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50,修行

 早朝3時、起床を告げる銅鑼の音が響く。硬い床に薄い布を一枚敷いただけの簡素な布団を素早く折り畳むと足音ひとつたてずに滑るように渡り廊下を歩き、道場で座禅を組む。


「拳心一如」、拳とは肉体。心とは精神。不可分に結びつく両者を鍛えて伸ばすことが極限空手の真髄であると叩き込まれる。肉体だけを鍛えてもただの粗暴な輩に落ちぶれる。精神をしっかりと鍛え、正しい心で振るう拳こそが至高である。そうした考えのもと、ノイマンの一日は胡坐を組んで精神統一を図ることからはじまるのだ。


 日が昇る。鎮まった精神が正しく己の肉体を支配するように呼吸をする。呼吸が乱れていてはいけない。呼吸により己の体を鎮まった精神で支配するのだ。五感のみではなく、正しい呼吸は内蔵すら自在に動かす。波紋ひとつない水面のような心で、呼吸を通して己の体を支配する。それが自在に出来るようになったとき、例え目を閉じても世界が色を失うことはない。


 食事。簡素ではあるが栄養価の高い食事を極限空手の道場では一日に8回摂取する。稽古の合間、稽古中であっても頑健な肉体を得るために食事の摂取は必ず行わねばならない。


 走る。砂浜をひたすらに走り続ける。足が砂浜にめりこむのは極限空手の歩法が未熟であるからだ。先達を見るがいい。ノイマンよりも遥かに大きな体で砂浜を飛ぶように軽やかに走っているではないか。海辺を走る。薄着の女性が誘惑する。軽薄な輩が人生を謳歌しているようにすら見える。だがそれは己の心が試されているに過ぎない。己の心が彼らに向いた瞬間、己の足は砂浜にのめり込むではないか。数多の誘惑を道端の石のごとく扱い、ただこの世界に現れる現象の一つだと看破するのだ。


 突く。裂帛の気合と共に突き出せ。だが型だけでは意味がない。死と隣り合わせのこの世界で敵を倒せぬ拳に意味はないのだ。一撃必殺。鋼と化した己の心を拳に乗せて放つのだ。


 蹴る。裂帛の気合と共に蹴りだせ。足は腕の何倍もの力がある。鍛えぬいたその肉体で、その心で、敵を蹴りぬき粉砕せよ。


 投げる。間合いを把握し人体の構造と機能を理解せよ。柔よく剛を制す。己よりも遥かに頑丈な魔物に力勝負をするのは蛮勇である。敵を見定め弱点を把握し集中力を高め一点突破せよ。そこに活路が生じる。


 流せ。相手の攻撃を己の体で受けきってはならない。魔法を使う敵の攻撃を受ければ必ず隙が生まれる。己に生じた隙は即仲間の死につながることを理解せよ。敵の攻撃を読み切り、風に揺れる柳の葉のように受け流せ。己の体を空気と一体化させよ。

型を体に刻み付けよ。型とは連携の基本である。極限空手の108の型は考えることを許さない。息を吸うように己の体に、己の心に、魂の奥底に刻み付けよ。全ての型を魂の奥底に刻み付けたとき極限空手の道程が開かれるのだ。


 自在であれ。型とは基本であり究極。だがそれは型でしかない。実践で型通りに行おうとするのは傲慢である。型を組み合わせさらに己の型を作れ。己の型を作りさらに組み合わせ無限の型を創り出せ。明鏡止水の心が用いる変幻自在の型。それこそが極限空手の奥義である。


 夕方、ノイマンは魔力を用いず、身体強化もせずに先達の胸を借りる。その日一日の修行の成果を全て拳に乗せて放つ。だが、先達は微動だにせずノイマンの突きを受け流す。次の瞬間、ノイマンの体は道場の床に叩きつけられる。肺からすべての空気が絞り出され、苦しんだ途端に意識を刈り取られるのだ。水をかけられて起こされる。ノイマンが構えた次の瞬間、唸りをあげて蹴りが飛んでくる。またしても意識が飛ぶが、水をかけて起こされる。ひたすらに寝る前まで繰り返し続けるのだ。


 全く容赦のない極限空手の修行。

 だが、ノイマンはその天才的な頭脳で極限空手の意味することをすぐに理解したのだ。

 頭で理解しても体がついてこない。それは自分が頭でっかちであるということだと看破したノイマンはやはり己を知る者であった。自分に足りないものは何なのか。ノイマンはそれを追い求める一人の求道者と化していたのだ。


