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失声の異世界転生 ~コミュ障無口な俺が声の大切さに気付くまで~  作者: 将輔 樹
第四章 ~少年と魔法学園~
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第五十ニ話 ~龍一~

《第五十ニ話 ~龍一~》


(うるせえええ!!)


 そうして両手を振り抜けばローブごとスカートが捲られ、華奢な素足の先にパンツが見えた。


 暫く滞空していたスカートとローブが再び地に落ちると一拍の間の後


「きゃあああ!!」


 と叫び声を上げ、エリーゼの平手が横っ面に打ち付けられた。


 乾いた音は予想以上に大きく、静寂をぶち壊すには持って来いだと同時に無駄な言い争いも終わりを告げる。


「おやおや、随分と優秀な転入生ですねぇ」


 馬鹿にしたような物言いに特に反論する気は無く、頬に紅葉を咲かせたままペンを走らせる。


(御託は良い。やれば分かる)


 そうとだけ書いて見せれば再び苦笑されてしまい、準備の為に特待生とその担任は戻って行った。


「締まらないでござるよ……」

(……かもな)


 少し涙目になっているエリーゼと、意気消沈している同級生達。

 どうやらこっぴどくやられたのか、その目に何時もの覇気は無い。


 こういう場合は真っ先に喰い付きそうなアリーゼさえも、今日は心無しかドリルの巻が甘く見えた。


「無理だよ……A組には勝てやしない」

「ましてや向こうは特待生だし、万が一にも勝ち目なんて無いって」

「そうそう。大人しく負けを認めて、A組には逆らわない……それが賢い生き方なんだからさ」


 個人によってローブの具合いが違うのはそういう事かと分かれば、綺麗なままの同級生達は賢い生き方とやらを選んだのだろう。


「俺は……そうは思わない」

「ゼロ殿!」


 驚き、一歩を踏み出そうとする龍一へ無言のまま頷く。


「幸いこれは実戦じゃない……負けても次が有る。負けたままで良いなんてのは敗者の思考……ただの負け犬だ」


 体内から急激に魔力が減少するのを感じ、徐々に視界が回り出す。


「E級が偉そうに言いやがって……お前に何が出来るって言うんだよ! 攻撃魔法も碌に扱えない雑魚が大口叩いてんじゃねえ!」


 クワガタ男子がそう叫ぶと周囲の生徒もそれに同調して声を上げる。


「それだけ元気があれば十分だ……次は勝てよ。必ずな」


 その言葉に頷いたのは件の獣人兄妹とアリーゼのみで、他は口々に不満や暴言を叫んでいた。


 魔法鞄から水薬を取り出して魔力を回復させると、徐々に視界が正常に戻り安堵する。


 これだけ長時間喋ったのは初めてで、予想よりも減少速度が緩くなっていたので助かった。


 これもウェルのおかげだとすれば、そこは素直に感謝しようと思った。


「待って!」


 武舞台へ向かおうとすると手を取られ、振り返ればそこにエリーゼが立っていた。


 未だ涙目のままのそれは何かを哀願するようで、悪かったなと口を動かし謝罪する。


「ううん、それはもう良……良くはないけど、本当に危険だから今からでも辞退して!」


 突然の提案に驚けばどうしてそんなに信用できないのかと困惑するものの、やはり日頃の行いだろうかと思ってしまう。


 暫くの逡巡の後に無言のまま首を振り、取られた手をゆっくり解いて舞台へ上がった。


 あの頃とは違い全く緊張感が無いまま中央へ進めば、今まで待ってくれていたのか思いのほか律儀な姿勢に真面目なのだなと感心した。


「勝敗は場外、教員二人の判断、敗北宣言によって行われる。今回の対抗戦は特別に魔法帝も見ておられる……くれぐれも正々堂々、己に恥じる事の無いように」


 A組の担任が粛々と説明をすれば、どの口がそんな事をほざくのかと呆れてしまう。


 今日は良いのかと暗示のように自身の頭を指差し、それが先日の一件だと気付くと対戦相手の顔がみるみる内に紅潮していった。


「それでは用意―――始め!」


 開始と同時にA組特待生、エンギルが上空へと飛び上がった。


 恐らくは先程と同様の展開を狙っているのだろうが、こちらもこの一週間ごろごろとしていただけでは無い。


(でもなぁ……)


