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65,昔話

 西の大陸にある広大な森の最奥、険峻な山脈に守られた場所にシアの生家があった。マリアナは全員を自宅に案内すると、魔法で居住空間を拡張して自宅の大きさを広げると全員を中に入らせた。

「今日はもう遅いからね。明日カールの墓に案内してやるよ。食事の準備をするから少し待っていなさい。ルーナ手伝ってくれるかい」

「はいお母さま。何を作りましょうか?」

「そうだね……せっかく黒龍に会ったから黒龍のシチューにしようか

「シチューだ~ マリアナの黒龍のシチューは旨いのだ~」

 飛び跳ねて喜ぶ小太郎をなだめながらマリアナはルーナを連れてキッチンへと向かった。


「ルーナ、黒龍の肉は筋が多いのさ。だからこの筋を消してやらないと味が落ちるのだよ」

「お母さま、魔法で筋を消さないのですか?」

「魔法で消すと筋の周りの一番旨い部分も消してしまうからね。だから私は手で引き抜くのだよ」

「わかりました。覚えておきますね。お母さま、いい具合に野菜が煮込めてきました」

「ふふ。ルーナもいい出汁を取るようになったね。さあ肉を入れるよ」

「はい。お母さま。魔法で一気に柔らかくしますか?」

「ルーナ、魔法をかける前に鳳凰の乳を足してやるんだよ」

「あっ、私はいつも魔法をかけてからやってました……」

「ふふ。それは黒龍の肉かい?」

「いいえ、ワイバーンが多いですね」

「ワイバーンぐらいまでなら後からでもいいけどね、黒龍の肉の場合は先に鳳凰の乳を入れてやると旨みが出るのだよ」

「同じ料理でも素材に応じて調理法が違うのですね、勉強になります」


 さて、マリアナとルーナが楽しそうに料理を作っている姿を見ていたエマ達がシアに声をかけた。

「ねえ、シア。ルーナってマリアナさんといつもあんな感じなの?」

「そうだね。楽しそうに作るでしょ。美味いんだよ。母さんの黒龍のシチュー」

「なあ、シア。鳳凰の乳とか聞こえてきたように思ったが?」

「あの山脈に沢山いるんだよ。毎日朝になったら配達に来るんだ」

「鳳凰の乳を配達……?」

「うん。鳳凰がね、俺が生まれてから毎日持ってくるんだよ」

「料理をするのに魔法を使うのか?」

「詳しいことはわからないけどね。でも野菜も肉も一瞬でバラバラになっているから使っているんだと思うよ」

「そうか……常識というのは何なのだろうな……?」

「ノイマン、人によって常識なんて違うのさ……」

「あっ、出来たみたいだね。みんな運んでもらっていいかな?」


 シア達の前に大量の黒龍のシチューに柔らかなパン、森の恵みのサラダにとれたての鳳凰の乳が並べられた。

「急だったからあまり手の込んだものは作ってやれなかったが、これで勘弁しておくれ」

 そういうマリアナの言葉に頷くと皆が一斉にスプーンでシチューを掬って口に頬張った。シチューを口に入れた瞬間、全員の動きが止まる。次の瞬間、一斉に目をかっと見開くと飢えた野獣達は目に涙を浮かべながら鍋の底にこびりついたシチューまで食べつくした。無論イルマとクレインも野獣と化していたのは言うまでもない。

「……美味すぎて言葉が出ない」

「今まで食べてきたのは何だったのだろうね」

「人間に戻れる自信がないよ……」

 口々にマリアナとルーナの作ったシチューを絶賛する仲間たちにマリアナが声をかけた。

「転移門が開いたということは、土地が浄化されたということだね。何があったんだい?」

 シア達はマリアナにバーバリアン王国での出来事を話した。

「悪鬼の血を浄化するには南大陸にある世界樹の雫を使うと早いね」

「南大陸?」

「……エルフの国があります。私は南大陸のエルフの国出身です」

「出身どころじゃないだろう。イルマの出身はエルフ唯一の国家スプリングスだ」

「クレインさん。スプリングスって……」

「おう。このお婆はハイエルフだ。そして、エルフ唯一の国家スプリングスの王族になるんだよ」

「イルマ先生って王族だったのですね」

「エルフは国を作るとはいっても凄く緩いのよ。人間みたいに国家を作ることはしないの。世界樹の周りにある広大な森の中に散らばって思い思いに暮らしているのよ。エルフがまとまるのは外敵が来た時くらいね」

「では、普段はバラバラなのですか?」

「そうよ。龍とかが暴れたりしたら一斉に集まって世界樹を守るの」

「世界樹ってエルフにとって大事だというのは聞いたことがあります」

「エルフは世界樹に住む精霊に加護をもらっているの。世界樹はこの世界を浄化して力を与えてくれる大切な存在ね」

「じゃあ、エルフだけではなく、人間にとっても大事なのですね」

「そうね。この世界に住む生物にとってはとても大事なの。だからエルフは世界樹を守ることに誇りを持っているのよ」

「ではなぜイルマ先生は世界樹から離れて東の大陸に来られたのですか?」

「……簡単に言えば、精霊に頼まれたからね」

「精霊に頼まれる?」

「ええ、私はこの世界を救う人を育てる使命があるから旅立ちなさい、と言われてずっと旅をしていたのよ」

「世界を救う人を育てる……」

「おそらく今思えばそれは貴方たちのことだと思うけど、最初は全くどうしていいかわからなくってね。あちこちの国を行ったり来たりしていたのよ」

「へえ、そんなことがあったんですね~」

「だってね、もう故郷を出てから800年は経つからね」

「800年???」

「だからね貴方たちが世界を救う人だとすれば、私は800年越しの使命を果たしたことになるのよ」

「それを聞いたカールが寄り道をするように言ったんだよな?」

「クレイン……そうだったわね。長い間探し続けて何も見当たらず、意気消沈しながらフライブルク王国に来た時に、カールが30年くらい休めと言ってくれたのよ。それでしばらくフライブルク王国に落ち着いて三人でパーティーを組んで、また世界を旅するようになった……懐かしいわね」

「その時、俺もいたからな。カールが、『焦っても得ることは少ない。一人で探しても見つからないなら三人で一緒に探せばいい。少し休んで人を頼れ』って言ったんだ。なのにあいつは一人で……馬鹿野郎……」

「カールがそんなことを言っていたのか……」

「はい。マリアナさん。だから私たちは悔しくて……」

「ああ、何で連れていってくれなかったのだと思うと……」

「……カールは自分が間違いなく命を落とすと思っていたからな」

「でも、一人でロシアン帝国に殴り込みかけなくても……」

「いや、一人でなければならなかったのだよ」

「一人でなければならない?」

「ロシアン帝国に潜む魔の者はペルサスの王族だけが狙いだ。ロシアン帝国にしてもペルサスの王族だけを根絶やしにすればよい。それは予言でも明らかだろう。だからカールは自分ひとりが倒されて亡くならなければならなかったのだよ」

「そんなことしなくても……」

「自分が倒されて亡くなれば、フライブルク王国に被害は及ばない。友人たちも守れる。ロシアン帝国もわざわざ東の大陸に刺客を放つこともしないだろう。奴は自分のために人が死ぬことを極端に嫌っておったよ」

「カール……」

「それだけイルマとクレインが大事だったということだな」

 それを聞いたイルマとクレインは暫く号泣した。


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