初めての男の子 ②
ずっとずっと“Shape of My Heart”が鳴り続けています。
こんなはずでは無かったのに…
「ほら、私の赤ちゃんだよ」
そういって抱き上げた我が子は風船のようにぽわぽわで、羽の軽さだ。
私はママリンの手の中にあるシルバーのピストルに目をやる。
「この子と引き換えに、私を早く撃ち殺して!!」
ママリンにそう叫んだ瞬間!
赤ちゃんが鉛の重さで私の腕を押し下げた。
目が覚めた。
まだエアコンの“おやすみモード”が機能している夜半過ぎ
私は思い知らされた。
私は産み出そうとしている赤ちゃんに、何の思い入れもしていない。
到底許されるべきではないオンナなのだと
そして、ママリンは今もこの苦しみを抱えていて、夢の中の私のように撃ち殺して欲しいと願っているのではないかと
頭の中を
アスファルトに落ちる夕立の、大粒の雨音が溢れかえるような気がして
私は枕を濡らした。
もうとても眠れなくて
私は開くのをためらっていた妊活本を読み始めた。
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「今朝も食べられなかったね」
「うん」
「少しでもおなかすいたら…早弁でもなんでもしちゃいなさい」
「うん」
「水分だけは絶対に摂取しなきゃだめよ」
「うん」
「それから…」
そう言いながらママリンは私を抱きしめて言葉を続けた。
「私の子供に生まれて来てくれて…本当にありがとう」
私はママリンにぎゅーっと縋りついた。
ママリン、ありがとう
勇気もらえた。
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いよいよその時が来た。
放課後の保健室の中は
珠子センセイとコーディネーターの小町さん。
で、実はやっぱり朝から気になってついつい目で追っていた西島くん。
新は入室できなかった。
私と西島くんは(昨日のことがあったので)上下スクールジャージだ。
彼はシャツと緩めのネクタイの上に羽織っている感じ。
私はスカートは脱いでハーパンにジャージの重ね履き。上は、リボンは外したブラウスの上に羽織ってしっかりジッパーを上げた。
パーテーションのこちら側にセンセイ、西島くん、私。 向こう側に小町さん。 外はすべてカーテンで目隠しした。
向かい合わせに立った西島くんに私はまずお願いをした。
「私が逃げないように両肩を捕まえてもらえますか?」
西島くんは黙って私の肩の上に手を置いてくれたが、どの程度の力加減か考えあぐねているようだ。
「しっかり掴んでください、構いませんから」
西島くんは私より上背があって、見上げるとカレの顎と上くちびるはまだふんわりとした産毛だ。
手の甲とかにもほとんど毛がなかった。
そんな事すら楽に思える材料にして
私はためらいためらいカレに顔を近づける。
ほのかにシトラスの香りがする きっと、カレがさっき使っていたデオドラントシートだ。
私の匂いも何か感じ取られているのだろうか
メガネのレンズがちょうど光っていて、カレの目の表情が読み取れない。
私は震え、鼓動は早鐘だ。
でも前に進むしかない。
逃げ出したくなる気持ちに無理に逆らって押し出したくちびるは不器用に衝突して、横滑りになりながらカレのくちびるにふれた。
ミントの香りがくちびるの湿った箇所に溶けて味となった時、カラダの表面がサワサワして
やっぱり快感の予感がした…
この舌を挿し入れたら私は…
狂ってしまう。
気持ちはとても怖いのに
私の口の中は既に何かが覚醒していて
カレのミントの鍵穴を
開けてしまった。
途端に私の激情はカレに流れ込み、臓物ごと奪おうとする。
指がカレの…シャツのボタンをまさぐっている。
右開き左開きと他人が着ているものの区別が出来なくなっていたのと
カレの…片方がほどけ延びてしまった靴ひもが視界の端にあったお陰で
私はかろうじて、これ以上の痴女にならないでいる。
でも、鼻腔の奥に何かの花のにおいを感じた時、
カレは身震いして私の膝元に崩れた。
くちびるが離れても私は激しい息遣いを止められない。
私の燃える目はカレを冷たく見下ろしている。
その目の色が醒めて押し寄せる息遣いの波が引けて来ると、激しい吐き気とカレに申し訳ないという気持ちが入れ代わるように押し寄せて来る。
どうしよう!!
『大抵のオトコはオッパイ星人だからさ』昨日の撮影会での小町さんの言葉がアタマに浮かび
私はジャージのジッパーを下げてカレの手を取り、私の左胸の上にのせた。
カレがビクッ!として一瞬指の力が加わった時、はしたなく快感が吐き気を押さえ込んだけど、カレが手を引っ込めるとすぐに吐き気は押し戻された。
「ゴメン! オレ行くわ」
パーテーションの向こうで小町さんが尋ねる。
「下着どうする?」
「もらう」
保健室のドアが閉まって
120まで数えて
私は飛び出し
トイレに駆け込む。
でも間に合わなくて
洗面台に吐いた。
昨日から何も食べていない吐瀉物は
最初ピンクで
やがて赤黒い…
ああ
そうか
マリア病って!!
この病気が
心の底から憎い!!
「何を吐いてるの?!!」
トイレに入って来た小町さんは私の様を見て蛇口をひねって吐瀉物を流してしまった。
「こんなにまでして…子供を産む必要があるの?!!」
本当のわけを言えない私はうつろにカノジョを見る。
「私って…アンニュイだから… センセイには大丈夫だったと言っておいて…」
「わけわかんない!!」言葉に怒気を含めながら小町さんは私のブラウスを整え、ジャージのジッパーを上げ、自分のスカートのポケットからハンカチを出して口を拭ってくれた。
「アンタが何をしようと勝手だけど…」
紅いシミが付いてしまったハンカチをゴミ箱にバンッ!と捨てて、小町さんは私を睨んだ。
「新様を巻き込んだりしたら、絶対に許さない!!」
そう言い捨てて、小町さんは出て行った。
私はゴミ箱のハンカチに手を伸ばし掛けて
止めた。
見上げると儚い蛍光灯の光が
それなのに目に染みる。
私ってどうしようもない
ああ
言葉が口から零れ落ちる
「もう し に … 」
「かがりん!!」
悲鳴に似た声で新が飛び込んで来た。
「ダメだよ! 新、膝が…」
そんなことはお構いなしに
新は私のくちびるを奪おうとする
「やだ…お願い だめ やめて わたし また吐くから 」
身を捩って逃げようとする私を新は固く抱きしめて言った
「吐いて! 私に吐いて!! 全部受け止めるから! 必ず受け止めるから!!」
止める事なんて
出来るはずも無かった。
お互いを溶かし尽くしたみたいになって
ようやく身を剥がした時には
窓の外も、廊下も
すっかり暗く静かだった。
新が言う
「トイレ占拠しちゃったね」
私は床に投げ出したジャージの膝小僧を見ながら頷く。
「で、トイレで汚れた」
「汚れたね…」
ふたりして
トイレの床に座り込んで
泣き笑いした。
。。。。。。。。。。
イラストは新の2案です。
なかなかキャラが固まりません…
最初から糸の切れたこのお話の行方は私にも分かりません。
でもカノジョたちの強さに縋って
このお話を続けてよいものか
悩んでしまっています。
ご意見を戴けると
助かります。