53,怒りの平原
風が吹く。
平原を柔らかく撫でる風は、草をそよがせ、野の花を静かに揺らしている。
だが響き渡る軍靴の音が風を踏みにじる。
一人の男がシア達の前に立った。
「我々はバーバリアン王国正規軍。貴様たち道を開けろっ!」
「そのつもりはないな」
「何だと……?」
「俺はフライブルク王国王子、アーサー・フライブルク、貴様らをここで討ち滅ぼす」
「……気でも狂ったのか?」
「至って正気だが」
「たかが6人に、フェンリルか。フェンリルはともかく貴様たちの首はすぐに飛ぶぞ」
「……飛ばせるものなら飛ばしてみろ」
「……蛮勇だな。いいだろう。他の者も名を聞いておいてやる。墓石に刻んでやる」
「お前は名乗らないのか?」
「俺はバーバリアン王国正規軍、先発部隊隊長のチャック・マロンだ」
「シア・ペルサスだ」
「ノイマン・シュタイン」
「アラガン・ドワイト」
「ルーナ・オースティン」
「エマ・ランドリー」
「小太郎だよ~」
そこまで聞くと、チャック・マロンは全員の目を見て本気であることを確認すると戻っていった。
シアが大きく息を吸う。
全身に魔力を込め、その細胞を一気に活性化させる。
ゆっくりと友人たちを見回し、頷きあうと、シアは強烈な覇気を発して吠えた。
その瞬間、全員が一気に魔力を開放し、20万の大軍に踊り込んでいったのである。
先発はルーナであった。
ルーナはマリアナ譲りの強大な魔法で山脈の街道に燃え盛る隕石を落とした。バーバリアン王国軍の最後部はその一撃で粉砕され、退路を断たれたのである。
次いで小太郎が最右翼から躍り込む。小太郎は無人の荒野を行くがごとく、その威圧でバーバリアン王国の兵士たちを釘付けにすると、一気に後方へと回り込んだ。ルーナの魔法で阿鼻叫喚の地獄と化した後方を小太郎はひたすらに静かにしていく。
左翼に回ったのはエマとノイマンであった。エマが火炎魔法を放ち、逃げ惑う敵をノイマンの拳が粉砕していく。敵がまばらになってきたところでエマが赤髪を逆立たせシャイターンを振るう。そのエマを援護するかのようにノイマンが魔法で敵を殲滅し、互いに魔法と武器による攻撃を入れ替えながら進んでいた。
エマたちよりも中央よりの左翼をアラガンとアーサーが進む。アラガンが大楯で敵を弾き返しアーサーが獅子吼し大剣で敵を断ち切る。二人はゆっくりと歩みを進めながら確実に敵を屠り続けた。中央より右翼はシアが受け持った。シアの振りぬく神威は熟練の農夫が雑草を刈り取るような軽さで一気に大量の命を刈り取る。その横にルーナが寄り添い、死の救いを与えてゆく。覇者シア・ペルサスの前に立ちふさがることは何人たりとて許されることではなかった。
気がつけば、バーバリアン王国20万の大軍はたった6人と一頭のフェンリルによって包囲されてしまった。逃げ惑う数万の兵士たちが行き場を無くして中央付近に集まると、ルーナが彼らの周囲に巨大な死の結界を張った。その結界の上にノイマンが暴風をおこし、アラガンが金属片を放り込み、エマが火炎を吹き込む。その死の嵐をアーサーの魔力で結界の中を吹き荒れさせた。最後にシアが全てを溶かしつくすほどの灼熱のマグマを結界の中に流し込む。ルーナが結界を消し去り風で冷やすと、そこにはただの茶色い塊が土くれと一緒に平原に転がっていた。
静けさを取り戻した平原に一人の男が連れてこられた。
小太郎がバーバリアン王国の大将を確保していたのだ。
「……俺は、シア・ペルサス。お前の名前は」
「……イブラ・バーバリアンだ」
「王族か?」
「そうだ。高貴な血筋のバーバリアン王国第三王子だ。お前たち控えよ」
「……控える? 何を?」
「お前たちはたった6人と一頭でバーバリアン王国20万を全滅させたのだ。誇ってよい。フライブルク王国で恩賞をもらい受けよ。私は国に戻り捲土重来を期す」
「捲土重来?」
「当然だ。たかが石ころにつまずいた程度ではあるが、この程度はどうにでもなる。高貴である私さえ無事で国に帰ればそれでよいのだ」
「石ころ……?」
「石ころだろう。20万の石ころだ。使えない奴らだったがな。もっとも石ころが国に残っていても意味がない。石ころは石ころとしてしか使えないからな」
「……」
「我々王族さえ残っていれば国などどうにでもなるのだ。我々王族のために民は生きる。それだけであろう」
「……」
「ふむ。お前たちはなかなか見どころがある。特にそこのシア・ペルサスはいいな。お前なら将軍に取り立ててやろう。そこの銀髪の女は我が愛妾にしてもいい。お前たちもどうだ。この高貴なるバーバリアン王国第三王子イブラ・バーバリアンに仕えることが出来る機会を与える。僥倖に思うがよい。そもそもお前たち程度でこの高貴なる……」
「アーサー……」
「聞くに堪えん」
バーバリアン王国第三王子イブラ・バーバリアンはアーサーの一閃でその高貴なる命を落とすと、灰も残らぬほどの劫火で焼き尽くされてしまった。
「バーバリアン王国の王族はあの調子なんだろうな。あいつらにとって人は石ころなのさ」
「……理解できないが、理解しようとすることが間違っているのだろうな」
「ああ、可哀そうなのはあんな奴らのために命を落とした連中だな」
「……振り返るか?」
「……いや。俺はシアと共にこのまま進むよ」
「アーサー……」
「俺も、振り返ることはしない」
「今の俺たちは歴史を作っているのさ」
「そうね。このまま進んでバーバリアン王国を滅亡させる方がよさそうね」
「……私はどこまでもシア君の隣よ」
シアは小太郎に、ランドリーに続く道をふさいでいた砦に穴を開けて、ブルースに勝利の一報を入れるように頼むと、そのままバーバリアン王国に向けて旅立っていったのである。バーバリアン王国に着くまでの間、彼らは後方を振り向くことを一切しなかった。
王宮から軍が応援に駆けつけてブルース達と後始末をする。
その無慈悲な惨状を見た兵士のひとりがぽつりと呟いた。
「……平原に古代龍の怒りが溢れているな」
最後にシアが溶岩流を流した場所はその後永久に草木が生えることはなかった。
以降、歴史上まれにみる悲惨な戦場となったこの平原は「怒りの平原」と言われるようになり、後世の人々に戒めを与え続けることになったのである。




