするのでどうするべきか悩んでしまう。


 多くを語らないのは隠しておきたい何かが有るからで、そこに土足で踏み込まれるのが死ぬほどうざったいと言うのは自分で無くとも分かる話だ。


「特待生殿は……入るようでござるな」


 学生の、しかもローブを付けた状態で入っても大丈夫なのだろうか……そんな無用の心配をしてしまうものの、落ち着いて観察をすればそれが自分の早合点だと気付かされる。


 屋根から飛び降り路地裏から店内の様子を伺えば、次第に人で埋まって行くのを見て安堵した。


 それでも未だ一抹の不安は拭えず、こういう場所に在る店だからこそ同級生のああいった行動も腑に落ちる……が、真面目一辺倒のエリーゼが娼婦をやっているのも想像できず、何よりも未だ子供なのだ……考えたくは無い事だった。


「あんたが考えるほど、この世界は優しく無いって事よ」

 力の無い者には特に、とカルーアが付け足す。


 そうかも知れない。


 過酷な世界に生きる者にとって恐らく最初に頼る事であろう力は、それを持たない者にとっては地獄と変わらず無慈悲で残酷なのだ。


 今の今まで目を背けていた代償はここに来て選択を迫られ浮き彫りとなった。


 思えばウェルの問題や魔法帝の問いといった思考実験の類は苦手で、答えの無い質問を強制的に吐かせられるそれは無遠慮で無神経な物だと感じてならない。


 トロッコだのテセウスだのの話は個々人で答えが違うのなんか当然で、前提条件も曖昧で不出来な設問は文字通り時間の無駄だ。


 それでもいざ現実を突き付けられれば迷いが生じ、避けてきた反動を嘲笑うかのように運命の悪戯が―――


「ああもうまどろっこしいわね! ここまで追って来たんだから好い加減に認めなさいよ!」


 長考の途中でカルーアが痺れを切らし、押し黙る自分へ憤慨する。


 やる事は一つだろう……そう言いたげな瞳は普段より強く、臆して怯んだ心を奮い立たせる。


(……だな。せいぜい見付からないようにしよう)


 エリーゼにもエンギルにも、尾行を気取られた素振りは見られなかった。


 だとすれば今の自分達がすべき事は着替える事で、目立つ黄色のローブと制服を脱ぎ捨てて何時もの出で立ちへと換装する。


 龍一も同様に着替えを済ませればカルーアは元々制服姿では無いので、フードを目深に目隠し布も当てて、三人はエリーゼの入って行った店『歌う仔鹿亭』へと進んで行った。


 一つ目の扉を開ければそこに現れたのはもう一つ同じ形の扉で、小さな空間に人の姿は無い。


 まるで雪国のような二重構造に、一体何をそんなに逃がしたくないのかという疑念は二つ目の扉を開けた瞬間に理解させられた。


 一歩、また一歩と近付く度に店の奥からは不思議な音が聞こえて来る。


 それはこの世界で聞いた吟遊詩人やカルーア達エルフの物とも違い、どちらかと言えば前世……地球の物に似ていたように思う。


 一つ目に比べて格段に密閉性の上がった両開きのドアは映画館やライブハウスのそれとよく似ており、扉を抜けた先には―――舞台の上で元気に踊り歌うエリーゼが居た。


 頭に黒い猫耳を生やし、背後からは尻尾が伸びている。


 右手にはマイクらしき物を持ち、同じ様な綺羅びやかな衣装を身に纏った少女達と跳ね回れば、それに合わせて舞台前の観客達が野太い声援を送っていた。


(凄い音だな……)


