54,砂漠の流れ者
シア達は山脈沿いに東側へと迂回をした。街道を直進していくつかの街を抜ければバーバリアン王国の王都にたどり着く。だが、先にローマン聖教国を救いに行くべきだと考え、東側に迂回したのである。バーバリアン王国の東側は広大な砂漠が広がっていた。砂漠に足を踏み入れようとした時、シア達の目の前に十数人の人々が現れて、突然シアの前に跪いた。
「お待ちしておりました。救世主よ。我らが案内致します」
「救世主……?」
「はい。50年以上前、我々砂漠の流れ者にもルナテラス様から予言がございました」
「……予言」
「はい。予言でございます。その予言が真実であれば貴方は覇者となられ、西の大陸を己の土地とされるでしょう。そして、友人である東の王が貴方の傍におられるはずです」
「確かに、ルナテラス様からは俺がその覇者だと直接告げられたが……それがどうして救世主となるの?」
「このバーバリアン王国は魔の者が王族達を数代にわたって支配しております」
「……支配?」
「はい。支配するだけではなく、おそらく現在の王は悪鬼が姿を変えたのではないかと考えております」
「悪鬼が姿を変える……」
「王族だけではなく、我々がこの砂漠に流れ者として逃げてきた時から悪鬼たちは王都中枢に入り込んでおりました」
彼らの話によれば、砂漠の流れ者の祖先は元々バーバリアン王国の重臣として仕えていた人であったらしい。だが突然王族達が自分たちの血が尊く高貴だと言い出し、自分たちの血を薄めた水を人々に飲ませ始めたのだという。その血を飲んだ者たちは無条件にバーバリアン王国の王族を崇めるようになり、彼らは国中の水源にも血を流して回った。その結界、国中の人々が王族達を崇拝する国家が出来上がり、水を飲まなかった者がこの砂漠の遺跡に身を潜めて、砂漠の流れ者になったとのことであった。
「我々が逃亡したのを察知した悪鬼たちは、我々を追いかけてこの砂漠に何度もやってきました。ですが、我々が砂漠の遺跡に身を潜めていると彼らには見えないらしく素通りをしていくのです。遺跡には水も湧き出しているため、我々はここまで生き長らえることができました」
「……砂漠の遺跡」
「はい。ローマン聖教国に向かわれる前にお立ち寄りください。長老もお待ちしております」
そう言うと、彼らはラクダの背にシア達を乗せて砂漠の遺跡へと案内したのである。
およそ丸一日ほどであろうか。何もない砂漠をひたすらラクダに揺られて進む。すると、シア達の目の前に巨大な建造物が現れた。その建造物を一目見たシアは、
「ピラミッドだ」
と呟いた。
「シア、知っているのか?」
「ピラミッドって何?」
「いや、よくわからない……。ただ今見て、急に頭の中でその言葉が出てきたんだ」
シア達の目の前にある建造物は石造りの正四角錘の建造物であり、ピラミッドそのものである。それもかなり巨大で各辺が一キロメートルほどあったのだ。
砂漠の流れ者がピラミッドの前に立つと大きな石の扉が音もなく開いた。
その奥には通路があり、いくつかの段差を越えると一つの部屋に到着した。その部屋は不思議なことに、窓もないのに明るく眩しかった。その部屋の奥には一人の老人が腰かけており、シアを見ると他の砂漠の流れ者同様に跪いた。
「救世主様、私は砂漠の流れ者で長老と呼ばれております」
「シアです。長老のお名前は?」
「我々砂漠の流れ者は名前を持ちません」
「名前を持たない……なぜですか?」
「名を持つと悪鬼たちは縛るからです」
「……縛る?」
「はい。名前に呪いをかけて人間の心を縛るのです。縛られたものはその後一生悪鬼たちの奴隷になります。ですから我々は名を持たないのです」
「……それはどういうことでしょうか?」
「呪いがどういう原理で働くのかはわかりません。ただ名前を利用して縛るのです。縛られたものは死ねと言われれば死にますし、殺せと言われれば我が子でも殺します」
「私がこの場に皆様をお連れするようにそちらの者たちに命じたのは、皆様の心のつかえを取り除くためです」
「心のつかえ……?」