 相変わらず出力の調整は出来ておらず、発声を伴った魔法を使えばこの舞台ごと壊し兼ねない。


 かといって無詠唱では決定打に至る高威力の魔法も扱えず、せいぜいが―――


「征け! 我が魔法弾達よ!」


 思考を中断するようにエンギルが叫ぶと周囲に色とりどりの魔法弾が出現し、次々と生み出されるそれが自身に向かって飛来する。


 相殺するには同様の魔法をぶつけるか、もしくは防御用の魔法を使う必要が有るのだが生憎そういった練習はまだ行っていない。


「どうしたどうした! 避けるだけか!」


 次第に激しくなる雨のような攻撃を前に、躱すのも段々と億劫になってくる。


 特待生はと言えば先程の挑発が効いたのか気持ち良さそうに魔法弾の連発を続けており、どうしたものかと思案する。


「これで、貴様も終わりだ!!」


 攻撃が止んだかと思いきや焦れていたのはエンギルも同じだったか、両手に魔力を集中させると今までとは違う魔力の収束を感じた。


 直撃は不味いだろうか……であれば飛び上がり、ぶん殴って気絶でもさせようか。そんな考えを見透かすように観客席のカルーアから声が飛ぶ。


「攻撃は魔法のみよー!」


 そう言われればそれもそうかと得心し、やはりあの極太レーザーのような魔法を放つべきなのか……いやいや、そんな事をしようものなら消し炭すら残らないだろうと自分で自分にツッコミを入れる。


