26,居候
ヨハネス子爵達の緊張感が高まる中、小太郎の上にまだ若い女性が布を一枚巻いただけの姿でシアの後ろに座っている。それを見て一瞬全員がルーナの顔をおそるおそる眺めたのだが、ルーナは泰然自若としながら言った。
「あの女の人は飛龍だと思うよ。龍は人化出来るらしいし、アラガンのところの赤龍も人化して神威を作るのを手伝ってくれたらしいからね」
「……人化した飛龍を連れてきてどうするのだ?」
「ほら来たよ、直接聞こうよ。シア君どうしたの?」
「この飛龍の子供がおかしいんだよ。回復魔法が効かないし、餌を食べないんだ」
すると、セインが、
「回復魔法が効かない……ひょっとして……、口を開けてもらうことはできるかな?」
「わかった。ほら坊や、お口を開けましょうね~」
飛龍が口をあけさせると、セインが覗き込んだ。
「ああ、やっぱり喉に何か刺さっているね」
「喉に?」
「ほら、奥に何かあるだろう。これを取り除かないと回復魔法が効かない。人間の子供でもよくあることなんだ」
「ではこれを取り除けば治るのか?」
「おそらく治ると思いますね」
そこで飛龍が子供の口の中に手を入れようとしたが、口が小さくて手が入らない。セインが部屋に道具を取りに行こうとしたとき、
「へへ。とれたよ~」
リリーがその小さな手で飛龍の子供の口から白いものを取り除いた。すかさずセインが回復魔法をかけると、飛龍の子供が元気にぴいぴいと鳴きだした。
「おおお、治ったのか、坊や大丈夫か?」
そこに、人肌に温めたミルクをルーナが持って来て飲ませると、飛龍の子供は勢い良く飲み、一気に元気になる。リリーが取り除いたのは鳥の骨であった。
「まさか鳥の骨が刺さっているなど思わなかった……礼を言うぞ」
「でも、このくらいの大きさの子供ならもう少し小さくて柔らかいものを食べさせた方がいいのではないかな」
ふと見ると、骨をとってくれたリリーに飛龍の子供はなついたようで、リリーに抱かれていた。
「……言っていることはわかるのだが、柔らかい餌がないのだ。それで北の島から餌を探してここまで飛んできたのだ……」
「なら、ここに住めばいいよ」
「ベリンダ……」
「ああ、人間だろうと飛龍だろうと子供を思う親の気持ちは同じじゃないか。同じ母親としては気持ちがわかるよ。なぁ、飛龍さん、部屋は沢山あるんだ。良ければ子供がしっかりするまでここに居たらどうだ?」
「……いいのか?」
「見たところ人化もできるし、その姿でいてくれたら問題はないよ。服も私の服を着ればいい。子供のご飯も一緒に考えてやるさ。落ち着くまでどうだい?」
「へへ。この子うちの家に住むの。リリーがお姉ちゃんになるんだね」
「そうだね。何も気にしなくていいですよ。私の家族全員こんな感じです。良ければどうですか?」
「貴様達……すまん。世話になっていいのか?」
「ああ、構わないさ。これも何かの縁だろう。私はヨハネス。よろしく頼むよ」
飛龍の名前はエアパスといい、子供の名前はコスモスだった。
「花の名前をつけたんだね」
「綺麗な花だと思ってな。それでつけたのだ」
「リリーもそうなんだよ、百合なんだ~」
「そうか、二人とも花の名前か」
「……ヨハネスだったな。世話になるが、我には何も返せるものがないのだ」
「そんなこと気にしなくてもいい。みんなと仲良くしてやってください」
「その子がリリーの友達になってくれたら嬉しいね」
「リリーの妹なんだよ~」
「……ヨハネスよ。貴様の家族は暖かいな。礼を言うぞ」
こうして飛龍はそのままヨハネス子爵の屋敷に居候することになったのである。
エアパスはこのオースティンがとても気に入ったようだった。龍は数が少ない。そして生態系の頂点にいるはずだが、実は龍たちはあまり人が多い場所を好まなかった。龍の素材は貴重なもので、鱗一枚、牙一本で一生安泰に暮らせるほどの財産が手に入る。当然のことながら、歴史上人間がそれを狙って攻撃してくることが多かったので、人里を避けるようになった。人間でも虫だらけの場所に住みたくないのと同じであろうか。
