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46,母

 晴天の空に漂う雲が凄まじい勢いで遠のいていく。空気は震えながら消し飛び、眼下の海は割れ、その強烈な圧力のみで魚が海上に白い腹をさらしていた。シアはルーナを抱きしめ、エアパスをも包み込む強大な結界を張った。そして、

「ルーナ、大丈夫。母さんだよ」

「エアパスも大丈夫。母さんだ」

 シアがそこまで言うと、小太郎が弾丸のような速度で飛び出していった。

「マリアナだ~~~っ!」

 小太郎が飛び出してしばらく経つと、太陽が星を包み込むような、暖かくそれでいて力強い空気がやって来る。小太郎がマリアナのところに着いたと確信したシアは結界を消した。ようやくまともに呼吸が出来るようになったルーナの背をシアは優しく撫でさすり落ち着けた。何とかエアパスの震えも止まり落ち着いた。

「これが古代龍の力なのね……シア君」

「そうだね。でも今感じるこの暖かい空気も母さんなんだよ」

「暖かい空気……そうね、凄く優しい空気ね」

「我もさすがに心臓が止まるかと思った。さすがマリアナ様だ」


 すると、シアの視界の先に懐かしい母の姿が現れた。何度も見たその姿は飛龍のエアパスすら子供にしか見えないほど圧倒的な存在感であり、生物としての格の違いを見せつけていた。マリアナは小太郎を頭に乗せてエアパスの上にいる愛しい息子に顔を寄せ、大きな古代龍の姿のままシアに頬擦りをした。シアもマリアナに抱きついて涙を流していた。

「飛龍よ、背を借りるぞ」

 マリアナはそう言うと、人化していつもの老婆の姿になるとエアパスの背中に乗った。

「いつシアが転移魔法で帰ってくるかと……心待ちにしていたのだ」

「母さん、ごめん。転移魔法は使えるようになったけど、ここで海に落とされるんだ」

「海に落とされる?」

「うん。エアパスに言わせるとあの島に住む黒龍が転移除けの結界を張っているのではない……」

 シアが全部を言い終わる前にマリアナは強烈な怒気をその島に向けた。哀れにもその島にいた小動物は全滅し、周囲の魚は打ち上げられ、青々としていた木々は一瞬で枯れ果てた。

「シア、今日は久しぶりに母さんが黒龍のシチューを作ってやろう」

 マリアナがそう言った瞬間、その島から黒龍が震えながら近づいてきた。

「わざわざシチューの材料になりに来たのか?」

 マリアナがそう言うと、

「こ、こ、ここで、て、転移除けの結界を、は、張るように、い、言われたのは、か、カール様です。お、お、お助けください」

「カールがそういったのか?」

「は、はい。ぼ、坊ちゃまが、た、大陸を渡ったら、ろ、ロシアン帝国から刺客が移動できないように、て、転移除けの結界を張るようにと」

「ふむ。ではどうすればこの転移除けの結界をシアは通れるのだ?」

「て、転移除けの結界を抜けるには、け、血鎖を結べば……」

「わかった、続けて結界を張っておけ。後ほどシアが行ったら血鎖をせよ。違えれば海の藻屑にするぞ」

「は、はい。ぼ、坊ちゃま。お、お待ちしております」

 そう言うと、黒龍は震えながら島に戻った。


「カールがシアを守るためにしていたことが、仇となったか」

「どういうこと?」

「カールは学園に行ったシアを狙ってロシアン帝国から刺客が送り込まれることを防いでいたのだろう。ロシアン帝国は転移魔法を使って暗殺者を送り込むと言っていたからな」

「転移魔法を使って暗殺者を送り込む……」

「その話は後でしようか……」

 そう言うと、マリアナはルーナを見た。すると、

「マリアナお母様、ルーナと申します。この度シア君と婚約いたしました。今後はシア君の妻として、お母様の娘として恥じないように精進いたしますので、どうぞよろしくお願い申し上げます」