「死ねい!!」


 気分が最高潮に達したか、上機嫌に不穏な言葉を吐き出すと同時にエンギルから炎の龍が放たれる。


 その様子をじっくりと観察し、器用なものだなとぼんやり眺めていた。


「ゼロ殿ー!!」


 迫る魔法を前に詠唱を始め、それが完了すると同時に舞台は炎に包まれた。



「いやああああ!!」

 衆人環視の中、実習場に悲鳴が木霊する。


「いや……まだでござる!」


 その言葉に舞台へ目を向ければ炎の龍は未だ健在であり、標的を拘束するように巻き付いては何度か蠢いていた。


 苦しそうに収縮を繰り返し、耐え切れず爆発をすれば先程の戦闘と同様に豪炎が巻き起こる。


 自身に襲い掛かる筈の砂利や煙、雑多な副産物達はリュウの魔法に依って防がれていた。


 もうもうと立ち込める煙が晴れれば中から現れたのは小さな少年で、先程と同様にエンギルへ視線を向けたままだった。


 自身に何が起こったか把握できていない様子でつぶさに観察を繰り返し、その変化の少なさにこちらへ向かって首を傾げている。


 それは自分や観客、生徒達も同様で、エンギルも不可解そうに頬を引き攣らせていた。


「なんだ、なんだと言うのだ……」


 怒りにわななくエンギルの言葉に少年は不敵に微笑み、もう一度撃って来いとばかりに片手で挑発する。


 怒りに支配された心のままエンギルは魔法を放ち、少年は腰を落とし身構える。


 先程と同様の光景が繰り返されるだけ……かと思った次の瞬間、少年に巻き付くはずの魔法はエンギルへ向かって跳ね返され、突然の出来事にその身を硬直させる。


 目の前で起こった信じられない光景を前にただ呆然と立ち尽くしてしまい、直撃した魔法が上空で爆発した。


「そんな……」


 少年は当たる瞬間その身を翻し、片手を突っ込むと力任せにぶん回し相手に向かって投げたのを確かに見た。


 一連の動作は流れるように美しく、淀み無い熟練の動きは加速度的に炎龍の速さを上げていた。


 そんな事が出来るものだろうか……目の前の男の子は落ちこぼれで、持久力くらいしか取り柄が無いというのに、そもそも冒険者は皆がああなのだろうか……。


 否、そんな筈は無い。自分の知っている者の中にあんな事が出来る子供は居ない。あんな芸当は相当の力量差が無ければ……ううん、普通の人間には不可能なのだ。


「凄いでござるな、ゼロ殿!」


 落下する相手を丁寧に受け止めては、背を向けたまま小さく頷くゼロ。


 不意に差し出された腕輪に驚くと、差出人は無言のままにこりと微笑んだ。


 嵌めろと言う事なのだろうか……恐る恐る装着すると、これは声? 試合前に初めて聞いたあの子の……ゼロの声が頭に響く。


『ぶっつけ本番だったが意外となんとかなるもんだな。龍一の言った不完全の意味が漸く分かった』


 驚くほど流暢に喋るゼロの声に困惑するものの、少し反省の色を含んだ言葉は己を戒めているように聞こえた。


『六節……いや、七節か? 砕月を使えるくらいだから余裕だろうが、ウェルに治療して貰った恩恵か……割と面倒見の良いエリーゼにも感謝だな』


 不意に自分の名を呼ばれ、覚えていたのかと驚いてしまう。


 何時も仏頂面で黒板とにらめっこをしては悩み、その都度丁寧に解説してもどこか不機嫌そうに聞いていたと言うのに……。


 私は私の為にこれは成すべき事だと決めたからには、途中で投げ出したり等は絶対にしない。


 組の成績は自身の成績にも繋がるのだと説明してからは大人しく聞き入れてくれたが、それでもその表情が変わる事は無かった。


 エンギルを担任に引き渡してこちらに戻って来ると、普段はこんな会話をしていたのかと次第に腹が立って来る。


 こちらの気も知らないで満足そうに微笑みながら、悠然と歩く姿はまるで物語の英雄のようだった。


「割と、は余計なんじゃない?」


 その言葉に目を丸くさせれば、腕輪を見せて筒抜けだと示す。


 バツが悪そうに天を仰ぐ格好に

『外してくれ』

 とだけ声が響いた。


 ゼロの言葉に従い漸く腕輪を戻し、直ぐさまリュウの元に詰め寄って行く。


 その光景は抗議しているようにも見え、何をそんなに隠しておきたいのか……この時の自分には理解が出来なかった。


「まあまあ、良いではござらんか」


 意味ありげにリュウがこちらへ片目を瞑るが、どうやら的外れな勘違いをしているらしい事は理解出来た。


 私は特定の誰かにそういった感情を抱かない―――いや、抱いてはいけないのだから。



(―――ったく、次に同じ事やったらカルーアに言うからな?)

「は、ははは……」


 困ったような苦笑いを浮かべる龍一をじとりと睨み続ける。


「凄いではありませんこと!? 貴方、本当にE級冒険者ですの!?」


 アリーゼが会話に割り込むと称賛と驚嘆の入り混じった声を上げ、少し見直されたのだろうか尊敬の眼差しがきらきらと輝いていた。


「異議あり!!」


 そんな歓談の時を壊すように舞台上から声が響く。


 目を向ければそこに立っていたのは担任の男で、先程の試合について異論を唱え始めた。


「先程の試合、確かにうちのエンギルはやられました……しかしそれは彼自身の魔法によるもので、そこの転入生の物では無い。よって先程の試合、無効とさせていただきたい!!」


 暴論にも程が有ると思うのだが言ってる事は尤もだ。自分自身の魔法を誰かに向けて放つのは現状では不可能に近い。


 そんな申し立てを行った担任はこちらに向けて下種な笑みを浮かべ、試合中に入った横槍はこいつの物だったかと理解した。


 そうであればこれ以上イザベルに庇われる必要も無く、先程の試合は正当な物だったと声を荒げる自組の担任を片手で抑える。


(そういう事ならそうだな……)

 暫しの逡巡の後、紙に書いてそれを示す。


(それならお前が相手になれ)