 観客席は薄暗く、照明が当たっているのは舞台だけなので心配は要らないと思うのだが念には念を入れフードを深く被り直す。


 横の龍一が口をパクパクと動かしており何の事かと訝しむが、表情を見るに同様の感想を述べているのだろうか。


 入口で呆然となっている自分達を見兼ねてか一人の獣人が歩み寄り、丁寧なお辞儀をされると片手で案内を受ける。


 一際身形の良い獣人は大柄の熊のようで、スーツとハット姿のそれは先日の宴席にて見覚えがあった。


 入口近くの階段から二階席に辿り着けば音も大分マシになり、多少声を張る必要はあれど会話が可能となった。


「先日はありがとうございました。まさかゼロさん方に来ていただけるとは思いませんでした」


 その言葉に首を振り、こちらも楽しかったと筆談をすれば微笑まれてしまい、その礼だとばかりにテーブルには瞬く間に料理と酒が用意された。


「当店自慢の名物、気に入って頂ければと思います。それでは」


 それだけ言うと熊の男性は再び頭を垂れ、一階へと姿を消した。


(様子見だけのつもりだったんだがな……)


 並べられた料理に目を落とし、無意識の内に酒を飲んではそう呟いた。


「なに言ってんの、折角のご厚意なんだし甘んじて受けるべきよ! それに、誰かさんのせいであれだけ有ったお金も今じゃすっからかんなんだから!」


 日々の宿代や飯代はウェル持ちだとしても、それでカルーアの機嫌が収まる事は無いらしい。


 龍一の同意もあって感謝をしつつ飯を頬張ると共に、眼下のエリーゼへと視線を送る。


 舞台の上の五人はそれぞれが元気良く動き回り、然程の広さも無いステージが無限の空間を見せている。


 まるで初めて魔法学園に足を踏み入れた時のような感覚は彼女達の努力の賜物なのだろうが、それでもバルムンクとは違う毛色の音に頭をやられそうだった。


「まるで別人ね」


 カルーアの言葉に龍一も頷き、溌剌とした笑顔はこれまで見たどのエリーゼよりも魅力的に見えた。


(……なんだ?)


 不意に訪れた胸の高鳴りに戸惑い、同年代なリュカならそういう事も有るかと思えば抗議のような鼓動を感じた。


 そうして料理を食べ終えると同時に歌が終わり、一階では客達がテーブルを動かし始める。


 舞台上からエリーゼ達が捌けると続いて出て来たのは吟遊詩人の男だった。


 小脇に抱えたハープらしき楽器の音色は穏やかで、どうやらこちらが通常営業なのだと知る。


 思えば純粋な酒場としての店に入るのは初めてで、何時も宿に併設された食堂兼酒場のような所や、冒険者ギルドの中、夢魔の酒坏やワンニャンといった一風どころかかなり特殊な場所しか行ってなかったなと気が付く。


 無論それが嫌だと言う訳では無いのだが、折角なのだからこういう場所も体験しておく事は大事なのかと改めて思った。


「そうね……でも、色を売る店が悪い訳でも無いわよ」


 何時の間にか置かれていた一品料理に手を伸ばし、炒った豆を口に投げ入れては階下に目を落とすカルーア。


「なるほど……健気で可愛い子じゃない。こうして働いてる以上、何かしらの理由があるんでしょうね」


 先程まで歌って踊っていた件のグループは客席に散らばり、熱の入った応援をしていた者達と談笑していた。


 中には飲み物を奢られたり物を送られたりと、彼女達の頑張りに対する報酬は個人個人で違うようだった。


 至極真っ当で健全な姿を見せられれば漸く人心地がつき、先程の試合で見せた魔法について龍一を責める。


「なに、あれは魔法と呼ぶには些か不出来でござるからな。巨腕に動きを模倣させるのはウェル殿の師事があればこそ……未完成のままではゼロ殿には通用しなかったでござろう」