 と、挨拶をした。マリアナは大きく目を見開くとシアに説明を求めた。

「……シア、母にわかるように頼む」

「母さんに紹介しようと思ってエアパスが乗せてくれたんだ。彼女はルーナ。母さんがわかるように言うと、俺のつがいだよ」

「……何と、何と、シアのつがいだと。それは一大事だ。そこの飛龍、名を名乗れ」

「え、エアパスでございます」

「うむ。エアパスだな。礼を言う」

「そして、ルーナと申したな。我がシアの母マリアナだ。そなたも我が娘となるがよい。めでたいな。シアよ、母は嬉しいぞ」

 そう言うと、マリアナはルーナを抱きしめて魔力を浸透させた。

「これでよい。さあ、久しぶりの里帰りだ。母が乗せてやろう。エアパスよ、人化は出来るか?」

「はい。出来ます」

「なら、全員で我の背に乗れ。我が家へ案内しよう」

 そう言うと、また古代龍の姿になると全員を背中に乗せて一気に飛び出した。その間、エアパスは、

「我が古代龍マリアナ様の背に乗せてもらえるなどと……」

 と、感激して泣き続けていたのであった。


 険峻な山脈に守られた広大な森があった。その森はフライブルク王国どころかバーバリアン王国を合わせても足りないほど広大な森であり、険峻な山脈の向こう側は海であった。その最奥にシアの育った家がある。シアは家に着くと最初にルーナを連れてカールを埋めた森で最も大きな木に行き、カールにルーナを紹介したのであった。

 家に帰るとマリアナは別の黒龍の肉を使い、エアパスに手伝わせてシチューを作っていた。硬いはずの黒龍の肉もマリアナが料理をすると不思議なくらい柔らかくなる。広大な森の恵みをふんだんに使い、鳳凰の乳で煮込まれたマリアナ特製の黒龍のシチューは絶品であった。

 これには流石にルーナもエアパスも目を見開いて驚き、蕩けた顔をしながら無言でがっついたのであった。

 食事が終わると、マリアナは紅茶を入れてくれた。そこでルーナはマリアナに土産を渡すことにした。

「お母様、つまらないものですが、私の父母からマリアナ様に渡すようにと預かって参りました」

「ルーナの父母が?」

 そう言ってルーナが手渡したのはオースティン特産のワインとタオルであった。さらに、マリアナあてに手紙が同封されていた。マリアナはその手紙を一読すると、シアに向かって、

「よい父母だ。自分の父母だと思って大事にするようにな」

 と涙ぐみながら告げたのであった。


 その後しばらく学園の話などを聞かせていた時にシアはふと気になることを質問した。

「母さん、母さんは予言を知ってる?」

「予言、知らんな。聞いたこともない」

 その返事を聞いたシアはマリアナに予言を聞かせることにした。


雷鳴轟く陰鬱な日、

天より子が降る。

かつて魔を下した勇者は、

子を受け止め命を与える。

心優しき龍は子に力を与え、

神狼は家族とならん。

子の武力は人を越え、

やがて覇者へと至る。

子は友と共に、

友は民と共に、

民は希望と共に、

新たな覇者が行う覇道を祝うべし。

黒髪の子はペルサスを名乗る。

西の王となり、

東の王は友に、

南の王は敬い

北の王は従い、

魔を誅して覇者となる。

覇者の誕生を待ち、

出会いを祝うがよい。

その子は神の子。

人々に安寧をもたらすであろう。


「ふむ。それが予言か……」

「この予言の覇者とかいうのが俺だって皆が言うんだよ」

「50年前といったか……その時、連れてきた魂がシアか……」

「何か覚えがあるの?」

「うむ。ルーナはこの星の主神を知っておるか?」

「聖教会の教えだと、ルナテラス様だと思いますが……」

「そうだ。そのルナテラスがひとつの魂を手にして50年前に来たことがある」

「50年前?」

「うむ。主神は人間の営みに積極的には関与はせぬ。そのルナテラスが50年前に一つの魂を異世界から連れてきて我にこう言ったのだ。『この魂が覚醒するまでよろしくお願いします』とな」

「母さんはルナテラスと会ったことがあるの?」

「何度もあるぞ。ルナテラスが下りてくるのは波乱のある50年前から100年前が多いな。奴は大体200年くらいは予知ができたはずだ。その間に異変がおきそうだと思うと何かを仕込むのだよ」

「ではその時に異世界から連れて来られたのがシア君の魂……」

「可能性は高いな。そもそもルナテラス以外の者が全ての国家に同時に予言などできんだろう」

「ではその予言は本物の予言なんだね」

「そう考えて間違いないだろうな。ふふふ。でもシアが覇者か。母も協力しよう」

「お母様が協力……」

「ああ、カールはペルサス王国が滅ぼされる時に我が手助けしようとしたら、断った」

「父さんが断ったの?」

「うむ。ロシアン帝国を焼け野原にしてやろうと言ったのだがな……人がいない国など国ではないと言ってな」

「母さん、焼け野原はダメだよ。殺し合いはしょうがないかもしれないけど、皆殺しにしたらどうしようもないよ」

「わかっておる。だから手出しをしてはおらん。さあ、今日はもう遅い。そろそろ寝なさい。また明日話をしよう」

 再会した母と子は、その日の話を終えて久しぶりに寄り添って眠りについたのであった。



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