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75,記憶

 卒業式が終了し、シア達はアレクサンドロス王が主催する王宮での卒業祝いのパーティーに参加していた。王子であるアーサーが卒業したこともあるが、ファインアースの守護龍マリアナがフライブルク王国に来てくれたことに敬意を表する意味が大きかった。アレクサンドロス王はマリアナを見ると王冠を外して帯剣していた剣を置き、両ひざを地につけてマリアナの前に首を垂れた。それは王が丸腰となり首を差し出すという意味合いがあり、他の国に降伏する際に行う最大級の敬意の表し方であった。


「このフライブルク王国国王アレクサンドロス・フライブルクは、ファインアースの守護龍マリアナ・ファインアース様に最大の敬意を表すると共に、この地にご降臨されたことに最高の歓喜を覚えております」

「ふむ。アーサーの父であったな。アレクサンドロスよ。シアにも非常に良くしてくれたと聞いておる。そなたの息子アーサーがシアに帯同して西へと赴くと言っておるが良いのか?」

「確かにアーサーは既に王太子であります。しかしながら不肖アレクサンドロスは、王とは人民に支えられて成り立つものであると愚考いたします。友を支えることすらせずに身の安泰を志向する者を支える人民などおりません。アーサーが友を支え戦い抜き、真の平和をもたらした時、誰もが自然にアーサーを王に推戴するでしょう」

「アーサーがその過程で命を落とすとしても後悔はせんのか?」

「例えアーサーがこの地に残り安全を志向したとしても、アーサーが乗る馬車が襲撃されてしまえばそこまでです。そうなればアーサーは何もなすことなく朽ち果ててしまいます。しかし、西の大陸へと赴き、このファインアースのために剣を振る過程で命を落とせば、アーサーの心を友たちが受け継いでくれるでしょう。私はアーサーの心が生き続けることを望みます」

「アレクサンドロスよ承知した。このファインアースの守護龍マリアナが、フライブルク王国国王アレクサンドロスの心を得て祝福を授ける。受け取るがよい」

 マリアナがそう言うと一体のグリフォンが現れた。グリフォンは頭部が大鷲でできていて体の左右に大きな翼をもち、下半身は獅子の形をしている幻獣であった。そのグリフォンはアレクサンドロスに頬擦りをすると、アレクサンドロスが床においた剣に吸い込まれた。

「このフライブルク王国に危機が訪れたとき、そのグリフォンが剣より現れて人々を守るであろう。さあ、アレクサンドロスよ、畏まるのはこのあたりにして親として共に子供たちの卒業を祝ってやろうではないか」

 マリアナはアレクサンドロスの手を優しく握ると立ち上がらせ、シアに目配せをした。シアが楽団員たちに合図をすると一斉に音楽が鳴り響く。マリアナはしばらくアレクサンドロスの手をさすり落ち着かせた。フライブルク王国はこの時より剣に宿るグリフォンを国旗と紋章に用いるようになったのである。


 パーティーも佳境に入り皆が酔いしれ浮かれていた頃、一人の兵士がアレクサンドロスに耳打ちをした。怪訝な顔をしていたアレクサンドロスであったが、何かを思ったのかシアのもとへ歩いてきた。

「シア君、王宮の門の前に一人の男が君に面会したいと訪れているそうだ」

「俺に面会ですか?」

「その男はペルサス王国の者だと言っているらしい」

「ペルサス王国の者……?」

「ああ、どうする? シア君の意向に従うよ」

「……わかりました。一度会ってみることにします」

「わかった。それではここに呼ぼう。私も同席しよう」

「じゃあ俺たちはシアの周りに控えておこう」

「ああ、何があるのかわからないからな」

 アレクサンドロスの許可を受けて立ち去った兵士はしばらくすると初老の男を連れてきた。その男は白髪を綺麗に整え、老けてはいたものの眼光は鋭く、全身から覇気が溢れており、パーティー会場にいた者達が思わず道を譲った程であった。その男はシアを見ると歯を食いしばり、目を潤ませながらシアの前で跪いた。


