18,指輪
神威が出来上がった日は全員がそのまま工房で爆睡した。
作業を通じてガッツはイワノフとアラガンに通じるものがあったのか、これからも何かあれば協力すると約束をしてから帰って行った。
神威にはガッツの素材も使われていた。古代龍には劣るが赤龍の最も硬い額の鱗を加工し鍔にしてくれていた。また柄にはマリアナの脱皮した皮が巻きつけられ、シアの手に優しく馴染むようにしてあった。
鞘にはガッツの牙が使われていた。白一色の鞘は赤龍の生命力を象徴するかのように薄くとも丈夫かつ重厚に作られ、さらに古代竜に捧げ持たれたシアの姿が浮き彫りにされており、それだけで神聖さをも感じさせる出来栄えである。
シアが、代金を聞くと、イワノフもアラガンも不要だと言い放った。
「鍛冶師にとって命がけで剣を打てる幸せは金では買えない。カール様も親父に金は払っていないんだ。代わりにカール様の剣を打ったのは俺だって鍛冶師は誇りに思うのだ」
「そうだよ。シアの剣を打ったのは俺だ。歴史に神威の名前が出たらその剣を打ったのは俺だと言える。それが俺の誇りになるんだ」
「それに、ガッツの素材の余りをもらったんだ。それだけで十分に稼げる」
それを聞いたシアは、何も言わずただ頭を深く下げて礼をするしかなかったのである。
次の日は、イワノフとアラガンだけではなく、ガッツも連れて冒険者ギルドに行った。ギルド長にガッツを紹介すると驚いていたが、ガッツの人柄をみて最後に握手を交わしていた。そして、全員が一階のロビーに集まると、調査代金の二億エニを受け取ったシアが、その場にいた冒険者たち全員に、
「今日は俺の奢りだ~、剣ができた祝いだ~、好きなだけ吞め~」
と、やらかしたので、その日の冒険者ギルド併設の酒場は死屍累々となったという。
シアとアラガンは酒を飲まなかったが、ガッツとイワノフの裸踊りを、手をたたいて見ながら朝まで楽しんだのであった。
三日後、シアとアラガンはカルグスの門にいた。
そこでシアはイワノフとハンナ、ガッツに挨拶をして王都へと帰ったのである。
小太郎の背の上で神威を触りながら、シアはカルグスでの日々を思い返していた。するとアラガンがシアに問いかけてきた。
「なあ、シア。いつその指輪渡すんだよ」
「会ったらすぐに渡そうと思っているけど」
「シア、お前はロマンティックという言葉を覚えた方がいい」
「……ロマンティック?」
「おう、いいかすぐに渡すな。俺がアーサーとノイマンに相談してお膳立てしてやるよ」
「わかったよ……」
シアはルーナに指輪をすぐに渡すことを諦めて彼らのお膳立てとやらに任せることにしたのである。
寮に帰ったシアは、次々と寮に帰って来たノイマン、アーサーと話を弾ませながら楽しく過ごしていた。そして、特に何もない日は学園に一人で行き、図書室で転移魔法の研究をしていた。
「二次元に三次元、四次元に……空間の歪み……難しいな」
「関心ね。何の勉強かしら」
「イルマ先生、そうだ、先生は転移魔法使えますか?」
「使えるわよ。ただ、距離が短いけどね」
そう言うと、一瞬でシアの背後に転移して見せた。
「どうすればできますか?」
「うーん、簡単だと思うけどね。亜空間収納は使えるのよね」
「はい。それは使えます。」
「シア君の亜空間収納の容量はどれくらいあるの?」
「えーと、母さんによると大陸が入るくらい……」
「大陸が入る……? 私とは桁違いね」
「そうなのですか?」
「私の亜空間収納はこの建物くらいしか入らないわよ。それに、亜空間収納が使えるなら転移魔法はすぐに習得できると思うわよ」
「教えてもらってもいいですか」
「もちろん。では練習で右手の物を左手に移動してごらんなさい」
「右手の物を左手に、ですね。わかりました。頑張ります」
「そういえば、王宮から呼び出しが来ているわよ」
「ええ、いつですか?」
「今からね、それで呼びに来たの。一緒に行きましょうか」
「はい。ありがとうございます。」
「今日は正装していらっしゃいね。パーティーがあるみたいだからね」
「パーティー?」
「ほら、早く行きなさい」
正装に着替えて準備を整えてから王宮に着くと、既に夜になっていた。
広場で待つように言われたシアは月明りに照らされる美しい庭園を眺めていた。その庭園にはいたるところに蠟燭で灯りがほのかに燈されていて、月明かりと相まって幻想的な光景を醸し出していた。
「綺麗だな……」
そう思っていると、背後から声がかけられた。
「シア君、ここにいたんだ」
「ルーナ?」
「うん。まだパーティーまで少し時間があるし、エマがここにシア君がいるから二人で話をしておいでって」
「そうなんだ、そこに座ろうか」
「うん」
その日のルーナもシアと同じく正装をしていた。シアにはそのドレス姿が月明かりとたくさんの蠟燭に照らされて女神のように思えた。心臓の高鳴りを抑えながら落ち着いて話を進める。ベンチに隣同士に腰かけると、ルーナから漂うほのかな香りにまた溶けそうになる。落ち着こうとシアは神威のことを話し出した。
「……いいな。アラガン君が羨ましい」
「アラガンが?」
「うん。もうシア君の役にたっているもん」
「ルーナ……」
「ねぇ、シア君、その剣を抜いてもらっていい?」
そう言われたシアは神威を抜いてルーナに見せる。
「その剣を振っているシア君は神の子に見えたってアラガン君は言ったんだよね。私にも見せてもらっていいかな?」
シアはルーナに見えるように神威を抜いてゆっくりと振り始めた。敵を倒すためではなく、ルーナにしっかりと剣を見せるようにゆっくりと、ゆっくりと神威を振るう。月明かりに照らされた神威が夜空に煌めく。蠟燭の仄かな明かりに照らされたシアの美しさと神威の煌めきが闇に溶け合う。しばらくシアはルーナのために舞を踊った。
その時、神威に映ったルーナの目から一筋の涙が流れているのを見つけた。
シアは舞を止めてルーナの隣に座る。すると、
「私はシア君の役に立てるかな……」
と、不安げに言い始めた。
シアはアラガンたちとの約束も忘れて、指輪を出すとルーナに見せた。
「この宝石を見たとき、ルーナだと思った。今日の月明かりも素敵だけど、俺にはルーナが一番素敵な女性だ。ただそばに居て欲しい。ルーナと過ごす時間こそがルーナが俺に与えてくれる最大の幸せだ。俺がルーナを守る。だから受け取ってほしい」
控えめに頷くルーナにシアは指輪をはめる。ルーナもシアに指輪をはめる。互いがそっと寄り添い、シアの手が優しくルーナの肩を抱く。二人は自然に見つめあっていた。そして、互いの影がだんだん重なり合う……
その時、突如として楽隊の演奏する音楽が鳴り始め、友人達に加えて、アレクサンドロス王にオリビア妃、シャーロット、イルマ先生、コールマン伯爵とクレイン、ヨハネス子爵にバーデン男爵まで一斉に登場したのであった。




