64,海を越えて
マリアの話によると、ルナテラスはこの世界の中にいくつかの転移門を作ったのだという。天地創造後、ルナテラスは生物たちをその転移門を利用して世界中に移動させ、原初の人間も転移門を利用して世界中に散らばったらしい。だが、転移門はそれぞれの直線を結ぶ間に穢れた場所があると使用できなくなるという。
やがて生物たちが進化し、穢れが増えてくるにつれて転移門は徐々に狭くなり魔力が少ない物は通れなくなった。他の人が通ろうとすると弾かれてシア達が通って来ることが出来たのは魔力が多いからだとマリアは説明した。
「そうすると、このローマン聖教国からフライブルク王国に向けても転移門を使うことができるのですか?」
「出来るはずですよ。ただ魔力が多い者となると私とパウロぐらいでしょうか」
「パウロさんも魔力は多いですよね」
「私の祖先はエルフなのですよ」
「でも、そうなるとフライブルク王国とローマン聖教国は親密になれますね」
「そうだね。絶対に父上も喜ぶな」
「ああ、バーバリアン王国がなくなったことでこんな効果があるとは思ってもみなかったよ」
「ひょっとすると、もう一つのダンジョンもそうかもしれないね」
「イルマ先生、そのダンジョンはどこにあるのですか?」
「港町フィーネよ。丘の上に鐘があるのを知っていますよね。その下にあるの」
「ルーナがブーケとブローチをもらったところね。『幸せの鐘』だったよね?」
「あの鐘の下にあるんだ……」
「ふふ。パウロ、私たちもフライブルク王国に行ってみましょうか?」
「そうですね。アーサー様、王にお目通しいただければ幸いです」
「もちろん、歓迎しますよ」
「では、今日は泊まっていってください。私たちも準備をいたしますね」
こうしてローマン聖教国の聖女マリアと教皇パウロは開いたばかりの転移門を利用してフライブルク王国に行くことになった。
次の日、アーサーはクレインとイルマと共に先にフライブルク王国に帰り、ローマン聖教国の聖女マリアと教皇パウロの来訪を王宮に取り次ぎ準備をさせた。昼過ぎにアーサーから準備が出来たことを聞いたマリアとパウロは転移門を利用してフライブルク王国の大教会へと転移をし、アレクサンドロス王と会談を行った。
アレクサンドロス王と聖女マリア、教皇パウロは、その後何度も互いの国を行き来し、親交を深めて協力をしあい、両国は大陸の平和に尽力したという。
さて、一方のシア達はイルマ、クレインに連れられて港町フィーネの幸せの鐘に来ていた。白一色の鐘楼の下には小さな扉ができており、シア達は期待を胸に扉の向こう側に飛び込んだ。するとシア達の目の前にはどこまでも続く海があり、どうも離れ小島に降り立ってしまったようであった。
「どこだろうこの島?」
「周りは見渡す限り海だね」
「うん。何にもないな」
「あれ、急に空が曇ってきたね」
「お前ら構えろ、龍だ、龍の影だ」
慌てて武装するアーサー達を横目に、シアとルーナ、小太郎は余裕の表情でいう。
「ルーナ、小太郎、あの黒龍だな」
「そうだよ~」
「懐かしいですね」
「……シアとルーナは知っているのか?」
「ああ、知っているよ。ほらこっちに来た。警戒は必要ないし大丈夫」
「変なことしたらマリアナにシチューにされちゃうのだ~」
すると、黒龍は人化し冴えない中年男性の姿になるとシアに泣きついた。
「坊ちゃん、来るなら来ると言ってください。マリアナ様にシチューにされてしまいます」
「シア……この人はさっきの黒龍?」
「エマ、そうだよ。この海に転移除けの結界を張ってくれているんだ」
「転移除けの結界……ロシアン帝国から刺客が送られて来ないようにか……?」
「父さんが頼んでくれたんだよ」
「カールがそんなことを……」
その時、シアとルーナ、小太郎以外の全員の呼吸が止まった。一斉に蹲ると震えだし、額から脂汗を流し始める。シアは全員を覆うように結界を張るとルーナに目配せをした。それを見たルーナはその場から一瞬で転移をしてどこかに行ってしまった。
「ルーナはどこに……?」
「ああ、母さんのところに行ったんだ」
「シアのお母さん……」
「うん。この気配は母さんの気配だ。ほらルーナが母さんのところに着いたから気配が変わったよ。もう息ができるんじゃないかな?」
「……本当だ、暖かい空気に変わった」
「これが古代龍の気配なのか……」
「……心臓が破裂するかと思ったわ」
「ほら、もうそこまで来たよ」
シアが指さす先を見て、全員が硬直した。
見渡す限りの空一面を覆いつくすかのような巨大な存在が周りの雲たちを吹き飛ばしながらこちらに向かってくるのだ。立ち向かうことなど考えられない。いや目の前に立つことすら許されない。全てがひれ伏し自分を消滅させないように乞い願うしかない圧倒的な存在がこちらに向かって来るのだ。そして、シアが軽く手を振るとその存在が消滅し、圧倒的な圧力も同時にかき消えたのであった。
何とか気を取り直して全員が顔を上げると一人の老婆がシアとルーナに抱きついていた。その周りを小太郎が嬉しそうに飛び跳ねている。その老婆がシアに言った。
「シア、友人たちとは彼らのことか?」
「そうだよ、ようやく母さんに紹介できるね」
「どうやって連れてきたのだい?」
「えーとね、港町フィーネにある転移門に飛び込んだらこの島に着いたんだ」
「転移門……懐かしいな。よくルナテラスと一緒にあちこちに生物を配ったものだよ」
「生物を配るの?」
「生物の進化は一律ではないのだよ。進化が早い場所もあれば遅い場所もある。それを混ぜ合わせながら進化させていくのだよ」
「へえ、そんなことしていたんだね」
「シア達はあの東の大陸からここまでは楽に来られたのかい?」
「転移門に飛び込んだだけだからね」
「それなら……おいそこの黒龍!」
「はいっ!」
「この子達がここに転移してきたら私の森まで送り届けるように」
「はいっ! 坊ちゃんのご友人様方一同に世界一快適で安全な空の旅を提供いたします」
「うむ。頼んだぞ」
その時、意を決したようにクレインが立ち上がるとマリアナの前に進み出た。
「俺はカールの友人でクレインといいます。マリアナさん。カールの墓に案内してもらうことはできますか?」
「私も一緒にお願いします。私はイルマ・スプリングスです。カールとクレインと一緒のパーティーを組んで世界中を旅していました。どうかよろしくお願いします」
それを聞いたマリアナは少し目を閉じると、
「カールも頑固な奴だったね。あんた達みたいな友人がいるのなら一緒にロシアン帝国に殴り込みをかければ良かったのに……。墓に案内するなんてお安い御用だよ。シアの友人たちも一緒に私の家においで。歓迎するよ。ではまた龍の姿になるから驚かないようにな」
そう言うと、またしても古代龍の姿に変わり、その背にカールの友人たちとシアの友人たちを乗せて森の奥へ一直線に向かっていったのであった。




