76,家臣
頭を抱えてもんどりうっていたシアが落ち着きを取り戻した。
ルーナに支えられて立ち上がったシアはアーノルドの前に立ち、しばらくの間顔を眺めていた。
「老けたな、アーノルド。済まない、苦労を掛けた……」
「……」
「酷な命令をしたな。だが、最後に一緒に戦うと言ってくれたのは嬉しかったよ」
「……イーサン……様」
そう言うと、アーノルドは唇を震わせ目を宙に彷徨わせて放心した。
シアはアーノルドの背を優しく撫でて落ち着かせてからその後のことを聞き出した。だが、アーノルドは結局馬車に追いつくことが出来ず、護衛をしていた500名の近衛騎士全員が鋭利な刃物で一刀のもとに首筋を貫かれて絶命しており、その前方に飛龍が馬車を抱えて飛んでいる姿だけが見えたという。
「500名が一気に首筋を貫かれる……人間技ではないな」
「はい。隊列も乱れておりませんでした。魔法ではないかと思います」
「そうか、魔法か……だが、相当な使い手だな」
「下手をするとシアと同等の魔法の使い手だな」
「ああ、俺たちだと一瞬でやられる可能性がある。もっと気を引き締めないといけないな」
「言うのが遅れたけど、魔法だったら大丈夫だぜ」
そう言うと、アラガンは腕輪を出してシア達に配った。
「作るのは苦労したけどな。ノイマンが新たな理論を見つけてから何とかなったよ。それをつけていると敵の攻撃魔法が無力化される。もう今からつけておけよ」
アラガンはノイマンと協力してバロム達がゴーレムに装備させていた魔法封じの腕輪をさらに強化して完成させていたのであった。その細身の腕輪は白銀に輝く金属を螺旋状にねじり込むように作られており、神聖さすら漂う不思議な気配を放っていた。シア達はその腕輪をすぐに装備すると、その日はアーノルドも含めて全員が王宮に泊まって、次の日に続きを話しすることにしたのであった。
次の日、シア達はアーノルドの話を続けて聞くために王宮の会議室に集まっていた。
シアがアーノルドに続きを促すと、アーノルドはペルサス王国の歴史を交えながらシアに語り掛けた。
「ペルサス王国は数千年の昔から西の大陸を制覇していた大国でした。その統治は代々が民のためにあり、王となるものは卓越した武力で外敵から民を守ることを義務としておりました。ですが元々ペルサス王国の貴族であったロシアン卿が裏切り魔に落ちたのです。それ以降はロシアン卿から放たれる暗殺者が貴族達を殺しはじめました。
しかし、貴族達が殺されても家族が殺されても民たちはロシアン卿のいうことに従おうとはしませんでした。ロシアン卿は人々を脅迫し恐怖で従わせようとしたからです。業を煮やしたロシアン卿は遂に暗殺者を送り込んで大陸南部のペルサス王国の貴族達を根絶やしにすると、自ら皇帝と称してロシアン帝国を建国致しました。
民たちは恐怖政治を行うロシアン帝国の皇帝の言うことなど聞きもしませんでした。ペルサス王を慕いロシアン帝国から脱出して北部のペルサス王国へと移住致しました。ペルサス王となった者はロシアン帝国の刺客を跳ね返し、ロシアン帝国の軍を打ち破り、ペルサス王国の勢力範囲は狭くなりましたが、大陸北部の魔の森を背にした地域を領土に、自らを慕う民たちを代々守り続けてきました。
ところが数十年前に突然ロシアン帝国はペルサス王国内に暗殺者を送り込みました。その暗殺者は子供たちを利用して貴族達を次々と殺していきました。心優しきペルサス王国の王族達は民を人質にとり、子供たちを犠牲にすることを厭わないロシアン帝国の汚い手法に徐々に数を減らすことになったのです。
ロシアン帝国の侵攻が激しくなるにつれて王太子であったセイバー・ガイウス・ペルサス様はある決断をされました。弟のカール様を別の大陸へ逃がしたのです。その後王となると、王室が持つ財産を民たちに分け与え他国へ避難をさせ始めました。
最後のイーサン様の代は悲惨だったと思います。民たちが国外へ避難し人口が急激に減り、国力を大幅に低下させた状況で戦わねばなりませんでした。それでも最後まで留まった我々ペルサス王国の国民は諦めませんでした。それだけ苦しい状況でもイーサン様も最後の最後まで我々を守ろうとしてくださいました」
そこまで話をすると、
「イーサン様が、子が生まれたら渡して欲しいと最後に戦場で書かれたものです」
そう言って、シアに一枚の血濡れの手紙を手渡した。
シアがそっと手紙を読むと乱れた血文字で
「ガイウス」なんて名乗るな。
「ペルサス」も捨てろ。
ただ、愛する人を守れ。
とだけ書かれていた。
「シア様が学園を卒業後、西の大陸へ旅立たれると風の噂で聞きました。ですがその前にイーサン様の思いをお伝えしたいと思い、昨晩こちらへ参りました」
そこまで言うとアーノルドは押し黙ってしまった。押し黙ったアーノルドに、シアは迷いのない晴れやかな表情で告げた。
「俺の名は、シア・ガイウス・ペルサス。偉大な先祖達と偉大な父から受け継いだ名前だ。誇りに思うよ」
シアはアーノルドの震える背中をぽんぽんと軽く叩くと、
「アーノルドは父のイーサンに妻と子を頼むと言われたんだよね」
「はい……」
「これからも頼んでいいのかな?」
「私は……」
「俺はこれから旅に出る。西の大陸のことは無いも知らない。色々と教えてもらうと嬉しいんだよね。アーノルドに頼めないかな?」
「シア様……」
「もちろん上手くいくとは限らない。でももしペルサス王国が復興出来るとしたら協力してもらえないかな?」
「……」
シアは亜空間収納から一本の剣を取り出した。シアが神威を作る前に愛用していた剣である。その剣をアーノルドに握らせた。
「この剣は父のカール・ガイウス・ペルサスが僕のために用意してくれた剣なんだ。何度か打ち直したけど、神威を作るまではこの剣が俺の相棒だった。良ければアーノルドに貰って欲しい」
それを聞いた瞬間にアーノルドの目が赤くなる。一呼吸おいてアーノルドは鋭い眼光で剣を睨むとシアの前に跪いた。
「……このアーノルド、イーサン・ガイウス・ペルサス様の遺言を守り、身命を賭してシア・ガイウス・ペルサス様の行方を見届けさせていただきます」
「ありがとう、アーノルド」
こうしてアーノルドは、新たなペルサス王シア・ガイウス・ペルサスの最初の家臣となった。
その後、アーノルドは旧ペルサス王国の家臣達を集めるために旅に出た。旧バーバリアン王国を抜け、ローマン聖教国を抜け、その北側の港から北の大陸へ渡るという。
シア達も後から同じルートで追いかけると約束して、その場は別れたのであった。