 数年後、ノイマンは極限空手における最大の荒行1000人組手を完遂し、クレイン以来となる拳聖の称号を手にすることとなった。

 拳聖ノイマン。その肉体はオリハルコン製のハンマーで殴りつけても傷つくことはなく、氷の上を滑るかのように移動し、唸る拳は鋼鉄を貫通し、豪快な蹴りは大地を割ったという。天才的な頭脳と強靭な肉体。正に文武両道かつ拳心一如の偉人ノイマンはこの南部の街メタリンを源流とすると後世の歴史家は伝えた。


 ノイマンが過酷な修行をしている傍らでエマとアーサーもそれぞれが弟子入りをした師匠のもとで修行に励んでいた。ただエマは槍に関しては既に天才の領域にあったのだ。むさくるしい男だらけの道場に来た赤髪の美少女。エマのモテ期は凄まじいものがあり、毎日大量に求愛のラブレターがエマを襲った。だが、やがてエマが槍術の基本を身につけ、実践演習を行い始めると短いモテ期は過ぎ去った。あまりの強さに男性諸君が尻込みをしてしまったのだ。


 エマはほんの数か月で道場の師範代達を破ると、その後は神槍ディーンを相手に稽古を積んだ。エマの使う槍術は女性らしく優美な柔らかい槍術であった。一見すると力が入っていないようにすら見える構えから、舞を踊るかのような攻防一体の動きを見せる。エマの体を貫こうとする敵の槍は気がつけば跳ね上げられ、あるいは絡めとられ、弾き飛ばされる。そこに十分に捻りが聞いた神速の刺突が襲い掛かるのだ。

 エマの槍術は兄のブルースすら遥かに凌駕し、およそ3年の修行でディーンから天槍流槍術免許皆伝の称号を授与されると、その後は南部の街メタリンで道場破りを繰り返し、赤髪の悪魔と恐れられるほどの卓越した槍術の使い手に成長したのだ。

 またエマはこの「赤髪の悪魔」という呼び名を気に入り、アラガンが作成してくれた愛用の槍の銘に、悪魔を意味するシャイターンと名付けたのであった。


 一方のアーサーは師匠のボクデが言うように凡才であった。だがアーサーは生真面目で心根が真っ直ぐであった。単調な剣術の基礎訓練を嫌がることなく、誰よりも朝早く起きて素振りを行い、誰よりも遅くまで剣を振り続けた。王宮で過保護に育てられたアーサーの柔らかい手のひらはマメだらけとなり、そのマメが潰れて手が血だらけになっても剣を振ることをやめなかった。やがてアーサーの柔らかい手は分厚い皮で覆われ巌のように大きくなり、細身で華奢な体は逞しく力強いものへと成長していた。

 アーサーは己が凡才であることを十分に理解し、決して奢ることが無かった。愚直に努力を重ねて一途に剣の道を追求し続けたアーサーの剣は、その心と同じく真っ直ぐであった。眼光鋭く敵を真っ直ぐ射抜き、金髪をたなびかせながら、背にした大剣を抜き払うと敵を一刀両断にする。修行をはじめてから数年でアーサーの努力は実を結び、剣豪と称される腕前を身につけるほどになった。人々はそんなアーサーに黄金の獅子と名付け尊敬したという。

 アーサーはアラガンが自分のために作ってくれた大剣を抱いて眠るほど大事に扱い、その大剣は獅子の恋人のようだと言われるようになった。そこでアーサーは黄金の獅子の恋人である大剣に、雌ライオンの意味があるライオネスと名付けたのであった。


 他方でアラガンは、自分が作った武器を使いこなすために過酷な修行を積む友人たちの思いに応えるため、その装備を創り出すことに専念した。アラガンは毎日のようにノイマン、アーサー、エマの修行風景を観察しては構想を練るとシアとルーナ、小太郎と共にカルクレイルのダンジョンを何度も制覇して素材と資金を集めては装備を作り続けていた。


 またシアとルーナ、小太郎は彼らの修行を支え励ましながら、何度もマリアナの元へ赴いた。特にルーナはマリアナの指導により魔導士としての腕を急上昇させ、古代龍が使役する強力な魔法すら使いこなすほどの腕前になっていた。ルーナは転移すら自在に出来るようになり、シアを除けば世界最高の魔導士となったのである。


 かくしてシアの友人たちは過酷な修行を経て成長を重ね、フリージア学園の最高学年に進級する年を迎えたのであった。

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