70,冥界
礼を言った蝶はシアとルーナの差し出した手の上に留まった。
「綺麗な魔力の方々ね。私はユグドラシル、世界樹とも言われています」
「……えーと、精霊さんではないのですか?」
ルーナが蝶に尋ねると蝶は悲しそうに、こう答える。
「精霊を生み出すことが出来なくなったの……」
「何があったのですか?」
「ひとつの根から蟲が食い荒らしてきているの。その蟲が切った根を作らないと世界を浄化できないから、そちらに力を使っているの」
「蟲ですか……」
「その蟲を退治したら、精霊さんを生み出すことが出来るのですか?」
「はい。ただかなりの魔力を使うのです。しばらくは弱ったままかもしれません」
「しばらく?」
「はい。今の傷み方だと100年くらいはかかるかと思います」
「……100年」
「誰かが魔力を分け続けてくれたらいいのですが……」
「例えば古代龍とかだとどうでしょうか?」
「ファインアースの守護龍マリアナですね。そんなことが可能なのですか?」
「俺たちは母さんの気配を抑えるために世界樹の実を手に入れようとやって来たのです」
「母さん?」
「俺は古代龍マリアナの子シア、隣にいるのが婚約者のルーナです」
「それなら頼めそうですね。ただ、蟲を駆除しないと治せませんが……」
「その蟲は俺が駆除してきます。蟲はどこにいるのですか」
「蟲の場所は私にもはっきりわからないのです。私の体の中を通って見つけてもらうしかありません。もしシアさんとルーナさんに頼めるのならお願いしたいと思います。ただ、世界樹の実ではファインアースの守護龍マリアナの魔力を受け止めきれないと思います。あの先端に付いている宝石をマリアナに渡してください」
そう言うとユグドラシルは世界樹の先端に付いている人の爪くらいの大きさをした碧い宝石をシアに取るように促した。その宝石は世界樹の宝玉というもので、その世界樹の宝玉をマリアナが身につけていればマリアナの魔力が世界樹に流れ込むという。シアが亜空間収納に世界樹の宝玉を収納すると、蝶はシアとルーナを先導するように高度を下げていった。細かった世界樹が段々と太くなり、シアとルーナが中に入れる太さになった時、蝶は世界樹に穴をあけた。
「ここから私の中に入って、蟲を駆除してください。よろしくお願いいたします」
蝶はそう言うと、またしても上昇していった。シアとルーナが世界樹の中に入ると、濃密な魔力の奔流が流れていた。七色に輝く魔力の奔流はここが世界樹の中だということを忘れてしまうほど幻想的で、思わず二人は歓声を上げて見入ってしまった。
二人がその幻想的な光景に見入っている間もどんどんと世界樹の中で高度が下がっていく。先が見えないほどの魔力の奔流の中でシアが小さな違和感を覚えた。
「……何か違和感があるね」
「あっちの方かな?」
「俺もあっちだと思う。行ってみよう」
そのままシアとルーナが違和感を覚えた方向に進んで行くと、世界樹が再生しては消えている光景に出くわした。
「この辺りが怪しいけど、蟲はいないね……」
「この場所でかなりの魔力が消えているのはわかるけど……」
「いや、いたあれだ」
そう言うと、シアは黒く蠢く塊を神威で斬り裂いた。
「……小さくなったが動きは止まらないね」
「悪鬼たちと同じかな」
「試してみようか」
そう言うと、シア達は小さくなった黒い塊を結界の中に入れて実験を始めた。すると、やはり悪鬼たちと同じく清浄な水の中に入れると消え去ってしまった。そこでシア達は黒い塊を見つけると手当たり次第に結界に入れて、水魔法と光魔法で創り出した清浄な水で消滅をさせ続けていった。
どれほど経ったであろうか。数え切れないほど黒い塊を消滅させながらシア達は進み続けた。すると、徐々に空間が狭くなっていく。狭くなる空間と増え続ける黒い塊。シアとルーナは必死で塊を消滅させ続けていると、暗黒にも思える視界の端に硬く光る物を見つけた。それは黒く輝く見事な龍の鱗であった。
「……黒龍にしては鱗の色が違うような気がするな」
「あの島の黒龍は真っ黒だったけど、この鱗は灰色に近いね。それに黒色の中で何かがきらきらと光っているよ」
「ただ、かなり弱っているけどこの鱗はまだ生きているね。この鱗の持ち主が何かをしているのかもしれないな」
「龍だと話が出来そうね。シア君、行ってみましょう」
そう言いながらシアとルーナはその鱗の持ち主と対話すべく周りの黒い塊を浄化しながら突き進んでいった。すると狭くなっていた空間が急に広くなる。シアとルーナは真っ暗闇の中で龍の体を触りながら進んだ。その龍の全長は数十キロに及び、流石のシアもマリアナ以外では初めて見る大きさであった。シアとルーナはおそらく龍の眉間であろう場所にとどまると念話を試みた。
「おーい、龍、聞こえるか?」
「龍さん、聞こえますか?」
「……念、話……か」
「魔力を分けるから受け取ってくれ」
そう言うと、シアは龍の眉間から魔力を流す。
「これで少しは話が出来るだろう。どうした?」
「……すまない。足に枷のようなものがある、取ってくれ」
「足に枷のようなもの……ガッツもそうだったな……。わかった。取ってやるから暴れないでくれよ」
そう言うと、龍の体を触りながらシアとルーナは足枷を探し出した。その足枷をシアが神威で斬り裂き外すと、少し元気になった龍がもう一つあるという。そこでまたしても反対側の足につけられていた足枷を外した。
すると、足枷を外された巨大な龍はシア達が眉間に来ると語りだした。
「我は冥王龍プルート。ファインアースの守護龍マリアナ様の眷族の一人だ。先ほどから君たちの周りにマリアナ様の気配が漂っているのだが、何か縁があるのか?」
「俺はシア。マリアナの息子だよ。隣が婚約者のルーナ。ルーナも母さんに娘だと言われているよ」
「マリアナ様の息子……そうか、ここにはマリアナ様が送ってくれたのか?」
「いや、世界樹の中を通って来たんだよ」
「世界樹の中を通ってきた……そうか、そういうことか……」
「プルート……どうしたの?」
「ここは冥界。本来は命あるものは来ることが出来ないのだ」
「……そうなんだね」
「ああ、我はこの星の冥界で死者の魂を浄化しているのだ。この星で亡くなった者達は我が魂を浄化し、世界樹を通って天に昇る。だがあるとき冥界への入口の一つに異常があった。我がそれを確認しようと近づくと足枷が嵌り急激に魔力が落ちたのだ。我は必死で世界樹を守るために世界樹の根に体を巻き付け絡みつかせたのだが……」
「そうなんだ。じゃあプルート、今から全力で魔力を分けるから受け取ってくれよ」
そう言うと、シアは強大な魔力を一気にプルートに流し込んだ。プルートの魔力が回復すると、暗黒となっていた空間が一気に明るくなっていく。その空間は太陽もないのに空が明るく、土もないのに地面は土色をしていて、木が生えてもいないのにところどころに緑色の植物のようなものがあった。その光景をみてルーナが「カルクレイルのダンジョンの最下層みたい」と評した。すると、
「この上にダンジョンを作ればここが最下層になる。ダンジョンとは龍が創り出したものなのだ」
とプルートは語りだしたのである。