 そういうものかなと思うと同時に上手いこと濁されてしまった感は否めないが、どうやら話を聞く限りその巨腕こそが龍一の勇者としての特殊技能なのだと知る。


 話さない物を無理に聞き出すのも悪いかと思うのだが、そうは言っても少し気になってしまうのが自分だ……こればかりは変えようが無い。


 戦闘用では無いと言っていたが先の試合では紛れもなく龍一のサポートをしていた訳だし、何よりあの剛腕で純粋に殴り付けるだけでも相当な威力の筈だ。


「それはそうなのでござるが……仮にそれ以上の力でやられてしまった場合、再び元に戻るのかは分からないのでござるよ」


 今までにそういった使い方をした事は無く、実験をする気も無いと龍一は言う。


 与えられただけの物にすら愛着を持ち慈しむ……そういった言動に龍一の優しさが表れている気がした。


 そんな話をしていれば一階の演奏者は何度か変わり、テーブルの上にも酒と簡単なつまみだけが残る。


 先程まで上機嫌で自分とエリーゼの事を根掘り葉掘りと聞いていたカルーアも、今では安らかな寝息を立てていた。


(そろそろ行くか……)


 頃合いだろう。そういった視線を龍一に送れば小さく頷かれ席を立とうとした瞬間


「あら、どこに行くのかしら?」


 聞き慣れた声が背後から響くと同時に、龍一が引き攣ったように口角を上げていた。


 肩越しに背後を確認すると給仕姿のエリーゼが立っており、仁王立ちでこちらを睨みつける様は一目で怒りが見て取れる。


 歌っている時は身に付けていなかったメガネやカチューシャは何時もの物で、頭に生やしている猫耳以外は制服から給仕服へ着替えただけと表現するのが適切だろう。


「……人違いだ」


 フードを目深に被り直し、短く言葉を発せば隣の椅子へ乱暴に腰を下ろすエリーゼ。


「まったく……それで? こそこそ後をつけてきた理由は何なのかしら?」


 言葉を無視して多少苛ついたように吐き捨てるエリーゼ。


 未だテーブルに突っ伏し、口元からだらしなく涎を垂らすカルーアを一瞥しては更に言葉を続ける。


「その子、対抗戦でウェル様の隣に居た子よね……綺麗な子ね」


 どこか棘の有る言い方に戸惑い、綺麗という単語に言葉が詰まる。


 静かな寝息を立てているカルーアは時折何かを口籠らせ、出会った時から変わらない子供っぽい寝顔に笑みを溢す。


 綺麗と言われればまあそうなのかも知れないが、蓋を開けてみれば……なんてのは良く有る話で、実情を知った今となっては皮肉交じりに鼻を鳴らすのがせいぜいだ。


 そんな事を思って笑ったのだがエリーゼの目にはそう映らなかったらしく、かと思えばこれ以上の揶揄は龍一の目が怖いので止めておくとしよう。


「で、質問の答えは?」


 向き直るなりテーブルに片肘を突き、不貞腐れたような態度で詰問するエリーゼ。


「店長とも妙に親しげだったし、お客さんもどこかそわそわしてるし……貴方達、一体何者なの?」


 どうやら入店から今までの行動は逐一把握済みだったようで、変装とまではいかない小さな努力はとっくに看破されていたようだ。


「……何者でも無いさ」


 そう言ってフードを下ろすと龍一も同様に倣い、改めて普段とは違うエリーゼと顔を突き合わせる。


「拙者達は冒険者と商人。それで良いではござらんか」


 宥めるように発した言葉はエリーゼの怒りを更に助長させる形になってしまい、その顔にはみるみる内に不満が募って行く。


「無遠慮に踏み込んだ事は謝ろう。ただ……そうだな、ここは酒場だ。飲みに来るのは自由だろ?」


 そう言って透明なグラスに注がれた琥珀色の液体を一口含み、芳醇で濃厚な味を舌に馴染ませる。


「対抗戦の戦いもそうだけど……声、出せないんじゃなかったの?」


 問い詰めるように身を乗り出す仕草に少々驚き、普段とは違う活発さにどうしても面食らってしまう。