 指を向け、まるで挑発するように紙を靡かせる。


 笑みはこれから起こる惨事に歪んでしまい、どうしても平常心を保てない。


 これまで散々と好き勝手言ってくれたその顔が、醜く歪むのを今から待ち遠しくなってしまい恍惚の表情が漏れ出してしまう。


 ちらりとカルーア達に目を向ければ呆れて顔を覆い、ウェルは肩を揺すり笑っているようだった。


「なんだその顔は……良いだろう。思い上がった子供に、現実という物を分からせてやるのも大人の努めだ。神聖なる学園に身元も不確かな子供、無能な商人、果ては下賤な種族まで招き入れるとは……本当に嘆かわしい」


 流暢に溢れ出す言葉の中に、まるでそれが当然かのように選民思想の強い言葉が紛れていた。


「私が勝てば三人は即刻学園を去る事。それが条件だ……いや、二人か……女の方はそうだな―――」


 そう言って厭な視線をカルーアへ送り、先程の発言は何だったのかと思ってしまう。


 確かに顔だけ見れば美少女で有る事は間違いないが、わざとらしい舌舐めずりにも無言を貫いたのは隣から静かな怒気を感じたからに他ならない。


「待つでござる待つでござる。そういう事なら拙者、齢は二十と少々。同級生が相手で無いとあらば、胸を借りたく思う所存にござる」


 何時も通りの口調と笑顔で相手の懐へ潜り込み、先程の話を聞いていたのかと問われる龍一。


 獣王国からの道中でカルーアが必要以上に迫害されなかったのはこれが原因だろう。


 自分としては実害が無ければ放っておけば良い……その考えはカルーアと同じで、そんな事にいちいち目くじらを立てていては切りが無いほど、亜人に対して嫌悪感を抱く人族は多かった。


 しかしそんな事はお構いなしに常にカルーアの背後に立っていた龍一は笑顔のまま殺気を放っていたので、新しい威圧の方法に感心させられた。


「ふっ、まあ良いだろう。万が一にも無いと思うが、そちらが勝てば何でも望みを―――」


 その言葉を片手で制し、首を振る龍一。


「口約束は結構。勝敗は決まっているでござる」


 そう言って穏やかに微笑む龍一の顔が、酷く恐ろしい物に見えた。


 そんな軽口に口角を僅かに上げ、A組担任のグラハムは舞台を降りて行った。


「いやぁ、とんでもない事になったでござるな」


 共に皆の下へ戻れば忽ちアリーゼとエリーゼ、そこにイザベルも加わり三人の女性から糾弾される。


「あの人はかつての特待生……この学園を首席で卒業し、それは他の追随を許さなかったのです!」


「冒険者としてもB級、本当に凄い人ですのよ!?」


「無茶よ! 何考えてるの!」


 等など……心配は有り難いが、今の龍一には寝耳に水だろう。


「ゼロ殿からは何も無いでござるか?」


 女性陣からの説教は尚も続いていたが、それを聞き流し問われると


(……殺さないようにな)

 とだけ伝えた。


 龍一の勇者としての特性は料理……この世界で生きるには十分な物だが、それはこと戦闘に於いて不要だと判断されるのも仕方のない物だ。


 しかし彼に依って生み出される料理は様々な効果を付与する事が可能で、先日も自分が製作した水薬と共にせっせとカルーアへ献上していたのを思い出す。


(油断するなよー)


