51,幕開け
フリージア学園の修業年限は5年である。今年で17歳となり、最終学年になったシア達は残り一年となった学生生活に思いを馳せていた。またこれまでを振り返り、お互いの姿を見て笑いあっていた。
「ノイマン、デカくなりすぎだろ」
そう言ってアラガンが笑う。ノイマンは極限空手の修行を経て鋼の肉体を手に入れ、シア達の中で最も大きな体になっていた。身長は2メートルを超え、その長身を包む鋼の筋肉は鎧のようであった。
「フライブルク王国一の秀才がフライブルク王国一の脳筋だもんな」
そう言ってアーサーも笑った。
「アーサーも俺のこと言えないだろ。その手は何なんだよ」
ノイマンがアーサーに言い返す。アーサーもまた大きく成長していた。貴公子然としていた数年前とは違い、今のアーサーはシアと同じくらいの長身に成長していた。特に大剣を振るうその手は大きく節々が膨れ上がっていたのだ。
「大体アラガンもその腕太すぎだろう」
ノイマンがアラガンにもやり返した。アラガンはドワーフであり種族が違う。当然ながら体の構造も違う。だが、アラガンは12歳の時から大きな槌を振るい最高峰の武器防具を作り続けてきたため、同世代のドワーフに比べて腕が異様に太かった。またシア、ルーナ、小太郎と共にカルクレイルのダンジョンを何度も制覇していたため実戦経験が豊富であり老成した戦士の佇まいを見せることすらあった。
シア、アーサー、アラガン、ノイマンが互いに身長を比べあう。ノイマンが圧倒的に大きいが、次いでアーサー、ほぼ変わらずにシア、頭一つ低いのがアラガンであった。
「でも、一番変わったのは……」
「女子二人だよな」
「間違いないね」
「女はこわいよ」
男子が互いの肉体の強度を物差しにして比べあうのを横目に、エマとルーナも女性として急成長をしていた。
ルーナは母のベリンダの血を受け継いだのかエマよりも背が高く胸も大きかった。その特徴的な銀髪は道行く人が振り返るほど美しく、また美貌にも磨きがかかり、フライブルク王国一の美女として有名であった。そのため学園周辺は毎日のようにルーナを一目見ようと人だかりが出来ていた。
エマは道場破りを繰り返したときに男性に失望したのか、あまり自分の身だしなみに気を遣わなかった。だが、真っ赤な髪に悪魔とも称された整った顔は、十二分に目立つものであり、均整の取れた体付きもあって、一部には熱狂的なエマ信者が出来るほどであった。
成長した彼らが残りの一年間を楽しく過ごすことができればどれだけよかっただろうか。不幸な事件は突然起きた。担任のマルクスが血相を変えて5年Sクラスの教室に飛び込んできたのだ。
「大変だ、王族の乗った馬車に子供が飛び込んで爆発し、皇太后様がご逝去された」
「お婆様が……?」
「アーサーすぐに王宮に帰れ、他の者もアーサーに付いて行ってやれ。イルマ校長もすぐに向かうそうだ」
マルクスの知らせを受けてシア達はアーサーと共に王宮へ向かった。
アーサーの祖母はエリザベートといい、アレクサンドロス王の母になる。悪鬼たちと戦った経験をもつエリザベートは活発な女性であった。ただ、ここしばらくは体調が思わしくなく、オースティンでセインの治療を受けて静養をし、王都に帰ってきたところを襲われたのであった。シア達も非常に可愛がってもらい、成長期の彼らのために年に何度も数着の服を仕立てて贈ってくれたのだった。
王宮の奥の部屋に入ると、既に皇太后は棺の中にいた。棺の隣にはアレクサンドロス王とオリビア妃が座っていた。シャロンは大好きなお婆様が亡くなった衝撃で熱をだしているそうだ。アーサーが棺の蓋を開けようと近づいたとき、アレクサンドロスがアーサーの手を抑えた。そして、
「覚悟をしてから、……開けろ」
という。アーサーは遺体の状態が良くないのだろうと思い、一息ついて覚悟を決めてから棺の蓋を開けた。
「………………噓だろ?」
その場で立ちすくんで絶句したアーサーの横からシア達も棺の中を見た。
シア達も、一言も発することが出来なかった。
あの快活なエリザベートの姿はどこにもなく、いくつかの肉片が入れられており、そのうちの一つにいつもエリザベートが付けていた指輪が埋まっていたのだ。
「母上の乗った馬車は粉々に砕け散り、中に乗っていた母上は猛烈な炎に包まれたそうだ。護衛の兵士たちも全員が亡くなり、騎士団が駆けつけて火を消した時に残っていたのはそれだけだったらしい……」