「私はペルサス王国将軍アーノルドと申します。主君にまみえる光栄を賜り感激しております」

「ペルサス王国の将軍ですか?」

「はい。かつてサラ様の護衛をしておりました」

「サラ様……?」

「はい。間違いございません。シア様のご母堂さまでございます」

「……母親?」

「私は世界中を旅して雌伏の時を過ごしておりました。その過程でこの数年目覚ましい活躍をされている黒髪の美少年の噂を聞き、密かに調べさせて頂きました。聞けばシア様はカール・ガイウス・ペルサス様に救い出されて古代龍マリアナ様に育てられたというではありませんか。その時馬車でシア様を身ごもっていたのがサラ・ペルサス様でございます」


 それを聞いたアーサーがアーノルドに聞く。

「そうなると、やはりシアはペルサス王国の王族の子供になるのですか?」

「はい。カール様の兄上であるセイバー・ガイウス・ペルサス様の孫で最後のペルサス王国国王であったイーサン・ガイウス・ペルサス様が父、イーサン様の従姉妹であられたサラ・ペルサス様が母になられます」

「その、『ガイウス』というのは何か意味があるのですか?」

「ペルサス王国の初代国王がガイウスなのです。それ以降は王位継承権を持つ王家の男子はすべで名前にガイウスを入れます」

「だとすれば、シアは、シア・ガイウス・ペルサスになるのか」

「シア・ガイウス・ペルサス……」

 シアが思わずその名前を口にした瞬間、シアの体を電撃が走り、脳が破裂しそうな強烈な痛みが体を襲う。ルーナがシアを抱きしめ回復魔法を全力でかける。だが、そのルーナにマリアナが回復魔法を止めるように言う。

「シアは、誰かに攻撃されて痛がっているのではない。先祖から受け継いだ魂の記憶を思い出しているのだ。言い換えれば覚醒しはじめたといってよい。しばらくすれば収まるであろうよ」


 随分長い時間が経ったように思う。

 シアは、広大な草原に立っていた。

 背後にはあのマリアナと過ごした懐かしい森がある。

 雷雲が立ち込め、雨が草原を洗う。

 シアは、臨月の妻を馬車に乗せ近衛騎士に命じて魔の森へと追いやった。

「王よ、ここは私が食い止めます。どうかサラ様と落ち延びて下さい」

「敵は騎兵一万、将軍のお前でも一秒も止められん。予がここで時間を稼ぐ間に大叔父のカール様にサラの保護を頼め。あの魔の森にいると聞いておる」

「しかし王よ……」

「泣くなアーノルド。王から将軍への最後の命令だ。早く行け。妻と子を頼むよ」

 シアはアーノルドを馬に乗せ、急いで手紙を書いて渡すと馬の尻を叩き魔の森へと追いやった。

「騎兵相手に戦うにはいい天候だな」

 たった一人になったシアは顔にかかる雨を気にも止めず空を見上げて笑った。

 シアはぬかるみだした草原に土魔法を放つと、敵の馬が足をとられるようにした。目の前でもんどりうって倒れる馬。その馬に躓き後続の馬もまた倒れる。

 だが、後方から馬を捨てた兵士たちがシアの命を刈り取ろうとやって来る。

 それを見たシアは剣を抜き、もう見えなくなった馬車を見る。

「さあ、人生最後の大勝負といこうか……サラ、愛しているよ」

 そう呟くと、敵に向き直り吠えた。

「ロシアン帝国の犬ども、予はイーサン・ガイウス・ペルサス、ペルサス王国最後の王だ。この首くれてやるっ!」

 イーサンはそのまま一万の兵に向かって単身で突撃をした。


 気がつけばイーサンはサラと共にいた。

 何故ここにいるのか……

 疑問はすぐに解消していた。

 我が子だとわかった。

 大叔父だとわかった。

 心優しき龍だとわかった。

 そう、それでよかったのだ。

 サラはいつまでもそばにいてくれるのか。

 あの子にもそばにいてくれる人がいるのか。

 これでいい。

 それだけ呟くと記憶は途切れた。

 



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