 舞台へ上がる龍一の背に言葉を投げ、去り際に渡されたカラフルな水菓子を口に放り込む。


 試合が始まる直前になって横のエリーゼに肩を掴まれ、心配じゃないのかと揺すられる。


 心配も何もそんなものは当然している訳で、願わくば龍一の良心の部分に賭けていると説明する。


「それって……」


 エリーゼが言葉を言い掛けた矢先、試合開始の合図がそれを掻き消した。


 師弟は似ると言う事だろうか、グラハムが開始と同時に上空へ飛び上がり一定の高度で停止すると、そこから様々な魔法弾が放たれる。


 先程の試合とよく似た展開だったが、唯一の違いと言えば龍一はその場から一歩も動かずそれを防いでいる事だろう。


 赤、青、緑と多彩な魔法弾はそれと全く同じものをぶつけられ、標的に届く事は一切無い。


 稀に撃ち漏らしたそれが龍一へ迫る事も有ったが、周囲に展開された防御魔法は初めて見る物で、まるで力の差を見せ付けるように龍一の周囲を護っていた。


「ふっ……ふざけるな! なんだその魔法は!」

「これでござるか? これはあやとりでござるよ」


 そう言ってのける龍一の両手は尚も動き続けていた。


「拙者の故郷にはそういった遊びが有り申して、祖父から受け継いだそれをこうして詠唱の代わりとしているのでござる」


 見えない輪は次々に形を変え、自分にも覚えの有る場所で停止した。


「箒にござる」


 そう呟いた瞬間グラハムの眼の前に巨大な箒が現れ、周囲に浮かんでいた魔法弾ごとその身へ打撃を与える。


「とまあこのように、拙者が作り上げた形がそのまま事象となって現れる……そんな魔法にござる」


 自分との試合では見せなかった新たな魔法の出現に、少し悔しい思いと共に何か使えない理由でも有ったのかと悩む。


 しかしそんな女々しい感情は一瞬で吹き飛び、大きさは完成形に比例すると説明した瞬間だった。


 人の大きさには限界が有る。そうであればそれほどの脅威にはならないだろうと高を括った瞬間、グラハムの顔が恐怖に歪んだ。


 龍一の頭上には巨大な両腕が浮かんでおり、それがすいすいと宙空を泳いでいる。


 先程までの龍一の動きを模倣するように流れるような仕草は全く同じ―――


「箒にござるよ」


 完成形が示され、龍一の言葉が終わると同時にグラハムの頭上に巨大箒の一撃が振り下ろされた。


「がッ―――」


 防御が間に合わなかったのか短い呻き声を上げてグラハムは地面に叩き付けられると、それでも何とか受け身は取れたようで這いつくばったままの姿勢で龍一へ目を向ける。


「や、やめろ……」

「斯様な児戯に何をそんなに怯えるのでござる? 所詮は童遊……ほら、こんなにも綺麗ではござらんか」


 次第に高まる魔力の収束は頂点を迎え、今まで見えなかった不可視の糸を煌めきによって可視化させた。


「流れ星。逃げようとしても無駄にござる……拘束魔法はとっくの昔に完成しているでござるよ」


 手で魔法を発動出来るとなれば、口頭で別の魔法を発動させる事も可能だと言うのか……便利なように思えるが、それは紛れもなく龍一にしか真似の出来ない芸当だろう。


 星と聞いて嫌な予感はしていたが、背後の巨腕も同じ形を作っていたので慌てて周囲を見渡すと


「あれよ!」


 エリーゼの声に空へ目を向けると、雲を割りながら大岩ともう一回り大きな巨岩が飛来していた。


「残された時間、自身の行いを悔いるでござるよ」


 そう残して悠然と立ち去る龍一だがあの大きさでは武舞台丸ごと破壊されそうだとのんびり構えていたが、徐々に近付くに従い予想の何倍もの大きさになっていくことに目の色を変える。


 何時も飄々としていて本心を出さない龍一だったので、どこか甘く見ていた部分が有るのは否めない。


 惚れた女を取られて泣き寝入りをするような軟弱者で無い事が決め手だったが、それでもここまでやるとは予想外だった。


(偉そうに説教しやがって……)

 そう毒吐く顔に自然と笑みが浮かんでしまう。


 惨めに這いつくばったままのグラハムの前に飛び出せば、右手に収束させていた魔力を全力で巨岩目掛けて解き放つ。


 簡易砕月とでも言うべき魔力の塊は先程の身体強化の影響だろうか予想以上の威力で、大岩を一瞬で破壊した後に巨岩の奥深くへと潜り込み内側から爆発した。


(あ、やべ……)