 微笑んでしまうのはそんな子供っぽさを見た為か、はたまた返答に窮した為か……グラスに浮かぶ波紋を見詰め、曖昧な言葉を呟いた。


 そうしてはぐらかしては有耶無耶のままやり過ごそうとすると、瞬時にグラスを奪いそれを飲み干すエリーゼ。


「なによ大人ぶっちゃって! お酒くらい私だって―――」


 そう言い掛けた矢先、瞬く間に顔を紅潮させるとそのまま天を仰ぎ後ろへ倒れて行く。


 慌ててそれを抱き留めればどうやら目を回しているようだった。


 何をしているんだ……そう呆れた瞬間、まるで思考が漏れ出たように同じ内容の声が響いた。


「何をしている!」


 目を向ければそこにはA組特待生のエンギルが立っており、カルーア同様ぐったりとした様子のエリーゼと交互に見比べては憎しみの籠もった目を向けられる。


 誤解だなんだと言ったところで聞く耳を持たなそうな雰囲気にどうしたものかと思案するものの、大声のせいで店内の注目が集まってしまう。


 それは次第に迷いから確信へと変わり、一人の獣人から声が上がれば忽ち歓声へと変わってしまう。


「大人気でござるな」


 茶化すような龍一の言葉にうんざりとしながらも、階下に目を向け片手を上げて応える。


 客層は獣人の方が幾分多いのだろうか……目を輝かせた羨望の眼差しは今の自分には少々辛い物だ。


「その子をどうするつもりだ!」


 どうするも何も無いのだがその声は真剣味を帯びており、何と答えるのが無難なのかと悩む反面で疑問も有った。


「獣人は嫌なんじゃなかったのか?」


 挑発するような笑みを浮かべてそう尋ねれば、少々ばつが悪そうに顔を背けるエンギル。


「あれは、その……ええい、そんな話は関係ない! どうするつもりかと聞いているんだ!」


 元々はこいつとの言い合いが発端で後を追ってきた事を思い出し、何か問題でも起きるのかと思ったがこの様子を見る限りではそういう類の物では無さそうに思う。


 純粋にエリーゼの身を案じているのはその表情からも汲み取れ、声色は紛れもない本心を表していた。


 そうなるとやはり両者の間に何かが有るのは明白で、一体何がそこまで彼を駆り立てるのかが疑問だった。


「どうした! 早く答えないか! さあ! さあ! さあ!!」


 黙したままの状態に痺れを切らし、エンギルが詰め寄って来る。


 店内中の目が集まってしまった状態ではそのまま話す事も出来ず、面倒になり魔法鞄から水薬瓶を取り出してそれを床に叩き付けた。


 爆発的に増殖した煙は瞬時に店内へ広がり、バルムンクとエリーゼを抱えると階下へ飛び降りる。


「すまない」

「いえいえ」


 すれ違いざまに案内してくれた獣人に詫びを述べ、勢い良く扉を抜ければ夜空へと跳んだ。


 月光の下に上空から眺めるトレムの街並みは湖面の様に美しく、中心に位置する学園が水面に浮かぶ月の如く妖しく歪んでいた。


 酒場から距離を取りどこかの建物の上で一息ついていると、少し遅れてカルーアを抱えた龍一が到着する。


「ゼロ殿……女性をそう抱えるのは如何なものかと……」


 小脇に抱えられたエリーゼを見て眉をしかめられてしまい、咄嗟の事だったとは言え少し反省する。


 慎重に降ろして口に気付け薬を流し込めば、次第に意識を覚醒させるエリーゼ。


「あえ……ここは……?」


 呂律の怪しさは有るが意識も戻った事で安堵し、それを見届けると龍一は良かった良かったと大きく頷いた。


「ゼロ殿、これを」


 自身の嵌めていた腕輪をこちらへ寄越し、先に帰っていると言い残し龍一はカルーアを抱えたまま行ってしまう。


 置いてけぼりを喰らった格好になってしまい、流石にこのままという訳にもいかないかと座り込んでいるエリーゼへ視線を落とす。


 酒でぶっ倒れた弊害なのか、その顔に先程までの鋭い剣幕は無く何時もより穏やかな表情を浮かべていた。


(……送ろう。家はどこだ?)


