32,戦後
バーデン男爵とブルースがシアの元に近づこうとすると、小太郎が押しとどめた。その仕草を見て、バーデン男爵とブルースは、そっとしておいてやろうとその場を離れて部隊に撤収作業を指示した。しばらくすると微動だにしないシアに寄り添っていた小太郎が急に飛び立った。
ほどなくして、小太郎がルーナ、エマ、アーサー、ノイマン、アラガンをその背に乗せてやってきた。戦場に飛び散るかつては人間だったもの。ほんの一日前なら彼らと話をすることもできただろう。そのど真ん中にシアは神威を抜いたまま微動だにせず立ちすくんでいたのである。
そのシアの姿を見て真っ先に動いたのはルーナであった。ルーナはシアの体にかかっていた返り血を気にもせずシアに抱き着いたのである。すると、シアは神威を落とし、膝を折った。ルーナはシアの頭を胸に抱きしめて、そのまま優しく撫で続けた。
しばらくすると、シアは急に目が覚めたかのようにルーナの胸に縋ると嗚咽を漏らしだした。ルーナもシアをさすりながら涙を流す。おもむろにルーナがシアに声をかけた。
「シア君、ルーナはどんなシア君でもいつまでも一緒にいるよ。シア君が苦しい時は一緒に苦しむし、辛い時は一緒に泣こうね。でもね、どんな時でもルーナはシア君の隣にいるからね。ずーっと一緒に居ようね」
そこまでルーナが口にした瞬間にシアは男泣きに泣き出した。ルーナも一緒に泣き出した。二人とも抱き合いながら涙が枯れるほど泣き続け、やがて、どちらともなく泣き止むと、気がつけば友人たちが二人を抱きしめて一緒になって泣いていたのだった。ようやく気が付いたシアは絞り出すように、
「ありがとう……」
と、小さな声で大切な存在たちに告げたのであった。
戦争が終わり、戦後処理が終わった。
戦争はまだ若い彼らの心を深く傷つけた。
平原に立ち込める鉄錆臭、消えることない死臭……
ただ、この経験がシアと友人たちの繋がりをさらに深めることになったとするのは皮肉であろうか。シアと友人たちは互いに思いあい労わりあって、この戦争が残した傷を癒すことができたのである。
少し大人になって成長した顔をしたシア達が、馬車で揺られて王都に向かい去っていく姿を、バーデン男爵とブルースは痛ましげに眺めていた。
「俺たちが終わらせてやれたら良かったのだがな……」
「この悲劇の連鎖はいつ終わるのかね……」
「シア達が終わらせてくれるかもしれないな……」
「だが……」
「ああ、情けないことだ……」
「これからも傷つくだろうな……」
「せめて、出来る限りのことはしてやろう……」
バーデン男爵とブルースは去りゆく馬車を見つめて誓った。
王都につくと、シア達は王宮に呼び出され全員がそのまま赴いた。
アレクサンドロス王の横にはクレインもイルマもいた。
「国として戦争で得る物がある。そう考える連中は世界中に沢山いるのだ。だが予は戦争で失うものの方が多いと考える。人の命と尊厳が失われる。予はそれを恐れる。だから我が国は他国に攻め入ることをしないのだ。だが……奴らは決断を迫ろうと襲い掛かってくるのだよ。何度も、何度も……。アーサー、シア……。人々を守るために剣を振るえ。痛めつけるためではない。人々を守るためにその卓越した力を振るえ。それが予の王としての矜持だと教えておきたい」
「ああ、カールが生きていたらどやされるところだ。俺からいうことは一つだけだ。負けるな。負けたら大事なものが踏みにじられる」
「自分を傷つけてでも人を守る。その尊さを知ってほしい。あなたたちは既に十分に理解しているはずです。顔をあげて上を向いて未来を切り開いてください」
謁見が終わると王宮でパーティーが催された。
楽団の奏でる演奏を聞きながらシアはルーナを連れてバルコニーに出た。頬を撫でる夜風を感じながら、黄金色の満月を眺め続けていた。シアの腕をとりルーナが寄り添う。
「ルーナ、ありがとう。来てくれたおかげで何とか正気に戻れたよ」
「ふふ。お礼なら小太郎に言ったほうがいいよ」
「……そうだね」
「小太郎が必死でみんなを探して集めてくれたの。シアが大変だ~って……」
「後でワイバーンの肉でも焼いて食べさせてやるか。いつもより大きなやつを」
「家族だからね。助けてくれって」
「小太郎が?」
「うん。ルーナにはそう言ったの」
「……そっか、肉を増量してやろう」
「だからね、お礼なんか言わなくてもいいよ。家族だから助けあうのは当たり前でしょ」
「……ルーナ」
「……シア君」
二人は自然に見つめあった。お互いが家族なのだと強く意識し、より一層愛おしく思いあった。その時、……背後でカーテンが破れる音がした。
「馬鹿野郎、アラガン何してんだよ」
「ちょっと、ノイマンが押したんじゃねぇか」
「俺じゃないアーサーだよ」
「あんた達ね、折角の寸劇のネタがパーになったじゃないの」
「……ルーナ」
「……いつものパターンよね」
「戻ろうか」
その後は全員が笑顔で追いかけあい、多少羽目を外してしまってフライブルク王国の品位を若干貶めたのはご愛敬である。
さて、休暇が終わり、学園がはじまったのであった。
全員が無事に二年生となりSクラスに進級できたのである。だが、それを快く思わない者達がいた。シア達が長らく学園を離れて強化合宿を行い、その後すぐに休暇に入ったため、学園に残っていたほかの生徒や教師たちはSクラスの実力を全く知ることが出来なかったのだ。特にAクラスの者達は自分たちがSクラスに上がれる機会が失われたと感じ、校長のイルマが依怙贔屓をしていると不満を言い始めた。その筆頭がドラク伯爵家の長男グースであった。
グースは入学時にはCクラスであった。だが、名誉を重んじるドラク伯爵に、Aクラス以上で卒業出来なければ弟のギースに家督を譲ると宣告されたため、必死で勉強してようやくAクラスになったのだ。グースの弟であるギースは真面目で大人しく優秀な少年であったが、グースは粗暴かつ横暴であった。しかもグースはルーナに横恋慕していた。シアとルーナが婚約者となったことは貴族である者にとっては周知の事実であるが、グースは以前の恨みもあり、さらにシアが爵位のない平民であるためにその婚約が納得出来なかったのである。
ドラク伯爵は謹厳実直な人物であり、日頃は司法省に勤めていて法を重んじる人物であった。そのドラク伯爵から見ても無試験でSクラスをそのまま昇級させたことは不公平に思えたのである。せめて皆が納得できる機会を与えるべきだという意見が王宮でも噴出したのであった。
そこでグースは仕掛けた。AクラスとSクラスで対抗戦をしてAクラスの生徒が勝てばSクラスとなり、Sクラスの生徒が負ければ校長のイルマが不正をしていたことを認めてSクラスの連中を追放し、さらにイルマは校長を辞めろと騒ぎ出したのであった。
普通に考えればSクラスにいるシア、アーサー、ノイマン、アラガン、エマ、ルーナが対抗戦で負けるはずがない。戦争が終わって疲れている教え子たちが、くだらない悪意に晒されるのを申し訳なく思いながらも、イルマはため息をつきつつその提案を受け入れたのであった。