 ここにきて魔力の収縮が上手くいってしまった事が仇となり、細かく分かれた岩石が落ちて来る。


「ふむ。勉強の成果は出とるようだのぉ……」


 何時の間にか隣に立っていたウェルがそう呟いたかと思えば、周囲に展開された紙束から次々に魔法が撃ち出される。


 それは地面に到達する筈の岩を尽く消滅させ、後には先程と同じ爽やかな青空が広がっていた。


「これ! 己が力に振り回されるとは下の下……全く、揃いも揃って見事にじゃじゃ馬ばかりだのぉ」


 そう言って龍一の頭を煙管で小突き、呆れたようにそれを吹かす。


 魔術士とは常に全体を見渡し全てを把握し、最後まで冷静で居られる者だと説教が始まった。


「返す言葉も無いでござる……」


 もっと殺気立っているかと思ったのだが何時もの龍一で、ウェルの小言に小さくなっていた。


「ま、この者にも良い薬になった……グラハム教授、在野にも優秀な子は沢山おるのですよ」


 どこか憐れむような声色とその瞳が意外と感じてしまうのは先入観からだろうか。


「ふ、ふん。どうやら今日は調子が悪かったようだ……失礼させてもらう!」


 捨て台詞を残してグラハムはそそくさと舞台から降り、助けてもらった礼の一つも言わずに立ち去ってしまう。


(やっぱり見殺しにするべきだったか……)

