55,ローマン聖教国
長老の説明はさらに続いた。先程見た扉は開けられないのだという。そして中にいる人間の形をした者は元々冒険者としてこのダンジョンに挑んだ者が悪鬼に変わり果てた姿なのだというのだ。
この砂漠の遺跡にはローマン聖教国から飛燕鳥が飛んでくるという。ローマン聖教国と協力しあいながらバーバリアン王国を監視し、おかしな動きがあれば伝えることでローマン聖教国は砂漠の流れ者達に食糧などを提供しているとのことであった。
その後シア達はローマン聖教国に向かう抜け道を砂漠の流れ者に連れられて通り、ローマン聖教国の聖地に入ったのである。
ローマン聖教国には王はいない。ローマン聖教国の元首は聖教会の頂点にいる教皇が任命される。だが、ローマン聖教国の真の頂点は聖女である。聖女はルナテラスからの神託を受けてそれを教皇に伝える役割を担う。教皇は聖女の意向に従う形で聖教会を運営し、教皇の下に居る枢機卿が補佐していた。
ローマン聖教国の国民は勤勉でよく働きルナテラスを深く信仰していた。明るく美しい町並みは清潔感に溢れており、人々は活気ある姿をみせていた。
「フライブルク王国とはちょっと違うけど、いい感じの街だね」
「ああ、びっくりしたのが、みんなゴミが落ちていたら拾うんだよ」
「それにお互いに助け合っている感じがあるよね」
「あれがルナテラス聖教会じゃないかな?」
「でかいな~~」
「ああ、フライブルク王国の王宮並みの大きさね」
シア達がルナテラス聖教会に到着すると、既に数十名の神父が跪き待ち構えていた。そのうちのひとりが進み出てシアの手に口づけをすると名乗った。
「私はルナテラス聖教会で教皇をしておりますパウロと申します。聖女マリア様もお待ちかねです。どうぞ、お入りください」
そう言うと、シア達を連れて最上階にある会議室に入っていった。
シア達が案内された部屋は円卓になっていて、そのどこの場所に座っていてもローマン聖教国の美しい街並みを眺めることができた。シア達が景色を堪能しながら、ローマン聖教国の戦況を聞いたところ、堅牢な砦のおかげで今のところ何とか守り切っているが、このまま攻撃を続けられるとかなり厳しいとのことであった。さらに、ローマン聖教国の教皇も枢機卿もバーバリアン王国の兵士たちが悪鬼であることは既に知っていた。彼らもバーバリアン王国は完全に悪鬼に乗っ取られたと考えており、滅ぼすしか手がないと考えていたのだった。そこまで話をした時、不意に扉が開くと、品のある小柄な老婆がシアの元に真っ直ぐ向かってきてシアに話しかけた。
「シア君、お久しぶりです。真理愛だよ」
「……あの、覚えがないのですが?」
「城戸真理愛、覚えていないの?」
「はい。お会いしたことないと思うのですが……」
「……そうか思い出していないのか。君の魂をルナテラス様に推薦したのは私なの」
「……俺の魂?」
「そう。私が前世で出会った、最も魂が清らかだと感じたのがシア君なの」
「……前世」
「ええ、日本って覚えてる?」
「日本……痛い、頭が痛い……割れそう……」
「シア君、しっかりして」
ルーナが回復魔法をかけても効かない。しばらくシアは苦しんだが聖女のマリアが聖水を飲ませると落ち着いた。その後マリアは今にも泣き出しそうな顔でシアに告げた。
「今ルナテラス様にシア君が苦しみだした原因を聞いてみたの。そうしたらシア君の魂が自然に思い出すまで前世のことは言わない方がいいって。会えるのを楽しみにしていたのだけどね……」
「そうなのですか……すみません。本当に何も覚えていないのです」
「いいわよ。思い出すことが本当にいいのかわからないしね。もし思い出したら沢山お話ししましょうね」
そこでルーナがマリアに質問をした。
「聖女様、ピラミッドってご存知でしょうか?」
「ええ、エジプトのピラミッドとか有名ですよね」
「エジプト?」
すると、シアがまた苦しみだした。慌てて聖水を飲ませて落ち着かせる。
「ルーナさんはなぜピラミッドのことを知っているの?」
「先日砂漠の遺跡を見たときにシア君がピラミッドだと言ったので、ひょっとして前世の記憶とかに関りがあるのかと思ったのです」
「今のシア君の状態を見ていると前世のことで刺激を与えるのはよくなさそうね。ただシア君が前世で過ごした世界にエジプトという砂漠で有名な地域があって、そこに大きな建物……というよりお墓かな。昔の偉い人の大きなお墓があったの。そのお墓をピラミッドと言っていたのよ」
「では、やはり思い出していたのですね」
「ええ、そうなりますね……ただね、ルーナさん」
「はい。なんでしょう?」
「今幸せですか?」
「はい。シア君と過ごすことができて幸せです」
「ふふ。なら無理にシア君に前世の記憶を思い出させることは必要ないかも知れないわね。私は長い間シア君とお話できることを楽しみにしていたけれど、何より大事なのはシア君がこの世界で幸せに過ごすことですからね。ルーナさん。仲良くしてくださいね」
「こちらこそ、仲良くしてください。よろしくお願いいたします」
「では、あなたたちが結婚式を挙げるときは呼んでください。私が司祭をいたしますよ」
「……結婚式、結婚式、結婚式」
「ルーナ、ルーナ、もう、何でこのバカップルは肝心なところでヘタレになるんだか。婚約してから5年も経つくせに、まだちゅーもしてないし」
エマのその言葉で全員が笑いに包まれたとき、一人の神父が駆け込んできて教皇パウロに報告をはじめた。
「バーバリアン王国の兵士がスワロフ砦を占拠したとの情報が入りました」
「遂にそこまで来たのか。聖十字軍はどうしている?」
「はい。最初の予定通り、無理をせず次の砦に避難しております」
「そうか、それならまだ良かった……と言えるのかもしれんな」
ここでマリアがシア達の方を向いて言う。
「来ていただいてすぐで申し訳ないのですが、手を貸していただくことは可能でしょうか?」
「もちろんです。そのつもりでここまで来ましたからね」
「はい。俺たちでよければ協力させていただきますよ」
「ありがとうございます。そういえばピラミッドで魔皇龍の筒を覗かれましたか?」
「はい。長老から預かってきています」
「それを使わなくて良いように私がいたしましょう」
マリアはそう言うと、全員に魔皇龍の意匠を施した銀色のペンダントを渡した。
「その魔皇龍のペンダントを身につけていれば悪鬼はすぐにわかるはずです。皆様気を付けてください」
そう言うと、マリアも教皇も、枢機卿たちも深々と頭を下げたのであった。
スワロフ砦に向かう途中、ルーナがシアに声をかける。
「シア君、落ち着いた?」
「うん。大丈夫だよ。心配かけたね」
「よかった。シア君の前世が大量虐殺殺人鬼でもルーナは一緒にいるからね」
「大量虐殺殺人鬼って……」
「ルーナ、それって例えが悪くないか?」
「うーん、じゃあ世界を滅ぼした邪神とか?」
「どんどん現実離れしているけどね」
「ほら、馬鹿な事言ってないでもう着くぞ」
スワロフ砦に着いたシア達の目の前には雲霞のごとく押し寄せてくる悪鬼の大軍がいたのである。




