8 暗殺者
夜のうちに街から脱出。彼女の言う通り楽に脱出できた。
それから6日。今日もいつものように森の中を移動中。
「あともう少しでこの国から出られます。頑張ってください」
彼女の調子も元に戻ってきた。それから最近ちょっとした変化が。追手の兵士をまるで見なくなってきた。前なら馬車で走り回る姿をよく目撃したのだが。大体谷間の街を抜けたくらいから。
「追手を最近見ませんよね。やはりなにか大きな出来事が」
情報が欲しい、しかし街に入るわけにはいかない。結局まず国を抜けるしか無いようだ。まあ、後1日歩けば国を脱出できる所まで来ている。もう少しだ。
それからしばらく歩いているとマキネが急に立ち止まり、戦闘態勢を取った。剣を突き出した方向、木の上に男が居た。おしゃれなヘアバンド、マフラーで口元を隠し、マントを纏っている。ただならぬ気配を放つその男は、飛び降りてこちらの近に着地しこちらに話しかけてきた。
「ようやく見つけた。うまく逃げたものだな」
「あ、あなたは!?」
男を見るなり、彼女は怯えるように体を震わせ始める。聞くと彼は「世界最強の暗殺者」であるらしい。おいおい、ようやくここまで逃げてきたってのに、そんな危険な奴が俺達の前に現れるとは。
危険な人物だというのは肌で感じていた。戦闘の素人の俺でもわかるほどの「殺気」ってやつを俺たちに向かって放っているのがわかった。
正直おしっこを漏らしそうだったが、我慢して彼の方を見る。俺のスキルならなんとかなるはずだ。スキルはいつでも使える。もうやってしまうか?
(ほぉ、女の方は怯えて動けそうにないが男はとぼけた面ながらこちらに立ち向かおうとしている。鳥の糞を落とすだけの無能力者と聞いたが、もしや)
様子をうかがっていると彼から放たれている殺気が急に消えた。
「悪かったな、少し試しただけだ。異世界人がどんなやつかってのを知りたくてな。俺の本当の仕事はこの国の王様の暗殺さ。もう終わったがな」
マキネさんと俺は安堵からその場に座り込む。恐ろしい男だ。彼の放つ殺気だけで負けてしまいそうだった。
おお、それになんと。あの王様が暗殺で殺されたのか。……同情はできないな、俺を殺そうとしていたわけだし。
しかし、暗殺か。正直ピンと来ない。現代日本は安全だったからな。そもそも人の生死がめったに起きないしな。戦略的にはいいのかもしれない。王様が死ぬことで無駄な犠牲が減る可能性があるわけか。ただ、逆もありえるだろうな。平和な国の王を殺してしまえば混乱が起きる可能性が。
おおっと、難しいことを考えてしまった。今はそんなことよりも。そうだよ、これで助かったってことなんじゃないか!? 期待を込めた瞳で彼を見つめる。
「話には聞いている。そして、お察しのとおりだ。奴らはもうあんたらどころじゃなくなっているよ。念の為に隣国まで逃げたほうがいいだろうがね。この先にある街へ行くといい。すでに話を通してある」
なんと、そこまでしてくれたのか。ありがたい。
そして……。に、逃げ切ったのか。助からないかも、と思っていた。本当にしつこい奴らだったからな。
疲れた眼で男を見ていると、彼の頭上に何かがあることに気がつく。よーく見てみるとそれが魔法陣だということがわかった。それが徐々に大きくなっていく。
『ちっ、時間切れだ。国に帰らず、寄り道するとは』
「これはこれは。王を殺した時に違和感を感じたが、こいつが」
『そうだ。私のレアスキル、「どこでも召喚」。標的に貼り付け、部下のレアスキルで様子を見ながら召喚することを可能とした。時間制限があるがな』
学者さんの声が聞こえた。まーた悪さしているのか。
暗殺者の男がその場から飛び退く。魔法陣は更に巨大化、木をなぎ倒しながら地上にゆっくりと落ちていく。魔法陣から黒い煙のようなものが大量に発生。辺りを覆うほどの煙。焼けただれたような匂いがこちらに漂ってきた。思わず咳き込む。
少しして徐々に煙が魔法陣に吸い込まれ始める。
「ガアァーー!」
それと同時くらいに、魔物とおぼしき咆哮が聞こえた。そして魔法陣上に姿をあらわしたのはドラゴン、真っ黒いドラゴンだった。
『カースドラゴン、奴らを殺してしまえ! わーっはっはっは!』
魔法陣が小さくなっていく。魔法陣が閉じると笑い声は聞こえなくなった。
大きな土産が残った。ファンタジーなんかではよく見るドラゴン、どこの世界でも基本的に強い。
マキネさんに聞くとやはり強いようで、あの暗殺者の男でも倒せないのではという話だった。そこまで強いのか。
「あんたらは逃げろ。俺の手落ちではあるからな。なに、適当に相手して逃げるくらいなら余裕だ」
「わかった」