また、エアパスはベリンダと気が合った。男勝りでさっぱりした性格のベリンダは同じ母親としてエアパスの気持ちを理解し、子育ての先輩としてエアパスを導いたのである。やがて、ベリンダはエアパスにとっては姉のような存在となった。
さらに、リリーはコスモスを可愛がった。お転婆なリリーは毎日コスモスと泥だらけになって遊びまわり、共に学び成長していった。コスモスもリリーの妹のような存在になったのである。
後日、オースティンの守護龍となることを約束してくれた母娘の飛龍はヨハネス子爵によりオースティン家の紋章に描かれることになったのであった。
ところで、シアとルーナはそろそろバーデン男爵家に向けて旅立とうと思い、家族に話をはじめた。
「バーデン男爵家の領地でみんなが待っているから、そろそろ旅立とうと思います」
「シア君と小太郎を紹介出来たし、またすぐに帰ってくるよ」
「……そうか、もう行ってしまうのか」
「古代龍の子よ、せっかく我がここに住むことになったというのにどこかに行ってしまうのか?」
「そうだね、俺は戦わないといけないみたいだからね」
「うーん、我には古代龍の子を害せる存在が思いつかんのだが……」
「悪鬼たちとか出たこともあるでしょう」
「あんな連中、古代龍の子にかかれば一捻りであろう」
「でも、ルーナはそういうわけにいかないだろう?」
「ルーナというのは古代龍の子のつがいか?」
「そうです。シアとルーナは婚約者なのです」
「なら、古代龍の子に守ってもらえばよかろう」
「エアパスに聞くけど、エアパスが目を離した瞬間にコスモスが攫われたらどうする?」
「そんなもん、攫ったやつを叩き殺してくれる」
「でも、間に合わなかったらどうするの。相手を叩き殺してもコスモスは死んでいるんだよ」
「……そういうことか」
「シア君は強い。おそらく世界最強だと思う。でもね、私が一生そばに居るためには、私がもっと強くならないとダメだと思うの。シア君は自分の大切な友人たちを守るために、一緒にいる私たちを強くしようとしてくれているの」
「そうか、このヨハネスの家族は我がこの命に代えても守って見せる。ルーナは安心してつがいのために強くなれ。そして、これは我からルーナへの礼だ。受け取ってくれ」
そう言うと、たらいを持ってくるように頼んだ。使用人がたらいを持ってくると、エアパスは自分の腕を切り、血を貯めだした。
「さあルーナよこの血に手を入れてくれるか」
ルーナがエアパスの血に手をつけると、エアパスもその血の中に手をつけルーナの手を握った。
「手を切るからな、痛むぞ」
そう言うと、エアパスは爪でルーナの手首を切った。二人の血がたらいにどんどん溜まっていく。だが、ルーナはエアパスを信じ切っているのか微動だにしない。
「流石は古代龍の子につがいと認められるだけのことはある。そろそろ良いな。体が熱くなると思うが絶対に我の手を離すでないぞ」
エアパスは血に魔力を込め始めた。血が沸騰し始めるとルーナの傷口からどんどん体の中に入っていく。ルーナはかなり熱いのか額から汗を滴らせていた。
「よし、終わったぞ、無事に渡せたようだな」
「……今のは何を?」
「うむ。我の能力の一部をルーナに分け与えたのだ。血鎖という。これは一生に一度しかできん。受け取ってくれ」
「一生に一度って……」
「龍にはそれぞれ得意な能力がある。赤龍なら火、青龍なら水、我ら飛龍は飛ぶことだ。全てを併せ持つのは古代龍マリアナ様だけだ。その我ら飛龍の飛ぶ能力をルーナに渡したのだ。これでルーナはつがいと一緒に空を飛べるぞ。それに寿命が長くなり、最も美しい年齢のまま老いず、若いままであろう。古代龍の子も寿命は長いはずだ。二人で仲良く末永く暮らすのだ。我が出来る最大の礼のつもりだ」
ルーナはそれを聞いて泣き出すとエアパスに抱きついて礼を言った。いつまでもシアと共に過ごせる、その夢を与えてくれたエアパスにルーナは心の底から感謝したのであった。




