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31,戦争

 バーデン男爵の屋敷の庭は賑やかであった。ワイバーンの肉食べ放題のお触れをバーデン男爵が出したため、人々が一斉に押し寄せたのだ。シアが亜空間収納に保存しているワイバーンの肉を提供して切り分け、その肉をブルースやアーサー達が大きな鉄板の上に放り出すとエマが魔法で次々に焼いていた。ルーナは酔っ払い達を回復させ、小太郎は子供たちとじゃれあっていた。一見平和な光景に見えたが、突如としてバーデン男爵が厳しい顔をして壇上に立つとよく通る大きな声で告げた。

「諸君、バーバリアン王国がまたしても山脈を越えて侵攻してきた。できれば家に帰らずこのままこの屋敷に避難しておいて欲しい」

「領主様、どうせすぐに撃退してくれるんでしょう?」

「そうだそうだ。バーデン様、頼みますよ!」

「ブルース様もいるんだ、負けるわけがねぇ」

 群衆が口々に叫ぶ。その声を手で制するとバーデン男爵はさらに続けた。

「当然撃退するつもりだ。だが、万が一ということもある。それに今回はバーバリアン王国に元S級冒険者のハンジンが帯同していると情報があった」

「元S級冒険者ハンジン?」

「それってあの殺人鬼ハンジン?」

「人を斬ることが趣味とかいう……」

「人を殺しすぎて冒険者ギルドから除名処分になった……」

「殺した人間の血を吸うとも聞いたぜ……」

 騒ぎ出す群衆をバーデン男爵が鎮める。

「ハンジンは殺人が趣味だと自分でも公言するような男だ。決して街に入れてはならん。だが、相手は元S級冒険者だ。こちらにもS級冒険者のブルースがいるが直接対決したことは無い。全力を尽くすが決して油断してはならない。避難できるものは避難し、とにかく身を守ることを優先してくれ。以上だ」


 バーデン男爵は壇上から下りると厳しい表情でシア達を呼び広間に集めた。

「既に将校たちには平原に出向き迎撃態勢をとるように指示してある。ブルースは前線に出てもらうが、シアたちはここに残ってくれ。街の人々を守って欲しい。巻き込んでしまって申し訳ない」

 そう言うと、シア達に頭を下げた。するとアーサーが前に出る。

「巻き込んでしまったのではありません。私にとってもランドリーの民は自分の大切な存在なのです。私も剣を手に先頭に立って戦います」

 それをノイマンがとどめる。

「アーサーの気持ちはわかる。だがお前は王子だ。前線には絶対に出てはならない。大将は後ろに居ないとダメなんだ」

「しかし、敵が攻め込んでくるのだぞ。指をくわえて見てられるか!」

「違う。アーサー、王族は戦うことが仕事ではない。民を守ることが仕事だ。剣を取って戦い民を守れるならそうすればいい。だが、ここにハンジンが現れたらどうする。相手は元S級冒険者だ。ブルースさんが前線に出て後方の守りが弱くなる。バーデン男爵は後方を俺たちに頼むと頭を下げたのだぞ」

「……、わかった。このアーサー、フライブルク王国の王子としてこのランドリーの民達を、命をかけて守ってみせる」

「ああ、俺たちも手伝うよ」

 シア達はこうして戦争に巻き込まれることになったのである。


 次の日の朝、シアは小太郎と屋敷の屋根に上っていた。

目に魔力を通して視力を上げ、前線の戦況を見ていたのである。それはどこか現実感のない光景でもあった。人が人を斬り殺す。矢が飛び交う戦場で人の体に矢が刺さり倒れる。倒れた人の上を馬が通り踏み潰す。その馬を槍が突き刺し、落馬した兵士を剣で叩き斬る。何故人は殺しあうのだろうか。あの山脈を境に棲み分けて付き合えるなら仲良く付き合い、それが出来ないなら背を向けておけばいいのではないか。戦場に増える死体が馬に踏まれてただの肉片に変わっていく。そこに人としての尊厳は欠片もなかった。


その時、屋敷の庭先から悲鳴があがった。シアと小太郎がそちらを見ると小柄で瘦せた男が生首をぶら下げているのが見えた。

「ハンジンだ……」

「殺人鬼ハンジンがでたぞ……」

 屋敷の庭に集まっていた群衆が混乱して逃げ惑う。その小柄で瘦せた男は、

「俺のことを知っているのか。殺したい放題だな……」

 そういうや否や近くにいた人の首をはねた。

シアは自分の目の前で何が起きているのかわからなかった。

だが、群衆に躍り込んだハンジンが子供を斬り殺そうとしたとき、アーサーが子供のことを庇った。身体強化をしていたアーサーは無傷であったが、その服は斬り裂かれ上半身が露出した。

「ひひひ。これはこれは、ひょっとしてアーサー王子で?」

「そうだ。俺がアーサーだ」

「偵察部隊がいい仕事をしましたねぇ。情報通りにここにフライブルク王国の王子がいるとは……」


 アーサーは剣を抜いた。

「……この群衆の中では魔法も使えないでしょう、殺して差し上げますよ」

 そう言うと、ハンジンはアーサーに斬りかかった。ハンジンの言う通りここでは魔法は使えない。そこにシアは神威を抜いて現れた。

「……シア」

「そちらの方はどなたですかな? その美しい顔を生首にして差し上げますよ」

 次の瞬間、生首になったのはハンジンであった。

 シアはアーサーに声をかけた。

「アーサー、自分が何をするべきなのかわかったよ」

「……シア」

「俺が悲鳴を聞いた瞬間にここに転移していたら、その次にハンジンに殺された人を守れただろう。アーサーが庇ったその子を危険に晒すこともなかった」

「……」

「だが、俺は屋根の上で迷ってしまった。人が人を殺す……どこか自分とは関わり合いがないように思っていたんだ」

「……」

「思い上がりかもしれない。だが俺ならこの戦争を終わらせることが出来る」

「……シア、何があっても俺たちは友人だぞ」

「……アーサー、わかっているよ、ありがとう。終わらせてくるよ」


 そう言うと、シアは小太郎に跨り、一気に戦場へ飛び去った。

 前線に躍り出る。

 目の前でバーデン男爵とブルースが敵の返り血で真っ赤になっていた。

「……シア、なぜここにきたんだ。帰りたまえ」

「そうだシア、こんな光景見るんじゃねぇ」

「……先程、ハンジンを殺してきました」

「……ハンジンを」

「俺が迷ったせいで死ななくて済んだ人が死にました。アーサーが庇わなければもう一人子供が死んだでしょう。俺が……俺が……っ」


 シアは修羅と化した、小太郎も縦横無尽に戦場を駆け回って一気に敵を殲滅した。

 シアは何も考えなかった。

 目の前に立ちふさがる敵を斬る。

 仲間を攻撃しようとした者を斬る。

 自分の大切な存在を傷つける者を斬る。

 かつて、カールはシアに言った。

「力に溺れてはいけない。だが必要なら力を振るえ。自分の大切な存在を守れ。その存在が自分を癒してくれる。ためらうな。傷つくことを恐れるな」

 シアはいつしか涙を流していた。

 敵を斬るたびに胸が痛む。

 だが、斬り続けた。

 やがて、夕陽が山脈の陰に落ちるころ、シアは音を失くした世界に佇みながら、

 戦場跡に悲しい目を彷徨わせていたのであった。



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