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20,天使のはしご

 港町フィーネに到着したシアとルーナは互いに港が見える丘に誘い合った。

「アーサーが風光明媚で有名だと言っていたよ」

「シア君は鐘の話は聞いた?」

「丘の上に鐘があるとは聞いたよ」

「イルマ先生が、その鐘を二人で鳴らすと天使が祝福してくれるって教えてくれたの」

「天使が祝福してくれるの?」

「うん。『幸せの鐘』という名前だって」

「いいね。じゃぁ、一緒に鳴らそうよ」

「うん。行ってみようよ」


 幸せの鐘がある丘は旅館から歩いてすぐの場所にあった。道にも案内の掲示板が立っていて二人は迷うことなく丘の上にたどり着いていた。丘の上は見晴らしの良い平地になっていて沢山のカップルが仲睦まじく連れ立って歩いている。その先に大きな鐘が見えた。屋根付きの白一色の鐘楼に据付けられた大きな鐘は金色に光り、中に吊るされた分銅から細い金属製のチェーンが伸びていた。


 シアとルーナはその鐘を目印に歩いて行った。すると、正装をした男性がシアとルーナに話しかけてきた。

「君たちもあの鐘を鳴らしに行くのかい?」

「そうです」

「少しだけ待ってもらえないかな。今から友達があの鐘の下で結婚式をするんだ」

「結婚式ですか?」

「うん。あの鐘を鳴らすと天使が祝福してくれるっていうだろ。だからね自分たちの結婚を天使に祝福してもらおうとあの鐘の下で誓い合うんだよ。」

「……素敵ですね」

「これがロマンティックというものなのか……」

「二人はカップルかい?」

「婚約者です」

「若いのに……、そうか貴族なんだね。よければ一緒に祝ってやってくれるかな。ほら二人がやってきたよ」


 その男性に誘われて二人は新たに誕生する夫婦を祝う人々の中に入っていった。鐘の前には舞台が作られていて、その上に緊張した面持ちの新郎と、純白のドレス姿を清楚に着こなした新婦が寄り添うように立っていた。鐘から垂れ下がるチェーンを掴むと二人は静かに振る。晴れ渡る空に幻想的な鐘の音色が響くと、周りの人たちは一斉に拍手をして彼らの新たな門出を祝福した。


 シアとルーナも新郎新婦を大きな拍手で祝福し、祝いの言葉をかけていた。すると男性たちが離れていき女性だけが残りだした。シアが困惑していると先ほどの男性が、

「これからブーケトスがあるんだよ。受け取った女性は幸せな結婚が出来ると言われているんだ」

「それで男性が離れているのですね」

「そうだよ。彼女も参加しておいで」

 そう言われてシアはルーナを残して少し離れた。やがて新婦がこちらに背を向けて後ろにブーケを投げる。緩やかな放物線を描いたその先には……ルーナがいた。

 ブーケがルーナの胸の中に納まると、周りの人々がルーナを祝福してくれた。万雷の拍手の中、ブーケをトスした新婦がルーナの元へとやってくる。その新婦は自分の胸の位置に付けていた小さなブローチを外すと、穏やかな声でルーナに話しかけた。

「このブローチを受け取ってもらえるかな?」

「……私に?」

「そうよ。私もこの場所で結婚式を挙げている人からブーケとこのブローチを受け取ったの。この場所で結婚式をすると天使が祝福してくれるの。その祝福をブーケと一緒にこのブローチに込めて受け継いでもらうのよ」

「祝福を受け継ぐ……ありがとうございます」

「そのブローチは祝福のブローチと呼ばれているのよ。私も頑張って幸せになるからね。あなたも天使の祝福を受けて幸せになってね」

「はい。ありがとうございます。お幸せに」

 周りの人たちがまた新婦とルーナに拍手をしてくれた。

 少し上気した面持ちでルーナがシアのもとにやってきた。ルーナはブーケとブローチを大事そうに持つと、

「祝福を受け継ぐんだって」

「良かったね。俺が幸せにしてやるからな」

「……うん。このブローチつけてもらっていいかな?」

 シアはルーナの胸の上に祝福のブローチをそっと優しくつけた。


 やがて、鐘の前にいた人々が解散して徐々にまばらになると、待っていたカップルたちが次々に鐘の音色を響かせはじめた。

 シアとルーナはその音色を聞きながら、皆が幸せになったらいいなと願いを込めて肩を寄せ、飽きもせずに眺めていた。やがて、日が海に向かって沈みかけ、陽光が黄金に輝き始めたころ、二人は鐘の前に立ちそっとチェーンを握る。息を合わせて軽くチェーンを振るとこれまで以上に荘厳な鐘の音が響き渡った。

 鐘の音が響くと数羽の鳩が飛び去った。一羽の白い鳩が飛んで行った先には虹がかかり、その虹が黄金の陽光に照らされ、うっすらと色づいた雲の切れ間に向かっていた。

「雲の上にむかう虹のはしごみたいだな」

「天使の祝福かな?」

「だとしたら、『天使のはしご』とでも名付けようか」

「シア君もロマンティックになったね」

 そんな話をしながら、しばらく二人はこの上なく幸せなひと時を過ごしたのであった。


 指を絡めて手をつなぎながら二人は旅館に向かって歩いていた。

 だが、旅館に着くとエマがアーサー達に通せんぼをされて膨れていたのである。

「何しているの?」

「エマを鐘の方に行かさないようにみんなで見張っていたんだよ」

「くっ……無念じゃ。寸劇のネタが……」

 悔しがるエマにアーサーが言う。

「あのなエマ、面白がってばかりじゃなくて祝ってやれよ」

「祝っているわよ。でもね、劇作家としての本能が疼くのよ……」

「劇作家としての本能が疼くって……、ところで、今日はシアとルーナはゆっくりできたのかい?」

「ああ、ありがとうアーサー。とても幸せな時間を過ごせたよ」

「ルーナ、後でしっかりと台本のネタを提供してもらうからね」

「台本……って」

「さあ、二人も帰って来たことだし、みんなで食事にしようよ」

 シア達は不貞腐れるエマを引きずりながら食堂に向かい、楽しい一日が過ぎ去った。


 次の日、シア達は大きな軍船の上にいた。アーサーがいるためでもあるが、シア達がロシアン帝国に狙われることも想定して、アレクサンドロスができる限りの護衛態勢をとってくれたのである。帆が風を受け軍船を軽やかに走らせると、ほどなくして無人島に到着した。

 驚くことに、その無人島には真新しい宿泊施設が用意されていた。イルマの提言でアレクサンドロスが許可を出して休暇中に作成してくれたらしい。シア達は彼ら大人の思いを受けて感謝をするとともに、期待に応えるべく気持ちを引き締めていた。


 宿泊施設は簡素なものであったが、男女別に部屋が分かれていて、イルマ、エマ、ルーナが同じ部屋に、シア、アーサー、ノイマン、アラガンが同じ部屋に住むことになっていた。宿泊施設の周囲には護衛施設も設けられ、生徒たちの護衛を王宮の第二騎士団と第二魔導士団が常駐して警護にあたるということであった。


 イルマは全員が荷物を部屋に置いたのを確認すると、座学研修室と名付けられた大部屋に集めた。全員が着席すると、

「では、まずはエルフの魔法理論を教えるわね。全員が無詠唱で魔法を使えるように、そして、魔力量を増やしていきましょう」

 と切り出した。



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