 腕輪を嵌めさせてそう尋ねると、無言のまま街の南東を指すエリーゼ。


 バルムンクを背中に収め、エリーゼを抱えると再び夜空へ跳び立つ。


 なるべく人目に付かないよう高く跳んだのがお気に召したのか、小さな歓声を上げるエリーゼが目を輝かせていた。



(ここか……?)


 落ち着いた物腰や動じない胆力、真面目な姿勢やそれに基づいた知識のせいでどこかお嬢様育ちなのかと思っていたのだが―――


「そうよ。ここが私の家」


 そう言って降りるエリーゼの後ろには、お世辞にも立派とは言えない家が建っていた。


 くすんだ外壁は所々が剥がれており、致命的に見える亀裂は芸術家が冗談で描いたもののように縦横無尽に走っている。


 似たりよったりの家はこの区画にひしめいており、それはホクトで見た貧民街とよく似ていた。


「今日はありがとう。お陰様で助かったわ」


 そう言って寄越す腕輪を受け取り、どうやらこちらからの返事は期待していない事を汲み取る。


「私があのお店で働いているのはご覧の通り、お金の為よ。これで疑問は晴れたかしら?」


 相変わらず自身の心は筒抜けのようで、これから先の勉強は防御魔法を中心にするべきかと悩んでしまう。


「迷惑、かけたわね」


 小さく漏れ出た反省の言葉に首を振り、またなと告げると踵を返す。


 てっきり食って掛かって来るかと思っていただけに、大人しかったのはそういう事かと得心した。


 再び夜空へと身を移し、適当な民家の屋根へと降り立つ。


 当然ながら周囲に人影が有る訳も無く、静かな夜に風の音だけが聞こえていた。


 外套の中で小さく口を動かし、微かな声である人物へ呼び掛けを続ける。


 三度目の名を口にしかけた瞬間


「よう。暫く振りだな」

 そう言って音もなく現れるシン。


 ウェルの治療が終わってからと言うもの感覚の鋭さが増したせいか、今までよりも検知の範囲が広がっているようだ。


 それは単なる気の所為よりもずっと確かで、色とでも言うべきか匂いとでも言うべきか……気配といった不確かな物よりも信憑性が有った。


「そっちから呼び掛けるなんて初めてじゃないか? 叔父さんは嬉しいぞ」


 そう言って腕を組み、うんうんと頷く様は本心を述べているように見えた。


 これが本当にリュカの両親の仇だと言うのか……だとすればその言動には不可解な部分が散見され、努めて和やかにしようと無理をしている様子が奇妙に映る。


 それでも今の自分に頼れるのはシンくらいなもので、貸しも有る事だしせいぜい働いてもらおうかと思っていた。


 口元の外套を外してエリーゼの事を尋ねる。


 意外だったのかシンは目を丸くしており、暫くの沈黙が続いたかと思えば指が一本立ち上がる。


「個人の素性を調べるんだ、そのくらい貰わなくては困る」


 眉間に皺を寄せていたのを不満だと捉えたのか、シンは困ったように吐き捨てたがこちらにとっては嬉しい誤算だ。


(分かった、それで良い。依頼料は出世払いで頼む……生憎と今は金欠なんだ)


 その言葉に視線を外し声を殺して笑うシン。


「ああ、良いだろう。それと……両親の事は聞かなくて良いのか?」


 以前であればこの一言で忽ち怒りが噴き出していた事だろう……だがしかし、今はどういう訳かあれほど渦巻いていた怒りが数十―――数百段治まってしまっている。


 シンの問い掛けに無言のまま頷き「そうか」とだけ言い残すと来た時と同様に音も無く姿を消すシン。


「またな」


 姿を見せぬまま耳元で囁かれ、これも魔法の一種なのだろうか……自分が相対する敵はどうしてこうも戦闘巧者なのかと辟易してしまう。


 未だ離れぬ二つの視線から逃れるように、この日は足早に宿へと向かった。


次話は未定になります。

再開時期については活動報告の方に書かせていただきます。

よろしくお願いします。

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