「どうぞ、こちらへ」
そう言うと、長老はさらに奥にある隣の部屋に案内した。
そこには大きな扉があり、覗き窓のようなものがあった。
「そこから中を覗いて見てください……」
シア達が覗き込むと衝撃的な光景が広がっていた。
そこには大量の悪鬼たちがひしめき合い、さらにはその横に人間も大量にいたのだ。
シアはその人間を助けようとするが、それを長老は止め、一本の筒を手渡した。
「この筒は魔皇龍の筒と申します。この筒を通して中を覗いて見てください」
「……あの人は」
「悪鬼……なのか?」
「はい。先程申し上げたように縛られた者は悪鬼に落ちてしまいます」
長老の説明によれば、人間の型をしている悪鬼は元々人間として生まれてきた者だという。彼らは悪鬼に落ちてもその姿は人間のままであり、一見しただけでは区別がつかないというのだ。判別するには魔皇龍の筒を覗き込むしかないのだという。
「アーサー様にお聞きしますが、フライブルク王国で動員できる兵力はどれくらいでしょうか?」
「……かき集めて10万くらいだろうな」
「ローマン聖教国でどれくらいかご存知でしょうか?」
「15万くらいだとは聞いたことがある」
「では、先日皆様が戦われたバーバリアン王国の兵力はどれくらいでしたか?」
「確か20万だったかな」
「今ローマン聖教国に攻め入っている兵力はご存知でしょうか?」
「50万と聞いたな」
「それだけで70万になります。さらにバーバリアン王国の王都には500万の兵力があります。全部で570万の兵力、どう思われますかな?」
「圧倒的だな……」
「なあ、アーサー、多すぎないか?」
「多すぎる?」
「全部で570万の兵力を持っているって、食糧とかはどうするんだよ」
「確かに、余程余裕がないと無理だな……」
「バーバリアン王国の兵士たちには食糧どころか給金も必要ないのですよ」
「……えっ?」
「なぜなら、バーバリアン王国の兵士は全て悪鬼に縛られた者達だからです」
「……」
「言い換えれば、人の姿をした悪鬼だと言ってもよいでしょう。そして兵士たちだけではなく、一般市民も悪鬼なのです」
「一般市民まで?」
「はい。悪鬼は自分たちで生殖活動を行うことが出来ません。つまりそのままでは繫殖することが出来ないのです。ローマン聖教国に行かれるときその筒を覗き込んでバーバリアン王国の兵士たちを見てください。全てが悪鬼のはずです。それからバーバリアン王国の王都に行ってみてください。子供の姿はないはずです。市民全部を名前で縛り、悪鬼にしてしまいましたからね。子供が育てば終わりなのですよ」
「それで、心のつかえとは?」
「救世主様たちは皆様がまだお若く、20万の人を殺したと気に病んでおられるかと思います。ですが、それは全てが悪鬼なのです」
「全てが悪鬼……?」
「はい。悪鬼に縛られた人間は自分を人間だと思い込んでいますが、実態は違います。性行為は出来ても子供は作れません。さらに彼らの食糧は人間なのです。人間がいなくなれば共食いをします」
「共食い……」
「女性は見ない方がよいでしょう。どなたかしばらくこの扉の向こうを覗いて見てください」
そう言われて、シア、アーサー、ノイマン、アラガンが扉の向こうをしばらくの間眺めていた。だが、
「うげえっ!」
「おおおえっっ!」
「ううっ!」
「げえええっっ!」
と、全員が吐いてしまった。
「おわかり頂けましたか。救世主様達は確かに20万殺したかもしれません。ですが、皆様が殺したのは悪鬼なのです。我々が救世主様と呼ぶのは皆様に彼らに死の救いを与えてやって欲しいからなのです」
「死の救い?」
「そうです。我々砂漠の流れ者は沢山の人間がこの地にたどり着きました。ですが、ほんの少しでもバーバリアン王国の王族の血を摂取した者は悪鬼と成り果てました。この扉の向こう側はダンジョンとなっております。どうかローマン聖教国を救った暁にはこの砂漠の遺跡からダンジョン攻略をして頂き、悪鬼を殲滅していただきたいのです」
そう言うと、元の部屋に戻るように長老は促したのであった。