「……護衛たちをかいくぐってその子は近づいたのですか?」
「母上は街に出ると子供たちにお菓子を配っているのだよ。危ないから何度も止めるように言ったのだが……。目撃者が言うには、数人の子供がいるのを見つけた母上が馬車を止め、子供たちを呼んだらしい……。そのうちの一人の子供が……爆発したそうだ……」
「……ロシアン帝国なのか?」
「シア……」
「……俺がこの国にいるからなのか?」
「シアっ!」
「……俺のせいなのか」
「シア君っ!」
ルーナはシアに抱きつきなだめようとする。その時アーサーがシアの肩を掴んだ。
「……アーサー」
「……シア、お前が西の大陸を平定する時は俺を連れていってくれ」
「……」
「……お前のせいではない。悪の根源はロシアン帝国にある。奴らがいる限りこのフライブルク王国だけではなく、世界中で同じ不幸が起きるだろう」
「だが、俺がいなければ……」
「いいかシア、かつてカール様は何度も同じ目にあってこの国を離れられた。だが、ロシアン帝国が存続したおかげでお婆様は命を落としたのだ。もう二度とこんなことはあってはならない。根を断ち切るしかないのだ」
「……アーサー」
「俺はお前の友だ。俺はお前の剣になってやる。必ず連れていってくれ」
そう言うと、アーサーは一筋の涙を流してシアを抱きしめた。シアもまたアーサーを抱き返して約束をする。
「……アーサー約束するよ。共にロシアン帝国を倒そう。そして一緒に世界から不幸をなくそう」
「……ああシア、俺たちが世界から不幸をなくそう」
後世に獅子王アーサーと呼ばれた男は、覇者シアと誓い合ったのである。
だが、不幸はさらに続いた。一人の兵士が王宮の奥の間に宰相と共に入って来て、膝を折るとこう告げたのだ。
「恐れながらアレクサンドロス王にご報告いたします。バーバリアン王国が当国に宣戦布告を致しました。その軍勢は総数20万。開戦はおそらく明日になるかと思われます。また、バーデン・ランドリー男爵が敵の刺客の攻撃を受けて負傷されたとの報告がございました」
「お父様が負傷……」
「はっ。命に別条はないとの報告を受けております」
「ランドリーの国境警備隊の兵力は?」
「3000でございます」
「すぐに援軍を送れ、今すぐだ」
「間に合いません。日夜馬を飛ばしても到着は明後日になります」
「お前は予にバーデンを見殺しにしろというのかっ!」
激昂したアレクサンドロスは目を血走らせ、歯を折れそうなほど食いしばり、握りしめた拳から血を流していた。その様子を見ていたシアは
「俺が行きますよ。転移すれば一瞬で着きます」
「シアはまだ学生だ。それに相手は20万だ。前とは違うのだぞ!」
「アレクサンドロス王、早いか遅いかの違いでしかありません。先ほどアーサーが西の大陸を平定する時に連れていけと言いました。俺がアーサーを西の大陸に連れて行き平定しても、アーサーが座るべき玉座が無くなっていては意味がないのです」
「……シア、それはこのフライブルク王国が滅ぶということか」
「母さんによれば、ロシアン帝国の皇帝には魔の者が護衛しているそうです。父さんも負けて瀕死の重傷を負い、母さんが匿ったと聞きました」
「カール様が負けたのか?」
「はい。ですから俺はアーサーを連れていく前に、このフライブルク王国に害をなす存在を消し去っておきたいのです。父さんが負けるほどの敵がこの国を襲ってからでは遅いのです」
「シア、そこまでしなくても……」
「俺にとってこのフライブルク王国は母国のようなものです。西の大陸に旅立つ前に、俺は皆さんのために、このフライブルク王国のために、この剣を振るいましょう」
「なら、俺もこの拳で叩きのめしてやる。連れていけ」
「このハンマーで潰してやる。俺も連れていけよ」
「当然俺もライオネスの錆にしてやる」
「お父様に怪我をさせた連中をシャイターンで串刺しにしてやる。絶対に行くからね」
「シア君、私が転移してエアパスを連れてきます。エアパスに乗れば全員間に合いますね」
「敵討ちだ~、小太郎も暴れまわってやるのだ~」
このときアレクサンドロス王はシアの手を握り、自らが王であることを忘れて跪くと、その手を額に押し戴き、頭を下げたと言い伝えられている。