「やめとけ。ああいう手合いは貸しを作るくらいで丁度良い」


 それもそうかと思い龍一の下へ向かおうとすると、観客席から小さな拍手が聞こえた。


「見事。魔法の創造性、その強さ、誠に大義であった。名残惜しいが、これにて対抗戦を終了とする」


 その言葉にその場の全員が跪き、魔法帝へ向かって頭を垂れていた。


 そう言えば授業の一環だったなと思い返し、呆けて棒立ちしている自分と白髪の老人の目が合った気がした。


 かと思えば薄く笑みを浮かべられ、不遜な態度と取られても可笑しくない状況なのに心が広いんだなと呑気な事を考えていた。


 魔法帝が退席するのを目で追っていると、観客やA組の生徒もそぞろに実習場から姿を消し始め


「あーんーたーねー……だからなんで毎回揉め事ばっか起こすのよ! 大人しくって言葉を理解できないの!?」


 何時の間にか隣に立っていたカルーアから怒りの声が飛んで来る。


 今回ばかりは俺だけのせいじゃないと抗議すれば、口答えするなと拳骨を見舞われた。


 続く龍一も一通りの弁明をした後に拳骨を落とされており、その直後にウェルへ丁寧に頭を下げていた。


「良い。済んだ事だ……それにこれしきの事、彼奴と共に旅をしていた頃は日常茶飯事だったのぉ」


 声を押し殺して笑う様は昔を懐かしんでいるのか、そんな暴れん坊と一緒にされるとは甚だ心外だ。


 そんな談笑も束の間で、舞台から降りれば同級生達が暗い顔をして出迎えてくれた。


 これまでの行いを考えれば当然で、その顔には恐怖……やり返されるかも知れないといった類の物が見て取れた。


「お、俺は謝らないからな! そんなに強いなら最初からお前等がやれば良かったんだ!」


 クワガタ髪の生徒がそう叫ぶとその取り巻きも囃し立て、次第にそれが周りに波及する。


 その輪に加わっていないのは獣人の兄妹とアリーゼ、エリーゼくらいのものだろうか……勝手な言い分に思わず鼻で笑ってしまう。


「何がおかしい!」

「いや、別に。そうだな……死んだ後もそうやって、好きに吠えてれば良いさ」


 戦闘後の昂ぶりは未だ鎮まらず、不完全燃焼の影響も有ってか言葉に殺気が籠もってしまう。


 ぴたりと止んだ罵声を前に、流石は上から二つの組……優秀なのだなと感心した。


 突き立てられたバルムンクを抱え、無言のままその場を去ろうとすれば


「やってやるよ! お前等なんかに頼らなくても! 絶対に!!」


 肩越しに見れば再び笑みを漏らし、せいぜい頑張ってくれと片手を振って実習場を後にした。


「全く……相手は子供なのよ? もう少し優しさが有っても良いんじゃない?」


 今日の訓練は終了したのか、実習場を出てからもカルーアは背後から小言を吐いて来る。


「拙者達も本日の授業はこれにて終了となれば、各自解散だった筈でござるよ」


 どうやら自分達も今日の予定はこれだけだったらしく、突然の放課後に疲れがどっと伸し掛かるようだった。


 発声も身体強化も砕月も、その全てにカルーアからダメ出しをされては的確な指摘に顔を歪ませる。


「以上がウェル様からの助言よ。大体、基本を無視した独自魔法なんて―――」

「まあまあ……それにしても、ゼロ殿は本当に優しいでござるな」

「どこがよ!?」


 宥める龍一の言葉に首を傾げては、どこかそう見える箇所が有っただろうかと思い返す。


「やり方は……まあ多少不器用でござったが、その方がゼロ殿らしくもあるのでござる」


 そう呟いては腕を組み、感慨深げに頷いた。


 そんな龍一を見て出来る事なら改善すべきかと思うのだが、その悩みは学園の外に出た瞬間に打ち消される事になった。


 聞き慣れたエリーゼの声がどこからともなく聞こえ、それは何かを拒絶するかのように叫ばれた。


「止めてって言ってるでしょ!」


 物陰から聞こえて来る声に一同は顔を見合わせ、何を言うでも無く気配を殺して発生源の元へと急ぐ。


 建物の陰から三人連なりトーテムポールのように半目で覗けば、そこにはエリーゼと特待生のエンギルが立っていた。


「好い加減にして! 迷惑だって言ってるでしょ!」


 初めて聞くエリーゼの大声に驚き、あんなでかい声が出せるのかと目を白黒させる。


「勝負には負けた……しかし、試合は無効となった! それに僕は、君との直接対決には勝っている……何か間違った事を言っているか?」


「それは……そうだけど……」


 どうやら先程の試合についての事らしく、簡単に言い包められるエリーゼに少し違和感を感じた。


 あの無愛想無表情冷徹才女のエリーゼが大した反論もせず、良いように押されている事が不思議だった。


「あんた、無遠慮にも程が有るわよ……」

(なら聞かなかった事にしといてくれ)


 触らぬ神に祟りなしという事か、龍一は終始引き攣った笑みを浮かべていた。


「とにかく話は終わり! 今日は忙しいんだからもう帰って!」


 そうとだけ吐き捨てればエリーゼは走り去ってしまい、エンギルが一人取り残された形になる。


 痴話喧嘩……なのだろうか。だとしたら先の試合もその一環で、この世界の犬も食わない何とやらは相当の激しさを秘めているのだと感じた。


「そんな訳ないでしょ……あ、動いたわよ」


 カルーアの指し示す先に居たエンギルは俯いたまま暫く逡巡した後、一歩、また一歩と歩を進めては走り出した。


「……どうするのよ?」

(どうするって言われても……)


 龍一の背から降りたカルーアが尋ねる。


 放っておけ。関係無い。何時もなら直ぐに口を衝いて出るその言葉が、今はどうしてか吐き出す事が出来なかった。


 先程の試合の余韻か、はたまた不穏な思想の影響か、もしくは……去り際に見せたエリーゼの悲しそうな顔がそうさせたのかも知れない。


(……後を追う。大丈夫だとは思うが、気取られる事が無いように)


 返事を待つ顔にそう告げると気を引き締め、野営前の緊張感を身に纏う。


(それとその顔は止めろ。次にやったら中止だ)


 愉しむような笑みを一言で打ち砕けば、一行は二人の後を追った。


次話は一週あいて7月21日(日)0時頃に投稿出来るようにします。

よろしくお願いします。

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