幕末の勇者
私は今、鋭い刃の切先を向けられている。
刃の先にある黒い顔。
暗さ故に顔は見えない。
後ろで結ばれている髪からはところどころ毛が飛び出ていて、正直不恰好だ。
観察していると、男が不意に口を開く。
「奇天烈な格好をした怪しい奴。貴様、何者だ! 」
青天の霹靂というしかないこの状況、寧ろ頭が冴えてくる。
あなたこそ誰なんだ。
そもそもこの状況は一体なんなんだ……?
落ち着いて考えろ、5秒以内に頭を回すんだ。
私はそもそも、自分では動けないはずの存在なのだ。
ゲームの中で人間に操作されつつ、装備していたこの如何にもなソードで敵を薙ぎ倒していく。
コレが私の生きる道だったのだ。
しかし、私は今自分の意思で考え行動している。
なんというバグなんだ。
Hpがゼロになったことは覚えているが、そこからセーブポイントに戻れなかったことが問題だ。
いや、戻れないどころか異次元に送り込まれている。バグの範疇を超えている。
どうせならプレイする側になりたかった。
やり直しの効かない命の危機に晒されているこの状況は最悪の事態そのものだ。
「おい、聞こえなんだか! 斬られたいのか? 」
「あわわ、勇者です!私は勇者です!」
「貴様、その腰のものをそこに置いて立ち去れ。」
何で名前聞いたんだ!
それより、腰のもの……?
このソードのこと!?
いやいや、貴方には似合いませんよ。
だって恐らくこの人は武士、もしくは浪士。そして景色や剣を欲しがる様からして、ここは剣が武士の魂と言われた時代だろう。
いや……。置いて行ってもいいけれど……。だってここにはもう、私の倒すべき敵は存在しないし、私が存在すべき場所じゃない。
だが、一つ問題がある。
「聞こえなんだか。それさえ置いていけば斬りかかりはしない。」
「あの……。これ、差し上げます。でも、これ伝説の剣なんで、握ると勇者になっちゃうんですけど……。」
「黙れ。訳のわからんことを言うな! 去れ! 」
男は刀でこちらを払いのける動作をし、脅す台詞を吐きながらソードに近づいていく。
月明かりで下衆な表情が照らされる。
男の手がソードを握りしめた瞬間。
一気に視界が白け、反射的に目を閉じる。
同時に聴き慣れたBGMが近づいてくる。
やがて眩しさが落ち着き、恐る恐る目を開く。
そこには見慣れた景色とセーブポイント。
戻ってこれた!
しかし手元には、いつものあのソードはない。
「ああ……。頑張ってください勇者様。」
侍の時代に勇者が誕生した瞬間だった。
勇者になった侍はそれなりに勇者人生を謳歌しだと思います。そして、現代のとある博物館には、「ソードを持った幕末の侍」とか書かれたモノクロ写真と、錆びついたカラフルなソードが展示されているとかいないとか。